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4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか-地域の自治と実践をベースに機能充実を目指す仕組み、最後は診療報酬で誘導?

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~4月から始まった「かかりつけ医」の新制度は機能するのか?~
本稿では、かかりつけ医に関する今回の新たな制度の論点や展望を考察する。具体的には、制度の概要を検討することで、この仕組みが自治体や地域の医師会の実践と自治をベースにしている点を明らかにする。その上で、現場で制度の運営を司る都道府県による創意工夫、地域の医師会による主体的な参加が欠かせない点を強調する。
しかし、検討過程では厚生労働省が「かかりつけ医機能の報告が医療機関を縛るものではない」と説明する一幕があるなど、あらゆる場面で行政的な関与が限定されているのも事実である。しかも、関係団体の言説を振り返ると、「かかりつけ医」という言葉が初めて注目された約30年前から余り変わっておらず、自治と実践に頼る限界も見受けられる。本稿では、こうした点を指摘しつつ、今後の展望として、最終的には診療報酬で誘導される可能性を論じる。
2――かかりつけ医、かかりつけ医機能の定義
まず、「かかりつけ医」「かかりつけ医機能」という言葉を整理する。日本医師会(以下、日医)など診療団体が2013年8月に公表した定義では、それぞれ図表1のように定められている。
具体的には、かかりつけ医は「なんでも相談できる上、最新の医療情報を熟知して、必要な時には専門医、専門医療機関を紹介でき、身近で頼りになる地域医療、保健、福祉を担う総合的な能力を有する医師」と定義されている。
さらに、かかりつけ医機能としても、身近な病気やケガに対応する機能とか、健康相談、在宅医療、健診、適切な受診行動に向けた助言など広範な内容が挙げられている。これを1人の医師が担うのは事実上、困難であり、当時の日医会長も「高い目標を掲げています。(筆者注:意見調整では)『こんなに高い目標はできません』と言われましたが、理想は高く掲げて、少しでもそこに近づこうという考え方」と述べている1。
1 2019年9月1日『社会保険旬報』No.2758における日医の横倉義武会長(以下、肩書は全て当時)のコメント。
ここで、注目されるのは「機能」という言葉である。そもそも、日医が「『かかりつけ医』とは、患者が医師を表現する言葉」と繰り返し論じている2通り、かかりつけ医を決めるのは患者自身の判断や意識、行動である。このため、かかりつけ医を定める要件や基準などは定められておらず、「能力」という言葉が意図的に避けられている。
この点については、身近な病気やケガに対応する専門医である「総合診療医」との対比で明らかになる。現在の制度改正の流れを作った2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書(以下、国民会議報告書)では、下記のような一節がある(下線は筆者)。
- 高齢化等に伴い、特定の臓器や疾患を超えた多様な問題を抱える患者が増加する中、これらの患者にとっては、複数の従来の領域別専門医による診療よりも総合的な診療能力を有する医師(総合診療医)による診療の方が適切な場合が多い。これらの医師が幅広い領域の疾病と傷害等について、適切な初期対応と必要に応じた継続医療を提供することで、地域によって異なる医療ニーズに的確に対応できると考えられ、さらに、他の領域別専門医や他職種と連携することで、全体として多様な医療サービスを包括的かつ柔軟に提供することができる。
- フリーアクセスを守るためには、緩やかなゲートキーパー機能を備えた「かかりつけ医」の普及は必須であり、そのためには、まず医療を利用するすべての国民の協力と、「望ましい医療」に対する国民の意識の変化が必要となる。
つまり、国民会議報告書は総合診療医について、幅広い疾患や障害に対応するための「能力」を有する医師と説明している。具体的に言うと、日本プライマリ・ケア連合学会の専門医資格を取得することで、能力を満たしている医師と認定されていることを意味する。
