コラム
2022年09月05日

セカンドライフの空洞化問題(4)-「生涯現役地域づくり環境整備事業」への期待

生活研究部 上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任 前田 展弘

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前回(3)、「65歳から地域をベースに生きがい就労で活躍し続けられること(パターンCモデル)」を人生100年時代における一つの理想の生き方・活躍の仕方として提唱した。「定年後、“地域”で働く?」ことについては、疑問を持たれた方もいるかもしれない。そこで本稿では、このことを後押しする国の「政策」について紹介するとともに、今後の課題と期待について考察する。

■地域で高齢者が活躍することを支援する政策の展開

厚生労働省では、生涯現役社会の実現に向けた「高年齢者雇用・就業対策」として次の3つのことを掲げている。この柱(方針)のもとで様々な政策と施策を講じてきているのである。

<高年齢者雇用・就業対策(厚生労働省)>

I. 企業における高年齢者雇用の拡大
II. 地域における多様な雇用・就業機会の確保
III. 企業や高年齢者を支えるための支援

Iでは、高年齢者雇用安定法にもとづき「70歳までの就業確保措置(2021年4月より施行)」1を講じるなど企業における高齢者の雇用拡大及び就業確保支援の取組みを推進してきている。IIIでは、ハローワークによる支援(生涯現役支援窓口の設置等)や、各種助成金の実施(65歳超雇用推進助成金、生涯現役起業支援助成金等)、また厚生労働省管轄の関係機関2を通じた各種の相談・援助・情報提供などを行ってきている。そして、筆者が注目するのが「II」である。具体的な政策としては「生涯現役促進地域連携事業(2017~2021年度)3」及び「生涯現役地域づくり環境整備事業(2022年度~)」等がこれまで実施されてきている。それぞれどのような事業なのか、この後概説しよう。
 
1 高年齢者雇用安定法の改正(2021年4月施行)により、事業主は次の(1)(5)もいずれかの措置を講じるように努めることとされた。(1)定年制 の廃止、(2)70 歳までの 定年の引上げ、(3)70 歳までの継続雇用制度(再雇用制度・勤務延長制度)の導入(特殊関係事業主に加えて、他の事業主によるものを含む)、(4)70 歳まで継続的に業務委託契約を締結する制度の導入、(5)70 歳まで継続的に次の事業に従事できる制度の導入(a.事業主が自ら実施する社会貢献事業 b.事業主が委託、出資(資金提供)等する団体が行う社会貢献事業)。
2 独立行政法人高齢・障害・求職者雇用支援機構など。
3 生涯現役促進地域連携事業は2016年度も実施されたが、基づく財源の変更に合わせて開始時期を2017年度からとしている(厚労省の表記に合わせている)。なお、2014-15年度も「地域人づくり事業」が行われている。

■高齢者の力を地域課題の解決に活かす「生涯現役促進地域連携事業」

「地域における多様な雇用・就業機会の確保」を文字通り具体化する事業として期待されたのが、生涯現役促進地域連携事業である。当事業は、地方自治体(都道府県/市区町村)が中心となって、まず所定の「地域高年齢者就業機会確保計画」を策定し、その上で地域の関係機関(自治体をはじめ高齢者の就業などに関係する機関)で「協議会」を組織し、高齢者の活躍場所を拡げる活動を行っていく。図表1に当事業のイメージを示したように、高齢者が活躍できる仕事の範囲を拡げる、とりわけ「地域のニーズが強い仕事」、つまり「地域として人が必要とする領域」(図の左側)に拡げようとするところにこの事業の一つの特徴がある。このことを言い換えれば、“高齢者の力で地域の課題の解決をはかる”ことを志向しているということである。大変公共性の高い素晴らしい事業と言える。
図表1:生涯現役促進地域連携事業のイメージ
ただ、2017年度から開始されたがいくつか課題も見えてきた。一つは「実施地域が少ない」ということである。当事業は、厚生労働省からの公募(継続的に実施される)に対して、実施を希望する地方自治体が手を挙げて採択された場合にできる事業であり、最大6年間4、国からの予算が付与される。図表2にこれまでの5年間で実施した地域(3年で終了した地域を含む)の数を数えたところ、わずか80地域にすぎなかった。都道府県単位では約6割が実施したのに対して、市区町村単位では僅か3%しか行われなかったのである。この事業の性質を考えると、基礎自治体である市区町村のほうがそれぞれの地域の課題や事情に応じた密度の濃い活動が可能であり、実施地域としてより相応しいと期待したが、結果はこのような状況であった。少なかった理由は様々なことが考えられるが、おそらく一番の要因は、各自治体の「余裕のなさ」(マンパワー不足問題、業務負荷問題)ではないかと思われる。この事業の趣旨には賛同しつつも、どの自治体も様々な地域課題を抱えており、取組むべきことが多いなか優先順位として劣後になったと思われる。

