2024年09月11日

2024年度トリプル改定を読み解く(下)-医師の働き方改革、感染症対策など、その他の論点を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~医師の働き方改革、感染症対策など、その他の論点を考える~

医療・介護・障害福祉サービスの公定価格の新たな体系が2024年6月までにスタートした。今回は医療機関向け診療報酬本体が2年ぶりに改定されたほか、3年サイクルで見直されている介護報酬、障害福祉サービス報酬も変更された(いわゆる「トリプル改定」)。

トリプル改定を総括する3回シリーズの(上)では、物価上昇に対応する賃上げに関連し、改定率を巡る攻防や内容を検討したほか、生活習慣病対策に関する加算の見直しとか、不可解な訪問介護の基本報酬引き下げなどをピックアップした。さらに(中)では、医療・介護連携や急性期医療の見直し、多職種連携の促進など提供体制改革を医療、介護の両面に渡って横断的に検討し、医療提供体制改革を診療報酬改定の誘導で実現しようとする傾向が一層、強まった点を指摘した。

最終回となる(下)では残された論点のうち、▽2024年度から本格施行された「医師の働き方改革」、▽新型コロナウイルスを踏まえた新興感染症対策、▽医療DX(デジタルトランスフォーメーション)の推進――などの提供体制改革に関わる改定に言及する。さらに、医療と障害福祉の連携とか、両親や兄弟姉妹の面倒を過度に見ている子どもを指す「ヤングケアラー」の支援など、多職種・多機関連携に関する改定も取り上げる。

一方、長期収載品の患者負担拡大や介護保険施設の室料に関する負担増、障害福祉サービスの報酬見直しなど、医療、介護、障害福祉に関わる給付適正化策も実施されているため、これらの改正内容を横断的に網羅する。最後に、シリーズを締め括るに際して、診療報酬改定の決定過程を考察する。具体的には、政治主導による意思決定の下、業界団体などが参加する厚生労働省の審議会がバイパスされている実態を指摘し、その背景や方向性を探る。

2――提供体制改革の残された論点に言及

2――提供体制改革の残された論点に言及

今回のトリプル改定は医療、介護、障害福祉にまたがる広範な範囲で見直しが講じられたほか、日本医師会(以下は日医)幹部が「資料が2年前の改定と比べても、とても分厚くなった」「議論すべき課題が大変多い上に、非常に難しい課題が複数重なり、本当に難しく大変な改定だった」1と振り返るほど、複雑で細かい改定が講じられている。

トリプル改定を取り上げた本シリーズのうち、既に(上)では主に賃上げ対応、(中)では医療・介護連携や急性期医療の見直しなどの提供体制改革をピックアップしたが、最終回となる今回は提供体制改革のうち、残された論点として、(1)2024年度から本格施行された医師の働き方改革への対応、(2)新型コロナウイルスへの対応を踏まえた新興感染症対策の強化、(3)医療DXの推進、(4)医療と障害の連携、(5)ヤングケアラー、重層的支援体制整備など――に言及する2

さらに、社会保障費を抑制する観点に立ち、薬剤費の患者負担や介護施設入居者の利用者負担を増やす見直しなども講じられており、給付抑制に関わる改定にも言及する。なお、介護制度改革では近年、職場環境改善を図るとともに、少ない人員で現場が回る体制整備を目指す「生産性向上」の議論が盛んになっており、2024年度介護報酬改定では加算の創設などテコ入れが図られた。しかし、この点は別稿3で述べており、今回は取り上げない。
 
1 2024年5月2日『m3.com』配信記事における長島公之常任理事のインタビューを参照。以下、発言当時の肩書で統一。
2 本稿執筆に際しては、『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『日経ヘルスケア』『社会保険旬報』『週刊社会保障』『シルバー新報』に加えて、『日経メディカル』『GemMed』『JOINTニュース』『m3.com』の配信記事を参照した。煩雑さを避けるため、引用は関係者の発言など最小限にとどめる。
3 介護の生産性向上では、(1)現場の相談を受け付けるワンストップ窓口を都道府県に設置、(2)センサーなどテクノロジーを導入する介護施設などを評価する「生産性向上推進体制加算」の創設、(3)介護施設などに生産性向上のための委員会設置を義務化、(4)テクノロジー導入など生産性を向上させた場合、人員配置基準の特例的な柔軟化など容認――といった制度改正、報酬改定が実施された。これまでの経緯や論点など詳細については、2024年5月23日拙稿「介護の『生産性向上』を巡る論点と今後の展望」を参照。

