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異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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今後の動向を占う上では、医療費問題などを話し合う超党派の議員連盟「高額療養費制度と社会保障を考える会」の議論も意識する必要がありそうだ。
これは全がん連など患者団体の強い意向を踏まえた場であり、3月24日の設立総会には与野党8党から衆議院議員69人、参議院議員26人の計95人が参加。顧問には自民党の尾辻秀久前参議院議長、会長には自民党の武見敬三前厚生労働相、事務局長には立憲民主党の中島克仁衆院議員が就任した。
今後、超党派で高額療養費や患者負担の在り方などを話し合うことが想定されており、設立総会では「プロセスの不備を解消するためには、やはり一定期間、少なくとも1年はしっかりとデータを踏まえて、議論していくことが必要なのではないか」という問題提起が示された。
筆者自身の意見として、国民の代表である国会議員が合意点を見出すことは議会制民主主義の原則に合致していると考えている。実際、武見会長も設立総会で、「高度先進医療の高価格化、高コスト化が大きな課題になっている。そのあり方を財源とともに、どのように考えるかは、実は社会保障の問題を根本的に考えることとほぼ等しいと言っても過言ではない。不必要に政治問題化することなく、衆参両院で丁寧にきちんと議論をすることができるように、この議連がそうした役割を果たせればと考えている」と意欲を見せている。
しかし、議員連盟には閣僚経験者や党首クラスを含めて、自民党、公明党、立憲民主党、国民民主党、日本維新の会、れいわ新選組、共産党、社会民主党から多くの議員が参加している。こうした状況では、高額療養費見直しの凍結、あるいは「秋までに結論」という政府方針に対する異論で足並みが揃ったとしても、負担増や給付抑制に関して意見が一致するのか、先行きは不透明と言わざるを得ない。
今後の見直し論議では、高額療養費が「聖域」扱いになる可能性も想定される。実際、先に触れた超党派議員連盟の準備会合が3月17日に開催された際、高額療養費の見直し時期に関して、「秋は早い。何の根拠をもって秋と言っているのか」といった意見が大勢を占めたほか、既に触れた通り、3月24日の設立総会でも同じような意見が示された。
筆者自身としては、患者負担と高額療養費を別々に議論すると、両者の整合性が取れなくなるため、患者負担との役割分担を整理しつつ、少なくとも物価や賃金の上昇など経済情勢の変化は考慮する必要があるという認識を持っている。このため、社会保障法学者が「『患者』というひとつの括りで、所得階層に関係なく引上げ自体認められないという議論には違和感を禁じ得ない」24と指摘しているについては、筆者も同意である。
しかし、高額療養費が「聖域」のような扱いになった場合、制度改正の選択肢が狭くなる可能性が想定される25。
24 菊池馨実(2025)「当事者と非当事者のあいだ」『週刊社会保障』3月31日号 No.3311を参照。
25 ここでは詳しく触れないが、効率性を重視する研究者の間では、医療技術や薬品の費用対効果を検証する「医療技術評価」の観点に立ち、高額薬品の保険適用を再考する意見も示されている。この仕組みでは、一般的にQOL(生活の質)に生存年数を乗じた数値であるQALY(質調整生存年)を単位に使いつつ、1QALYを獲得するために必要な費用であるICER(増分費用効果比)が評価される。さらに、ICERが基準値を超えた場合、価格を段階的に引き下げる調整が実施される。既に医療技術評価の制度は諸外国でも一般的であり、日本でも2019年度から本格的に制度化されている。筆者自身は費用対効果を参照点の一つとして意識する必要性を認識しつつも、現実的には患者の権利や倫理面の配慮も踏まえる必要があるため、「単純な費用対効果分析による見直しは困難」と考えている。
以上のような可能性を踏まえると、他の歳出改革項目が影響を受ける可能性もある。特に介護保険に関しては、(1)2割負担の対象者拡大、(2)現在は全額保険給付で賄われているケアマネジメントの有料化、(3)要支援者に導入された「介護予防・日常生活支援総合事業」(以下、総合事業)の対象者を要介護1~2に拡大――といった施策が改革工程などで列挙されていた。
しかも、これらを念頭に入れつつ、2025年1月から社会保障審議会介護保険部会を舞台に、3年に一度の2027年度改正に向けた見直し論議がスタートした。このため、高額療養費の見直し論議が進まない場合、介護保険改革を通じて、費用抑制を目指す議論が政府内で展開される可能性がある。
しかし、これにも幾つかのハードルが予想される。そもそも先に触れた3つのテーマは2024年度改正で全て先送りされた案件であり、実現は容易ではない。例えば、(1)の2割負担の対象者拡大では、現在は「一人暮らしで年収280万円以上」を2割負担としており、これを220万円程度に引き下げるアイデアが浮上したが、結論を出す時期が2022年12月、2023年8月、2023年12月と先送りされた挙句、最終的に2027年度改正にずれ込んだ経緯がある26。
さらに、2番目のケアマネジメント有料化では低所得者の利用控え27、3つ目の総合事業の対象者拡大では要支援者でさえ市町村に浸透していない実情がハードルとされている28。
しかも、(1)(2)を実施しても、大きな金額が出るわけではない。例えば、2割負担の対象者拡大では、線引きとなる所得基準を仮に220万円に引き下げたとしても、給付抑制額は580億円程度にとどまる。ケアマネジメントの有料化も給付抑制額は約500億円であり、高額療養費の当初見直し案で期待された5,000億円規模に遥かに及ばない。
