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気候変動と紛争の相関-環境悪化が紛争につながる経路とは...

保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員 篠原 拓也
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4――気候変動と紛争の関係の定量分析
まず、2015年に公表された有名な研究の結果から見ていく。スタンフォード大学のバーク教授らが行った55個の先行研究のメタ分析だ。対象とした先行研究は、さまざまな時代や地域(世界中)に渡っている。そこで、気温や降水が、1標準偏差上昇した場合の紛争に与える影響をまとめている。
それによると、気温が1標準偏差上昇した場合、同時期の個人間の紛争(暴行、殺人等)が2.4%増加、集団間の紛争(暴動、内戦等)は11.3%増加との結果であったという。また、降水が1標準偏差上昇した場合、同時期の個人間の紛争が0.6%増加したのに対し、集団間の紛争は1.9%増加したという。
気温のほうが降水よりも紛争との関連が大きい、集団間のほうが個人間よりも気候変動と紛争の関連が大きい、といった分析結果は興味深いものと考えられる。4
4 “Climate and conflict”Marshall Burke, Solomon M. Hsiang, Edward Miguel (Annual Review of Economics, 9(3): 799–839, 4237)
次に、2017年に国際成長センター(IGC)5が公表した、アフリカでの気温と紛争の関係研究について、見ていこう。そこでは、アフリカでの気候と犯罪、紛争に関する、21個の個別データをもとに分析が行われている。
それによると、気温が1標準偏差上昇すると、紛争が平均10.8%増加し、暴力犯罪が平均16.2%増加すると推定されている。
紛争よりも暴力犯罪のほうが気温上昇の影響が大きい、との分析結果は、一見すると第1節の結果と異なるように見える。この結果は、アフリカの地域的特徴に根差したものなのか? といった点で、検討を要するものと考えられる。6
5 ロンドンスクールオブエコノミクスに本拠を置くイギリスの経済研究センター。オックスフォード大学のブラバトニック政府学校と提携して運営されている。センターは2008年12月に発足し、イギリス政府(国際開発省)から資金提供を受けている。(“International Growth Centre”(Wikipedia The Free Encyclopedia)より。)
6 “Food security and social stability in Africa ― New estimation methods for data-driven climate impact projections in data-sparse regions” Tamma Carleton, Michael Greenstone, Solomon Hsiang, Andrew Hultgren, Amir Jina, Robert Kopp, Ashwin Rode (IGC, July 2017)
ハーバード大学のナン教授と、タフツ大学のマクガーク准教授は、アフリカで、季節的に移動する牧畜集団と農耕集団の2つのグループに関して、降水と紛争の関係を研究して、結果を公表した。7
それによると、降水が減少すると、牧畜集団では近隣の農地における紛争リスクが35%上昇していた。一方、農耕集団(非牧畜集団)が同様の降水減少を経験しても、紛争への影響はなかったという。
牧畜と農耕の間で、降水減少が紛争に至る影響が異なるとの結果であり、興味深いものと言える。
7 “How climate shocks trigger inter-group conflicts: Evidence from Africa's transhumant pastoralists” Nathan Nunn, Eoin McGuirk (VoxDev, 2021.4.30)
5――おわりに (私見)
気候変動問題は、地球規模かつ100年以上もの長期間に渡るスケールの大きな問題である。1つの国だけでは到底対処することができない。また、改善策や緩和策をとっても、その効果がすぐにあらわれるとは限らず、息の長い取り組みが必要となる。一方で、貧困状態にある脆弱な国ほど紛争が起こりやすい。気候変動問題は、そうした紛争を激化させたり、拡大させたりする恐れがある。
こうした点から、まず、貧困状態が続く、アジアやアフリカの開発途上国に対して、先進国がCO2排出量削減のための技術供与や資金面の援助などの支援を行い、気候変動対策と紛争の鎮静化を図る努力が必要となろう。
もう1つ、気候変動対策として、地球規模の産業構造や生活インフラに関する制度設計が必要となるが、その際、各地域に暮らす人々に対する影響を詳細に把握することが求められる。例えば、治水や植林等の大規模な環境整備事業は、場合によっては、地域住民の生活を阻害してしまう可能性がある。その結果、地域の協力が得られず、これらの事業が進まないことも考えられる。そればかりか、地域住民のストレスがたまり、それが新たな紛争の糸口ともなりかねない。気候変動対策が、新たな紛争を引き起こしてしまうことになれば、本末転倒といえるだろう。
気候変動と紛争の関係については、さまざまな研究・調査が進んでいる最中である。今後も、これらの結果に注目していくこととしたい。
(参考資料)
「紛争終結国の平和構築に資するインフラ整備に関する研究」吉田恒昭氏 (独立行政法人国際協力機構 国際協力総合研修所, 平成18年度 独立行政法人国際協力機構 客員研究員報告書, 平成19年3月)
「紛争とは?その原因や子どもたちへの影響」大野容子氏 (公益社団法人セーブ・ザ・チルドレン・ジャパン)
“UCDP/PRIO Armed Conflict Dataset version 23.1”(UCDP)
“UCDP Non-State Conflict Dataset version 23.1”(UCDP)
“UCDP One-sided Violence Dataset version 23.1”(UCDP)
“Seven things you need to know about climate change and conflict”(ICRC, July 2020)
「国際人道法」(国際連合広報センターHP) https://www.unic.or.jp/activities/international_law/humanitarian_laws/
“Environment of Peace – Security in a new era of risk”(SIPRI, May 2022)
“Armed conflict and climate change: how these two threats play out in Africa”Halvard Buhaug (Peace Research Institute Oslo (PRIO)
“Climate and conflict”Marshall Burke, Solomon M. Hsiang, Edward Miguel (Annual Review of Economics, 9(3): 799–839, 4237)
“Food security and social stability in Africa ― New estimation methods for data-driven climate impact projections in data-sparse regions” Tamma Carleton, Michael Greenstone, Solomon Hsiang, Andrew Hultgren, Amir Jina, Robert Kopp, Ashwin Rode (IGC, July 2017)
“How climate shocks trigger inter-group conflicts: Evidence from Africa's transhumant pastoralists” Nathan Nunn, Eoin McGuirk (VoxDev, 2021.4.30)
(2023年11月14日「基礎研レター」)
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保険研究部 主席研究員 兼 気候変動リサーチセンター チーフ気候変動アナリスト 兼 ヘルスケアリサーチセンター 主席研究員
篠原 拓也 (しのはら たくや)
研究・専門分野
保険商品・計理、共済計理人・コンサルティング業務
03-3512-1823
- 【職歴】
1992年 日本生命保険相互会社入社
2014年 ニッセイ基礎研究所へ
【加入団体等】
・日本アクチュアリー会 正会員
篠原 拓也のレポート
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