2024年09月25日

改正ベトナム保険事業法(12)-設立と運営免許(その3)

保険研究部 取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

本稿は、ベトナムにおいて大改正(2023年1月より施行)された保険事業法(Law on Insurance Business)の続き(12回目)を解説するものである。

本稿のもととなる2022年保険事業法の英語版はベトナムの国会あるいは監督官庁である財務省としては出していないので、本稿は翻訳ソフトを使用してベトナム語を英語に翻訳したものをベースとしている。したがって正確に翻訳できていない可能性がある。これは前回までと同様である。

本稿は「第3章 保険会社、再保険会社、海外会社の国内支店」第1節の設立・運営免許関係に関する解説の3回目である。条文としては74条から77条である。

今回の解説部分は日本の保険業法の取り扱う分野であり、ベトナム保険事業法と日本の保険業法を比較しながら論じていきたい。なお、以降ではベトナム保険事業法を単に保険事業法と記載し、日本の保険業法を単に保険業法と記載するのでご留意願いたい。

2――その変更に認可を要する事項と届出事項(74条)

2――その変更に認可を要する事項と届出事項(74条)

1|認可を要する変更事項(74条1項・2項)
1.保険会社、再保険会社およびベトナム海外支店(=海外会社のベトナム支店)は以下の事項の変更について、財務大臣から書面で認可を得なければならない(74条1項)。

a) 会社名および本店所在地
b) 定款資本の水準;発行済み資本
c) 業務の内容、範囲および条件
d) 10%または10%未満の発行済み資本を拠出した株主又は社員に株式又は発行済み資本を譲渡すること(下記の解説部分参照)
e) 取締役議長、社員総会議長(Chairman of the Member’s Council)、取締役、理事長、保険計理人
f) 会社分割、事業譲渡、企業買収、合併、解散、会社形態の変更
g) 海外投資、これには海外支店、駐在員事務所および他の形態での海外での事業の開設を含む。

2.上記1.に規定する変更を認可した場合には、認可日より10日以内に財務省ポータルでその変更を公表しなければならない。
―保険業法上、変更等に認可を要するのは、①事業方法書、普通保険約款、保険料及び責任準備金の算出法方法書(123条)、②定款のうち、所定の事項に関するものがある(126条)。定款のうち、商号・名称など保険事業法と同様のものが認可対象になるものと、本店所在地など認可対象にならないものがあるが、詳細に過ぎるので省略する。

保険業法はこれに加え会社分割等の会社の基盤に関する重要な変更-上記f)に該当-には内閣総理大臣の認可を要する(たとえば合併については167条1項)。

保険事業法で特徴的なのは上記d)で10%以下の株式保有者に保険会社が株式を譲渡する場合に財務大臣の認可が必要となることである。他方、保険業法では主要株主基準(原則として20%)を超える株式を取得しようとする者はあらかじめ内閣総理大臣の認可を受ける必要がある(271条の10)とされ、株主において認可を取得する必要があることとされている。これは私見だが、ベトナムでは保険会社は株式や持分の譲渡制限がかかる会社がほとんどなのではなかろうか。そうすると株式や持分譲渡に保険会社等の承認が必要となることから、上記d)の規定も理解が可能である。
2|届出事項(74条3項・4項)
1.保険会社、再保険会社、ベトナム海外支店は以下について変更日より15日以内に財務大臣に届出をしなければならない (74条3項)。

a) 保険会社、再保険会社、ベトナム海外支店の運営定款(operational charter)および規則(regulation)の変更
b) 保険会社、再保険会社、ベトナム海外支店の支店および駐在員事務所の開設、閉鎖、移転
c) 事業所の開設、閉鎖、移転
d) 保険会社、再保険会社、ベトナム海外支店の受益的所有者1の変更

2.政府は74条1項(認可事項)の認可および同条3項(届出事項)の登録に関する、詳細な条件、一件書類、命令と手続について定めるものとする。 (同条4項)。
―保険業法では主な届出事項として以下のものがある(127条)。
① 保険業を開始したとき、
②従属会社や金融関連業務を専ら営む会社または新規事業開拓会社、事業再生会社、地域活性化事業会社を子会社としようとするとき(認可を受けた場合を除く)、
③ 子会社が子会社でなくなったとき(認可を受けて事業の譲渡又は会社分割をした場合を除く)、又は子会社対象保険会社等に該当する子会社が当該子会社対象保険会社等に該当しない子会社になったとき、
④ 資本金の額又は基金の総額を増額しようとするとき、
⑤ 認可対象事項以外の事項に係る定款の変更をしたとき、
⑥ 外国において支店若しくは従たる事務所又は駐在員事務所を設置しようとするとき、
⑦ その保険会社の総株主の議決権の百分の五を超える議決権が一の株主により取得又は保有されることとなったとき、
⑧ その他内閣府令に定めるとき。