これに対し、かかりつけ医について、国民会議報告書では、患者が医療機関を自由に選べる「フリーアクセス」を維持しつつ、かかりつけ医が対応できない複雑な病気やケガの場合、専門医を紹介する「ゲートキーパー機能」を緩やかに強化するため、その「機能」を普及させる方向性が定められている。しかも、普及策は特段に定められておらず、「望ましい医療」に関する国民の意識、つまり医療のかかり方に解決策を求めている。
要するに、かかりつけ医とは、国や都道府県が何らかの基準で「認定」したり、「能力」を判定したりするような概念ではない。このため、今回の制度は「かかりつけ医の能力向上」ではなく、「かかりつけ医機能の強化」が目的とされている。
付言すると、今回の制度改正で強化を目指す対象は「かかりつけ医機能」であり、「かかりつけ医」という個人ではない。このため、かかりつけ医機能を強化するための研修・教育も、「かかりつけ医に対する教育・研修」ではなく、国や日医の資料では「かかりつけ医機能の確保に向けた医師の教育や研修」と説明されている。つまり、かかりつけ医が果たしている「機能」を強化するのが目的であり、かかりつけ医という個人の「能力」を向上させるわけではないという説明である。
この辺りの説明は本当に分かりにくく、筆者自身としても、かかりつけ医を利用する住民に対し、言葉遣いや言い回しを伝えられる自信がない。しかし、医師自らの自律性を重視するプロフェッショナル・オートノミー(専門職による自治)の下、国家の統制を嫌う日医との調整を経た現時点での到達点であり、今回の新たな制度を理解する上では、最初に踏まえなければならない点である3。
2 2022年4月27日会見における日医の中川俊男会長の発言。同『m3.com』記事を参照。
3 日医のプロフェッショナル・オートノミーについては、日医ウエブサイトや2012年11月20日『日医ニュース』を参照。
https://www.med.or.jp/doctor/international/wma/seoul.html
そもそも、こうした分かりにくい状況になっている背景として、約40年前の「家庭医構想」の影響を無視できない4。厚生省は1985年6月、日医幹部や有識者らで構成する検討会(家庭医に関する懇談会)を組織し、開業医の高齢化や慢性疾患患者の増加などを見越しつつ、幅広い疾病に対応する「家庭医」という制度を作ろうとした。
しかし、日医は国家統制に繋がると反対した。特に、医療費抑制の論議が本格化したタイミングだったため、受診する医療機関を事前に指名する登録制度や、登録した人口に応じて診療報酬を支払う人頭払いが導入されることに対する日医の警戒感が強くなったためだ。
結局、厚生省はモデル事業の実施を断念。その代わりに、現行のフリーアクセスを維持しつつ、開業医の機能を活性化させるため、地域の医師会を中心に「かかりつけ医」の普及を目指すモデル事業が1993年度から始まった。
要するに、かかりつけ医とは家庭医構想に際して、国家統制を嫌った日医の意向を踏まえ、意図的に曖昧に作られた概念であり、今回の制度創設に至る経緯では、こうした曖昧な位置付けを明確にするかどうかが論点になった。
具体的には、各種調査5では約半数の国民が「かかりつけ医を持っている」と答えているのに、新型コロナウイルスの発熱外来やワクチン接種を巡って、患者が受診を断られる場面が散見された。つまり、かかりつけ医が患者の判断や意識、行動に頼っている曖昧さが浮き彫りになった6。
このため、財務省や健康保険組合連合会(以下、健保連)などが2021年秋以降、受診する医療機関を事前に指名する登録制度の導入とか、かかりつけ医の医師を国が認定する仕組みなど、「かかりつけ医の制度化」が必要と主張した。要は患者―医師の関係を固定化させることで、予防や感染症対策、関係機関との連携も含めて、医療・保健・福祉の責任体制を明確にするアイデアである。
しかし、日医は「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」「患者さんにもっともふさわしい医師が誰かを、数値化して測定することはできません」7、「フリーアクセスが制限されるような制度化についてはこれを阻止し、必要な時に適切な医療にアクセスできる現在の仕組みを守る」8と主張した。つまり、フリーアクセスを前提にしつつ、かかりつけ医機能の充実を重視する考え方である。
