2022年10月25日

紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える-10月から引き上げ、医療機能分化に向けて新制度も開始

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|かかりつけ医機能の「制度化」を巡る攻防
これまでプライマリ・ケアが議論されていなかった背景として、日医に対する配慮があることは間違いない。例えば、1985年の医療計画制度15の創設など、医療提供体制の見直し論議がスタートした頃の論文では、「プライマリ・ケアに関する明確なビジョンと推進の環境を整備することこそ医療計画の課題」との問題意識が披歴されていた16が、議論は手付かずだった。既述した地域医療構想に関しても、関心事は病床のコントロールにとどまっており、外来分野はほとんど手付かずだった。

しかし、財政制度等審議会(財務相の諮問機関)が昨年12月の建議(意見書)で、かかりつけ医の機能や役割が不明確なため、新型コロナウイルスの発熱相談にたどり着けない患者が続出した点などを指摘。その上で、「かかりつけ医機能の要件を法制上明確化」「これらの機能を備えた医療機関をかかりつけ医として認定」「かかりつけ医に対して利用希望の者による事前登録・医療情報登録を促す仕組みを導入していくことを段階を踏んで検討」などを訴えた。

つまり、かかりつけ医を制度上、明確化する必要性に加えて、患者が事前に指名した医師にかかる「登録制度」の段階的な採用を通じて、いつでもどこでも医療機関を自由に選べるフリーアクセスの部分的な見直しが必要と訴えたのである。さらに、政府の全世代型社会保障構築会議が今年5月に示した中間整理でも、「かかりつけ医機能が発揮される制度整備」を図ることで、外来の見直しも加味した医療提供体制改革の「バージョンアップ」を進める旨が示された。

これに対し、日医の松本吉郎会長は「フリーアクセスが制限される『かかりつけ医の制度化』は阻止し、必要な時に適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守る」と反対17しており、年末にも予想される調整では難航が予想されている。

かかりつけ医、及びかかりつけ医機能の制度化を巡る議論は後日、稿を改める予定だが、医療機関の役割分担明確化の議論が外来分野まで波及するか、今後の行方を注視する必要がある。
 
15 都道府県が6年周期で作る計画。病床過剰地域での上限設定に加えて、がんや精神疾患など「5事業5疾病」については、必ず記載することが義務付けられている。2024年度から始まる次期計画では、新興感染症への対応が追加される。既述した地域医療構想は元々、医療計画の一部として策定され、現在は医療計画に取り込まれている。
16 郡司篤晃(1991)「地域福祉と医療計画」『季刊社会保障研究』Vol.26 No.4。
17 2022年6月26日の臨時代議員会における日医の松本吉郎会長発言。同日『m3.com』配信記事を参照。

5――紹介状なし大病院受診追加負担額

5――紹介状なし大病院受診追加負担額の一層の引き上げの可能性

もう一つの可能性として、初診7,000円になった追加負担を一層、引き上げる選択肢も考えられるが、この場合には「原則3割負担」と定める健康保険法との整合性が問われる。

これは2002年改正で追加された附則第2条を指しており、「医療保険各法に規定する被保険者及び被扶養者の医療に係る給付の割合については、将来にわたり百分の七十を維持する」という条文が盛り込まれている。ここで言う「100分の70」の給付割合とは、患者負担3割を意味しており、これを将来に渡って維持する考えが示されたわけだ。

この附則追加は当時、政治的な側面を持っていた。具体的には、健康保険組合など被用者保険に加入する勤め人の患者負担を2割から3割に引き上げた際、自民党や日医が猛反発したが、発足間もなかった小泉純一郎政権が国民の高い支持率をバックに反対を押し切った。その過程で、一層の負担増に歯止めを掛ける意味で附則が追加された経緯がある。

実際、厚生労働省官僚OBは「(筆者注;附則の追加を主張した人達は)『3割負担はけしからん。これ以上は絶対にダメだぞ』という意味で言っていました。我々(筆者注:厚生労働省を指す)は、3割が限度で、4割負担になった医療保険ではなくなるのではないか、と考えていました」「附則を付けられた経緯は面白くありませんでしたが、付いた意味については何の異論もありませんでした」と振り返っている18

つまり、附則は今後の負担増に歯止めを掛ける担保としての側面を持っており、追加負担の引き上げを提唱した2019年12月の全世代型社会保障検討会議中間整理でも「平成14年(筆者注:2002年)の健康保険法改正法附則第2条を堅持」という文言が盛り込まれている。

このため、少なくとも現状で「3割負担」の原則を覆すような形で、紹介状なし大病院受診追加負担を一方的に引き上げて行く選択肢を取ることは現時点で難しいと考えられる。ただ、どこまで追加負担を引き上げると、「3割負担」の原則に抵触するか、明確な線引きが存在するわけではないため、今後も追加負担の引き上げ論議が浮上する可能性は否定できない。
 
18 医療科学研究所監修(2022)『徹底研究 患者負担の在り方』法研p231の「医療保険制度の患者一部負担の歴史に関する座談会録」における元厚生労働省官僚の中村秀一の発言。

6――おわりに

6――おわりに

本稿では、10月から引き上げられた紹介状なし大病院受診の追加負担について、制度改正の経緯に加えて、医療機関の役割分担明確化という目的を説明した。この目的に関しては、地域医療構想や上手な医療のかかり方など他の施策が絡んでおり、紹介状なし大病院受診の追加負担だけ見ていても、施策の全体像を理解しにくい面がある。さらに、かかりつけ医機能の制度化論議が影響するし、都道府県に運用が任されている地域医療構想や外来機能の見直しの動向も注視する必要がある。

一方、追加負担を一層、引き上げる選択肢については、「原則3割負担」を定めた健康保険法附則との関係で、一定の制約が課されているのは事実である。このため、医療機関の役割分担の明確化を図る上では、かかりつけ医機能の強化や制度化、地域医療構想の推進、紹介受診重点医療機関の選定など、他の施策を絡めて推進する必要がありそうだ。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年10月25日「保険・年金フォーカス」)

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