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介護保険改正の論点を考える-積み残された財源問題のほか、人材確保や有料老人ホームの見直しも論点に、参院選の影響は?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~介護保険改正の論点を考える~
論点については、「持続可能な制度の構築、介護人材確保・職場環境改善」など5つが介護保険部会で提示されており、それぞれに関して今後、部会で詳細が検討され、2025年末までに結論が示される予定となっている。さらに、法改正が必要な案件については、2026年通常国会の関連法改正案に盛り込まれる見通しだ。
中でも、焦点になるのが前回の2024年度改正で先送りされた3つの案件である。具体的には、(1)一定以上の所得水準の利用者に課している2割負担の対象者拡大、(2)全額が保険給付で賄われているケアマネジメントの有料化、(3)要介護1~2の給付見直し――の3点である。
さらに、生産年齢人口が激減する2040年をターゲットに入れた「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方検討会」のほか、相次ぐ有料老人ホームを巡る過剰請求案件を踏まえた「有料老人ホームにおける望ましいサービス提供のあり方に関する検討会」という検討組織も発足しており、いずれも制度改正論議に反映されることになりそうだ。
このほか、物価や賃金の上昇を踏まえ、現場の人材不足や事業所の経営危機が深刻化しており、緊急性の高いテーマとして議論される見通しだ。2025年7月投開票の参院選で与党が惨敗したのを受けて、政局が一層、流動化する可能性がある中、制度改正論議の先行きは不透明になっているが、本稿では過去の経緯などを踏まえつつ、2027年度制度改正の論点を概観する。
2――制度改正の主な論点
まず、制度改正で想定される論点を網羅する。2024年12月に開催された介護保険部会では、(1)地域包括ケアシステムの推進、(2)認知症施策の推進・地域共生社会の実現、(3)介護予防・健康づくりの推進、(4)保険者機能の強化、(5)持続可能な制度の構築、介護人材確保・職場環境改善――という5つで整理された。
このうち、1番目で言及されている「地域包括ケア」とは、「医療や介護が必要な状態になっても、可能な限り、住み慣れた地域でその有する能力に応じ自立した生活を続けることができるよう、医療・介護・予防・住まい・生活支援が包括的に確保される」と法律で定義1されており、人口のボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年をターゲットに据え、介護予防や認知症支援策など様々な施策が展開されてきた。
だが、目標の年次が到来した上、後述する通り、医療分野では生産年齢人口が激減する「2040年」を見据えた施策の議論が始動し、介護でも「2040年に向けたサービス提供体制等のあり方検討会」(以下、2040年検討会)の検討が始まった。2027年度改正では、これらの点を意識しつつ、多様なサービス提供や医療・介護連携などが主な話題になりそうだ。2040年検討会については、後述する。
次に2つ目の「認知症施策の推進・地域共生社会の実現」のうち、前半の認知症施策では2024年1月に施行された認知症基本法を踏まえた施策の展開が論点として考えられる。この法律では、「認知症=何も分からなくなった人」という古い認知症観からの脱却を目指しており、政府は2024年12月に「認知症施策推進基本計画」を策定。これを踏まえつつ、認知症の人が安心して暮らせる地域を作るため、自治体も「認知症施策推進基本計画」の策定が求められている2。
2つ目の後半の「地域共生社会」では、厚生労働省は「制度・分野ごとの『縦割り』や『支え手』『受け手』という関係を超えて、 地域住民や地域の多様な主体が参画し、人と人、人と資源が 世代や分野を超えてつながることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域をともに創っていく社会」と説明しており、生活困窮者に対する支援や孤独・孤立対策、住民同士の支え合いの強化など高齢者介護にとどまらない論点が想定されている。
3つ目の「介護予防や健康づくりの推進」では、高齢者が気軽に体操などを楽しめる「通いの場」の拡充に加えて、要支援者を対象とした「介護予防・日常生活支援総合事業」のテコ入れなどが論点として考えられる。このうち、総合事業は3つの財源問題の一つに位置付けられており、経緯や論点を後述する。
4つ目の「保険者機能の強化」とは、介護保険の運営者(保険者)である市町村の機能強化を意味する。ここでは、介護保険の財政運営だけでなく、高齢者人口や専門職数の違いなど「地域の実情」を踏まえつつ、市町村が高齢者の外出支援や介護予防などの各種施策に当たれるような体制整備が論点になっている3。
最後の「持続可能な制度の構築、介護人材確保・職場環境改善」では、後述する2割負担の対象者拡大などの財政問題に加えて、現場の人材確保策とか、介護現場の生産性向上・職場環境改善が論点になっている。このうち、生産性向上・職場環境改善は2024年度介護報酬改定で焦点になったテーマであり、働きやすい職場づくりや少ない人員で現場が回るようなデジタル技術の導入などが目指されている4。
1 2012年制定の医療介護総合確保推進法の定義。ただ、給付抑制策の説明なども含めて多義的に使われており、ここでは定義に立ち入らない。定義に関しては、介護保険20年を期した拙稿コラムの第9回を参照。
2 正式名称は共生社会の実現を推進するための認知症基本法。その経緯や内容などは2024年6月25日「認知症基本法はどこまで社会を変えるか」を参照。
