コラム
2024年08月28日

介護の「保険外」サービスとは何を指すのか?-制度の基本構造から「正体」を探るとともに、普及策を検討する

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~介護の「保険外」サービスとは何を指すのか?~

高齢者の生活支援とか、仕事と介護の両立支援などの文脈で、介護保険の「保険外サービス」を拡大する議論が政府内で浮上しています。2024年5月の財政制度等審議会(財務相の諮問機関)の建議や同年6月の骨太方針(経済財政運営と改革の基本方針)で「介護保険外サービスの利用促進」の必要性が指摘されました。

ここで言う介護の「保険外」とは、一般的に「介護保険以外で、自治体や企業などが要介護高齢者に提供する商品やサービス」と理解されています。筆者自身も、介護に関わる「保険外」サービスを広げることで、高齢者が外出する機会が増えたり、企業が新たなビジネスを広げたりする必要性に異を唱えるつもりはありません。

しかし、ここでは「保険外」という言葉遣いに注目したいと思います。元々、介護保険は制度創設時から自治体独自の福祉サービスや民間企業のサービスなどをケアプラン(介護サービス計画)に組み込むことを否定していません。この点は「保険」「保険外」を組み込むことを原則として禁じている医療との大きな違いです。

さらに、数年前にも規制改革の文脈で、「保険」「保険外」を同じ時間内に組み合わせる「混合介護の弾力化」の拡大論議が模索されたものの、その後は話題になっていません。こうした経緯を踏まえると、拡大策を具体的に検討する必要があります。

本稿では、「保険外」の言葉が使われている政府文書の内容や背景を検討しつつ、介護保険制度では創設時から「保険外」を組み込むことが否定されていない点を強調します。さらに、「保険外」の「正体」が自治体独自のサービスか、民間企業の高齢者向けサービスに過ぎない点も指摘し、「保険外」の普及を図る上で、ケアマネジャー(介護支援専門員)の報酬体系の見直しなどを提唱します。

2――介護の「保険外」サービスを巡る政府文書

最初に「保険外」という言葉を使っている政府文書を確認します1。2024年5月の財政審建議では高齢者のニーズへの対応とか、事業者の経営基盤強化に繋がる可能性があるとして、「今後も増大し続ける多様な介護需要に対して、介護保険事業と介護保険外の民間企業による関連サービスで対応していくことが有益」という期待感が披歴されました。

財務省としては、介護職員の給与引き上げが財政を圧迫する一因になっているため、「保険外」の拡大を通じて事業者の収益力が向上すれば、少しでも歳出増加圧力を緩和できると思っているのかもしれません2。あるいは歳出抑制策として、財務省は軽度者向け給付の見直しも提唱しており、「保険外」を給付抑制の受け皿にしたいという思惑もありそうです。

さらに、経済財政政策の方向性を示す2024年6月の骨太方針では、下記のような文言が盛り込まれました。
 
深刻化するビジネスケアラーへの対応も念頭に、介護保険外サービスの利用促進のため、自治体における柔軟な運用、適切なサービス選択や信頼性向上に向けた環境整備を図る。

ここで言う「ビジネスケアラー」とは、仕事と介護の両立に直面している従業員を指しており、経済産業省が最近、盛んに用いている和製英語です。同省は2023年11月に検討会を設置し、2024年3月に経営者向けガイドラインを作るなど、仕事と介護の両立支援を中心に、介護分野に関して独自の動きを見せています。さらに、同省は「保険外」の認知度向上などを目指し、民間企業も交えた「介護関連サービス事業協会」も同月に発足させており、発足式では仕事と介護の両立支援に向けて、「保険外」の情報やサービスにアクセスできることが重要という考えが示されています。

以上の経緯を踏まえると、上記の文言は厚生労働省の意向ではなく、経済産業省の考え方が反映されている可能性を読み取れます。同省としては、「保険外」の拡大を通じて、介護を理由にした離職を防ぐとともに、産業政策として関連ビジネスの育成を図る意図を持っていると思われます。

いずれの政府文書の意図も、筆者は全否定する気はないですし、介護保険だけではない選択肢が広がることは高齢者の生活の質(QOL)を高めることに繋がると思っています。

ただ、これらの議論は別に目新しい話ではありません。例えば、後述する通り、2017年頃には「保険」「保険外」を同一時間内に組み合わせる「混合介護の弾力化」が話題になりました。さらに、国の委託研究を通じて、「保険外」に関して、報告書や事例集なども数多く公表されています3