また実施できたとしても運営面での課題もいくつか確認された。特に事業の「実効性、効果性」について挙げられる。当事業は、地域の関係機関が連携し地域一体となった運営を期待するものであったが、協議会は組織されても実質的には「報告会」のような活動に止まり、実際の活動は協議会の運営を担う事務局5だけが行う(行わざるを得ない)ところが少なくなかったように推察された。これではシルバー人材センター及びハローワークに続く“第3極”の存在となり、地域における機能の重複感が否めない。また、事務局の数人が活動するのと、協議会構成員数十人が活動するのでは、当然ながら活動量も成果も大きく異なる。相応の予算が付与されていることからも、費用対効果の面で課題が残される。と言って、事務局に何か問題があったということでもない。むしろ懸命に当事業に取り組まれている。こうした状況を招いた大きな要因は、そもそもの事業計画の「指標6」の置き方に問題があったと見ている。例えば、企業訪問数、セミナー満足度といった指標なども見られるが、そうした局所的な項目よりも、「地域の高齢者の生活・暮らし方がどう変わったか」を客観的に追究できるような視点7、「地域内の関係機関の連携の量・質をはかる」ような、より広義な視点からの指標が優先的に設定されるべきではなかったかと考える。要は、目標(指標)が矮小化されてしまうと、活動内容も矮小化されてしまう弊害があったのではないかということである。
図表2:生涯現役促進地域連携事業の実施地域数
最後にもう一点課題を挙げると、それは事業の「持続性」についてである。当事業だけに限ったことではないが、予算とともに終了してしまう一過性の事業は少なくない。何かを達成(完成)して終了する時限的な事業であればよいが、この事業の目的と性質からすれば数年で終わりというわけにはいかないだろう。かつて、当事業の創設を検討していた厚生労働省の担当者と意見交換したことがあるが、その際「当事業の最大の狙いは当事業の機能を地域(自治体)に実装すること。全ての地域(特に基礎自治体)で当事業が展開されることを望む」と述べられていた。全く異存のないことであるが、実装する、つまり事業を持続的に展開していくには、当然ながら“ヒト・モノ・カネ”の仕組みを整えなければならない。これを当事業の期間内(最大6年間)に構築することを期待したが、現時点において成功モデルは確認できていない。
 
4 採択初年度~3年目までは「連携推進コース」、4~6年目までは「地域協働コース」に区分される。地域協働コースは2020年度に新設された。
5 事務局には専任スタッフとして、事業統括員、事業推進者、支援員の6~8名程度配置される。
6 厚生労働省の企画書募集要項にある例も参考にしながら、アウトプット指標とアウトカム指標を設定しなければならない。
7 例えば、「未就業の就業希望高齢者の就業率、高齢者の社会参加率」など。

■期待される「生涯現役地域づくり環境整備事業」(2022年度~)

以上のような課題は、国(厚生労働省)も承知していると思われるなかで、2022年度から「生涯現役促進地域連携事業」は「生涯現役地域づくり環境整備事業」にリニューアルされることになった(概要は図表3)。目指す方向性は従前の事業と特に変わりがないと思われるが、最大の特徴としては前述した「持続性」の問題への対処がはかられたことがある。「誰がこの役割を担うか((1)運営組織面)」、「事業に必要な財源をどのように確保するか((2)財源面)」、この点について明確な方針が打ち出された。

(1)運営組織面については、すでに地域の中に設置されている“既存”の協議会等8が担うこととしている。既存の組織に生涯現役促進地域連携事業が企図してきた機能を埋め込むイメージだ(方法としては、従前のメンバーを追加する。雇用・就業支援に重点を置いた部会を新設するなど)。これにより、「高齢者等の就労支援」と「地域福祉・地方創生」等との一体的な取組みが進められることを期待している。たしかに自治体には様々な協議会等の組織があり、政策も組織も重畳的で非効率な部分があったと思われ、合理的で納得的な方針と評価できる。