その後、関係団体やメディア、学識者、シンクタンクが賛否両派に分かれて激しい議論を交わした9が、日医の主張に概ね沿うような形で、フリーアクセスなど現行制度をベースにしつつ、機能を強化することで決着し、2023年の通常国会で医療法などが改正された。
このため、日医の松本吉郎会長が「本制度を性急に医療制度の改革の材料として活用したり、何らかの規制をかけるといった話ではありません。この点が非常に大事。そのようなもの(筆者注:登録制度などを指す)に利用される制度では全くありません」10と念押ししている通り、今回の制度では登録制度や認定制度などは想定されていない。
以上、前置きが長くなったが、以下では新たな制度の概要を考察する。その際、筆者自身としては、かかりつけ医を制度的に明確にすることに賛成の立場だが、できるだけ私見を抑えつつ、新たな制度の説明と展望を試みることにする。さらに議論を進める際には、▽施行に向けた課題などを話し合うため、2023年11月から8回の会合を重ね、2024年7月にまとまった「かかりつけ医機能が発揮される制度の施行に関する分科会」(以下、分科会)の報告書や議論、▽都道府県の担当者などを対象に、厚生労働省が2回開催した「かかりつけ医機能報告制度に係る自治体向け説明会」(以下、自治体説明会)――などの資料を用いる。
4 家庭医構想の経緯については、厚生省健康政策局総務課編(1987)『家庭医に関する懇談会報告書』第一法規出版、厚生省保険局企画部監修(1986)『医療保険制度50年代改正の軌跡と展望(改訂版)』年金研究所、『週刊社会保障』『社会保険旬報』『国保実務』などを参照。2023年7月24日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」、2021年8月16日拙稿「医療制度論議における『かかりつけ』の意味を問い直す」も参照。
5 例えば、2019年11月公表の内閣府「医療のかかり方・女性の健康に関する世論調査」では、52.4%の人が「かかりつけ医を持っている」と答えている。有効回答数は2,803人。
6 医科以外では「かかりつけ薬剤師・薬局」「小児かかりつけ医」「かかりつけ歯科医機能強化型歯科診療所」などの仕組みが整備されていた。このほかにも予算・研修制度としても、「かかりつけ医等発達障害対応力向上研修事業」「保険者とかかりつけ医等の協働による加入者の予防健康づくり事業」などが実施されていた。かかりつけ薬剤師に関しては、2021年10月15日拙稿「かかりつけ薬剤師・薬局はどこまで医療現場を変えるか」を参照。
7 2022年4月27日会見における日医の中川会長の発言や会見資料から引用。日医ウエブサイトの資料に加えて、同日『m3.com』配信記事を参照。
8 2022年6月26日の臨時代議員会における日医の松本会長の発言。『m3.com』配信記事を参照。
9 その当時の議論については、日本記者クラブが2002年9月から2024年3月までの間、計10回開催した「かかりつけ医を考える」講演の動画・資料に加えて、制度化賛成派の主張として、井伊雅子(2024)『地域医療の経済学』慶應義塾大学出版会、草場鉄周(2022)「コロナ後の日本のプライマリ・ケアの再構築のために」『健康保険』2022年10月号、2022年12月に開催された日本総合研究所のシンポジウム資料などを参照。筆者も制度化賛成派に近いであり、当時の主張は2023年2月13日拙稿「かかりつけ医を巡る議論とは何だったのか」(上下2回、リンク先は第1回)を参照。一方、制度化反対派の主張では、二木立(2024)『病院の将来とかかりつけ医機能』勁草書房、森井大一(2024)『かかりつけ医機能と感染症有事』勁草書房などを参照。
10 2025年1月3日『m3.com』配信記事を参照。
(2025年05月28日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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