このため、「保険外」を拡大するための方策を具体的に検討する必要があります。以下、医療保険との違いを意識しつつ、介護保険の基本構造を検討することで、介護における「保険外」の「正体」を明らかにします。
 
1 なお、保険以外の商品やサービス、住民同士の支え合いなどを「制度外サービス」「インフォーマルサービス」「インフォーマルケア」と呼ぶ時もある、筆者は自治体独自の施策や民間企業のサービスだけでなく、体操教室など住民同士の支え合いも意識する必要があると考えており、普段は専ら「インフォーマルケア」という言葉を使っている。しかし、今回は「保険外」の言葉遣いで原則として統一するとともに、住民同士の支え合いなどは考察の対象から外す。
2 2024年度予算の介護職給与の引き上げでは、2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
3 例えば、「保険外」の名前を冠した成果物として、2016年3月に厚生労働省、経済産業省、農林水産省による連名で、「地域包括ケアシステム構築に向けた公的介護保険外サービスの参考事例集」が公表されているほか、厚生労働省の老人保健健康増進等事業を受け、日本総合研究所が2018年3月に「地方自治体における地域包括ケアシステムの構築に向けた『保険外サービス』の活用に関するポイント・事例集」、2020年3月に「QOLを高める保険外(自費)サービス活用促進ガイド」をそれぞれ公表している。いずれも自治体や民間企業が「保険外」を拡大する上での留意点とか、各地の好事例が紹介されている。このほか、日本総合研究所(2023)「地域づくりの観点からの保険外サービス活用推進等に関する調査研究事業報告書」、同(2022)「保険外サービス活用推進に関する調査研究事業報告書」、同(2021)「保険外サービス活用推進に関する調査研究事業報告書」、同(2018)「ケアマネジメントにおける自助(保険外サービス)の活用・促進に関する調査研究事業報告書」「介護保険サービスと保険外サービスの組合せ等に関する調査研究事業報告書」なども公表されている。

3――介護保険の基本構造

1|医療保険と介護保険の違い
まず、医療保険では、「保険」「保険外」を組み合わせることが原則として認められていません。このため、保険医療機関や保険薬局で提供される検査、治療、手術、調剤などの医療的な行為は原則として全て「保険」の対象になります。言い換えると、「保険」と組み合わせることが認められている「保険外」は差額ベッドなど極めて限定的になっています。

一方、介護は根本的に違います。最初に、市町村の要介護認定を通じて、高齢者が「保険」を受ける必要があるのかどうか把握しています。次に、7段階の区分支給限度基準額(以下、限度額)が設定されており、要介護度に応じて「保険」で使える上限が設けられています。さらに、ケアマネジャーのケアマネジメントを通じて、サービスの種類や日数、利用額など「保険」サービスの詳細が決まります。

つまり、介護保険の場合、要介護認定と限度額、ケアマネジメントを通じて、「保険」の範囲が設定されています。原則全てを「保険」で包摂する医療と異なり、介護のニーズは生活全般にまたがる分、膨大になるため、介護では「保険」の範囲が人為的に限定されているわけです4
 
4 この点は介護保険20年を期した連載コラムの第3回でも取り上げた。
2|保険と保険外を組み合わせた時の負担は…
こうした違いは「保険」「保険外」を組み合わせる時の負担に反映されます。医療の場合、「保険」「保険外」を組み合わせると、原則として「保険」の部分も含めて、全額が自己負担になります。この結果、完全な自由診療を除けば、何かビジネスを検討する時には、「保険」をベースに発想することになります。つまり、「保険=主」「保険外=従」という関係性になります。

一方、介護保険では限度額を超えても、その部分だけ全額を全て負担すれば、限度額の範囲内は引き続き保険給付を受けられます。さらに、ケアマネジャーが作るケアプランでも、自治体独自のサービスや民間企業のサービスを組み込むことを何ら否定していません。つまり、介護では「保険」「保険外」の違いが医療ほど厳格に区分けされていません。

実際、制度創設時の国会答弁では「サービスの計画(筆者注:ケアプランを指す)には、介護保険の給付だけではなくて、市町村独自のサービスでございますとかボランティアのサービスなどを含みますいろいろな種類や内容を含んだサービスの目標でございますとか、その目標が達成される時期なども盛り込むことになっている」と説明されています5

極論を言えば、「保険=主」「保険外=従」の関係を逆転させ、原則として自費ヘルパーか、自治体独自のサービスの「保険外」で対応するけど、13~13時20分だけ「保険」の訪問介護を受けるという柔軟な運用さえ不可能ではありません。
 
5 1999年4月13日、第145国会参議院国民福祉委員会における厚生省の近藤純五郎老人保健福祉局長による答弁。

4――保険外の「正体」は?

