2025年03月31日

文字サイズ

3――「社会的ミッション起点のCSR経営」を2008年頃からいち早く提唱

1|米ビジネスラウンドテーブルが2019年にパーパス経営の実践を表明
筆者は、第2章にて詳述した「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR経営」の考え方を企業経営の在るべき姿として、2008年頃からいち早く提唱してきた12

一方、米国主要企業の経営者により構成される米経営者団体ビジネスラウンドテーブル(Business Roundtable、BRT)が、「Statement on the Purpose of a Corporation(企業の目的に関する声明)」13を公表して、「顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主といったすべてのステークホルダーの利益のために会社を導くことをコミットする」マルチステークホルダー重視のパーパス経営の実践を表明したのが2019年8月であるから、筆者はそれより十年以上も前に、前述の「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の考え方を先見的に打ち出していたことになる。

BRTは1978年以来、「コーポレートガバナンスに関する原則(Principles of Corporate Governance)」を定期的に公表してきたが、97年以降は「企業は基本的には株主に貢献するために存在する」とする「株主第一主義(principles of shareholder primacy)」を支持してきた。2019年に発表した上記声明は、それまでの株主第一主義から脱却するものであり、181名のCEO(最高経営責任者)が署名した。声明の中で、各企業はそれぞれ独自の企業目的(corporate purpose)を果たしている一方で、「私たちは『すべてのステークホルダーに対する基本的なコミットメント(a fundamental commitment to all of our stakeholders)』を共有している」としている。

その基本的なコミットメントとして5つが挙げられている。すなわち、(1)顧客に価値を提供すること(Delivering value to our customers):顧客の期待に応え、あるいはそれを超えること、(2)従業員に投資すること(Investing in our employees):公正な報酬や重要な福利厚生の提供から、急速に変化する世界に対応できる新しいスキルを身につけるための研修・教育を通じたサポートまでも含む、(3)サプライヤーと公正で倫理的な取引を行うこと(Dealing fairly and ethically with our suppliers):企業規模を問わずミッション達成に貢献してくれるサプライヤーに対して、良きパートナーとしての役割を果たすことに尽力すること、(4)企業活動を行う地域社会に貢献すること(Supporting the communities in which we work):事業全体で持続可能な手法を取り入れることにより、地域社会の人々を尊重し環境を保護すること、(5)株主に長期的な価値を生み出すこと(Generating long-term value for shareholders):株主との透明性と効果的なエンゲージメント(建設的な対話)に努めること、が挙げられた。つまり、マルチステークホルダーとして顧客、従業員、サプライヤー、地域社会、株主が挙げられている。
 
12 筆者は、志の高い社会的ミッションを企業経営の上位概念に据える考え方を拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.50(2008年6月)および同「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にていち早く体系的にまとめた。
13 Business Roundtable“Business Roundtable Redefines the Purpose of a Corporation to Promote‘An Economy That Serves All Americans’”August 19,2019
2|2015年を境に「社会的ミッション起点のCSR経営」の考え方に時代が追い付いてきた
2010年代半ばくらいまでは、そもそもBRTが株主第一主義を支持しており、株主価値最大化や経済的リターン最優先の考え方が全盛の時代だった。従って当時は、筆者が提唱する「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の考え方に対して、「青臭い」「きれい事だけでは企業経営はできない」と感じる向きが多く、ほとんど賛同を得られなかったと記憶している。

世界的にビジネスに対する社会の価値感に転機が訪れたのは、2015年頃ではないだろうか。2015年は、地球温暖化対策の国際協定であるパリ協定がCOP21(国連気候変動枠組条約第21回締約国会議)で合意され、2030年までの国際社会全体の開発目標であるSDGs(持続可能な開発目標)が国連サミットで採択された年だ。投資家が投資先企業に対してESGへの配慮を求めるESG投資が台頭してきた時期とも重なる。これらの動きに共通するのは、企業に経済的リターンの追求だけでなく、環境・社会への配慮や社会課題の解決も求める視点だ。そして前記したように、2019年にBRTが株主第一主義からマルチステークホルダー重視のパーパス経営への転換を表明したことが、この価値観の転機を決定的なものにしたと思われる。

