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「地域ケア会議」はどこまで機能しているのか-多職種連携の促進に効果も、運用のマンネリ化などに懸念

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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4――地域ケア会議の運用を巡る論点(1)個別課題から地域課題に発展できない問題
だが、これではサービス担当者会議と変わらず、地域ケア会議の役割を果たしていると言えない。
10 日本総合研究所(2020)「地域ケア会議に関する総合的なあり方検討のための調査研究事業報告書」(老人保健事業推進費等補助金)。
上記の事情が起きている理由として、市町村の人事異動などで、取り組みがスタートした頃の考え方が十分に引き継がれず、しかも多職種連携は当時よりも一般的になっているのに、前例踏襲の会議が開かれ続けている可能性が考えられる。
さらに、専門職の専門性が影響している可能性も想定できる。一般的に医療・福祉に関わる専門職は自らの専門性に誇りを持っており、個別課題の解決に非常に熱心である。その結果、地域ケア会議の議論が個別事例の課題解決にとどまり、地域課題に発展しない傾向が見受けられる。
例えば、先の事例で言うと、X市Y地区のAさんの課題解決に力点が置かれ、近所に住むBさんやCさんの事例との対比が不十分になっている。分かりやすく整理すると、地域ケア会議では本来、「事例『を』考える」だけでなく、地域に共通する課題を「事例『で』考える」必要があるのに、前者だけにとどまっている状況だ。
では、どんな改善策が求められるのだろうか。第1に、会議の目的を明確にすることが考えられる。具体的には、単に会議の開催を目的にするのではなく、「今日は個別課題を話し合う」「今回は事例をベースに地域の課題を協議する」といった形で、会議のゴールを明確に設定する必要性である。
さらに地域ケア会議で取り上げる事例にも工夫する必要がある。管見の限り、多くの地域ケア会議では、「重度な認知症で意思決定支援が必要なケース」「家族の関係が悪く、虐待が疑われるケース」など困難あるいは複雑なケースを取り上げる傾向が見受けられる。もちろん、こうした困難あるいは複雑なケースは人権や尊厳に関わる分、多職種・多機関による早急な支援が求められる。
しかし、解決策を捻り出すのが非常に難しい分、地域の課題に発展させたり、地域資源の活用を検討したりする上では適切とは言えない面がある。こうした事例が増えているとか、将来的に問題になると見通しているのであれば、話は別だが、地域に共通する普遍的な課題に発展させる上では、地域で多く見られるケースを取り上げる必要がある。
そのためにも「今回は重度かつ複雑なケースを話し合う」「今日は地域の課題解決に繋げるため、現場で多く見られる軽度者のケースを取り上げることで、体操教室などインフォーマルケアの必要性を地域の専門職に理解してもらう」といった形で、会議の着地点やゴールをイメージしつつ、事例や会議の進め方をデザインする運用が欠かせない。
5――地域ケア会議の運用を巡る論点(2)議論が活発にならない問題
このほか、市町村による厳しいケアプランチェックの結果、専門職の足が遠退いている可能性も考えられる。これは制度の原型となった埼玉県和光市の運営スタイルが影響した面がありそうだ。当時の様子を取材した書籍11では、「ピリピリした緊張感」の中、「ケアマネジャーに自分が作った個別ケアプランの内容と実施経過を他の専門職らの前で説明させ、それを参加者が適正かどうか厳しく評価し、アドバイスを受けさせる」と紹介されている。さらに、ケアマネジャーが無難に受け答えしたため、市幹部が「一喝」したとされている。これが日常的な出来事だったのか、どこまで情景を適切に描写した表現なのか、今となっては検証しにくい12が、「ピリピリした雰囲気」の中、市町村職員から「一喝」されるような場に参加したいと思うケアマネジャーは少数派ではないだろうか。
さらに、上記のような市町村主導の傾向は2018年度改正の後、全国的に強まっている可能性がある。この時の改正では、食事や洗濯など訪問介護の生活援助を多く入れたケアプラン13に関しては、市町村に提出が義務付けられたほか、地域ケア会議で必要性などが検証されることになった。つまり、地域ケア会議が公式的に「ケアプラン点検の場」としての性格を持つようになったわけだ。
この制度について、厚生労働省は「利用制限ではない」と繰り返し強調しており、筆者も「ケアマネジャーに説明責任が課された」と理解しているが、個別性を考慮しないまま、もし市町村が機械的に運用すれば、地域ケア会議は「給付制限の場」となる。この状況は介護保険以前の措置制度、つまり市町村が一方的にケアの内容を決めていた時代の運用に近付くことになる14。
