コラム
2020年12月28日

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多様で膨大なビッグデータの活用で複雑化する企業の研究開発プロセス

企業にとって、顧客ニーズの多様化や産業技術の高度化・複雑化に伴い、異分野の技術・知見の融合なしには、イノベーションのスピードアップが難しくなってきている。とりわけ社会を変える革新的な製品の開発は、企業が自社技術のみで完結させることがますます困難となってきている。イノベーションを巡るこのような環境変化の下で、企業は社内の知識結集だけでなく、大学・研究機関や他社などとの連携によって外部の叡智や技術も積極的に取り入れる「オープンイノベーション」の必要性が高まっている1

さらに、世界中で発表された膨大な数の多様な領域の研究論文や過去に実施された実験データなどのビッグデータも、研究開発プロセスに有効に活用することが求められる。しかし、このような多様で膨大なビッグデータは、企業の研究者・エンジニアにとって必ずしも自分の専門領域ではないものも当然含まれることに加え、人間の経験や勘だけでとても扱えるような規模ではない。
 
1 オープンイノベーションは製品開発において重要性が高まっているが、本稿ではこれ以上触れない。オープンイノベーションの詳細については、拙稿「オープンイノベーションのすすめ」『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号を参照されたい。

研究開発プロセスの複雑化に対応するマテリアルズ・インフォマティクス

このため、人工知能(AI)の活用により、人間では発見できないデータ間の相関関係や最適な組み合わせを、膨大なビッグデータから網羅的・効率的に解析・発見することが必要になってきている。

例えば、大手素材メーカーが手掛ける電子材料など機能性材料の設計・開発工程では、業務プロセスの複雑化に伴い考慮すべきデータ量が顕著に増加しており、それへの対応として、ビッグデータやAIの活用を取り入れようとする動きがある。これは「マテリアルズ・インフォマティクス(MI:Materials Informatics)」と呼ばれる、最適な材料設計のための新たな方法論であり、科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)によれば、「計算機科学(データ科学、計算科学)と物質・材料の物理的・化学的性質に関する多様で膨大なデータとを駆使して、物質・材料科学の諸問題を解明するための科学技術的手法」2と定義される。また、新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)では、「従来の機能性材料開発は、これまで蓄積してきた多くの組成、構造、物性データをもとに『勘と経験』に基づく仮説をたてて、それを実験によって検証するといったプロセスを繰り返すことで最適な組成、構造を導き出してきた。そのため多くの試作回数、長い開発期間を要してきた。このような非効率な開発プロセスを刷新し、高速な材料開発基盤技術を構築することが我が国素材産業の提案力の高度化、ひいては産業全体の競争力強化につながる」3と考えられている。

複雑化する研究開発プロセスにAIを導入すれば、膨大な物質の組み合わせの中から人間が思いもつかなかった新素材を、試作などの工程を最小限に抑えて探し出すことができる。すなわち、マテリアルズ・インフォマティクスの狙いは、高速な材料設計による「プロセス・イノベーション(業務プロセスの革新的な効率化・改革)」とともに、新規材料の探索による「プロダクト・イノベーション(革新的な新技術・新製品・新事業の創出)」の創出にある、と言える。

筆者は、「AI利活用の目的とすべき成果(アウトカム)は、プロセス・イノベーションとプロダクト・イノベーションに大別でき、企業は、このイノベーションを通じて社会を良くすること(社会課題を解決すること)、すなわち『社会的価値(social value)』を創出することが求められる(図)。AIが及ぼし得るリスク・脅威や人々が抱くAIへの懸念・不安を説明責任の明確化やプライバシーの保護など『開発・運用原則』の明確化により取り除く一方で、AIの開発・利活用によって社会的価値を創出し社会を豊かにすることは、AIの開発・実装に携わる研究者・エンジニアや経営者の社会的責任であり、強い使命感・気概・情熱を持って、この志の高い社会的ミッションを成し遂げなければならない」と考えている4

研究開発プロセスにマテリアルズ・インフォマティクスを適用すれば、研究者・エンジニアは、ビッグデータの分析時間の短縮により浮いた時間で、より創造的な業務・活動を行ったり英気を養うための創造的な時間を享受したりすることができるとともに、これまで思いもつかなかった新製品の開発により社会を豊かにすることができる機会が高まる。
 
2 科学技術振興機構(JST)研究開発戦略センター(CRDS)「データ科学との連携・融合による新世代物質・材料設計研究の促進(マテリアルズ・インフォマティクス)」『戦略プロポーザル』FY2013-SP-01(2013年8月)より引用。
3 新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)「『マテリアルズ・インフォマティクス等に関する周辺動向調査』に係る公募要領」(2016年6月20日)より引用。
4 AIの利活用の在り方に関わる筆者の考え方については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日、同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日、同「AI・IoT の利活用の在り方」『ニッセイ基礎研所報』2019年Vol.63(2019年6月)、同「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日、同「イチロー引退会見に学ぶAI・IoTとの向き合い方」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年1月10日、同「人間とAIの共生を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年3月25日を参照されたい。

マテリアルズ・インフォマティクスは研究開発DXの最終型に

最先端テクノロジーを駆使して社会課題を解決する「第4次産業革命」や「Society5.0」の本質は、サイバー空間(仮想空間)とフィジカル空間(現実空間)を高度に融合・連動させた「サイバーフィジカルシステム(CPS:Cyber Physical Systems)」にある。すなわち、各種センサーや高精細カメラなどのIoT(モノのインターネット)デバイスを通じて収集・蓄積されるフィジカル空間のビッグデータが、サイバー空間でAIにより解析され、その解析結果がフィジカル空間にフィードバックされ、プロセス・イノベーションやプロダクト・イノベーションを通じて社会課題解決に活かされることを通じて、最終的に社会生活の質(QOL)を豊かにする世界だ。