(2)財源面については、事業終了後も各地域における取組みを持続させるために「民間等からの資金調達に取組む」ことを要件としている。具体的な調達例としては、(1)企業等から協議会への寄付、(2)協賛企業や取組みに賛同する個人等からの会費、(3)企業等からの人材(マッチング支援など)の出向、(4)協議会活動の一環として実施する事業活動から得られた収益(地域食堂の売上金など)、(5)自治体事業の支出見直しにより生じた財源の充当、(6)地方公共団体あての寄付金(ふるさと納税・企業版ふるさと納税など)等が想定されている。外部から資金または人(マンパワー)を調達するか((1)(2)(3))、協議会自身で稼ぐか((4))、自治体内部の予算でやりくりをはかるか((5)(6))という方法である。どれか一つに限らず、組み合わせてもよい。事業(当機能)の持続をはかるために必要なことは言うまでもなく、必要性が明確化されたことは画期的なことと考えるが、同時に当事業の実施を希望する自治体からすると、提案時における一つのハードルになることは確かであろう。実際、どの手段が有効でより実現しやすいかは現時点では見えないところであるが、自治体の立場からの理想は(1)(2)(3)で工面できることであろう。民間の立場からすると、協力することに対するメリットとリターンが必要となる。それをどう見いだせるかが重要になってくるが、自治体側はもちろん企業側も自治体と協業する一つのきっかけとして捉えるなかで、何らかのメリットを創出できるように検討されることが望まれる。

なお、当事業はできるだけ多くの地域で展開することを狙うというよりも、採択された特定地域で得られたノウハウを他地域に伝播することで全国的に広めていく方向にある。やみくもに実施地域を増やすことより、モデル性のある質の高い成果(実績)を優先するのである。これも納得的である。多くの地域は「成功モデル」の情報(ノウハウ)を求めている。それだけに今年度採択された5地域9をはじめ、来年度以降に採択される地域も、ぜひともモデル性高い実績づくりを進めていただくことを切に願うところである(セカンドライフの空洞化問題(5)に続く)。
図表3:「生涯現役地域づくり環境整備事業」の概要
 
8 想定される協議会等(厚生労働省説明資料より):(1)重層的支援体制整備事業実施計画検討のための協議会、(2)地域福祉検討のための協議会、(3)生涯活躍まち事業計画検討等のための推進協議会(地域再生協議会)、(4)農山村活性化における地域協議会、(5)その他の自治体事業や民間主体の活動(例:協同労働)等により組織される協議会組織 等
9 2022年度採択地域:(1)北海道北広島市、(2)長野県大町市、(3)静岡県静岡市、(4)静岡県賀茂郡南伊豆町、⑤福岡県豊前市
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生活研究部   上席研究員・ジェロントロジー推進室兼任

前田 展弘 (まえだ のぶひろ)

研究・専門分野
ジェロントロジー(高齢社会総合研究)、超高齢社会・市場、QOL(Quality of Life)、ライフデザイン

経歴
  • 2004年     :ニッセイ基礎研究所入社

    2006~2008年度 :東京大学ジェロントロジー寄付研究部門 協力研究員

    2009年度~   :東京大学高齢社会総合研究機構 客員研究員
    (2022年度~  :東京大学未来ビジョン研究センター・客員研究員)

    2021年度~   :慶応義塾大学ファイナンシャル・ジェロントロジー研究センター・訪問研究員

    内閣官房「一億総活躍社会(意見交換会)」招聘(2015年度)

    財務省財務総合政策研究所「高齢社会における選択と集中に関する研究会」委員(2013年度)、「企業の投資戦略に関する研究会」招聘(2016年度)

    東京都「東京のグランドデザイン検討委員会」招聘(2015年度)

    神奈川県「かながわ人生100歳時代ネットワーク/生涯現役マルチライフ推進プロジェクト」代表(2017年度~)

    生協総研「2050研究会(2050年未来社会構想)」委員(2013-14、16-18年度)

    全労済協会「2025年の生活保障と日本社会の構想研究会」委員(2014-15年度)

    一般社団法人未来社会共創センター 理事(全体事業統括担当、2020年度~)

    一般社団法人定年後研究所 理事(2018-19年度)

    【資格】 高齢社会エキスパート(総合)※特別認定者、MBA 他

(2022年09月05日「研究員の眼」)

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