2024年02月19日

アメリカの商業用不動産向け融資~延滞率上昇は懸念材料、しかしより重要なのは個別行の状況~

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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アメリカの商業用不動産(Commercial Real Estate、以下「CRE」と略)市場の苦境は昨年7月にも書いたが1、その後もリモートワークの影響等でオフィス市場は低迷している2。更に、2024年1月末には一部米銀がCRE関連で損失を出したことが報じられた3
図表1 米CREの延滞率と政策金利
米CREの延滞率5は確かに上昇しており、コロナ禍の2020年の水準を超えている(図表1)。これはアメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)が2022年3月からインフレ対応で急激な利上げを行った影響もあるが、今回の利上げの前に、2015年から2019年まで利上げを実施した際には米CREの延滞率は上昇していない。
 
前回の利上げサイクルとの違いは、

(1) 今回は銀行の米CRE向け融資審査基準6が大幅に厳格化したこと(図表2)
(2) 前回と比較して今回は利上げペースや資産圧縮のペースが急激である(図表3)
(3) 前回はCREの実質価格は上昇基調にあったが、今回は下落に転じている(図表4)

ことにある。
図表2 米銀の融資審査基準DI
図表3 FRBの総資産とFF金利
図表4 CRE価格指数(2010年=100)
アメリカの利上げの影響については、思いの他、実体経済が底堅い動きをしているとされ、特に金利感応度が高いとされる住宅9市場は同じ不動産でもCREよりも堅調と言われる。その要因として、アメリカでは住宅ローンは30年固定が一般的で、利上げ前の低金利のうちに金利をロックした多くの債務者が利上げの影響を受けないことがしばしば指摘される。一方、CREはそもそもの融資期間が短く、満期に借り換えでロールオーバーするケースが多く、リファイナンスの可否が重要になる。そこに、上記のように審査基準の厳格化と、借換時の金利の上昇がダブルでヒットしたことが、住宅市場とは異なる。

リファイナンス時の金利上昇による返済額の急増(ペイメントショック)と審査基準厳格化による借換の困難という構図はリーマン・ショック前のサブプライム問題10に酷似している。しかしながら、当時の住宅ローン11の延滞状況と比較すると、足元のCREの延滞率はかなり低い12。足元で上昇してきているとはいえ、足元でも住宅ローンよりも低い。

CREへの与信は大手銀行よりも中小銀行の方が集中度が高い。FDIC(連邦預金保険公社)は銀行の総資産の規模を5区分にしてCRE向け融資の総資産に占める比率を公表している(図表5)。2023年第3四半期時点で総資産2,500憶ドルを超える大銀行14行では同比率は6%だが、その次の区分である100憶~2,500憶ドルの規模の銀行142行では18.8%と3倍に跳ね上がる。その次の区分の10~100億ドルの842行では33.8%と更に高い。同時期のFDIC加盟行は4,614行であり、昨今話題になっているNew York Community Bancorp, Inc.(NYCB)13は1,100億ドル余で30位である。NYCBの総資産に占めるCRE向け融資の比率は4割14を超えており、この資産規模の区分の平均と比較しても突出して高い。そして総資産の規模が1千億ドルを超えた15ことで規制上の区分が一つ上のカテゴリーⅣに変更になり、引当金を積み増したことで赤字に転落したという特殊要因もある。また、NYCBのCRE向け融資で多くを占めているのは集合住宅向け融資(Multi-family)であり、テレワークで苦境が報じられているオフィス向けではない。その意味でも、マクロ的な動向よりも地域別、更には個別行の状況がより重要になる。

とはいえ、2023年3月のシリコンバレー銀行破綻の際にも見られたように、金融市場は相互に深く繋がっており、どこにどう波及するかを予見することはなお困難であり16、そのような影響を見逃さないためにも、全体の動向を注視し続ける必要は残るだろう。
図表5 銀行の資産規模別の総資産に占めるCRE向け融資の比率
 
1 小林正宏「アメリカの商業用不動産市場の動向 ~FRB は中小銀行のリスク集中を懸念~」(ニッセイ基礎研究所 2023年7月21日)
2 佐久間誠「米国商業用不動産は調整も二極化。今後はリファイナンスに注視」(ニッセイ基礎研究所 2024年1月9日)
3 Bloomberg「米NYCB株急落は銀行への警鐘、商業用不動産のリスク再認識」など。
4 FF実効金利の2024年の数字は1月のみの月中平均。
5 Noncurrentと30-90 Days Past Dueの合計。なお、Noncurrentは90日以上の延滞のこと。
6 FRBのSenior Loan Officer Opinion Surveyにおける「Net percentage of domestic banks tightening standards for commercial real estate loans secured by nonfarm nonresidential structures」を適用。
7 Diffusion Index。審査基準を前期よりも厳格化したと回答した者の比率と緩和したと回答した者の比率の差分。2024年第1四半期は42.4と2023年第4四半期の67.2より縮小しているが、なおプラスにあるので緩和ではなく厳格化が続いている。
8 Bank for International Settlements(国際決済銀行)。
9 住宅は居住用不動産(Residential Real Estate)だが、居住用でも賃貸住宅は通常、CREに分類される。
10 最近のアメリカの住宅ローンの9割は固定金利になっているが、サブプライム問題の頃は3割程度が変動金利を利用していた。小林正宏「住宅ローンの固定金利利用率、アメリカが9割超に対して日本は1割未満にとどまる~日本では低金利が続いていたからなのか~」(ニッセイ基礎研究所 2023年9月13日)。
11 Closed-End First Lien 1-4 Family Residential Mortgagesの延滞率(同上)を適用。]
12 住宅ローンの延滞率はピーク時には14%近くまで上昇したが、CRE向けの足元の延滞率は全体の平均では1.52%にとどまっている。
13 NYCBは銀行持株会社(Bank Holding Company:BHC)であり、FDIC加盟行の持株会社としては3,849社中30位である。なお、FDICのQuarterly Banking ProfileではNYCBの総資産は111,167,131千ドルとなっているが、第4四半期の同社のプレスリリース資料では9月末時点で111,230百万ドルと微妙に数字が違う(第4四半期末時点は116,322百万ドル)。
14 図表6と同じ第3四半期で45.9%、直近の第4四半期で43.5%。同社のプレスリリース資料では第4四半期のCRE向け融資は134憶ドル弱となっているが、集合住宅向け融資(Multi-family)が別項目として373憶ドル弱あるとされ、これを足すと4割強という数字になる。
15 2023年3月に破綻したシグネチャー銀行の資産を一部承継したことにより資産規模が拡大した側面もある。
16 ドイツの銀行にも波及したと報じられている。「米商業用不動産懸念が欧州に飛び火、ドイツのPBBなど銀行債急落」(2024年2月8日、Bloomberg)等。
 
 

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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

(2024年02月19日「不動産投資レポート」)

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