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2025年度の社会保障予算を分析する-薬価改定と高額療養費見直しで費用抑制、医師偏在是正や認知症施策などで新規事業

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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今回の予算編成は2024年10月に発足した石破茂内閣にとって、政権のカラーを出せる初めての機会となり、その一つとして、「地方創生」に関わる交付金が拡充された。元々、地方創生は政権の重点施策とされており、2024年11月に初会合が開かれた「新しい地方経済・生活環境創生本部」で、石破首相は安倍晋三政権期に初代地方創生担当相に就任した経験を引き合いに出しつつ、「これまでの10年間の成果と反省をいかさなくてはなりません」と発言。その上で、企業、自治体、大学、金融、労働、メディアの「産官学金労言」の連携による地域活性化の必要性を強調した8。同年に閣議決定された経済対策でも、「産官学金労言から成る地域のステークホルダーが知恵を出し合い合意形成に努めるなど、地域の希望・熱量・一体感を取り戻す形で、新たな地方創生施策(「地方創生2.0」)を展開する」という文言が示された。
これを踏まえ、2024年度補正予算では「新しい地方経済・生活環境創生交付金」という名称の自治体向け財政制度が1,000億円計上された。さらに、2025年度当初予算案でも同じ名称の予算が計上されるとともに、関係予算が倍増された9。
さらに、防災対策も政権の重点施策として位置付けられており、「専任の大臣を置き、十分な数の災害対応のエキスパートをそろえた、『本気の事前防災』のための組織が必要」という考え方の下、2026年度中に「防災庁」を設置する考えが表明されている10。
これを受け、2024年度補正予算と2025年度当初予算案では、能登半島地震の対応を踏まえつつ、既述した「新しい地方経済・生活環境創生交付金」も活用する形で、▽災害時に活用できるキッチンカーなどの登録制度の創設、▽地域で活躍できる防災ボランティアの育成の充実――などの経費が計上された。このほか、2025年度当初予算案では、防災庁の設置に向けた準備経費に加えて、事前防災に繋がる関係省庁と自治体の連携などを図るため、「事前防災対策総合推進費」(17億円)も新規事業として計上された。
8 2024年11月8日、新しい地方経済・生活環境創生本部議事要旨を参照。
9 岸田文雄内閣ではデジタル化を通じて地域振興を図る「デジタル田園都市」が重視され、そのための支援制度である「デジタル田園都市国家構想交付金」(1,000億円)が2024年度当初予算で計上されていた。
10 2024年11月1日、防災庁設置準備室発足式における発言。
社会保障関係予算以外では、「教職調整額」の引き上げを巡って攻防が交わされたので、概要を取り上げる。これは勤務時間の多寡にかかわらず、教員の給料について、月額の4%分を自動的に上乗せする制度。少し奇怪に映る制度を理解する上では、教育制度の戦後史を踏まえる必要がある11。
戦後、教員の給与は他の公務員よりも10%ほど高く設定されたため、超過勤務に対する手当(いわゆる残業手当)は支給されない状態が続いた。その後、他の地方公務員の給与が改定される中で、10%の優遇措置も薄れ、日本教職員組合を中心とする訴訟が1960年代から頻発した。
そこで、文部省(現文部科学省)は超過勤務手当の導入を目指したが、自民党内部で「教員は聖職であり、労働者に当たらない。このため、超過勤務手当は不要」という意見が強まった。結局、人事院勧告や労働基準法とは別枠の特例的な措置として1972年1月から教職調整額がスタートし、現在に至っている。
2025年度当初予算案の編成では、他の産業の賃金上昇で人材確保が難しくなっているとして、文部科学省は教職調整額を4%から13%に引き上げるように要望。財務省との調整が難航したが、最終的に「2030年度までに10%に引き上げ」「2025年度は5%に引き上げ。以後は確実に引き上げる」といった方向性で一致した。さらに、公立小中学校教員の給与費の3分の2と公立高校教員の給与費の全額は自治体負担であり、地方交付税でも手当が講じられた。
