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4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか-地域の自治と実践をベースに機能充実を目指す仕組み、最後は診療報酬で誘導?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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その後、上記の情報の報告を受けた都道府県が「医療機能情報提供制度」を通じて、患者や住民に公表し、かかりつけ医の選定に役立ててもらうことも想定されている。
ここで言う医療機能情報提供制度とは、都道府県ごとに医療機関や薬局の情報を公開する仕組みであり、2006年医療法改正で創設された。それまでの制度では、提供されている情報が診療報酬の加算取得状況など、患者や住民には分かりにくい内容だったため、2024年4月施行の改正医療法を通じて「刷新」された。それに合わせて、「医療情報ネット(ナビイ)」という通称も付けられた。
既に情報は先行的に公表されており、▽何か言葉を入力する「キーワードで探す」、▽受付時間や場所などで検索する「急いで探す」、▽設備や利用者属性などを把握できる「じっくり探す」――に分かれて検索できるほか、「お気に入り登録」すると、医療機関や薬局を比較できる機能も付いている。
さらに、報告された情報を基に、都道府県が協議の場を地域単位で開催し、地域の医師会や市町村、介護事業者などの関係者と合意形成を図りつつ、自主的な対応を促すことになっている。ここで主に想定されている場とは「地域医療構想調整会議」(以下、調整会議)である。以下、「地域医療構想」「調整会議」を順に説明する。
まず、地域医療構想とは主に病床再編などを目的にした政策であり、これを基にした見直し論議が都道府県を中心に2017年度から本格的にスタートした。具体的には、都道府県が地域医療構想を策定する際、人口的にボリュームが大きい「団塊世代」が75歳以上になる2025年を意識しつつ、救急対応を司る「高度急性期」「急性期」、リハビリテーションなどを提供する「回復期」、長期入院の需要に対応する「慢性期」の各機能について、医療需要を病床数で推計。さらに、医療機関が担っている機能などの情報を都道府県に報告してもらう「病床機能報告」を通じて現状と比較し、将来の需要ギャップを明らかにすることに力点が置かれていた。
その後、目標期限だった2025年が到来したため、厚生労働省は基本的な構造を変えないまま、生産年齢人口が激減する2040年をターゲットにした「ポスト地域医療構想」の議論を始動させようとしている16。
しかし、日本の医療提供体制の大宗は民間によって占められており、国や都道府県は民間医療機関に対し、病床削減などを命令できない。
そこで、重視されているのが調整会議である。これは人口20~30万人程度で区分される「2次医療圏」単位に設置されている会議であり、地域医療構想の実現に向けて、都道府県を中心に地域の医師会や医療機関経営者、市町村、介護事業所の経営者、住民などが地域医療構想を推進するための方策を検討することが重視されている。
さらに、地域医療構想とは別に、2021年度の医療法改正を通じて、「中小病院、診療所が日常的な病気やケガに対応し、複雑なケースは大病院に紹介」「大病院は紹介患者を受け入れ」という外来の機能分化を目指すための協議の場も置かれるようになった17。多くの都道府県が地域医療構想の調整会議と一体的に運営している。
かかりつけ医機能に関する今回の制度でも、調整会議を含めた協議の場を通じて、地域の課題を関係者が認識し、自主的な対応を通じて、不足分を充足しようという考え方に立っており、入退院支援について、分科会報告や自治体説明会の資料では、図表6のような協議の流れが例示されている。
具体的には、関係者がデータや事例を基に、協議の場を通じて、「在宅療養中の高齢者が状態悪化で入院を要する場合、受け入れる後方支援病床を確保できていないため、入院まで時間が掛かり、その間に状態が悪化している」といった地域の課題を具体的に検討。その上で、こうした課題が起きている要因を抽出し、地域で目指すべき課題を協議。その上で、関係者が協議しつつ、対応策と役割分担を整理するとともに、対策で期待できる効果も予想することで、施策のPDCAが回るような仕掛けが期待されている。
