コラム
2025年02月26日

利上げで潤った米銀~FRBの損失は拡大も金融システム全体ではニュートラル~

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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アメリカの中央銀行に相当するFRB(連邦準備制度理事会)は、インフレ対応のため2022年3月から利上げを開始し、2年弱の間に政策金利を5%引き上げた。また、大量に購入した米国債等を圧縮する量的引き締めも実施し、ピーク時には9兆ドル近くに膨らんだバランスシートの規模は2025年2月12日時点で6.81兆ドル余に縮小した。2024年9月からはインフレが鎮静化したと判断し、利下げに転じたが、米国経済が意外に堅調と示唆する統計も出る中、今後どの程度のペースで利下げを継続するのかが焦点となっている(図表1)。

そうした中、2023年3月には利上げによる保有債券の評価損等で一部地銀の経営破綻が報じられたが、今次利上げ局面における米銀の収支は全体として見れば概ね良好で、FDIC(連邦預金保険公社)に加盟している商業銀行と貯蓄金融機関の純金利収入は利上げ前と比較して1四半期当たり300~400億ドル増加している(図表2)。預金金利の上昇で資金調達コストも上昇しているが、それ以上に貸出金利が上昇し、今次利上げ局面では利ざやが拡大している(図表3)。
図表1 FRB の総資産と政策金利/図表2 FDIC 加盟行の金利収入等
政策金利であるFF(フェデラル・ファンド)金利の誘導目標を引き上げる利上げそれ自体は民間金融機関にとっては自動的に利ざやの拡大となるわけではない。FF金利の貸し手と借り手双方に作用するので民間金融機関全体として見れば行って来いで相殺される。利ざやが拡大するかどうかはイールドカーブの形状や資産・負債の満期構成によっても異なり、直近の利上げ局面では利ざやが拡大しているが、2000年代半ばの利上げ局面では負の相関となったこともある1

一方で、利上げは中央銀行の財務には影響を及ぼすようになった。

従来、中央銀行は、資産サイドには安全な短期国債等を保有し、負債サイドには準備金をわずかに抱え、残りは大半が紙幣で構成されていた。紙幣は印刷コスト等はかかるが、利息はかからない。準備預金も従来は無利息だった。構造的に、順ざやとなることから、利益の大部分を国庫納付するのが一般的だった。しかし、リーマン・ショック後に各国の中央銀行が量的緩和を導入し、この構図が大きく変わった。資産サイドには短期国債に加え、長期国債やMBS2のようなデュレーションの長い資産を持つようになり、負債サイドにはその分、準備預金等3が膨らむ形となった(図表4)。FRBは2008年10月1日から準備預金に付利を開始し、利上げに伴い準備預金に対する金利支払いも増加する一方で、保有する債券の多くは固定利付債であったため、逆ざやが拡大し、財務省に対する国庫納付ができずに未納となる額が増えた。詳細については過去にレポート4を書いているが、2025年2月5日時点で未納額は2,207億ドル余、日本円に換算すると30兆円を優に超える水準にまで拡大している。2024年9月に利下げに転じ逆ざやが縮小してきたことに加え、バランスシートの圧縮と満期が到来した国債・MBSの一部を再投資する国債に利回りが上昇したことで、赤字拡大のペースは鈍化してきているが、資本は442億ドルなので実質的に大幅な債務超過状態にあることには変わりない5
図表3 FDIC 加盟行の利ざや等/図表4 中央銀行のバランスシート(イメージ)
ではFRBが被った損失は誰の利益になったのか。それは準備預金を預けている民間金融機関である。利上げを開始した2022年第1四半期を基準として、それ以降の純利子収入の増加分の合計は3,390億ドルであり、対民間貸出での利ざやの拡大も一定にあるとはいえ、対中央銀行での利息収入の拡大も相当に寄与している、ということになる。FDIC Quarterly Banking Profileで遡れる1984年以降のデータについて、付利開始前後に分けて加盟行の純金利収入を被説明変数、FF実効金利と加盟行の総資産を説明変数として回帰分析すると、総資産は両方の期間で正の係数となっている(=資産規模が拡大すれば純金利収入も増える)が、FF実効金利は付利開始前は係数がマイナスだったのが付利開始後はプラスで有意となっている(図表5)。
図表5 FDIC 加盟行の純金利収入の要因分解
付利開始後は、利上げにより中央銀行は期間損失を被るようになったが、それは民間金融機関の利益となり、金融システム全体として見れば損益はニュートラルということになる。

日本においても、金融政策を正常化する過程では同じことが起きることは想像に難くない。2025年1月末時点で日銀の当座預金残高は528兆円余となっており、0.5%の付利を1年間続ければ2.6兆円余の損失となる6が、それは民間銀行の懐に入るだけの話であり、国庫納付金は減るかもしれないが、一国経済としてはやはり変わらないということになる。
 
また、金利上昇局面で保有する固定利付国債等の評価損が膨らむのは米地銀に限った話ではなく、中央銀行も同じであり、そのことにより通貨の信認が揺らぐといった議論も見受けられる7。しかし評価損の観点で見ると、FRBの評価損は100兆円規模であり、日銀とは一桁異なる規模となっている(図表6)。

そもそも、日銀もFRBも保有国債の評価方法として償却原価法を採用しており、利上げにより評価額が下落しても財務に影響はない。財務に影響するのは準備預金への付利により逆ざやとなり期間損益に影響が出る場合のみであるが、既にFRBが巨額の赤字を計上している中でも米ドルの信認は揺らいでいない。むしろ、金利差を背景に米ドルの一人勝ちといった状況すら生じている。それは米ドルが基軸通貨であるからであって、日本円の場合は違う可能性があるということを否定することはできないかもしれない。しかし今のところ市場はそう見ていない。
 
いずれにしても、財務の状況にかかわらず、「物価の安定を図ることを通じて国民経済の健全な発展に資すること」という理念を誠実に実行していると認識されることで通貨の信認も得られることを期待したい。
図表6 日銀とFRBの国債等の評価損益
 
1 利上げしても長期金利が上昇しないことをグリーンスパン議長(当時)は「Conundrum(謎)」と呼んだ。次のFRB議長になったバーナンキ氏は「世界的な貯蓄過剰(Global Saving Glut)」が原因で、経常黒字国が米国債を購入するので短期金利を引き上げても長期金利が上昇しないと分析した。
2 住宅ローン担保証券(Mortgage Backed Securities)。FRBは現在も2.2兆ドル余のMBSを保有している。
3 FRBの場合はリバース・レポ(Overnight Reverse Repurchase Agreement Facility)も大規模に運用された。
4FRBは巨額の債務超過もドルの信認は揺るがず~日銀の出口戦略への参考となるか~」(ニッセイ基礎研究所「基礎研レポート」2023年8月21日)
5 会計処理上は差額が繰延資産として計上されるので形式的には債務超過ではない。
6 一定の前提条件に基づく試算を公表(「日本銀行の財務と先行きの試算」(日銀レビュー24-J-15、2024年12月26日)
7 NHKニュース『日銀 国債の評価損13兆円余りに拡大 利上げの影響で過去最大に』(2024年11月27日)

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
また、本資料は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年02月26日「研究員の眼」)

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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

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