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介護の「生産性向上」を巡る論点と今後の展望-報酬改定でテコ入れ、現場の業務見直し努力が重要に
基礎研REPORT(冊子版)7月号[vol.328]

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1―はじめに
だが、「介護に生産性が必要なのか」とう抵抗感を示す業界関係者は少なくない。そこで、本稿では近年の政策動向を取り上げた上で、議論が噛み合わない背景を考える。
さらに、人材不足対策としての側面だけでなく、現場で働く介護従事者の意欲を高める重要性を論じる。
一方、介護業界では人員配置基準が厳格に定められており、現場の積み上げだけでは限界がある点も指摘。最終的に「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」という二律背反が課題になる可能性を論じる。
2―介護で「生産性」が浮上した経緯
その後、厚生労働省は2019年3月、介護分野の生産性向上に関するガイドラインを策定した。現在はサービスごとに作られるなど更新、拡充が図られており、2021年3月改定の施設系サービス版では、図のようなイメージを示しつつ、現場の効率化を図れる可能性が指摘された。
要するに、デジタル化やロボットの導入を通じて、記録入力業務などを効率化し、ケアに直接関係しない業務を減らすことで、ケアに直接関係する業務を増やしたり、人材育成に充てたりする時間を増やすことが想定されている。
3―2024年度報酬改定でのテコ入れ
このうち、(1)は3年間の経過措置が設定された上で、施設系サービスなどで委員会設置が義務付けられた。これは現場からの積み上げを通じて職場環境を改善する狙いがあり、この意味合いの詳細は後段で改めて詳しく考える。
次に(2)では、「生産性向上推進体制加算」という名称の加算が創設された。対象は委員会設置を義務付けられたサービスであり、センサーなどの見守り機器とか、職員同士の連絡や介護記録の効率化に繋がる機器を導入した事業所に対し、1カ月10~100単位の加算を付与することになった(1単位は原則10円)。
さらに、生産性向上が質の維持・向上に繋がっていることを示すため、利用者の満足度や職員の勤務時間などを測定することも義務付けられた。
3点目に関しては、政府の規制改革推進会議が絡むなど少し複雑な動きがあったので、簡単に経緯を振り返る。
同会議は2021年12月以降、データやテクノロジーの最大活用を通じた生産性向上を重視。ヒアリングで招かれた大手損害保険会社グループによる事例報告でも、テクノロジーとデータの活用などを通じて、食事配膳や洗濯、記録などの間接業務を大幅に削れたことが紹介された。
その上で、高齢者3人に対して常勤職員1人を配置する「3:1基準」の見直しに向けた提案として、モデル事業の実施とデータ収集・評価の必要性が強調された。つまり、テクノロジーの導入などを通じて、3:1基準を4:1基準(高齢者4人に対して常勤職員1人を配置する基準)などに見直すことができれば、少ない人員で現場が回せる可能性が論じられたわけだ。
これに対し、介護現場では戸惑いや不安が広がり、2022年6月に閣議決定された規制改革実施計画では、厚生労働省が2022年度から実証事業を開始することとか、その結果を2024年度介護報酬改定に反映する方針が盛り込まれた。
さらに、2023年度までに実施された実証事業では、テクノロジーの導入などを通じて、職員の負担軽減や満足度向上などを図りつつ、少ない人員で現場が回る可能性が示された。
これを受けて、2024年度改定では、特定施設入居者生活介護(いわゆる有料老人ホーム)などを対象に、介護サービスの質確保や職員の負担軽減など要件を満たしている場合、3:1基準が特例的に緩和されることになった。
4―介護で生産性が語られる背景
一方、現場では「介護に生産性が必要なのか」との声を多く耳にする。確かに介護現場は暮らしを支える場であり、利用者と専門職の信頼関係が欠かせない。さらに、高齢者の人となりやニーズが違うため、一律の対応は困難であり、全てを自動化できない。ケアに直接関わる対人業務では、高齢者と向き合うことで変化を読み取る時間などが必要であり、業務の効率性だけを追求できない。
しかも、国と現場で認識のズレも見逃せない。国は「将来の人材不足に対応するため、生産性向上が必要」と主張するが、現場は目の前の高齢者のケアを重視しており、認識ギャップが存在する。
だが、冷静な議論も必要だろう。日々の仕事を見直す作業は全ての職場で求められる。実際、介護現場では今も紙ベースで業務が実施されており、デジタル化が遅れている。
例えば、「文書作成など間接業務の削減を通じて、高齢者に向き合う時間が増えた」とか、「入浴の手間暇を効率化することで、施設での入浴回数が増えたので、入居者が喜んだ」といった形で、現場職員が感じられるメリットを強く意識する必要がある。この点はガイドラインの趣旨と同じであり、職員の士気が上がるような説明が必要である。
では、今後の論点として、どんな点が想定されるだろうか。以下、「現場への期待」「国への注文」の2点で考える。
5―現場への期待
このため、テクノロジーやロボットを導入する上では、スタッフに必要性を理解してもらったり、日常業務で使ってもらったりするようにしなければ、折角の投資が無駄に終わってしまう。
こうした状況を防ぐカギとして、今回の報酬改定で盛り込まれた生産性向上のための委員会の活用を指摘できる。つまり、職員による積み上げの議論を通じて、現場を少しずつ変えるように努力するとともに、その方法論としてテクノロジーの導入を検討することが必要となる。
6―国への注文
しかし、これは質の低下を招くことになりかねず、「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」という二律背反が生じることになる。
この二律背反の難しさは2024年度介護報酬改定でも読み取れる。例えば、生産性向上推進体制加算の取得に際しては、利用者の満足度など数多くのデータを取得した上で、シートに記入して報告する必要があり、「生産性向上加算の要件取得が生産性を下げる結果になる」と皮肉を言いたくなるほど細かく定められている。これらは「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」の間でトレードオフが起こり得ることを示している。
こうしたトレードオフを解消することは至難の業だが、少なくとも人材不足への対処として、生産性向上を強調するのであれば、二律背反を意識しつつ、制度改正を丁寧に検討する必要がある。
7―おわりに
一方、「介護の質の向上・確保」「人員基準の見直し」という二律背反に直面する可能性が高く、国として難しい判断を強いられるかもしれない。人材不足のインパクトは介護保険の制約条件となっており、行政や業界、現場を挙げた改善と議論が求められる。
1 本稿は2024年5月23日掲載原稿を再構成した。参考文献などは下記を参照。
https://www.nli-research.co.jp/report/detail/id=78581?site=nli
(2024年07月05日「基礎研マンスリー」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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