筆者の考え方は、2010年代半ばまでは時代を先取りし過ぎた感があったが、2015年前後を境に筆者の考え方に時代が追い付いてきており、「我が意を得たり」と筆者は心強く感じている。筆者の考え方が受け入れられる素地は整いつつあるものの、筆者の力不足もあり、「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の考え方は、未だ産業界に浸透・普及しているとは言い難い。これには、第5章にて後述する「CSRに対する根強い根本的誤解」があることも影響しているとみている。筆者は、「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の考え方の普及啓発に今後も愚直に努めていく所存だ。

4――ドラッカーが唱えるSR概念

4――ドラッカーが唱えるSR概念~あらゆる組織が「社会的」であるべき

「マネジメントの父」と称されるピーター・F・ドラッカーは、1974年に刊行された名著『マネジメント』の中で「企業をはじめとするあらゆる組織が社会の機関である。組織が存在するのは組織自体のためではない。自らの機能を果たすことによって、社会、コミュニティ、個人のニーズを満たすためである」「社会の問題の解決を事業上の機会に転換することによって自らの利益とすることこそ、企業の機能であり、企業以外の組織の機能である」と指摘し、「自らの組織が社会に与える影響を処理するとともに、社会の問題の解決に貢献する役割」の重要性を説いた14

これは今日で言うところの「組織の社会的責任(SR:Social Responsibility)」の在り方を提唱したものであり、SRの議論を70年代前半に先取りしていたことは、ドラッカーの卓越した先見性を示している。

すなわち、あらゆる事業活動を通じた社会問題解決による社会変革(ソーシャルイノベーション)は、営利企業、非営利組織、行政など営利・非営利を問わず、あらゆる組織のSRであると言えるのだ。まさに事業活動を通じて社会課題に取り組む社会的企業(ソーシャルエンタープライズまたはソーシャルベンチャー)を創業する社会起業家が2000年代半ば以降、ソーシャルイノベーションの旗手として脚光を浴びるようになってきたが、社会的企業やNPO・NGOだけが「社会的」であるのでなく、あらゆる組織が「社会的事業体」であるべきなのだ。

筆者が提唱する通り、「社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営」が、企業の社会的責任であり存在意義(=社会的目的)であるならば、あらゆる企業が志の高い社会的ミッション(=社会課題解決)の実現に邁進しなければならない。このように、あらゆる企業が共通の拠り所として当たり前に「社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営」を実践するようになれば、そのような呼称はもはや必要なくなるだろう。筆者はそのような世界の構築を標榜している。逆に言えば、元々「ESG」という言葉が出てきたのは、社会を豊かにすべく、高い志を持ってソーシャルイノベーションに邁進する努力が不十分である、あるいはそのような努力を怠ってきた多くの企業経営に対する「アンチテーゼ」と捉えることができるのではないだろうか15

前述の社会起業家が脚光を浴びるようになったのも同様だ。社会的企業だけが「社会的」であるのではなく、本来は営利企業も高い社会性を有するべきであって、その社会性が社会的企業を常に下回ってよいと考えるべきではない。営利企業も「社会的企業」と呼ばれるべく、高い志を持って社会課題解決に邁進しなければならない。そうすれば、「社会的企業」「社会起業家」という呼称は必要なくなるだろう。社会的企業・社会起業家の台頭も、志の低い営利企業へのアンチテーゼと捉えるべきだろう16
 
14 ピーター・F・ドラッカー『エッセンシャル版マネジメント』ダイヤモンド社、2001年より引用。
15 拙稿「ESGという言葉を使わなくていい世界を目指せ!」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023年9月8日にて指摘。
16 拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にて指摘。

5――CSRに対する2つの根強い根本的誤解

5――CSRに対する2つの根強い根本的誤解

筆者が標榜する「CSR・ESG経営の実践が当たり前になる世界」に至るまでには、必ずしも短い道のりではないだろう。産業界・資本市場の関係者や有識者などの間で、CSR・ESGへの多くの誤解が未だ蔓延しているからだ。ここでは、2つの根強い根本的な誤解を指摘しておきたい。
1|【誤解(1)】CSR=フィランソロフィー➡CSRは古い
1つは、「CSRは古い、時代遅れ」との誤解だ。このように考える向きの多くは、「CSRはボランティア、寄付、植林、芸術文化支援(メセナ)など慈善の社会貢献活動(フィランソロフィー)を指している」との誤解を抱いているように思われる。

