2020年10月13日

中期経済見通し(2020~2030年度)

経済研究部 経済研究部

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(新型コロナウイルス感染症の影響)
2018年10月を山として始まった景気後退は、当初は外需が大きく悪化する一方で国内需要は底堅さを維持していたが、2019年10月の消費税率引き上げによって国内需要が大きく落ち込んだ後、新型コロナウイルス感染症の影響が顕在化した2019年度末から2020年度初めにかけて、内外需ともに急速に悪化した。実質GDPは2019年10-12月期から2020年4-6月期までの3四半期で▲10.1%減少し、リーマン・ショック前後の2008年4-6月期から2009年1-3月期まで(4四半期)の▲8.6%を上回る落ち込み幅となった。

2020年4月上旬に発令された緊急事態宣言が5月下旬に解除されたことを受けて、景気はすでに底打ちしているとみられるが、今後の回復ペースは急激な落ち込みの後としては緩やかなものにとどまる可能性が高い。

その理由としては、「新しい生活様式」の実践が恒常的に外食、宿泊、娯楽などのサービス支出の抑制要因となることが挙げられる。日本銀行が作成している実質消費活動指数を形態別に見ると、耐久財、非耐久財は緊急事態宣言の影響で4、5月には大きく落ち込んだものの、6月にはペントアップ需要の顕在化によって大きく反発し、感染症の影響が顕在化する前の2020年1月の水準を上回った。一方、外出自粛の影響を強く受けたサービスは、緊急事態宣言中の落ち込み幅が財を大きく上回ったことに加え、6月以降の戻りも小さい。8月のサービス消費の水準は1月を▲20%近く下回っている。新型コロナウイルスの感染拡大に伴うイベントの開催制限は徐々に緩和されているものの、人々が3密(密閉空間、密集場所、密接場面)を避ける姿勢が従来よりも強くなっているため、新型コロナウイルスだけでなく、通常のインフルエンザ流行時にも対面型の消費が抑制される可能性がある。今回の見通しでは、個人消費がコロナ前の2019年度の水準を回復するのは2022年度としているが、サービス消費の水準が元に戻るのは2024年度までずれ込むことを想定している。
回復が遅れるサービス消費/新型コロナによる下振れ幅(2020年度)
また、経済活動の制限がなくなり、自粛ムードが払拭されたとしても、失業者の増加、企業収益の悪化など、コロナ禍で経済活動の基盤が毀損してしまったことが今後の景気の下押し圧力となるだろう。2020年度の主要経済指標について、前回見通し(2019年10月)から今回見通し(2020年10月)への下振れ幅をみると、実質GDPは▲40.0兆円、うち民間消費が▲20.7兆円、設備投資が▲9.9兆円、純輸出が▲10.4兆円となっている。また、家計部門、企業部門の主な収入源である雇用者報酬、企業収益(営業余剰)はそれぞれ▲11.4兆円、▲27.7兆円下振れしている。このほとんどは、新型コロナウイルス感染症による影響と考えられる。雇用者報酬の減少、企業収益の悪化が個人消費、設備投資の回復を遅らせる要因となるだろう。
 
(インバウンド需要はほぼ消失)
訪日外国人は2012年から8年連続で増加し、2019年には3,188万人となり、訪日外国人消費額も2012年の1.1兆円から2019年には4.8兆円まで拡大したが、新型コロナウイルスの感染拡大を受けた入国制限により2020年4月以降、インバウンド需要はほぼ消失した状態が続いている。
訪日外国人数の予想 ビジネス、医療、教育の関係者、留学生など中長期の在留資格を持つ外国人に新規入国を認めるなど、ここにきて入国制限を緩和する動きは徐々に進んでいるが、訪日外国人の9割近くを占める観光客の入国が認められるまでには相当の時間を要する。また、入国制限が完全に撤廃されたとしても、海外出張をリモート会議に代替する動きはコロナ収束後も継続する可能性が高く、このことは長期にわたってビジネス関係の訪日外国人数を抑制するだろう。さらに、インバウンド需要が消失した状態が長引き、宿泊業の倒産、事業規模の縮小が相次ぐことで、訪日外国人を受け入れるための客室数の水準が低下することも中長期的な需要の回復を遅らせる一因となることが見込まれる。