1|正体は単なる自治体独自のサービスか、民間企業のサービス
では、介護における「保険外」とは一体、何を指すのでしょうか。実は、介護における「保険外」の「正体」とは単に自治体独自のサービスか、民間企業のサービスに過ぎません。

この点については、ケアプランで具体的に検討すれば明らかになります。仮に「要介護1」の認定を受けたミハラさんという人に対し、担当ケアマネジャーが「状態悪化を防ぐため、外出機会を作った方がいいので、通所介護(デイサービス)に行ったら如何ですか」と提案したとします。

だが、ミハラさんが「デイサービスに見学に行ったけど、みんなで夕焼け小焼けを歌っていた。どうして歌わなきゃいけないのか」「年寄り扱いされる場に行きたくない」と難色を示したため、ケアマネジャーが「元気だった頃、ミハラさんは博物館や図書館を訪ねていたので、自費ヘルパーや要介護高齢者も使えるタクシー、自治体や社会福祉協議会、ボランティア団体の付き添いサービスなどを使い、昔と同じぐらい外出できるように支援する」と検討したとします。

ここで言う自費ヘルパーやタクシー、自治体や社会福祉協議会の付き添いサービスなどが「保険外」になるわけで、医療保険で想定されている「保険外」のような特別な商品やサービスではなく、単なる自治体の上乗せサービスか、民間企業のサービスに過ぎないことをお分かり頂けると思います。
2|「保険外」という言葉を使う弊害
もちろん、「保険外」という言葉は便利なので、政策立案者や研究者が使うことを全否定しないですし、「保険外」を拡大する必要性についても何ら異論はありませんが、筆者は介護に関して、「保険外」という言葉を安易に使う弊害が気になっています。

既述した通り、介護の「保険外」の正体は自治体独自のサービスか、民間企業のサービスに過ぎず、何も規制されていません。極論を言うと、高齢者向けの自治体や民間企業のサービスが要介護者を対象とした瞬間、「保険外」に変わるだけです。このため、高齢者のニーズに応じて柔軟に検討できる余地があります。

それにもかかわらず、「保険外」という言葉を無意識に使うと、「保険が適用されない部分は何か?」という形で「保険」を前提に物を考えることになり、「保険」の外側に広がる高齢者のニーズに目が行かなくなります。つまり、視野が狭くなってしまう危険性があります。
3|規制改革における「混合介護」の議論の顛末
しかも、「保険外」という考え方で発想すると、その普及を邪魔している原因を誤認するリスクも伴います。実際、今から7~8年前の規制改革論議では、同じようなミスを犯しました。

当時、安倍晋三政権は成長戦略として「岩盤のように固い『岩盤規制』の見直し」を重視しており、2017年6月の規制改革実施計画では「混合介護の弾力化」が提唱されました。ここで言う「混合介護」とは「保険」「保険外」の併用、「弾力化」とは訪問介護で同じ時間帯に「保険」「保険外」を一体的に提供することを意味していました。例えば、ヘルパーが13時から13時20分の間、「保険」の枠内で高齢者の食事などを提供する際、ついでに高齢者の家族の食事を作っても、これは「保険外」に当たるため、家族から追加的に費用を徴収できませんでした。そこで、「混合介護の弾力化」を通じて、家族から費用を徴収すれば、「保険外」の発展に繋がるのではないか、と期待されたわけです。

その後、東京都と同豊島区が手を挙げ、地域限定で規制を緩和する「国家戦略特区」の枠組みで2018年8月から2021年3月までの間、「選択的介護」という名称で弾力的な運用が開始され、IoT 機器を活用した在宅支援サービスなどが提供されました。都と同区が2021年3月に公表した報告書では、「サービス利用による利便性の向上、安心感が得られた」などの効果が見られたと総括されています。現在は地域を限定せず、どこの地域でも実施できるようになりました。

ただ、「混合介護の弾力化」「選択的介護」という単語を耳にする機会はありませんし、他の地域に拡大したという話も聞いたことがありません。誤解を恐れずに言うと、「混合介護の普及を規制が邪魔している」という誤った仮説の下、規制の「弾力化」という見当違いのボタンが押されたと認識しています6
 
6 なお、筆者は混合介護の議論が始まった時点で、過大な期待であることを批判ししていた。三原岳(2016)「『混合介護』を巡る幻想」『介護保険情報』第17巻第8号を参照。

(2024年08月28日「研究員の眼」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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