「社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営」には、勿論そのようなフィランソロフィー活動も含まれるが、前述したように、それにとどまらず企業活動の一挙手一投足までを内包する考え方だ。CSRは、フィランソロフィーといった特定の狭い企業活動に限定するのではなく、企業経営の基盤を成すもっと広い普遍的な概念として、「企業が良き企業市民として社会で存在するために責任を持ってなすべきこと」と捉えるべきである、と筆者は考えている。すなわち筆者は、「CSR(企業の社会的責任)と企業の社会的存在意義(=社会的目的)はほぼ同義である」と捉えている17

筆者が「社会的ミッション起点の真のCSR経営」と「CSR経営」の前に「真の」という形容詞をわざわざ付けているのは、この1つ目の誤解と一線を画するためだ。
 
17 拙稿「ESGという言葉を使わなくていい世界を目指せ!」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2023年9月8日にて指摘。
2|【誤解(2)】企業の目的=経済的リターンの獲得
2つ目は、「企業の目的は経済的(金銭的)リターン(=財務的パフォーマンス)の獲得である」との誤解だ。

企業がこの誤解を抱えたまま、「経済的リターンと社会的価値の両立」を標榜しても、利益追求を第一に考える限り、「儲からなければ社会課題解決に取り組まない」とする本末転倒な考え方に陥りかねない18。これでは、異なるレイヤーにある経済的リターンと社会的価値を無理やり接合したにすぎない。本来は、沸き立つ高い志が強い使命感・気概・情熱を生み、それがマルチステークホルダーの共感を醸成して社会的ミッションを実現する原動力となるべきだ。「社会的価値追求を経済的リターンの上位概念に位置付け、経済的リターンは社会的価値追求の結果と捉える」との筆者が提唱する考え方を取らない限り、「社会的価値追求への取り組み=真のCSR活動」は長続きせず、マルチステークホルダーからの共感・信頼感も得られない。

「社会的ミッション起点のCSR・ESG経営」では、企業の目的は、志の高い社会的ミッションを掲げそれを実現すべく、愚直・誠実に社会的価値創出に邁進し続けて社会を豊かにすることだ。社会的価値を創出し社会的ミッションを実現した結果の「ご褒美(=報酬)」として、初めて経済的リターンが獲得できるのであって、利益獲得が決して目的ではないのだ。

一方、利益ありきの「経済的リターン(利益)ファースト」の考え方が行き過ぎると、従業員が過剰なノルマに追われて創造性や働きがい・エンゲージメント(愛着や誇り)を消失していくなど企業経営に不具合が起き、さらに事態が深刻化すると、会社ぐるみで法制度や社会的倫理から逸脱して不正・違法な利益獲得に手を染めるなど取り返しのつかない企業不祥事にまでつながり、最悪のケースでは企業破綻にまでつながってしまうこともあり得る、と筆者はこれまでも指摘してきた19。「社会的ミッション起点の真のCSR・ESG経営」の対極にあるのが、「目先の利益追求を優先する短期志向(ショートターミズム)の経営」だ20。短期志向の経営が企業不祥事にまでつながってしまうと、企業価値の大きな毀損を招くことは明らかだが、ショートターミズムは企業不祥事に至らなくとも、経済的リターンの継続的な創出には結局つながらないことに留意すべきだ21。短期志向の経営では、目先の利益確保には成功したとしても、それは長続きせず、結局中長期で見れば、経済的リターンをもたらさない。
 
18 拙稿「エコノミストリポート/問われる「真のCSR経営」 蔓延する「株主至上主義」 従業員軽視は付加価値生まず」毎日新聞出版『週刊エコノミスト』2024年8月6日号にて指摘。
19 拙稿「最近の企業不祥事を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2015年12月28日、同「社会的ミッション起点のCSR経営のすすめ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月25日にて指摘。
20 拙稿「社会的ミッション起点のCSR経営のすすめ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月25日にて指摘。
21 拙稿「最近の企業不祥事を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2015年12月28日にて指摘。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年03月31日「基礎研レポート」)

Xでシェアする Facebookでシェアする

社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

週間アクセスランキング

ピックアップ

レポート紹介

【「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にあり】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にありのレポート Topへ