2022年06月28日

3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格始動-ケアプラン有料化などが焦点、科学的介護、人材不足対応も

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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4――介護予防の強化

1|科学的介護の推進
このほか、身体的自立を促す介護予防の強化も論点となりそうだ。介護予防の強化は2018年度制度改正から共通する流れ20であり、科学的介護の推進、「通いの場」の充実などが焦点になると見られる。

このうち、科学的介護ではデータを活用した介護が目指されており、2021年度制度改正と介護報酬改定では、(1)事業所からのデータ収集に関する加算の創設、(2)科学的介護情報システム(LIFE)と呼ばれるデータベースの一元化、(3)収集されたデータの現場へのフィードバック強化――などが図られており、2024年度制度改正でも論点となることが想定される。

なお、筆者はデータの重視を必要としつつも、集められているデータが身体的自立に偏っている点や現場に対するフィードバックが不十分な点を疑問視している。さらに、介護現場全体のDX(デジタルトランスフォーメーション)化を進める必要があると考えている21
 
20 介護予防の充実などを通じて、要介護認定の引き下げに成功したとされた埼玉県和光市の事例を参考にした2018年度制度改正の経緯などに関しては、2017年12月20日拙稿「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」を参照。
21 科学的介護の経緯や論点に関しては、2021年9月15日拙稿「科学的介護を巡る『モヤモヤ』の原因を探る」、2019年6月25日拙稿「介護の『科学化』はどこまで可能か」を参照。
2|「通いの場」の充実など
「通いの場」とは、高齢者が気軽に通える体操や運動の場を指しており、2019年6月の「認知症施策推進大綱」では図1の通り、「2025年度に参加率8.0%」という数値目標が設定された。

その後、一旦は図1の通りに拡大したが、2020年前半からの新型コロナウイルスの感染拡大で、通いの場は縮小、閉鎖に追い込まれており、実施個所数と参加率は減少に転じている。このため、ポストコロナを見据えつつ、拡大に向けた再起動が論点となりそうだ。

さらに、介護予防や「通いの場」の拡大を後押しする市町村向け財政支援制度も論点となる可能性がある。この関係では、2018年度制度改正で「保険者機能強化推進交付金」、2021年度制度改正で「保険者努力支援制度」という仕組みが創設され、2022年度予算では200億円ずつ全額国費が計上された。

しかし、財務省は予算の使途などをチェックする「予算執行調査」の対象として、2つの交付金を加えており、見直しのポイントの一つになりそうだ。
図1:通いの場の個所数と参加率の実績、参加率の目標

5――人材不足への対応策

5――人材不足への対応策

最後に、人材不足への対応策を取り上げる。これまでも、(1)介護職の給与引き上げ、(2)ICT化・ロボットの導入、(3)外国人材の受け入れ、(4)ボランティアの受け入れ――などが講じられている。

このうち、(1)では2009年度以降、段階的に給与が引き上げられた経緯があり、近年の対応策としては、岸田文雄首相が政権発足に際して、介護職の給与引き上げを表明。2021年度補正予算に全額国費の交付金が計上され、今年2月から月額9,000円が引き上げられた22。さらに、この措置は9月に切れるため、10月以降は介護報酬で対応することになっている。

(2)に関しては、2021年度介護報酬改定の際、介護事業所がICTを導入した場合、人員基準を部分的に緩和する見直しが実施された23。それでも厚生労働省の推計では2025年に約32万人、2040年に約69万人の介護職が不足するとされており、一層のテコ入れ策が求められている。

昨年から論点になっているのは人員基準の大幅な見直しである24。政府の規制改革推進会議はICTの活用などを通じて、現在の3:1基準(利用者3人に対して職員1人を配置する基準)よりも少ない人員で、現場を回せるかどうか可能性を模索した。

その後、この動きが昨年12月、「規制改革の推進でICTやロボットを活用、1人で4人介護可能に」などと報じられたことを受け、関係団体が反発。結局、今年6月に決まった規制改革実施計画では、先進的な特定施設(介護付き有料老人ホーム)に関して、AI(人工知能)やICT、ロボットの活用で、「現行の人員配置基準より少ない人員配置であっても、介護の質が確保され、かつ、介護職員の負担が軽減されるかに関する検証」を2022年度に実施すると規定した。

さらに同計画では、検証結果や社会保障審議会介護給付費分科会の議論を踏まえ、人員基準の特例的な柔軟化について、2022年度をメドに論点を整理し、2023年度に結論を出す方針も示された。

規制改革を所管する内閣府は「次回の介護報酬改定(2024年4月)を待つことなくスピード感をもって検討を進める」25としており、介護保険制度の見直し論議でも話題に上る見通しだ。
 
22 介護職の給与引き上げの経緯や論点に関しては、2022年2月28日拙稿「エッセンシャルワーカーの給与引き上げで何が変わるのか」を参照。
23 2021年度介護報酬改定に関しては、2021年5月14日拙稿「2021年度介護報酬改定を読み解く」を参照。
24 規制改革推進会議については、2022年3月1日『朝日新聞デジタル』、2021年12月21日『日本経済新聞』などを参照。
25 2021年12月27日『高齢者住宅新聞Online』内閣府規制改革推進室参事官の木尾修文氏に対するインタビューを参照。

6――おわりに

6――おわりに

今回は3年ごとの介護保険制度改正に向けた検討状況を取り上げた。財源と人材という「2つの不足」の制約条件を踏まえると、給付抑制や負担増の議論は避けられず、参院選後に何らかの動きが出てくる可能性が高い。

しかし、ケアマネジメント費の有料化や要介護1~2の総合事業移管については、単に予算繰りの都合だけで議論できない難しさもある。さらに人材不足は解決策の選択肢の少ない難題だが、単に人員基準を引き下げるだけでは、介護の質を担保できなくなるため、デジタル技術の活用も含めて、丁寧な実証や現場における経営改善も必要となる。
参考表:介護保険創設後の制度改正の経緯
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年06月28日「保険・年金フォーカス」)

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