このほか、施行規則に37の届出事項が記載されており、ベトナムで規定されている4項目よりもはるかに届出項目が多い。ただし、保険事業法では届出事項について、その詳細を政府が定めることになっていることから、それほど大きな違いはないのかもしれない。

なお、役員人事についてはベトナムでは認可事項とされているが、日本では届出事項(規則85条1項2号)になっているなどの相違点がある。
 
1 最終的に会社に支配権を及ぼすか、会社を実質所有する株主を受益的所有者という。

3――駐在員事務所(76条・77条)

3――駐在員事務所(76条・77条)

1|ベトナム駐在員事務所(76条)
1.外国保険者、外国再保険会社、外国金融機関、外国保険会社、外国保険仲介業者はベトナムに駐在員事務所を設置することができる。駐在員事務所は本体から独立した事業単位であって、かつベトナムで保険事業を行わないものを指す (76条1項)。

2.駐在員事務所は以下の活動を行う (同条2項)。
a) 連絡事務所としての機能
b) 市場調査
c) 投資案件構築の促進
d) 投資案件実行の促進とモニター

3.駐在員事務所の存続期間は5年を超えない。ただし、延長することができる(同条3項)。

4.財務大臣の定めるところにより駐在員事務所の業務報告、変更の公表、開示を行う。
―保険業法では外国保険事業者の駐在員事務所を設置する場合は、内閣総理大臣に届出を行わなければならない(218条1項)。すなわち、①保険業に関する情報の収集又は提供、②その他保険業に関連を有する業務を行おうとするものは、イ)その旨、ロ)当該業務の内容、ハ)当該業務を行う施設の所在地その他2を届出なければならない。ただし、日本では駐在員事務所の存続期間といった規定は存在しない。
 
2 その他は施行規則に定められているが省略する。
2|駐在員事務所の設置等(77条)
1.外国保険者、外国再保険会社、外国金融機関、外国保険会社、外国保険仲介業者がベトナムに駐在員事務所を設置しようとするときは、以下の条件を満たさなければならない(77条1項)

a) 駐在員事務所を出そうする会社が、最低でも直近5年の運営を行ってきたこと
b) 本店所在国の外国保険規制当局にベトナム駐在員事務所を設置することを認可されていること

2.政府は駐在員事務所設置の認可、再認可、修正、更新、取消し、撤回のための詳細な条件、一件書類、命令と手順を制定するものとする(同条2項)。

3.財務大臣は駐在員事務所設置の認可、再認可、修正、更新、取消しおよび撤回の権限を持ち、かつ駐在員事務所の運営を終了させる権限を有する(同条3項)。
―保険業法では上述の通り、駐在員事務所設置にあたっては内閣総理大臣への届出だけが必要となり、設置の認可の付与や取消しなどといった規定は有していない。基本的には情報収集だけが駐在員事務所の目的であるため、保険業法上の規制を過剰に及ぼす必要がないからである。なお、保険業法は、駐在員事務所と言いつつ、免許を受けずに保険業を営むことについての問題意識を有しており3、そのような懸念がある場合に内閣総理大臣は報告や資料の提出を求めることができる(法218条2項)。
 
3 安居孝啓「最新保険業法の解説(改訂第3版)」(大成出版社2016年)p634参照。

4――おわりに

4――おわりに

今回は変更認可申請・届出事項と駐在員事務所を対象とした。どこまでが届出のみで済み、どこからが認可が必要かは、日本・ベトナム両国で細部に相違がある。主な関心事としてはカネとヒト、すなわち資本金の増減額や役員人事であろう。本文記載の通り、ベトナムでは定款資本の変更、すなわち増額・減額ともに認可が必要である。日本では資本金等の減少については内閣総理大臣の認可が必要である反面、資本金等の増額については上述の通り、内閣総理大臣への届出で済む。

役員人事はベトナムでは上述の通り、認可事項である。日本では届出事項であるが、役員(常務に従事する取締役など)に関しては、知識、経験、信用等を有するといった適格性要件を満たすことが求められている(8条の2)。

駐在員事務所については、ベトナムではその設置が認可制であるなど厳重な規制が課されている。この理由については手がかりがないが、やはり日本と同様に外国保険会社等が駐在員事務所の形態で実質的に保険業を営むことについての抑止手段とされているものと想定される。

次回は運営組織(operational organizations)の一回目である。

(2024年09月25日「保険・年金フォーカス」)

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保険研究部   取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2025年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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