今回の見通しでは、訪日外国人が2019年実績の3,000万人台を回復するのは2027年、政府が2020年の目標としていた4,000万人に達するのは2030年とした。前回見通し(2019年10月)に比べて足もとの水準が大きく下振れていることは言うまでもないが、予測期間末(前回は2029年度、今回は2030年度)の水準も1,000万人程度下振れている。
 
(労働力率の上昇基調は途切れず)
労働力人口は2013年からは7年連続で増加し、2019年には6886万人と過去最高を更新した。日本の人口は2008年をピークに減少しており、生産年齢人口(15~64歳)は1995年をピークに20年以上にわたって減少を続けている。こうした中でも労働力人口が増加し続けているのは、女性、高齢者を中心に労働力率(労働力人口/15歳以上人口)が大幅に上昇してきたためだ。

新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言の発令を受けて、2020年4月の労働力率は大きく低下した。これは、経済活動の停止を受けて職を失った人の多くが職探しを行わずに非労働力化したためである。しかし、労働力率は5月以降徐々に持ち直しており、8月時点ですでに2019年平均の水準をほぼ回復している。

また、2020年4-6月期の労働力率を詳細にみると、女性、世帯主以外(配偶者、世帯主の子など)の労働力率が大幅に低下する一方、男性の労働力率の低下は小幅で、世帯主の労働力率は上昇している。女性については、配偶者あり・子供有りが大幅に低下する一方、未婚・子供なしは上昇している。小中学校を中心とした臨時休校によって一時的に労働市場からの退出を余儀なくされた女性が多かったと考えられる。また、若年層(15~24歳)については、学生の労働力率が大幅に低下する一方、学生以外の労働力率の低下は小幅である。新型コロナウイルスの感染拡大を受けて、パート・アルバイトを一時的に休止した学生が多かったためだろう。このように、コロナ禍での労働力率の動きはその人が置かれている立場によってばらつきがみられるが、経済活動の再開に伴いこうした動きは解消に向かう公算が大きく、女性、高齢者を中心とした労働力率の上昇傾向は今後も続くことが予想される。
労働力人口、労働力率の推移/コロナ禍での労働力率(2020年4-6月期)
先行きについては、人口減少ペースの加速、さらなる高齢化の進展が見込まれるが、女性、高齢者の労働力率が一段と上昇すれば、労働力人口の大幅減少を回避することは可能だ。

今回の見通しでは、女性は25歳以上の全ての年齢階級で労働力率が上昇男性は60歳以上の労働力率が上昇することを想定した。2019年時点の男女別・年齢階級別の労働力率が今後変わらないと仮定すると、2030年の労働力人口は2019年よりも▲600万人以上減少する(年平均で▲0.9%の減少)が、高齢者、女性の労働力率上昇を見込み、2030年までの減少幅は▲87万人(年平均で▲0.1%の減少)とした。
年齢階級別・労働力率の予想(男性)/年齢階級別・労働力率の予想(女性)
行政のデジタル化率(2018年) (新型コロナがデジタル化を加速させる契機に)
新型コロナウイルスの感染拡大を契機として、在宅勤務やオンラインビデオツールが普及したほか、病院のオンライン診療が認可されるなど、様々な分野でデジタル化が普及した。しかし、特別定額給付金の支給が諸外国と比較してスムーズに行われなかったことに象徴されるように、日本の行政においては、従来からデジタル化の遅れが指摘されていたが、新型コロナウイルスをめぐる対応を通じて、この問題が浮き彫りとなった。
足元で進んでいるデジタル化は、感染予防などを目的としたコロナ対応の意味合いが強いが、今後は社会の利便性の向上、イノベーションの創出のために活用されることが見込まれる。具体的には、AIやIoT、5Gの導入などが一層進むため、ソフトウェア投資や研究開発投資などの無形資産投資が、工場や機械などの有形固定資産投資を上回るペースで増加する公算が大きい。

