2024年12月25日

米国連邦地裁におけるGoogleの競争法敗訴判決~一般検索サービス市場と検索テキスト広告市場

保険研究部 専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長 松澤 登

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1――はじめに

2024年11月20日の日本経済新聞朝刊(15面)によれば、米国司法省はGoogleに対して、ウェブブラウザであるChromeの売却命令を裁判所に求めることがわかったとのことである。これは米国連邦政府及びコロラド州などが、コロンビア特別区連邦地裁において、Googleの行為が競争法違反であることを主張した訴訟でGoogleが敗訴したことによる。

他方、日経の同記事によれば、Googleは連邦地裁に是正策を提出する見込みであるとともに、控訴を検討しているとのことである。そして12月1日付け日経新聞朝刊では連邦地裁において、司法省が示した分割案に対して、Googleが激しい反発を示したことが報道されている。

本稿は、このような経緯のもととなった2024年8月5日の連邦地裁判決について解説をするものである。判決文はさまざまな議論を展開するが、最初に結論を述べており、それは以下の通りである。

(1) 一般検索サービス市場においてGoogleは競争法(シャーマン法2条)に違反した。
(2) 一般検索テキスト広告市場においても同様にGoogleは競争法に違反した。

このほか、(3)検索広告市場ではGoogleは支配的地位を有しておらず、また、(4)一般検索広告市場は存在しないとしてGoogleの責任を認めていない1。本稿では主に(1)(2)についての取り扱うこととする。

なお、12月23日(日経朝刊)、24日(読売朝刊)では、日本の公正取引委員会が、Googleの一般検索サービスに関して排除命令を発出する予定であると報じられている。
 
1 このほか、広告プラットフォームであるSA360についても訴訟の対象となっているが、大筋とは外れるので省略する。

2――一般検索エンジン

2――一般検索エンジン

1|概要
米国における一般検索エンジン(general search engine(GSE))は現在、Google、Bing、Yahoo、DuckDuckGo(以下「DDG」)、Ecosia、Braveがある。Googleの一般検索市場におけるシェアは2020年で89.2%、内訳としてモバイル端末で94.9%、またデスクトップ端末で84%と圧倒的である。2位のMicrosoftのBingのシェアは6%に過ぎない。Bingは、ウェブをクロール(巡回)し、インデックス化することを行っているGoogleの唯一のライバルである。Bingに次ぐ検索エンジンであるYahooとDDGはBingから検索結果を連携してもらっている。

ちなみに2009年までにはデスクトップ・モバイルを問わず、一般的なクエリ(=検索のために入力される単語や文章)のシェアの80%は既にGoogle経由となっていた。

2|一般検索エンジンの仕組み
一般検索エンジンのサービスは、膨大な数のウェブをクロールすることから始まる。そしてウェブサイトをインデックスとして整理する。インデックスとは「基本的に公開されているウェブ全体のデータベースであり、ユーザーが要求すれば返すことができるもの」とされている。このクロールとインデックス化は頻繁に行われ、最新の情報に常時更新される。

インデックスが有用に利用できるようにするためには、まず利用者が何を求めているかを一般検索エンジンが理解している必要がある。このために一般検索エンジンは、スペルミスの特定、同義語により検索内容を推定するなどの機能が付与されている。

もうひとつ重要なことは、ウェブサイトのランク付けである。クエリに反応するサイトが無限に存在する中から、数万、数千、数百と搾り、ユーザーに表示する上位10個を決定しなければならない。

なお、このあたりの絞り込みの技術は興味深いところであるが、判決文では大幅に簡素化して記載している。

3|クエリの種類
一般検索エンジンはほぼすべてのトピックを網羅し、幅広い情報源から情報を提供できるという特性を有する。したがって一般検索エンジンは最初に頼ることができる場所であり、情報の概要を必要とする場合に利用する場所である。ユーザーは短期で見れば、特定のエリアの検索を行うが、長期で見ると様々なエリアの検索を行う。

一般検索エンジンにおけるクエリには商用クエリ(=何かを買いたいと思って検索するクエリ)と、非商用クエリがある。一般検索エンジンでは商用クエリに対応して、検索結果ページに関連する広告を掲載することが多い。

そのほか、ナビゲーショナルクエリ(たとえばAmazonなど)があり、この場合、ユーザーはAmazonのウェブサイトに移動したいと考えている可能性がある。このように他のウェブサイトに移動するためのリンクを提供できるのは、一般検索エンジンのみである。

4|検索結果ページ
一般検索エンジンはクエリに対応する情報として、検索結果ページ(search engine result page(SERP))を表示する。検索結果ページではウェブサイトへのリンクと追加情報を提供する。まず、基本となるのが、オーガニックリンクまたはブルーリンクと呼ばれるもので、検索結果そのものである。オーガニックリンクをユーザーがクリックすることで表示されたリンク先へ移動できる。