実際、制度がスタートした際の国の委託調査15を見ると、地域ケア会議を通じてケアプランの再考を促したのは327市町村、499件、実際にケアプランの変更に至ったのは134市町村、195件に上り、ケアマネジャーが同席しない場でケアプラン再考の必要性が判断されたケースを見ると、全体の6.8%に当たる68市町村が「あった」と答えている。
しかも、市町村には2018年度からケアマネジャーの事業所(居宅介護支援事業所)の指定権限が移譲されており、ケアマネジャーから見れば、市町村に物を言いにくい雰囲気が作り上げられている。こうした状況で、利用者に接したこともない市町村職員から細かくプランの内容をチェックされるのであれば、そんな場にケアマネジャーが「参加したくない」と考えるのも当然である。
確かにケアプランの作成過程が十分とは言えない可能性があり、地域ケア会議で様々な視点を取り入れることは重要であるが、最終的なプラン変更の判断は利用者に接しているケアマネジャーに委ねなければならない。介護給付費を抑制したい市町村の意向は理解できる面もあるものの、地域ケア会議が「給付抑制の舞台装置」になれば、会議の議論は活発にならない。
むしろ、市町村職員が専門職の経験や知恵から学び、考え方を軌道修正するぐらいの謙虚なスタンスが欠かせない。地域ケア会議で求められているのは様々な意見に耳を傾け、議論の方向性を合意に導くファシリテート能力である。この考え方は国の委託研究で示された「手引き」でも強調されており、会議を運営する市町村は自制的に振る舞う必要がある。
11 小黒前掲書の尾崎雄(2016)「地域の共同体マインドを共有する」176~177ページを参照。
12 介護予防などに関する同市の取り組みは「好事例」として注目され、国の制度改正論議にも影響を与えていた。当時の状況については、2017年12月20日拙稿「『治る』介護、介護保険の『卒業』は可能か」を参照。ただ、市のモデルを作り上げた市幹部が2019年9月、生活保護受給者から多額のカネを詐取していたなどとして、逮捕(その後に起訴、実刑判決)された事件を機に、同市の名前は国の資料から姿を消した。
13 1カ月当たり要介護1で27回、要介護2で34回、要介護3で43回、要介護4で38回、要介護5で31回。
14 そもそも介護保険制度では高齢者の自己選択(自立)を掲げることで、措置制度の抜本的な見直しが図られた。その際、要介護認定の段階で市町村がケアの内容を決めると、措置制度と変わらなくなるため、わざわざ要介護認定とケアマネジメントを切り離した。それにもかかわらず、ケアマネジメントの内容に市町村が介入し過ぎると、介護保険以前の措置制度に逆戻りする危険性を伴う。詳細は2020年4月10日拙稿「20年を迎えた介護保険の足取りを振り返る(下)」を参照。なお、要支援者を対象とした「介護予防・日常生活支援総合事業」(総合事業)は予算の上限が設定されるなど、措置制度に近い要素を持っており、総合事業に基づいて介護予防を強化するのであれば、措置的な運用が必要となる。詳細については、2023年12月17日拙稿「介護軽度者向け総合事業のテコ入れ策はどこまで有効か?」を参照。
15 三菱総合研究所(2020)「訪問介護等の居宅サービスに係る保険者の関与の在り方等に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。994市町村が回答。
6――おわりに
しかし、異なる専門性が交じり合う地域ケア会議は本来、イノベーションの場になる潜在性を有しており、個別事例と地域課題を接続することで、「地域の実情」を把握する上でも重要な存在である。この場を有効に使えていないのは大きな機会損失と言える。
さらに、アメリカの経営学者、ドラッカーが「方向づけのない会議は迷惑なだけにとどまらない。危険である」17と述べている通り、形式的な会議は専門職の不信感を招くだけでなく、やり甲斐を感じられない市町村職員自身の疲労感を深めることにも繋がり、非常に危険である。
一方、今後も在宅ケアの充実に向けて多職種連携の深化は重要な論点であり、2021年度からスタートした「重層的支援体制整備事業」では、分野・制度を問わない支援が求められているため、連携の対象は多世代化、多機関化する18。こうした状況で、地域ケア会議は今後も制度改正の舞台装置として活用される可能性が高く、市町村自身が現場の専門職とともに、改善を積み重ねることに期待したい。国や都道府県、研究機関などによる伴走支援も一層、強化する必要がある。
16 『介護保険情報』2014年10月号を参照。
17 Peter F.Drucker(1966)“The Effective Executive”〔上田惇生訳(2006)『経営者の条件』ダイヤモンド社69ページ〕を参照。
18 重層的支援体制整備事業の論点については、医療・介護制度改革で多用されている「地域の実情」という言葉に着目した拙稿コラムの第6回で述べた。
(2024年12月24日「保険・年金フォーカス」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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