無形資産投資の規模は、国民経済計算における知的財産生産物という項目で捕捉されている。日本は、無形資産投資の総固定資本形成に占める比率が22.2%(2018年)と、国際的にみても高い水準である。しかし、1990年代半ばの10%台前半から2000年代に20%台まで大きく上昇した後は、2009年をピークに低下傾向にある。
知的財産生産物の水総準固定資本形成比率/知的財産生産物の推移
デジタル化の進展により、無形資産投資は大きく増加し、総固定資本形成に占める比率も再び上昇基調に転ずるだろう。特に、9月に発足した菅新政権によってデジタル庁が創設されれば、さらなる追い風となる。無形資産投資は、資本ストックの増加に加えて、全要素生産性の上昇に寄与することが期待されるため、潜在成長率を引き上げる要因となる。少子高齢化・人口減少により労働投入の減少が見込まれることを考慮すると、デジタル化は、今後の日本経済の成長力を左右する重要な鍵となろう。
(足もとの潜在成長率はマイナスだが、2020年代半ばまでに1%程度まで回復)
1980年代には4%台であった日本の潜在成長率は、バブル崩壊後の1990年代初頭から急速に低下し、1990年代終わり頃には1%を割り込む水準にまで低下した。世界金融危機時にほぼゼロ%まで低下した後、2010年代半ばにかけて1%程度まで持ち直したが、その後は低下傾向が続き2019年度には0.3%となった。

潜在成長率を規定する要因のうち、労働投入による寄与は1990年代初頭から一貫してマイナスとなっていたが、女性、高齢者の労働参加が進んでいることから2014年度以降は小幅なプラスとなっている。また、資本投入による寄与は世界金融危機後にいったんマイナスになった後、その後の設備投資の回復を受けてプラスを続けているが、2018年度以降の設備投資の減速を受けてプラス幅が縮小している。全要素生産性は長期的に低下傾向が続き、足もとでは0%台前半となっている。

なお、潜在成長率は概念的には景気循環に左右されないはずだが、実際には現実の成長率の影響を強く受ける。潜在成長率=潜在労働投入量の伸び率×労働分配率+潜在資本投入量の伸び率×資本分配率(=1-労働分配率)+全要素生産性上昇率で表される。このうち、全要素生産性上昇率は一般的に、現実のGDPから労働投入量、資本投入量を差し引いた残差をHPフィルターなどで平滑化して求められる。このため、現実のGDP成長率が低くなれば、全要素生産性上昇率も低くなり、それに応じて潜在成長率も低くなる。また、景気悪化時には設備投資の抑制や雇用情勢の悪化によって、資本投入量、労働投入量が減少し、このことも潜在成長率の低下要因となる。

また、潜在成長率は実績値の改定や先行きの成長率によって事後的に大きく変わりうることにも注意が必要だ。たとえば、戦後最長の景気回復期で比較的高い成長が続いた2002~2007年度の実績を反映した2008年10月時点では2007年度の潜在成長率は2%程度と推計していたが、現在は1%台前半まで下方修正されている。一方、2008、2009年度の大幅マイナス成長を反映した2011年10月時点ではマイナスとなっていた2009、2010年度の潜在成長率は直近では0%台前半まで上方修正されている。
潜在成長率(推計値)の改定状況/潜在成長率の寄与度分解
当研究所が推計する潜在成長率は2020年度には▲0.4%といったんマイナスに転じることが見込まれる。新型コロナウイルスの感染拡大に伴う経済停止の影響で、労働投入量が減少(労働力率の低下、労働時間の減少)し、労働投入の寄与度がマイナスに転じることが主因である。また、設備投資の減少に伴う資本ストックの伸び率低下を反映し、資本投入の寄与度がほぼゼロ%まで縮小する。しかし、前述したように、足もとの潜在成長率の落ち込みはあくまでも新型コロナウイルスの感染拡大を受けた経済活動の制限によってもたらされたものであり、日本経済の成長力が実態として落ちてしまったわけではない。

