2023年01月12日

次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く-負担と給付の見直し論議は先送り、小粒の内容に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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7|総合事業など、その他の施策
このほかの施策でも、見直しの方向性が示された。このうち、取り組みが遅れている総合事業の充実に向けて、▽包括的な方策の検討を早急に開始、▽自治体と連携しつつ、集中的に取り組んでいくための工程表を作成、▽自治体が取り組みを進める際の趣旨や方法を分かりやすく提示、▽好事例の分析結果の周知――などが列挙された。

高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」については、新型コロナウイルスルの影響で減少しているため、活動再開や参加率向上が重要と強調。その上で、好事例の情報共有や医療・介護の専門職による関与の重要性が指摘された。

住民組織や企業との連携を通じて、見守りなどのネットワークを整備することを目的する「生活体制整備支援事業」では、NPOや民間企業などが関係者で構成する協議会に参画する際、一定の要件を設けるなど、利用者やケアマネジャーが適切に選択できる仕組みの検討が必要と定められた。

さらに、2015年度改正を経て、特養の新規入居者が要介護3以上に限定されたが、要介護2以下の人も新規入居を認める特例の運用に地域差が見られるとして、制度改正の趣旨を周知徹底すると規定。このほか、▽住まいと介護の一体的な支援に向けた方策の検討、▽高齢者虐待の防止、▽ケアラー支援や認知症施策の充実、▽要介護認定に関する事務の簡素化に繋がる好事例の収集やICT化の推進、▽医療介護連携の深化に向けた好事例の紹介、都道府県が策定する医療計画と市町村の介護保険事業計画の連携強化――などが示された。

法改正事項としては、「支援の客体」とされている介護保険の被保険者の位置付けを変える可能性も言及された。具体的には、総合事業や通いの場では住民の主体的な参加が期待されているが、介護保険法では国民の努力として、「自ら要介護状態となることを予防するため、加齢に伴って生ずる心身の変化を自覚して常に健康の保持増進に努める」「要介護状態となった場合においても、進んでリハビリテーションその他の適切な保健医療サービス及び福祉サービスを利用することにより、その有する能力の維持向上に努める」と定められている程度である。

そこで、部会意見は「支援の客体としてだけでなく、地域づくりや日常生活の自立に向けた支援を担う主体としても観念することが重要」「法令上及び運用上、より明確に位置付けるよう検討することが適当」と定めた。

では、こうした内容を踏まえ、今回の制度改正はどう位置付けられるだろうか。今後、政省令や通知、介護報酬、人員基準などの詳細が決まるため、不透明な要素は多いが、今回は負担と給付の関係見直しを先送りした点を中心に、全般的な評価とともに、2024年度制度改正に向けた展望を試みたい。

6――今回の部会意見の全般的な評価

6――今回の部会意見の全般的な評価

1|異例の対応
まず、負担と給付の見直しや人員基準の再検討など、論争を招いたテーマでは、ほとんど結論が先送りされた点を指摘できる。特に、要介護1~2の人の総合事業移管やケアマネジメント有料化に関して、筆者は「困難」と考えていたので、予想通りの結果になった。人員基準の見直しについても、AIやICTの導入が前提条件となっており、早期の結論は困難と見ていた23

特筆すべきは過去の制度改正と大きく異なる流れになっている点である。過去の制度改正では「制度改正の2年前の年末に部会意見が公表→制度改正の前年に法改正、報酬改定論議→制度改正」という流れをたどっていたが、今回は法改正を伴わない2割負担の対象者拡大が2023年夏に先送りされるなど、異例の対応が取られた。

この要因として、医療保険制度改革で高齢者負担増の動きが相次いでいるため、負担増あるいは負担増の議論を一時的に集中させたくないという配慮が働いたと見られる。例えば、75歳以上の後期高齢者医療制度では、相対的に所得の高い人については、原則1割の患者負担を2022年10月から2割に引き上げたし、ほぼ並行して検討が進んでいた医療保険制度改革でも、所得の高い人に課される保険料の上限を引き上げる議論が浮上していた。