ここで、注意を要するのは地域医療構想や外来機能分化との違いである。地域医療構想や外来機能分化では専ら病院における医療の役割分担などが重視されているのに対し、かかりつけ医機能では在宅医療や介護との連携など、住民に身近な部分をカバーする部分が想定されている。このため、かかりつけ医機能に関しては、2次医療圏単位よりも小さな範囲で協議の場を開いた上で、保険者(保険制度の運営者)として介護保険財政を運営する市町村や市町村単位の医師会、介護サービス事業者などが参加することが重要になる。実際、2024年7月に示された分科会報告では、下記のような内容が盛り込まれている。
- 実施主体である都道府県が市町村と調整して決定する。
- 協議するテーマに応じて、時間外診療、在宅医療、介護等との連携等は市町村単位等(小規模市町村の場合は複数市町村単位等)で協議を行い、入退院支援等は二次医療圏単位等で協議を行い、全体を都道府県単位で統合・調整するなど、「協議の場」を重層的に設定することを考慮する。
- 協議の場の参加者については、協議するテーマに応じて、都道府県、保健所、市町村、医療関係者、介護関係者、保険者、住民・患者(障害者団体・関係団体を含む)等を参加者として、都道府県が市町村と調整して決定する。
つまり、制度の運営を現場で担う都道府県が医療機関の経営者や地域の医師会など医療関係者だけでなく、市町村や介護事業所の経営者などと柔軟に連携を図ることが重要という考え方である。さらに、検討を進める際の圏域についても、必ずしも2次医療圏単位にこだわらず、柔軟に設定する必要性も強調されている。
16 ここでは詳しく触れないが、「ポスト地域医療構想」に関しては、2024年12月に審議会報告がまとまった。都道府県は2026年度中に新たな地域医療構想の策定が求められる。
17 外来機能分化は幾つかの制度改正を経ている。具体的には、2016年度診療報酬改定で、紹介状を持たずに大病院に受診すると、追加負担を取る見直しが始まった後、「大病院」の対象が少しずつ広げられたほか、追加負担の額も7,000円に増えた。さらに、2021年改正医療法では、地域の協議を通じて、診療所や中小病院から紹介患者を受け入れる「紹介受診重点医療機関」を決定することも決まった。詳細については、2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」、2021年7月6日拙稿「コロナ禍で成立した改正医療法で何が変わるか」を参照。
最後に書面交付の仕組みに触れる。この仕組みに関して、改正医療法や分科会報告、2025年4月に示された施行通知などに従うと、下記のようなケースが書面交付に該当する。
つまり、2号機能に関して、都道府県の確認を受けた医療機関が慢性疾患を有する高齢者など継続的な医療を要する患者に対し、在宅医療や外来医療を提供する際、説明が特に必要な場合で、患者や家族から求めがあった時である。ここで言う慢性疾患の患者とは、高齢者のほか、障害者・児、難病患者、人工呼吸器などを付けて在宅で暮らす子どもを指す医療的ケア児などであり、継続的とは「概ね4カ月」とされている。
さらに、こうしたケースに関して、医師が患者に対し、▽症状、食事などの状況を評価するADL(日常生活動作)の状況、体温や脈拍、排便、食事などの状況、疼痛の有無といった現在の症状、▽スケジュールや目標、検査や服薬、点滴、処置などの治療内容、治療の方針や計画内容、▽その他、生活上の配慮事項など――などを説明するとされている。このほか、新たな制度に沿って、1号機能や2号機能についても説明することが想定されている。
では、このような仕組みの特色は何だろうか。以下、(1)フリーアクセスを維持、(2)国や都道府県の関与を限定、(3)医療機関が参入できる「間口」を拡大――という3点を挙げ、緩やかな仕組みになった点を確認する。
4――新たな制度の特色
まず、今回の制度の特色として、現行のフリーアクセスが維持されている点を踏まえる必要がある。既に述べた通り、今回の機能報告制度では、地域の現状の可視化が図られるとともに、地域の協議に基づいて不足分を充実させることに主眼が置かれており、登録制度の考え方は全く意識されていない。
言い換えると、患者は自由に医療機関を選べるし、複数のかかりつけ医を持つことも可能である。書面交付制度についても、法律の条文は「努める」という規定であり、患者―医師あるいは医療機関の関係が固定されるわけではないし、1人の患者が複数の医療機関から書面をもらうことも否定されていない。
次に、国や都道府県による関与を限定している点である。その典型的な事例として、報告内容に関する都道府県の「確認」の意味合いに関して、国会審議に先立つ自民党厚生労働部会の事前審査で話題となり、厚生労働省が追加的に説明を求められる一幕があった18。