なお、教職調整額を10%に引き上げた際、平年度化した国・地方の財政負担は義務教育で2,778億円、高等学校で941億円と見られている。
11 竹内健太(2024)「教員の働き方や処遇をどのように改善していくか」『立法と調査』471号、山崎政人(1986)『自民党と教育政策』岩波新書などを参照。
物価上昇も一つの論点になった。先に触れた「103万円の壁」や教職調整額の引き上げも物価上昇への対応という側面を持っていたが、それ以外でも様々な手立てが打たれた。
具体的には、公務員の給与については、人事院が2024年8月、民間企業の賃上げに伴って官民格差が生まれているとして、月例給を平均1万1,183円、ボーナスを0.1カ月分、引き上げるように勧告しており、これに沿った対応策が取られた。さらに、生活保護の生活扶助基準も2025~2026年度の対応として、月1,500円の引き上げが決まった。
自治体の財源保障機能を持つ地方交付税でも物価高への対応が意識され、2025年度当初予算案では施設の光熱費高騰や委託料の上昇に対応する経費として1,000億円が計上され、対前年度当初比で300億円増えた。
このほか、2024年度補正予算でも物価上昇への対応策が盛り込まれた。このうち、内閣府が所管する自治体向け予算の「物価高騰対応重点支援地方創生臨時交付金」(約1兆7,351億円)では、医療・介護・保育、学校に対する支援が「推奨事業メニュー」の一つに例示されており、日本医師会の松本吉郎会長は同交付金の配分額を決定する都道府県に対し、「ぜひ医療機関の経営の厳しさをご理解いただきたい」と訴えている12。
一方、厚生労働省の2024年度補正予算でも「人口減少や医療機関の経営状況の急変に対応する緊急的な支援パッケージ」として、支援費が確保された。予算制度は3つに分かれており、生産性向上に繋がる設備投資などに充当できる仕組みは2024年度報酬改定13の延長線で創設された。具体的には、2024年度改定で創設された「ベースアップ評価料」を算定している医療機関などを対象に、生産性向上に繋がる設備などを導入した場合、全額国費で助成する制度が創設された。
残りの2つのうち、1つは人口減少や医療需要の減少を踏まえて、病床を削減する医療機関を支援したり、物価上昇で救急などの施設整備が困難になったりしている医療機関を助成する。最後の1つは周産期医療や小児医療を確保する医療機関を支援する事業であり、3つを合わせた予算規模は1,311億円。
介護に関しても、2024年度改定で簡素化された「介護職員等処遇改善加算」を取得している事業所向け助成制度として806億円が計上されており、業務の棚卸しなどを実施することを要件に、人件費に充当できると説明されている14。
12 2024年12月24日『m3.com』配信のインタビュー記事を参照。
13 2024年度改定のうち、賃上げに関わる部分は2024年6月12日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(上)」を参照。
14 このほか、少ない人数でも現場が回る体制整備や職場環境改善に努める「生産性向上」に関わる予算としても、ロボットの導入や大規模化などに取り組む事業者を支援する「介護テクノロジー導入・協働化等支援事業」が設けられた。予算額は200億円。生産性向上は2024年度介護報酬改定の焦点となった。詳細については、2024年5月23日拙稿「介護の『生産性向上』を巡る論点と今後の展望」を参照。
3――社会保障予算の全体像
社会保障関係費に関しては近年、その伸び率を高齢化などによる増加分に相当する5,000億円程度に抑える方針が継続されている。さらに、岸田文雄政権が重視した「次元の異なる少子化対策」では、必要経費の大宗を歳出抑制で賄う方針が決まっており、2023年12月の「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下、改革工程)では、患者負担の見直しなど様々な歳出抑制策が列挙されていた15ため、予算編成では整合性が問われた。一方、物価上昇分への配慮や社会保障の充実による上乗せが加味されたため、全体としては図表3の通り、プラスとマイナスが同居する複雑な姿となった。
まず、人口構造の変化に伴う変動分に加えて、年金の物価スライドや保育給付の増加、生活扶助の見直しなど物価・経済動向等への配慮が重なり、自然体の増加分(いわゆる自然増)は6,500億円程度と見られていた。