先行きの潜在成長率は、景気回復に伴う労働市場の改善によって労働投入量の減少幅が縮小すること、設備投資の回復によって資本投入量の増加幅が拡大すること、デジタル化(AI、IoTの活用)、働き方改革の進展などにより全要素生産性の上昇率が高まることから、2020年代半ばには1%程度まで回復することが見込まれる。ただし、2020年代後半は人口減少、少子高齢化のさらなる進展によって労働投入量のマイナス幅が拡大することから、潜在成長率は若干低下し、2030年度にはゼロ%台後半となるだろう。
 
(実質GDPがコロナ前の水準に戻るのは2023年度)
実質GDP成長率は、中長期的には潜在成長率の水準に収れんする。ただし、足もとはGDPギャップが大幅なマイナスとなっており、それが解消に向かう過程では潜在成長率を上回る高めの成長が続く公算が大きい。実質GDP成長率は2020年度に▲5.8%と過去最大のマイナス成長を記録した後、2021年度が3.6%、2022年度が2.1%、2023年度が1.8%と潜在成長率を上回る伸びが続くだろう。
実質GDPが元の水準に戻るのは2023年度 実質GDPがコロナ前(2019年度)の水準を回復するのは2023年度となろう。需要項目別には、民間消費はサービス消費の回復は遅れるものの、ペントアップ需要などから財消費の戻りが早いこともあり、2022年度には元の水準を回復するが、設備投資の水準が元の水準に戻るのは2023年度までずれ込むだろう。急速に落ち込んだ企業収益の水準が元に戻るまでには時間を要すること、新型コロナによる需要の急激な落ち込みを経験したことにより、設備投資の抑制姿勢が強まる可能性が高いためである。また、輸出はインバウンド需要の低迷は長期化するものの、輸出全体の約8割(2019年度実績)を占める財輸出の回復ペースが速いことから、2022年度には2019年度の水準を上回るだろう。
なお、ここでは2019年度の水準をコロナ前としたが、2019年度末には新型コロナウイルスの影響が顕在化していること、2019年度後半は消費税率引き上げの影響で経済活動の水準が低下していることには注意が必要である。年度ベースの直近のピークは、実質GDPは2019年度だが、民間消費、設備投資、輸出はいずれも2018年度となる。

当研究所が推計するGDPギャップは、世界金融危機後の2009年度にマイナス幅が▲5%台(GDP比)まで拡大した後、縮小傾向が続いてきたが、2018年度が0.3%、2019年度が0.0%と低成長が続いたことからマイナス幅が拡大し、新型コロナウイルスの影響で大幅マイナス成長が不可避となった2020年度には▲6%台のマイナスとなることが見込まれる。

2021年度以降は高めの成長が続くことによりGDPギャップのマイナス幅は縮小するが、ギャップが解消されるのは2025年度までずれ込むだろう。GDPギャップが解消される2020年代半ば以降は潜在成長率並みの成長率に収束し、2020年代半ばの1%程度から2030年度にかけてゼロ%台後半の成長率となろう。

この結果、日本の実質GDP成長率は予測期間(2021~2030年度)の平均で1.5%になると予想する。過去10年間(2011~2020年度)の平均0.2%を大きく上回るが、過去10年間の平均成長率には新型コロナウイルスの影響で大幅な落ち込みが見込まれる2020年度が含まれているのに対し、今後10年間の平均にはその反動で高めの成長となる2021~2023年度が含まれているためである。これらの影響を除いた実質的な平均成長率は、過去10年間、今後10年間ともに1%程度とみている。
潜在成長率とGDPギャップの推移/実質GDP成長率の推移

(2020年10月13日「Weekly エコノミスト・レター」)

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