26 2割負担の対象者拡大の経緯や論点などについては、2024年3月1日拙稿「介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?」を参照。
27 なお、筆者はケアマネジメント有料化に反対の立場である。ケアマネジメントは制度創設時、今までにないサービスだったため、無料扱い(つまり全額を保険給付)となったが、財務省は「既に定着したため、他のサービスと同様に有料化すべき」と主張している。しかし、ケアマネジメントは本来、介護保険サービスに限らず、自治体・企業のサービスや住民の互助などを組み込む点で、介護保険にとどまらない広がりを持っており、他の介護保険サービスと同等には扱えないと考えている。ケアマネジメント有料化の経緯や論点については、2022年9月28日拙稿「居宅介護支援費の有料化は是か非か」、2020年7月16日拙稿「ケアプランの有料化で質は向上するのか」を参照。
28 なお、筆者は総合事業の対象者拡大は困難との立場である。現在の総合事業が市町村に浸透していない上、総合事業の前提は「予防」であり、回復可能性を想定していない要介護1~2の人の実態には合わないと考えている。総合事業については、2023年12月27日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。
こうした可能性を総合すると、少子化対策の財源枠組みは早くも崩壊し掛けていることに気付く。そもそも給付抑制や負担増の議論は患者・利用者の生活や懐事情に大きな影響を与える。このため、「負担は軽く、給付は重く」という判断に流れがちだし、具体論に入れば「総論賛成、各論反対」になるのは止むを得ない。
その結果、歳出抑制策の検討には丁寧な過程が欠かせない。例えば、小泉純一郎政権末期の2006年版の「骨太方針」に盛り込まれた歳出抑制プランでは、社会保障や公共事業、教育など様々な分野について、自民党で毎日のようにプロジェクトチームが開催され、地方負担を含めた社会保障費の伸びを5年間で1.6兆円抑える目標が決まった。それでも、この時の歳出抑制プランはリーマン・ショックの影響も相まって、実質的に2年も持たずに崩壊した29。言い換えると、それだけ歳出抑制の検討や実行は難しく、丁寧な合意形成プロセスが欠かせない。
それにもかかわらず、与党や関係団体と調整しないまま、改革工程を含めた少子化対策の財源枠組みを作ってしまったことが大問題であり、今回の高額療養費見直し論議は改革工程の杜撰さを改めて浮き彫りにしたと言える。このため、筆者は「どこかの段階で、少子化対策の財源枠組み自体が白紙になるのでは」と予想している。
さらに言うと、こうした展開を予見しないまま、政府・与党の責任者や検討に加わった関係者が「財源を確保できる」と考えていたのであれば、その見通しは安易と言わざるを得ない。逆に歳出抑制の難しさを分かっていた上で、歳出増を実行したのであれば、「不誠実」という批判は免れない。
29 小泉政権における歳出抑制論語の経緯については、奥健太郎(2022)「『骨太の方針2006』と自民党」奥健太郎ほか編著『官邸主導と自民党政治』吉田書店、清水真人(2007)『経済財政戦記』日本経済新聞出版社などを参照。
7――おわりに
一方、今後を展望すると、最大2兆円強を歳出削減で賄うとした少子化対策の財源枠組みが存在する以上、都議選、参院選が終われば、医療費抑制に向けた議論は続くと思われる。特に政府・与党が連携先として頼った日本維新の会が「4兆円」という具体的な目標を示しているため、この数字が独り歩きする可能性もある。
確かに医療費に投じられている保険料や公費(税金)負担の抑制は必要であり、OTC類似薬や高齢者医療費の見直しに向けた議論は重要である。中でも、現在のような少数与党の下では、野党の協力が欠かせず、政府の方針が二転三転した様子は「迷走」と言えるが、「様々な意見を取り入れた」と見ることもできる。今後の検討に際しても、政府・与党での議論だけでなく、野党や業界団体、患者団体などを交えた意見集約に期待したい。
しかし、医療の価値は数字だけで測れない難しさがある。今回の教訓の一つを挙げるとすれば、数字ありきで議論を進めようとした問題点を指摘できるのではないか。この政府のスタンスが患者団体の反発を招き、総数与党の影響など相俟って、異例ずくめの展開を作り出したように映る。
確かに政治的に見れば、「5年間で●兆円を削減」といった形で目標の数字を示すと、歳出削減のように「総論賛成、各論反対」に陥りがちなテーマに関して、関係者の合意形成プロセスが加速する面もある。さらに、全ての人が納得する「正しい政策」を作ることは事実上、不可能である。
それでも可能な範囲で多くの人が納得する合意形成が必要である。医療を語る上で、数字は本来、そのための参照点の一つに過ぎず、患者の意見も含めた合意形成を図りつつ、医療の多面的な価値を追求することが重要である。
(2025年04月10日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
日付 | タイトル | 執筆者 | 媒体 |
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2025/04/10 | 異例ずくめの高額療養費の見直し論議を検証する-少数与党の下で二転三転、少子化対策の財源確保は今後も課題 | 三原 岳 | 基礎研レポート |
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2025/03/19 | 孤独・孤立対策の推進で必要な手立ては?-自治体は既存の資源や仕組みの活用を、多様な場づくりに向けて民間の役割も重要に | 三原 岳 | 研究員の眼 |
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