つぎに有料広告であり、オーガニックリンクの上部に掲載される。これには、まず、一般検索テキスト広告があり、これはオーガニックリンクと同じようなテキスト形式で表示されるが、(「スポンサー付き」日本では【PR】)の表示が追加されている。また、ショッピング広告があり、これは通常、製品の写真、販売者、価格情報で構成されている。ショッピング広告は検索結果(PRも含む)とは切り離された形でページ上部に表示される。

テキストで表示される有料広告の中には、バーティカル・オファリング(vertical offering)という検索結果ページを離れずにたとえばホテルの空き状況など詳細情報を確認できるような仕組みがある。これを「構造化データ(structured data)」と呼ぶ。Googleは専門プロバイダーとデータ共有契約をすることで、構造化データを入手している。他方、Bingは規模が小さいため、このようなデータ共有契約を締結できない場合がある。

5|一般検索エンジンの開発と維持にかかる費用
これまで見てきたような一般検索エンジンの構築・運営には極めて多くの資本と人的資源が必要である。判決文では技術インフラを開発するだけで数十億ドル必要とするとしている。また、Googleの試算では、仮にAppleが一般検索エンジンを構築しようとする場合の投資総額は200億ドル、軌道に乗せるために100億ドル、また技術インフラに毎年40億ドル必要となるとしている。

実際、2020年、Googleは一般検索エンジンの運営に84億ドルを費やした(収益分配契約(後述)を除く)。昨今、でき始めている人工知能駆動型モデルのような検索エンジンには、さらに巨額の費用が掛かる。

また、検索を収益化するにもコストがかかり、2020年Googleは検索広告事業に111億ドルかけている。

このように莫大な費用が掛かるため、ベンチャーキャピタルはどこも資金を用意できず、一般検索サービスに乗り出そうとする新興企業は十分な資金を得ることができない。
6|一般検索エンジンへのアクセス
一般検索エンジンを利用するための方法はいくつかある。これらは1)ブラウザ(Chrome、Firefox、safariなど)に統合されている検索枠、2)Android端末のホーム画面上の検索枠、3)検索アプリ(Google)、4)端末にデフォルトで設定されているブックマーク、5)デフォルトに代替するブラウザの検索枠、6)直接ウェブ検索(ブラウザのURLが表示される枠への直接入力)がある。
 
(1) デフォルトに設定される検索枠の優位性
一般検索エンジンへの最も効果的なアクセスとしては、デフォルトの検索枠として配置されることである。Appleにおいてはsafariブラウザに統合された検索枠(上記1))である。Android端末では端末のホーム画面上の検索枠(上記2))およびChromeの検索枠(上記1))である。以上の検索枠、及びFirefoxもデフォルトの一般検索エンジンはGoogleである。WindowsだけはEdgeがデフォルトブラウザであり、Bingがデフォルトの一般検索エンジンとなる。

この分野のコンセンサスは「デフォルトは消費者の意思決定に強力な影響を与える」というもので、個人は習慣でアプリを選択する。多くのユーザーはデフォルト以外の一般検索エンジンがあることも変更できることも知らない。さらにデフォルトの一般検索エンジンを変更することはどのモバイル端末でも操作が難しい。

このことはGoogleも理解しており、2017年にはクエリの60%はデフォルトに設定された一般検索エンジンであるGoogle検索枠から入力された。
 
(2) その他の検索枠
デフォルトに設定されていない検索枠からの利用は少ない。Googleはユーザーがダウンロードした一般検索エンジンを利用する方法は効果的ではないことを認識している。Firefoxではお気に入りページに、Google、Bing、Yahooにアクセスするためのアイコンが用意されている。しかし、この方法を利用するユーザーはほとんどいない。それはFirefoxの「お気に入り」を見つける必要があり、そのために「余分なクリック」が必要になるからである。

デフォルトが頻繁に変更されるのは、デスクトップ端末であるWindowsである。WindowsでのGoogleの検索シェアは80%である。これはChromeがブラウザとして人気があるというわけではない。Chrome開発時にすでにWindowsの検索シェアの80%はGoogleが占めていた。

7|規模の重要性
(1) 品質の向上 クエリ量が多いということはそれだけユーザーデータ、つまり規模があるということである。モバイルではGoogleは、ライバルの19倍ものクエリを受信している。ユーザーデータにはさまざまなものが含まれ、クリックした検索結果、ユーザーが検索結果画面に戻るかどうか、速度、検索結果画面での閲覧時間などがある。このようなデータから検索結果の関連性やユーザーが訪問したウェブページの品質を知ることができる。このことは検索の質の向上に役立つ。たとえば、Googleではロングテールクエリ(めったに検索されない珍しいクエリ)も検索される。ユニークなクエリの93%はGoogleで検索されている。