一方、各種メディアなどで最近バズワードのように頻繁に取り上げられるようになった「デジタルトランスフォーメーション(DX:Digital Transformation)」だが、経済産業省によれば、「企業がビジネス環境の激しい変化に対応し、データとデジタル技術を活用して、顧客や社会のニーズを基に、製品やサービス、ビジネスモデルを変革するとともに、業務そのものや、組織、プロセス、企業文化・風土を変革し、競争上の優位性を確立すること」5と定義される。筆者は、「第4次産業革命やSociety5.0の根幹を成すCPSがDXの最終型である」6と考えているが、マテリアルズ・インフォマティクスはまさにCPSそのものであり、「研究開発DX」の最終型であると言える。

研究開発プロセスにAIを活用する動きは、機能性材料以外に創薬研究でも出てきている。
 
5 経済産業省『デジタルトランスフォーメーションを推進するためのガイドライン(DX推進ガイドライン)Ver. 1.0』(2018年12月)より引用。
6 筆者は、このような考え方を拙稿「コロナと都市/DXの最終型はスマートシティで実現」(一社)不動産協会『FORE』2020年通巻118号(2020年11月)にて提示した。

研究開発DXにおいても人間とAIのコラボレーションが欠かせない

企業は、AIの活用などで研究開発DXを進める一方で、必ずしも合理性のみにとらわれない、研究者・エンジニアの偶発的な活動・行動が、「セレンディピティ(serendipity)」7を引き寄せ画期的なイノベーションにつながり得ることにも留意すべきだ。例えば、人間による実験の失敗など一見非合理的なプロセスを経て、世界を変えるような大発明が生まれることがある。必ずしも合理性や常識にとらわれない、人間の経験則・勘・直感も、研究開発プロセスで依然として重要な要素なのだ。

一方、AIは合理的なプロセスを高速で追求し続けることは得意だが、ディープラーニング(深層学習)の過程で学んでいない想定外の偶発的事象に対して臨機応変に対応することはできない。研究者・エンジニアの一見非合理的な行動は、暗黙知そのものであり、データ化(形式知化)してAIに学ばせることは非常に難しい、と思われる。

研究開発業務におけるAI活用(研究開発DX)においても、すべての業務をAIでシステム化できるわけではない。人間にはできない多様で膨大なビッグデータの網羅的・効率的な解析をAIに任せ、研究者・エンジニアは、合理性や常識にとらわれない創造性を発揮することやAIによる分析結果を参考に意思決定をすることで互いに得意分野を担い、研究開発の現場でAIが研究者・エンジニアの業務をしっかりとサポートし、人間とAIが協調・調和して業務を遂行できる「ハイブリッド環境」を実現することが望まれる8

企業の研究者・エンジニアは、AIによる自動分析の利便性に安住し、その分析結果を十分に吟味しないまま鵜呑みにして機械的に業務の意思決定に用いたり、またイノベーションの源となり得る偶発的な出会いを求めて業務内外で行う、自らの専門分野に関わる学会活動、異業種交流会、専門外のセミナーなど多様なネットワーキングの活用、起業家、ノマドワーカー、フリーランスなど多様な人々が集うようなコワーキングスペースやシェアオフィスへの参加など、地道な創造的活動を怠るようなスタンスが社内に蔓延してしまうと、研究者・エンジニアの能力退化を招いてしまい、AIに真っ先に代替される人材を増やしてしまうことになりかねない。折角AIを導入しても、AIに淘汰される人材を増やしてしまいイノベーションが起こらない社内環境を作ってしまうと本末転倒だ。

研究者・エンジニアは、AI利活用を受け身や他人事ではなく「自分事」として捉え(=自分事化)AIに向き合って、AIによる分析結果の持つ意味をしっかりと考え、それを活かしながらも自らが業務の意思決定を行わなければならない。「CPSがDXの最終型である」と述べたが、CPSという「しくみ」を形式的に取り入れるだけではなく、CPSという「仏に魂を入れる」ように、人間がAI利活用を「自分事化」し、明確な目的を持ってAIを使いこなす「AIマネジメント能力」を身に付け磨いていかなければ、実のところ、DXの最終型は完結しないのだ。
図 AI利活用の社会への影響と科学者・開発者、経営者の社会的責任
 
8 株式会社アルク『英辞郎 on the WEB』によれば、「別のものを探しているときに、偶然に素晴らしい幸運に巡り合ったり、素晴らしいものを発見したりすることのできる、その人の持つ才能」を指す。
7 筆者は「AIは雇用を奪うのではなく、『人間と共生する良きパートナー』と位置付けること」「人間とAIが協調・調和して業務を遂行できる『ハイブリッドな環境』を実現すること」の重要性をこれまで一貫して主張してきた。筆者のそのような考え方については、注4に記載した拙稿を参照されたい。

<参考文献>
(※弊社媒体の筆者の論考は、弊社ホームページの筆者ページ「百嶋 徹のレポート」を参照されたい)
 
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、AI・IOT、スマートシティ、CSR・ESG経営

(2020年12月28日「研究員の眼」)

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レポート紹介

【AIと研究開発DX-人間とAIが協調・調和するハイブリッド環境が欠かせない】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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