具体的には、医療機関からの報告内容が現実と違う時などについて、都道府県が「確認」した場合、強制力を持つのかどうかが焦点になった。結局、厚生労働省が「取り消しなどの行政処分を伴う行政行為ではない」「(筆者注:新制度で)医療機関を縛らない」「丁寧に関係者に説明する」などと明言し、自民党の部会は予定よりも1週間遅く法案を了承した。
さらに、先に触れた書面交付も努力義務であり、何ら強制力はない。何よりも、この制度に参加するか否か、医療機関の裁量に委ねられており、国や都道府県は参加を強制できない。
18 自民党部会の議論については、2023年2月13日『週刊社会保障』No.3206、同月10日『m3.com』配信記事、同月7日『ミクスOnline』配信記事、同月6日『共同通信』配信記事を参照。
第3に、参入できる医療機関の対象、つまり「間口」を拡大させた点である。一般的に、かかりつけ医機能は診療所の開業医によって担われているが、新しい制度では400床以上の特定機能病院と、歯科診療所を除く診療所と病院が対象とされている。つまり、中小規模の病院も対象にすることで、できるだけ多くの医療機関が参加できるように設計されている。
このように「間口」を広げた点は1号機能の部分にも表れている。例えば、新しい制度では、「能力」が問われる総合診療医の専門医のほか、かかりつけ医機能研修制度の受講者の数を報告することになっているものの、別に該当者がゼロでも新しい制度への参加は否定されていない。この点について、健保連は「質の担保を考えると研修終了は要件化が望ましい」としつつも、「基本要件が厳しいと全体像を把握できません」「研修を修了した医師の人数が限られている現状においては、要件化にそこまでこだわっていない」19と説明している。
さらに1号機能のうち、17診療領域、40種類の疾病を報告する部分も「間口」を広げた配慮の結果であり、実は分科会で意見が対立した点である。具体的には、保険者の代表などが「どのような症状に対応できるのか報告する仕組みが必要」と主張したのに対し、日医など診療団体が「対応できる診療領域を報告する方が良い」という立場を取り、調整が難航した。結局、分科会報告では施行後5年後をメドに再検討することを条件に、1次診療に対応できる17種類の診療領域と、40種類の疾患を報告することで落ち着いた20。
例えば、かかりつけ医が対応できる「症状」に着目すると、A診療所では「全身倦怠や発熱などに対応できるが、認知症やメンタルの不調には対応できない」といった情報が明らかになる。その結果、患者にとって分かりやすくなるが、「精神面の支援に対応できないA診療所はかかりつけ医機能報告の対象にならない」といった形で、制度に参入できる対象が狭まってしまう危険性を伴う。
しかも今後、「かかりつけ医機能報告に参加していない医療機関の診療報酬を減額、または制度への参加を加算要件にする」などの展開になれば、新たな制度に手を挙げた医療機関と、参加していない医療機関の間で収入面に差が付くことになる。日医としては、こうした状況を恐れたと推察される。
実際、日医の松本会長は「財務省は恐らく登録制を診療報酬の包括払いとセットで考えており、かかりつけ医と非かかりつけ医の双方に診療報酬で大きく差をつけることが起きるでしょう。絶対にそれは防がなければなりません」「財務省には、かかりつけ医を総合診療医や内科に限定化しようという考えがあるようです」と懸念を示した上で、「さまざまな診療科の先生方に手をあげてもらい、地域にどういった機能があるか、足りない機能は何かを、診療所・かかりつけ医版の地域医療構想のように考えて捉えていく必要があります。そのためにも、医療機関にはかかりつけ医機能報告制度にしっかりと参加していただきたいと思います」と呼び掛けている21。
つまり、多くの医療機関が参加している病床機能報告や地域医療構想のように、かかりつけ医機能報告制度に関しても、診療科に限らず、多くの医療機関が参入することに期待感を示した形だ。
19 『健康保険』2024年10月号における河本滋史専務理事に対するインタビュー。
20 この対立については、2025年4月21日『週刊社会保障』No.3314、2024年5月27日『Gem Med』配信記事を参照。
21 2025年1月11日『社会保険旬報』No.2951におけるインタビューを参照。
(2025年05月28日「基礎研レポート」)
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【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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