さらに、負担増や給付抑制を選択する難しさも考えられる。これまでも2~3割負担の導入など、いくつかの制度改正が実施されており、現行制度をベースにするのであれば、残された選択肢は余り多くない。実際、要介護1~2の人の総合事業移管やケアマネジメントの有料化は前回の2021年度制度改正でも論点になった案件であり、見直しの「弾」が見当たらないのが実情だ。

実際、部会意見を伝える新聞記事でも「難しい論点しか残っていない」「相当な痛手を一定の人に求めるのに、財源効果はそんなに大きくないので決めづらい」といった厚生労働省幹部の本音が紹介されている24
 
23 今回の制度改正に向けた見通しについては、2022年6月28日拙稿「3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格始動」を参照。
24 2022年12月20日『東京新聞』を参照。
2|先送りで十分か
しかし、介護保険の財源、人材の制約条件は厳しくなっており、筆者は「安定財源の確保や給付抑制の選択肢も含めて、近い将来に大規模な制度改正に向けた議論が必要になる」という認識も有している。このため、制度改正の利害得失や論点を十分に整理しないまま、懸案の多くを先送りした部会意見(実質的には厚生労働省)のスタンスには疑問も持っている。

一例を挙げると、その実現性は別にして、要介護1~2の人の総合事業移管を実行する場合、要介護認定の考え方を抜本的に改める必要がある。具体的には、要支援は制度上、「常時介護を要する状態の軽減、悪化の防止に繋がる支援が必要と見込まれる状態」などと定義されており、回復の可能性が見込まれる人を想定している。このため、総合事業の創設に際して、要支援の人を移管できたが、要介護の人を総合事業に移すのであれば、要介護認定の考え方そのものを見直す必要がある。

さらに、ケアマネジメントの有料化に関しても、「要介護度別に定められた区分支給限度基準額(以下、限度額)の範囲内に収めるのか、その外に置くのか」「枠内に置いた場合、限度額ギリギリまでサービスを使っている重度な人はサービスを減らす必要があるが、どれぐらいの人が該当しそうか」「ケアマネジメントを有料化した場合、費用を嫌がって自己作成を選ぶ人が増える可能性もあるが、現在の自己作成者はどれぐらいなのか、その場合は市町村が給付管理を担うことになるが、市町村の事務負担は増えないのか」といった点を想定しつつ、詳細を検証する必要がある。

しかし、管見の限り、これらの論点が詳しく議論される場面はなかった。むしろ、部会の議論を見ていると、厚生労働省が示す論点について、業界団体が賛否両論を述べる展開が続いている。これでは制度改正の利害得失を踏み込んで議論することは困難と言わざるを得ない。

一方、こうした状況になるのは必然の要素を持っている。まず、安定財源の確保や給付の重点化など、国民に痛みを強いる負担と給付の見直し論議は本来、民意に責任を持つ政治家が大きな方向性や選択肢を協議する必要があるが、与野党ともに議論を避けている中、厚生労働省として大きく舵を切れない事情がある。

しかも、現行制度の枠内で実施できる制度改正の選択肢は限られており、実行には難しい案件しか残されていない面もある。これを打破する上では、既述した要介護認定の仕組みなど、制度の在り方を根本から見直す必要があるが、少ない定員の中、厚生労働省(特に担当の老健局)が政治家や財政審、経済財政諮問会議、全世代型社会保障構築会議、規制改革推進会議などの指摘への対応、関係団体との利害調整などに追われ、長期ビジョンに立った施策を検討できていない印象も受ける。3年に一度の制度改正論議を一旦、止めてでも、将来のビジョンを考えることが必要ではないだろうか。
3|その他の案件
細かい案件で言うと、生活支援体制整備事業についてNPOや企業を認定する仕組みの検討とか、相談業務に関する地域包括支援センターからの委託拡大、新たな複合型サービスの創設、総合事業の改善に向けた方向性25など、疑問に感じる部分がいくつか含まれている。

例えば、NPOや企業を認定する仕組みの検討については、「インフォーマルケア」と呼ばれる介護保険以外の地域資源の利活用を促す狙いがあると推察される。しかし、インフォーマルケアは制度サービスと違い、ルールに縛られない自由さが魅力であり、行政が何らかの形でルールを認定すれば、その自由さが失われるリスクがある。例えば、企業がビジネスとして提供している配食サービスを制度として認定すれば、そこに何らかの要件や基準が発生する可能性があり、企業サービスの持つ裁量が失われかねない。

