コラム
2025年01月20日

東京23区で子育てをしている世帯の過半は年収1千万円以上~1億円を超えた東京23区のマンション市場の行方は?~

金融研究部 客員研究員 小林 正宏

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株式会社不動産経済研究所によれば、2024年度上半期(2024 年4月~9月)の東京23区1の新築分譲マンションの平均価格は前年比4.5%上昇して1億1,051万円となり、2年連続で1億円を超え、「億ション」が普通になってきたと報じられている。単月で見ても、東京23区の平均価格は11月まで7か月連続で1億円を超えている。

2024年上半期の東京都区部での新築分譲マンションの供給戸数は3,242戸と前年比42.9%減少しており、工事費・労務費の高騰に加え、用地取得の困難から供給が抑制されるなか、価格が高止まりしている。もとより、アメリカの新築住宅価格の平均値が55万ドル、円換算すれば8千万円超であり、アジアの主要都市と比較しても東京都心のマンションの価格が著しく高いわけではなく、むしろ割安感があるとさえ言われる。

海外投資家による購入も一定にあるとは言え、販売現場からはやはり主力は日本人であり、投機目的ではなく、自ら居住する実需がメインであるという声が聞こえてくる。では1億円のマンションを買うのに年収はいくら必要であろうか。日本の住宅ローンの大部分は変動金利タイプであり2、将来の金利上昇をどの程度織り込んで審査金利を設定しているのかは各金融機関にとって秘中の秘であり公表されていないが、全期間固定金利のフラット35であれば、融資実行時の金利がそのまま適用される。2024年12月の金利は返済期間35年の場合、1.86%であり、返済負担率上限35%を適用3すれば、年収1千万円での借入可能額は8,999万円となる。頭金が1千万円余あれば億ションに手が届く計算となる。
 
では年収1千万円の世帯はどの程度いるのか。厚生労働省「2023(令和5)年 国民生活基礎調査の概況」では、平均所得金額が524万2千円、中央値が405万円となっており、所得金額階級別世帯数の相対度数分布において1千万円以上は11.7%となっている。これを見ると年収1千万円はかなり高い階層となり、一般的とは言えない。しかし、これは全国の、高齢者も含めた数字である。
 
東京都区部で子育てをしている世帯の実相をより正確に反映している統計としては総務省統計局「令和4年就業構造基本調査」がある。5年に一度の実施のため令和5年の数字はないが、同調査によれば、東京特別区の一般世帯4の「うち夫婦と子供から成る世帯」574,200世帯のうち、世帯所得が1千万円以上は322,800世帯で、56.2%と過半を占める。妻の雇用形態について見ると、「正規の職員・従業員」が276,200世帯、「非正規の職員・従業員」が262,600世帯とほぼ拮抗している。その世帯所得の分布を見ると、妻が正規雇用では69.7%と実に7割近くが1千万円以上となっている。妻が非正規雇用でも39.9%と4割近くが1千万円以上だが、過半数には至っていない(図表1)。夫の雇用形態とのクロスのデータは公表されていないが、東京23区で子育てをしている世帯において年収1千万円は特別なものではなく、特に妻が正規雇用で働いている場合はむしろそれが一般的ということになる。
図表1 妻の雇用形態別:東京特別区の夫婦と子供から成る世帯の世帯所得分布(令和4年)
そのような世帯にとって「タイパ5」は極めて重要になる。年収1千万円ということは、年間1800時間労働するとすれば時給5,555円となる。郊外に家を買って、通勤に夫婦合計で往復2時間余計にかかるとして、年間220日出勤するとなると、年間244万円の機会損失となる。ローンの返済期間と同じ35年間通勤し続けるとは限らないが、20年間でも4,889万円となる。これが東京都区部とその他のマンションの価格差の大きな要因であろう。
 
今後、日銀が利上げを継続して円高が進めば海外投資家にとっての割安感は薄れる。また住宅ローン金利が上昇すれば、借入可能額が減って手が届かなくなる世帯も出てくるだろう。ただ、首都圏の新築マンション市場は供給が抑制されており、立地のよい物件は限られている。共働き世帯が増え続ける中で、利便性を求める需要は一定に存在し続けると考えられる。新築にこだわらずに中古を買うという選択肢もあるが、日本人の新築志向はなかなか変わらない。それでも、新築に手が届かない層が中古へという流れが定着しつつあり、中古への需要が増えれば中古価格を押し上げ、二次取得者にとってはより多くの頭金を用意でき、購買力が上昇する。国土交通省「令和5年度住宅市場動向調査」では三大都市圏の分譲集合住宅購入者の資金調達のうち自己資金は3,988万円、取得費5,478万円に対する比率は72.8%となっている。

実際、首都圏の中古マンション価格も新築価格の上昇につれて上がっている(図表2)。相当なレベルで潜在的な購買力があるという事実は無視できない。不動産に限らず、株高の恩恵を受けている層も一定にいるだろう。
図表2 首都圏のマンションの㎡当たり単価
首都圏、特に都心部のマンション市場に海外も含め投機マネーが流入している可能性は否定できない。ただ、共働き世帯や二次取得層等、一定のボリュームで実需があることも間違いない。いずれにしても、高値圏が続いているだけに、微妙な市況の変化に注意する必要があるだろう。
 
1 東京23区、東京都区部、東京特別区は本文中の各調査での呼称をそのまま記載しているが、いずれも同じである。
2 「住宅ローンの固定金利利用率、アメリカが9割超に対して日本は1割未満にとどまる~日本では低金利が続いていたからなのか~」(ニッセイ基礎研究所「基礎研レポート」2023年9月13日)
3 年収400万円未満の場合は30%。なお、実際の返済負担率の平均値は20%台前半で推移している。
4 単身世帯以外。
5 タイムパフォーマンスの略語。
 
 

(お願い)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2025年01月20日「研究員の眼」)

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金融研究部   客員研究員

小林 正宏 (こばやし まさひろ)

研究・専門分野
国内外の住宅・住宅金融市場

経歴
  • 【職歴】
     1988年 住宅金融公庫入社
     1996年 海外経済協力基金(OECF)出向(マニラ事務所に3年間駐在)
     1999年 国際協力銀行(JBIC)出向
     2002年 米国ファニーメイ特別研修派遣
     2022年 住宅金融支援機構 審議役
     2023年 6月 日本生命保険相互会社 顧問
          7月 ニッセイ基礎研究所 客員研究員(現職)

    【加入団体等】
    ・日本不動産学会 正会員
    ・資産評価政策学会 正会員
    ・早稲田大学大学院経営管理研究科 非常勤講師

    【著書等】
    ・サブプライム問題の正しい考え方(中央公論新社、2008年、共著)
    ・世界金融危機はなぜ起こったのか(東洋経済新報社、2008年、共著)
    ・通貨で読み解く世界経済(中央公論新社、2010年、共著)
    ・通貨の品格(中央公論新社、2012年)など

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