3――提供体制改革に関する改定(1)

3――提供体制改革に関する改定(1)~医師の働き方改革~

1|働き方改革の内容と過去の改定
まず、提供体制改革では、医師の働き方改革に関わる改定から議論を始める4。医師の働き方改革は2024年度から本格施行されており、図表1の通り、医師の残業時間を原則として年960時間、例外的に年1,860時間に制限することが重視されている。

具体的には、残業時間の上限や医療機関の役割に応じて、▽残業時間を年960時間に抑制する「A水準」、▽地域医療提供体制を確保する観点に立ち、止むを得ずに年960時間を超える場合、年1,860時間までの残業が認められる「B水準(地域医療確保暫定特例水準)」、▽多くの症例を集中的に経験する必要がある研修医の教育なども含めて、年1,860時間の超過勤務が認められる「C水準(集中的技能向上水準)」――に大別された5

つまり、A水準の年960時間を原則となっており、あくまでもB水準とC水準は例外扱いである。しかも、B水準は2035年度で廃止されることになっており、医療機関は診療体制の見直しとか、看護師や薬剤師など他の職種に業務を移譲する「タスクシフティング」などを通じて、医師の超過勤務時間を抑える必要に迫られている。

一方、医師の働き方改革に関する診療報酬の見直しとしては、救急医療を担う医療機関の適切な労務管理などを支援するため、2020年度診療報酬改定で、「地域医療体制確保加算」(当時520点、1点は原則10円)が創設された6。この加算を受け取れるのは年間救急搬送件数が2,000件以上の大規模な病院。2020年度の時点で、引き上げられた消費税収を充当することが決まるなど、改定の柱の一つに位置付けられており、当時の担当幹部は「(筆者注:加算の)原資を活用して勤務環境を改善するという成果を出していただかなければなりません。それが、今後も診療報酬で対応を続けることができるのかどうかの分かれ道」7と期待感を示していた。その後、2022年度改定で点数が620点に増額された8
図表1:医師の働き方改革のイメージ
 
4 医師の働き方改革の詳細については、2023年9月29日拙稿「施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか」、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」も参照。
5 なお、B水準では「連携B水準」という分類も作られており、主な勤務先の超過勤務時間が年960時間に収まるものの、副業・兼業先の労働時間を通算すると年960時間を超えてしまう医師が所属する医療機関が対象。C水準についても、臨床研修医・専攻医が研修プログラムに沿って基礎的な技能や能力を習得する際に適用する「C―1水準」、医師登録後の臨床従事6年目以降の医師の高度技能育成に必要な場合に適用する「C―2水準」に分かれている。
6 2020年度診療報酬改定に関しては、2020年4月24日拙稿「2020年度診療報酬改定を読み解く」を参照、
7 2020年8月31日『週刊社会保障』No.3085における厚生労働省保険局の森光敬子前医療課長に対するインタビューを参照。
8 2022年度診療報酬改定のうち、医師の働き方改革の部分に関しては、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。
2|加算を巡る攻防と決着
しかし、今回の改定に際して、中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、以下は中医協)に提出された資料では、当初の想定と逆の結果が示された。具体的には、同加算を算定している医療機関では、年960時間以上超過勤務した医師の割合が2020年の5.2%から2022年に5.8%と少し増えていた。

そこで、健康保険組合連合会(以下は健保連)が「加算の目的と効果のいずれの観点から見ても、このまま評価を継続する必要性は乏しく、廃止と言わざるを得ません」と主張9。これに対し、日医は「(筆者注:医師の超過勤務が増えた理由として)コロナ禍という影響は極めて大きかった」「これからまさに必要な加算」と反論した10。結局、地域医療体制確保加算は維持された一方、「2024年度で1,785時間以下」「2025年度で1,710時間以下」などの要件が定められた。

さらに、医師の働き方改革の関係では、医師の代行として診断書の文書作成などを担う「医師事務作業補助者」の加算も拡充された。このほか、(中)で見た通り、ICU(集中治療室)の機能を持つ医療機関に対する「特定集中治療室管理料」の要件が厳格となり、一部の加算では専任の医師について、一定の場所で夜勤や拘束される「宿日直」の医師ではないことが要件化された。これらの見直しを通じて、医師の働き方改革を診療報酬改定で誘導する傾向が強まりつつあると言える。
 