情報の新鮮さも検索の重要な要素であり、Googleは常時、再クロールを行うが、たとえばニューヨークタイムズのような人気サイトはより頻繁にクロールされる。

また効果的なインデックス化は、検索品質に大きく影響するが、これはクエリデータによって改善が期待できる。このためクエリデータの規模は重要である。

そして、ユーザーから不完全なクエリが入力された場合であっても、的確な検索結果を表示するために、Googleはユーザーデータに頼っている。
 
(2) 検索結果のランキング作成
そして、Googleは入力されたクエリに関連する可能性のある検索結果をスコアリングし、検索結果ページに表示されるための技術を活用している。

一つ目はクエリベースの顕著な関連用語(Query-based Salient Terms、QBST)であり、対になる用語(たとえばホワイトハウスの「住所」と「ホワイトハウス」という単語のセット)を特定・暗記する技術である。二つ目はNavboostという技術で、ユーザーの検索結果ページにおけるクリックの結果を記億とすることで、対になる用語を特定・記憶するものである。Navboostは13カ月のユーザーデータでトレーニングされている。

そのほかさまざまな技術が存在するが、なかでもMUMと呼ばれる大規模言語モデル(Large Language Model(LLM)2)がある。MUMは言語の構造を理解し、ある種の推論能力を獲得する」ために訓練されたモデルである。

これらの技術は互いに補完的に運用され、検索の品質向上に資することとなる。
 
2 「大規模言語モデル(LLM:Large language Models)とは、大量のデータとディープラーニング(深層学習)技術によって構築された言語モデルです。言語モデルは文章や単語の出現確率を用いてモデル化したものであり、文章作成などの自然言語処理で用いられています。大規模言語モデルと従来の言語モデルでは、「データ量」「計算量」「パラメータ量」が大きく異なります」(日立ソリューションズ・クリエイトHPより引用)。なお、LLMは通常AI技術として紹介されることが多いが、本判決ではAIとは別に取り扱われている。
8|人工知能
「人工知能とは機械(典型的にはコンピューター・プログラム)に知的なふるまいをさせるための科学と工学である」とされる。

2015年以降GoogleはAI技術を検索プロセスにより深く組み込み始めた。このころGoogleは「入力を受けて出力を吐き出すトランスフォーマーと呼ばれるディープニューラルネットワークの体系」を発表し、より少ないユーザーデータで品質向上を図ることに成功した。

最近、GoogleとBingは生成AI技術を検索結果ページに組み込み始めた。生成AIの統合は検索品質を向上させる競争の最も明確な例ではあるが、一般的な検索を行う伝統的技術にとってかわったわけではない。重要なことは生成AIが質の高い検索結果を提供するためのユーザーデータの必要性を排除したり、大幅に削減したりしていないことである。

9|ユーザーデータとプライバシー
Googleは検索の質とユーザーのプライバシーとはトレードオフの関係にあると考えている。Googleは、ユーザーのセッション(一連の行動)を追跡することは「結果を改善するためにセッション内で文脈を使用することを含め、ユーザー体験にとって測定可能なほど有益」であるとする。

また、GoogleはIPアドレスを記録し、検索結果をカスタマイズすることに使用している。セッションの追跡やIPアドレスの記録は競合者であるDDGは行っていない。

もう一つの問題はユーザーにGoogleアカウントにサインインを促すことである。Googleはユーザーがサインインすることにより、検索結果と検索エンジン全体の質を向上させると考えている。

(2024年12月25日「基礎研レポート」)

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保険研究部   専務取締役 研究理事 兼 ヘルスケアリサーチセンター長

松澤 登 (まつざわ のぼる)

研究・専門分野
保険業法・保険法|企業法務

経歴
  • 【職歴】
     1985年 日本生命保険相互会社入社
     2014年 ニッセイ基礎研究所 内部監査室長兼システム部長
     2015年4月 生活研究部部長兼システム部長
     2018年4月 取締役保険研究部研究理事
     2021年4月 常務取締役保険研究部研究理事
     2024年4月より現職

    【加入団体等】
     東京大学法学部(学士)、ハーバードロースクール(LLM:修士)
     東京大学経済学部非常勤講師(2022年度・2023年度)
     大阪経済大学非常勤講師(2018年度~2022年度)
     金融審議会専門委員(2004年7月~2008年7月)
     日本保険学会理事、生命保険経営学会常務理事 等

    【著書】
     『はじめて学ぶ少額短期保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2024年02月

     『Q&Aで読み解く保険業法』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2022年07月

     『はじめて学ぶ生命保険』
      出版社:保険毎日新聞社
      発行年月:2021年05月

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