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施行まで半年、医師の働き方改革は定着するのか-曖昧さが残る宿日直や自己研鑽、地域医療の確保でトレードオフが発生?今後の行方を展望する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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付言すると、同時並行で進む提供体制改革のうち、中長期的には医師の働き方改革が及ぼすインパクトが最も大きくなると考えている。そもそもの構造として、日本の医療提供体制は民間中心であり、国や都道府県は民間医療機関に対して強制力を有しておらず、高齢化に対応した提供体制の構築を進めようとしても、国や都道府県が病床の転換や削減などを命令できない構造である。
このため、都道府県が6年サイクルで改定する「医療計画」37や、医療計画の一部として位置付けられている地域医療構想や新興感染症対策、医師偏在是正などでは、基本的に民間医療機関の自主的な対応に力点が置かれている。言い換えると、国や都道府県が医療提供制の見直しに際して、民間医療機関に対して権限を行使することは基本的に想定されていない38。
こうした構造の下、国の制度改正は過去、診療報酬による誘導に頼らざるを得ない面があった。特に、医療費適正化の必要性が意識され始めた1980年代以降、診療報酬は国にとって最も重要な政策誘導の手段となっており、2年に一度の診療報酬改定では、国が点数や加算要件などを細かく変更し、これに医療機関が一喜一憂する構造が続いている。しかも、診療報酬の主な根拠は省令や通知であり、国会審議を伴う法改正を必要としない点で、行政の裁量で操作しやすく、厚生労働省にとって最も効果的な政策誘導のツールになっている。
一方、医師の働き方改革は違反した際の罰則に加えて、労働基準監督署の指摘や査察を通じて、診療体制を変えられる強制力を有しており、国から見ると、医療機関に対してダイレクトに権限を行使できる面がある。さらに、生産年齢人口が減少する中、労働時間の投入に制約条件が入る点で、医療機関の経営が受けるインパクトは大きい。
以上のように考えると、筆者は中長期的な視点に立つと、医師の働き方改革を通じて、好むと好まないにかかわらず、診療体制の見直し(医師の引き揚げや機能縮小、医療機関の廃業も含む)などを通じて、何らかの形で医療提供体制の変容を強いられる地域が出て来ると考えている。
見方を変えると、医師の働き方改革の施行を通じて、厚生労働省は民間医療機関に対し、診療報酬と並ぶ強力な誘導手段を持ったとも考えられる。実際、厚生労働省幹部が医師の働き方改革について、「将来の医療需要を見据えた適切な医療提供体制とマンパワーの配置に向かって、体制を転換するための非常に強いドライビングフォースになる」と述べる一幕もあった39。
このため、今後は診療体制の見直しや医療機関の再編、医師不足の深刻化などの医師の働き方改革による「副反応」が大きくなるかどうか、地域の実情を細かく見ていく必要がある、特に、現場で制度運営に当たる都道府県としては、地域医療構想や医師偏在是正、外来機能分化など、他の提供体制改革との整合性を図りつつ、医師の働き方改革に伴う「副反応」のマイナス面を小さくする努力が求められる。
37 1985年の医療法改正で導入された制度。現在の仕組みでは、都道府県が6年サイクルで改定しており、現在の仕組みでは、がん、脳卒中、急性心筋梗塞、糖尿病、精神疾患、救急医療、災害医療、へき地医療、周産期医療、小児救急・小児医療、在宅医療について、「地域の実情」に沿った提供体制を構築することが想定されている。2024年度改定の計画では、新型コロナ禍を受けて、新興感染症対策も医療計画の対象事業に追加される。
38 例外的な存在として、病床過剰地域における病床数の上限規制が医療計画で導入されている。さらに、地域医療構想や新型コロナウイルス対策として、都道府県の権限が一部で強化された。しかし、いずれも制度化に際しての国会審議では、厚生労働省幹部から「実際に使うということを想定しているわけではない」「あくまでも協力を中心に」という方針が示されていた。詳細については、2022年7月22日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照。
39 2019年6月5日『m3.com』配信記事における迫井正深官房審議官のインタビューを参照。
8――おわりに
実際、本稿で何度か触れた通り、医師の働き方改革は単に残業時間の短縮にとどまらない広がりを有しており、職場の勤務環境整備まで意識する必要がある。例えば、曖昧さが残されている宿日直許可や自己研鑽に関しても、単に勤務時間の帳尻合わせに使うのではなく、現場の医療機関では法律の趣旨に沿った運用が求められる。実際、民間企業では近年、従業員の健康増進を図る「健康経営」と働き方改革のリンクが強まっており、こうした動きは医療界にとっても決して他人事とは言えないはずである41。
一方、実行に際しては、様々な利害も絡む分、こうした「教科書的な説明」を超えた難しさを有しているのも事実である。特に、地域医療の水準確保とのトレードオフは悩ましい問題であり、患者にとって急激なアクセス悪化に繋がらないようにするためのバランスも求められる。その際には制度設計に当たる国による支援策と、現場で制度の運用に当たる都道府県の主体性も求められる。
40 2023年8月24日『m3.com』配信記事の座談会における細貝浩之・厚生労働省労働基準局労働条件政策課労働条件確保改善対策室長補佐の発言。
41 健康経営は2008年度からスタートした「特定健康診査・保健指導」(いわゆるメタボ健診)との関係が強く意識され、「健康づくり=生活習慣病対策」と見なされていた。ただ、2019年度に働き方改革関連法が施行されたほか、企業の価値を評価する「非財務情報」の一つとして、人材を「資本」と見なして能力を最大限引き出す「人的資本形成」の側面が重視されるようになっている。詳細については、2022年11月14日拙稿「社会保障から見たESGの論点と企業の役割(5)」を参照。健康経営は NPO 法人健康経営研究会の登録商標。
(2023年09月29日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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