これに対し、後述する薬価の引き下げに加えて、患者の窓口負担を抑える高額療養費の見直しなどによる抑制効果などを通じて、約1,300億円の国費(国の税金)が抑制された。
このほか、既述した高等教育における多子世帯無償化の影響として、300億円の増額があったため、トータルの増加額は5,600億円程度になった。以下、歳出抑制策として、(1)薬価改定、(2)高額療養費の見直し――を取り上げる。
15 改革工程の意味合いや内容などについては、2024年2月14日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)」を参照。
医療サービスの公定価格である診療報酬のうち、医療機関に対する診療報酬本体は2年に1回見直されているのに対し、薬価は2021年度以降、毎年改定されており、本体改定の間に実施される薬価見直しは一般的に「中間年改定」と呼ばれている。その際には、流通業者から医療機関に安価で薬が売られていることで、この差に対応するため、薬価が毎年引き下げられている。
2025年度の中間年改定では、実勢価格が薬価よりも平均で5.2%下回り、過去最低レベルとなる中、製薬業界などは物価高騰や円安などで安定供給が困難になっている点とか、新薬創出の妨げになっていると主張し、中間年改定の廃止と薬価引き下げ反対を強く訴えた。
ただ、患者負担の増加など他の見直し策が国民や野党の反発を招きやすいのに対し、薬価削減は政府にとって便利な歳出抑制策になっている面があり、2025年度改定でも中間年改定は継続された。
今改定の大きな変更点は対象範囲である。過去2回の中間年改定では、平均乖離率の0.625倍を超える品目が自動的に対象となっていたが、2025年度改定では品目ごとの特徴に応じて範囲が決まった。具体的には、平均乖離率の5.2%を基準にしつつ、▽革新的な新薬の創出などを評価する「新薬創出・適応外薬解消等促進加算」の対象品目と、特許が切れた後発医薬品は1.0倍、▽新薬創出・適応外薬解消等促進加算以外の新薬は0.75倍、▽同じ成分の後発医薬品が流通している「長期収載品」は0.5倍、▽その他医薬品は1.0倍――を超える医薬品が改定対象となった。
これらの結果、全品目(1万7,440品目)のうち、53%に相当する9,320品目が見直しの対象になった。過去の中間年改定では69%が対象だったため、対象範囲は縮小した。
一方、物価上昇に対応するため、錠剤や注射剤など区分ごとの下限値を定めている「最低薬価」が引き上げられた。これは薬価の増額要因として働いており、以上の見直しの結果、給付費ベースで2,466億円、国費(国の税金)ベースで648億円の抑制に繋がった。
なお、薬価改定による削減分の一部については、診療報酬の充実に回る。具体的には、食材費の高騰を踏まえて入院時の食事基準が2024年6月以降、1食当たり670円から690円に引き上げられるほか、▽高齢者の口腔ケアに当たる歯科衛生士と歯科技工士を対象とした加算の創設、▽長期収載品に関わる患者負担を増やす制度改正が2024年10月から開始された16のに伴って、薬剤師の負担が増えているため、安全管理が必要な薬の服薬指導に関わる「特定薬剤管理指導加算服薬指導」の加算引き上げ――なども実施される。
16 2024年10月以降、医学的な必要性が低いのに、医薬品の上市後5年経過または後発医薬品の置き換えが50%以上となった長期収載品を使った場合、保険給付の範囲が縮小された。その結果、後発医薬品の最高価格帯との差の4分の3に限定される代わりに、患者から「特別の料金」を追加的に徴収することになった。詳細は2024年9月11日拙稿「2024年度トリプル改定を読み解く(下)」を参照。
(2025年02月06日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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2025/02/17 | 政策形成の「L」と「R」で高額療養費の見直しを再考する-意思決定過程を詳しく検討し、問題の真の原因を探る | 三原 岳 | 研究員の眼 |
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