コラム
2022年09月01日

セカンドライフの空洞化問題(1)-課題の俯瞰的理解

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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定年のある会社員や公務員等にとって、「定年後のセカンドライフをどのように過ごしていくか、いけるか」ということは、人生における大きな課題の一つである。とりわけ「人生100年時代」という言葉が喧伝され、定年後の人生の長さに注目が集まる昨今においては、これまで以上にこの課題の持つ意味合いは大きいであろう。社会にとっても、労働力の減少が深刻化する未来に向けて、無視できない重要な課題と言える。しかしながら、セカンドライフの現状は、個人にとっても社会にとっても決して満足できる状況にはない。筆者は2009年以来、「定年後、自らが望むセカンドキャリアにスムーズに辿り着くことができず、“やることがない、行くところがない、会いたい人もいない”といった“ない・ない”づくしの暮らしを余儀なくする状況」を『セカンドライフの空洞化問題』と称して注目し、これまで様々な研究活動を通じて地域社会の状況を見てきたがなかなか改善が進まない。 

現政権下において「新しい資本主義」が模索され、“人への投資(人を活かす)”の重要性と必要性が高まってきているいま、“高齢者を活かす”という視点からもこの問題は喫緊の重要な政策課題に位置づけられると考える。そこで本稿では、この問題について改めて昨今の状況を確認し、解決に向けた道筋を考えていくこととしたい(本稿を含めて5回に分けて述べていく)。
図表1:「セカンドライフの空洞化問題」のイメージ

■「セカンドライフの空洞化問題」を取り巻く日本の労働市場の課題

この問題は、個人がどのような生き方、活躍の仕方を望むかという意識に左右される面があるが、当然それだけで変わる問題ではない。リタイアした高齢者が望む社会環境が整備されているか等、様々な課題と関連し合う。当問題を中心に日本の労働市場でいま何が問題となっているか、全体を俯瞰的するところから検討を進めていくことにする。

図表2がその状況の整理を試みたものになる。「社会(国・地域)」、「企業等」、「個人」及び「雇用労働市場」に分けながら、それぞれの主体において、今起きている現象や課題等を挙げながら、それぞれの関連性を示している。
図表2:セカンドライフ空洞化問題に関連する日本の労働市場の課題や状況
主なトピックスを付置した一覧ではあるが、こうしてみても今の日本の労働市場は様々な側面から大きな変革期を迎えていると言えるであろう。日本社会及び労働市場の変化の中で、セカンドライフの空洞化問題もそのあり方や解決の方向が変化していくことになる。

それぞれの事象の詳細な解説は割愛するが、当問題との関係に着目すれば様々なことが思い当たる。労働力確保のために求められる「人的資本の最適化」や「職業寿命の長期化」といった社会の要請は、一見、高齢者の就労拡大に向けて“追い風”に思える面もあるが、労働力不足がそのまま高齢者への期待に置き換わるわけでもない。また、2021年4月の高年齢者雇用安定法の改正により、「70歳までの就業確保支援措置」が努力義務とされたが、どれだけ企業が積極的に取り組むかで当問題のあり方も変わってくる。また、そもそも70歳までで良いのかということも論点として残る。他方、ギグワーカー等の新たな就労形態の出現や、JOB型の労働市場の形成気運、働き方改革及びデジタル化の推進といった新たな変化も注目される。これらが高齢者の活躍機会の拡大につながるのか、逆にさらに閉鎖的な状況を招くことになるのか、今後の情勢を見極めていく必要がある。「キャリア自律1」「リスキリング」といった近年になって注目される企業人事における社員教育の方向性も、今後どのように実践され、その成果として具体的なキャリア形成を実現していけるのか、“これから”の段階である。
 
1 「働く個人が自らのキャリアについて主体的に考え、自らのキャリアに責任を持ち、自らキャリア形成に取り組んでいる状態のこと」
(リクルートマネジメントソリューションズHPより引用。https://www.recruit-ms.co.jp/glossary/dtl/0000000220/

■重要なことは「社会」「企業等」「個人」の三者がWin-Winとなる最適解の創出

以上に限らないが、セカンドライフの空洞化問題の解決に向けて、「何が変われば」、「誰がどのように取り組めばよいか」、見るべき視点と考えるべき論点は極めて多い。その中で大事なことは、「社会」「企業等」「個人」の三者がWin-Winとなる最適解を追究していくことであろう。逆に言えば、そうした解でなければ問題解決を実現していくことは難しい。国が一方的に企業等に対して雇用確保義務年齢の引き上げをはかろうとしても、少なからず企業等からの反発は生じるであろうし、企業等と個人の関係でも、そもそも高齢者雇用に積極的にならなければ高齢者の活躍の場は当然拡がらず、逆に高齢者の労働力を求める場合であっても、その求める条件が高齢者の意向に合わなければミスマッチの状態が続いてしまう。

いずれにしても、セカンドライフの空洞化の問題の解決は、「個人の定年後の理想の生き方・活躍のあり方とは何か」、「高齢者が企業等で活躍できる環境・条件は何か」、「これらのことを支え推進するために国や地域(自治体)はどのような取り組みを進めるべきか」といったことを同時に考えながら「最適解」を導き出すことが必要である。複雑な方程式を解くような難しい課題ではあるが、日本の未来のためには解決しなければならない重要な問題であろう(セカンドライフの空洞化問題(2)に続く)。
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2022年09月01日「研究員の眼」)

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