9 2023年11月15日中医協議事録における健保連の松本真人理事の発言。
10 同上における日医常任理事の長島氏の発言。

4――提供体制改革に関する改定(2)

4――提供体制改革に関する改定(2)~新興感染症対策~

2024年度改定では新興感染症対策に関する医療・介護連携の強化も意識された。新型コロナウイルスへの対応では、介護施設におけるクラスター(感染者集団)防止などが大きな課題となり、2021年度介護報酬改定では、感染症対応などに関するBCP(事業継続計画)の策定が事業所に義務付けられた11

さらに、コロナ対応では発熱外来や病床の確保、医療機関同士の連携、自宅療養患者への在宅医療の確保なども課題となったことで、2022年臨時国会では感染症対応に関する予見可能性を高めるため、都道府県が医療機関と協定を事前に結ぶ「医療措置協定」が創設された12

この仕組みは2024年度から施行されており、「病床確保」「発熱外来」「自宅療養者に対する医療提供」「後方支援」「人材派遣」に関して、都道府県が医療機関と協定を締結。医療機関が協定に沿った対応を実施しなかった場合、かかりつけ医との連携などを図る「地域支援病院」の指定取消などが可能になった。これと併せて、2024年度からスタートした都道府県の「医療計画」では、新興感染症対策を規定することが新たに義務付けられた13

一方、医療措置協定については、都道府県と医療機関の間で調整が続いており、2024年6月1日現在の集計では、図表2の通り、後方支援や人材派遣では100%を超えている。しかし、病床確保や発熱外来、自宅療養者などへの医療提供では、目標に届いていない。
図表2:医療措置協定の進捗状況
こうした状況の下、2024年度報酬改定では、都道府県を中心とする上記の仕組みを下支えするような内容が盛り込まれた。具体的には、特別養護老人ホーム(以下は特養)や有料老人ホームが医療措置協定の締結医療機関と連携体制を構築した場合などを対象に「高齢者施設等感染対策向上加算(I)」(1カ月当たり10単位、1単位は原則10円)を受け取れる制度改正が介護報酬改定で講じられた。

さらに、感染者が発生した場合に備え、診療報酬の「感染対策向上加算」を届けている医療機関から3年に1回以上、感染制御などについて実地指導を受けている場合に取得できる「高齢者施設等感染対策向上加算(II)」(1カ月5単位)も創設された。

現実的な問題として、1カ月50~100円の加算を受け取るため、どこまで介護事業所が積極的になるか疑問だが、感染症への対応を強化する一環として、介護施設も連携対象に関わって欲しいという国の意図を見て取れる。

このほか、将来的な新興感染症への対応として、感染した高齢者を施設内で療養するための体制整備を促す「新興感染症等施設療養費」(1日240単位)も介護報酬改定で創設された。これはパンデミック(大規模感染症)の拡大時に医療逼迫を防ぐ狙いがある。

同じく診療報酬サイドでも「感染対策向上加算」「外来感染対策向上加算」の要件の一つに、都道府県との医療措置協定締結が位置付けられた。後者では「受診歴の有無に関わらず、発熱その他感染症を疑わせるような症状を呈する患者の受入れを行う旨を公表し、受入れを行うために必要な感染防止対策として発熱患者の動線を分ける等の対応を行う体制を有している」「回復した患者の罹患後症状が持続している場合に、必要に応じて精密検査が可能な体制または専門医への紹介が可能な連携体制があることが望ましい」といった要件も追加された。このほか、受診歴の有無とは関係なく、発熱患者などを受け入れる体制を有した上で、実際に対応した場合の加算として、「発熱患者等対応加算」(1カ月限度に20点)が新たに設定された。

さらに、感染管理が特に重要な感染症の患者に対して、入院医療を提供した場合の加算として、「特定感染症入院医療管理加算」(治療室は200点、それ以外は100点)も新設された。
 
11 2021年度介護報酬改定に関しては、2021年5月14日拙稿「2021年度介護報酬改定を読み解く」を参照。
12 2022年臨時国会で成立した改正感染症法の内容などに関しては、2022年12月27日拙稿「コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか」を参照。
13 医療計画は6年周期で改定されており、2024年度から始まった新しい計画では、従来の5疾病(がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患)と5事業(救急、災害、へき地、周産期、小児救急を含む小児)、在宅医療に加えて、新興感染症対策が追加された。さらに、同時期に改定された「予防計画」との整合性も意識された。この時の法改正については、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。

(2024年09月11日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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