むしろ、▽住民とのネットワークづくりなどを図るため、生活支援体制整備事業で配置されている「生活支援コーディネーター」と他の専門職の連携強化、▽多職種連携などを図るため、市町村や地域包括支援センターが開催している「地域ケア会議」などの議論を通じたケアマネジャーへの情報共有、▽インフォーマルケアの所在地などを掲載したリストやマップの作成――などを通じて、市町村が現行制度の運用を改善する努力が求められる。さらに、介護保険サービスをケアプランに組み込まなくても、ケアマネジャーが居宅介護支援費の報酬を受け取れるようにする制度改正も検討する必要がある。

さらに、相談業務を地域包括支援センターから居宅介護支援事業所に委託すれば、委託先の民間事業者が自分の事業所を紹介するなど、利用者の囲い込みが生まれる危険性がある。複合型サービスの創設に関しても、通いと訪問、入所を組み合わせる小規模多機能型居宅介護など既に同様のサービスが存在しており、屋上屋を重ねる印象を受ける。
 
25 総合事業の実施に問題を抱える市町村を支援するため、厚生労働省は2022年度から「地域づくり加速化事業」を開始している。具体的には、専門家を自治体に派遣したり、自治体職員や専門職を交えたワークショップを開催したりしている。
4|2024年度制度改正に向けた展望
最後に、今後の流れを展望する。部会意見が一応、取りまとめられたのを受け、法改正が必要な案件については、2023年通常国会に介護保険法など関連法案が提出される見通しだ。さらに、政省令や通知で対応する案件についても、詳細が検討または調整され、多くが2024年度に施行される流れが想定される。

これらを踏まえて、市町村が次期介護保険事業計画(第9期、2024~2026年度)を策定する流れになる。一方、2割負担の対象者拡大を巡る議論が2023年夏に先送りされており、政令に委任されている所得基準の線引きがポイントになる。

このほか、2024年度介護報酬改定に向けた議論が介護給付費分科会で本格的に始まる見通しであり、この過程では、デイサービスと訪問介護を組み合わせた新たな複合型サービスの報酬・基準の詳細に加えて、多床室の取り扱いや人員基準の見直し、科学的介護の充実、介護予防の強化なども論点になると思われる。

その際には、2024年度の改定が2年に一度の診療報酬改定と重なるため、医療との連携も意識されそうだ。実際、2022年度診療報酬改定では、入退院支援や在宅医療の充実などが主な論点となっており、介護との接点が大きい在宅ケアは改定の目玉になった26。このため、2024年度同時改定では、医療・介護の連携も重要なキーワードとなりそうだ。

さらに、介護現場の環境改善に向けた政策パッケージでは、3つに複雑に枝分かれした処遇改善加算の一本化を検討する旨が盛り込まれており、報酬改定でも論点となると見られる。
 
26 2022年度診療報酬改定のうち、医療提供体制改革に関する部分については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。

7――おわりに

7――おわりに

今回は3年に一度の介護保険制度改正に向け、2022年12月に取りまとめられた部会意見の内容を考察するとともに、今後の論点や展望を示した。部会意見を読む限りでは、負担と給付の見直し論議がほとんど先送りされており、2024年度にも予定されている次期制度改正は前回と同様、「小粒」になる見通しである。

一方、財源と人材の制約条件を踏まえると、制度の持続可能性が問われているのも事実である。それにもかかわらず、今回の部会意見に限らず、最近の論議では制度改正の論点や利害得失が十分に整理されないまま、審議会に参加する業界団体がポジショントークを続けるだけで、議論が深まっていない印象を受ける。

しかも、今後の少子高齢化など人口動態を考えると、制約条件は一層、厳しくなることが予想される。3年に一度の制度改正を一旦、止めてでも、今後の高齢者福祉や介護の在り方を議論する必要がある。その際には、安定財源の確保や給付抑制の検討も含めて、政治の責任で論点や方向性、負担と給付の選択肢などを示すことも求められる。

参考
制度改正、介護報酬改定に関する過去の主な経緯については、以下の参考表の通りである。
参考表:介護保険創設後の制度改正の経緯
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年01月12日「基礎研レポート」)

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