3 近年の医療・福祉に関わる制度改正に関して、「地域の実情」という言葉が政府文書で多用されており、自治体の主体性が期待されている。詳細は「地域の実情」という言葉に着目したコラムを参照(全6回、リンク先は第1回)。
4 2024年度改正では、相談窓口を都道府県に義務付ける見直しに加えて、報酬面でもセンサーを導入した施設に対する加算(ボーナス)などが創設された。詳細は2024年5月23日拙稿「介護の『生産性向上』を巡る論点と今後の展望」を参照。
これらの論点は概ね過去の制度改正や報酬改定と概ね共通しており、特段の変化は見られない。例えば、前回の2024年度改正に向けて、2022年12月に示された介護保険部会意見書では、制度改正に関わる案件が「地域包括ケアシステムの深化・推進」「介護現場の生産性向上の推進、制度の持続可能性の確保」の2つに大別されていた。
さらに、2024年度介護報酬改定に向けて、2023年12月に示された社会保障審議会介護給付費分科会の報告書でも「地域包括ケアシステムの深化・推進」のほか、身体的自立を促す「自立支援・重度化防止に向けた対応」、生産性向上を含む「良質な介護サービスの効率的な提供に向けた働きやすい職場づくり」、財源問題に関わる「制度の安定性・持続可能性の確保」、「その他」に類型化されていた。
敢えて違いを挙げるとすれば、認知症施策は従来、多義的な「地域包括ケア」に包摂されることが多かったが、個別項目として整理された形だ。
さらに、経済財政政策の方向性を示す「経済財政運営と改革の基本方針」(骨太方針)が2025年6月に閣議決定された際にも、介護保険改正に関わる様々な文言が入った。
具体的には、物価上昇で介護現場の人材不足や事業所の経営危機が深刻化しており、「介護・障害福祉分野の職員の他職種と遜色のない処遇改善や業務負担軽減等の実現に取り組むとともに、これまでの処遇改善等の実態を把握・検証し、2025年末までに結論が得られるよう検討」という文言が入るなど、2026年度診療報酬改定も見据えつつ、医療・介護・障害に渡って前向きな表現が数多く盛り込まれた5。賃上げに関する動向は本稿で後述する。
一方、今回のテーマの関係では、「介護保険制度について、利用者負担の判断基準の見直し等の給付と負担の見直しに関する課題について、2025年末までに結論が得られるよう検討する」という方向性が示されており、ここで言う「給付と負担の見直しに関する課題」が前回の2024年度改正で積み残された論点である。
つまり、(1)一定以上の所得水準の利用者に課している2割負担の対象者拡大、(2)全額が保険給付で賄われているケアマネジメントの有料化、(3)要介護1~2の給付見直し――という財源問題である。以下、3つの点に関して論点や経緯を説明する。
5 2025年版の骨太方針の文言については、2025年6月24日拙稿「医療機関の経営危機、報酬改定と予算編成はどうなる?」を参照。
3――積み残された3つの財政問題(1)~2割負担の対象者拡大~
しかし、介護保険部会では賛否の意見が割れ、2022年12月の報告書では「利用者負担が増えれば、必要な介護サービスの利用控えにつながり、生活機能の悪化につながることから慎重に検討すべき」「現役世代の社会保険料負担は限界に達しており、介護は医療に比べて費用の伸びが大きいことも踏まえると、保険料の上昇抑制のためには利用者負担の見直しが必要」と両論を併記するとともに、2023年夏に結論を先送りした。
その後、岸田文雄政権が重視した「次元の異なる少子化対策」の財源を確保するため、社会保障費の抑制論議が浮上したことなどで、2023年12月に再び結論が先送りされた。それでも介護保険部会では議論がまとまらず、与党でも自民党政調会長代行だった田村憲久氏が2023年11月の民放番組で、「広げたとしても、ホントに若干280万円から下がるぐらいの話」「220万円はかなり生活に影響が出る。我々はそれを反対」と述べる7など、消極的な雰囲気が広がった。結局、結論は2027年度改正、つまり2025年から本格的に始まる論議に先送りされた。
ここでのポイントは「若干」という点だった。つまり、田村氏の発言は「220万円」への引き下げを否定しつつも、引き下げ自体を全否定していたわけではなく、280万円から少し引き下げる選択に含みを持たせていた。それでも負担増が先送りされた背景として、2023年12月以降、自民党旧安倍派を中心とする裏金問題に対する注目が集まった影響が考えられる。
さらに、図表2を照らし合わせると、先送りを決めた当時の背景を想像できる。図表2は2023年11月、厚生労働省が示した試算であり、1割負担と2割負担を線引きする「280万円」を引き下げた場合の影響が190万~270万円まで10万円刻みで示された。
それによると、もし田村氏が述べた通り、仮に270万円や260万円などの「若干」の引き下げに踏み切っても、給付抑制額は90~180億円程度にとどまる見通しだった。
これは約11兆円に及ぶ介護保険総予算の0.1~0.2%程度に満たず、これで浮く国費(国の税金)も約20~50億円にとどまる。
こうした状況で、もし介護保険部会などで出ている反対意見を押し切って制度改正に踏み切ったとしても、反対派の説得に必要な労力の割に、得られる抑制額が余りに小さいため、「費用対効果が悪い」と判断されたのであろう。
6 2割負担の対象者拡大を巡る論点などについては、2024年3月1日拙稿「介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?」を参照。
7 2023年11月30日放映のBS-TBS『報道1930』における発言。
(2025年07月29日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
・関東学院大学法学部非常勤講師
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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