2023年08月28日

かかりつけ医強化に向けた新たな制度は有効に機能するのか-約30年前のモデル事業から見える論点と展望

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|かかりつけ医モデル事業の概要
次に、上記のような経緯を踏まえて、1993年からスタートしたモデル事業の内容を考察する。モデル事業は地域の医師会主導だったため、地域ごとに体制や内容は違ったが、当時の雑誌22では「モデル事業の一例」として、図表7のようなイメージが示されている。

つまり、かかりつけ医を中心に、小児や成人、中高年、在宅寝たきり老人、難病患者などを対象に、電話やファックス、携帯電話などによるリアルタイムの相談対応を受け付けることが重視されている。

さらに、地域の病院が情報提供や紹介・受診、救急患者の受け入れ、医師の派遣などを通じて、かかりつけ医を支援することも想定されていた。驚くことに図表7では、新型コロナウイルスへの対応で課題となった保健所との連携まで考慮されている。
図表7:かかりつけ医モデル事業の一例
以上のように考えると、モデル事業では現在の医療提供体制改革でも論じられているプライマリ・ケアへの対応とか、病院―診療所の連携を含めた医療機関の機能分化などが相当程度、意識されており、その先進性が浮き彫りになる。

さらに、当時の記録や雑誌を読むと、一部の地域の医師会がモデル事業に積極的に取り組んだ様子を見て取れる。例えば、地域の医師会が診療所間の連携や病院・診療所連携、広報誌による啓発、相談窓口の設置などに取り組んでいた記録が残されている23。さらに、大阪府医師会では高槻市医師会で1991年から実施されていた「在宅医療支援システム」を国に推薦し、モデル事業の指定を受けたほか、自らも府民向けポスターの作成などを通じて周知を図ったという24

それにもかかわらず、現時点も同じような「医療機関の機能分化」「かかりつけ医の機能強化」が議論されている点を踏まえると、モデル事業の効果には疑問を持たざるを得ないし、「自治や実践だけで十分なのか」という印象を抱く。

さらに、当時の資料を紐解くと、今と余り変わらない議論が展開されていることに気付かされる。例えば、当時の日医会長は「国民にかかりつけ医を持ってもらい、医療提供側もかかりつけ医としてふさわしい機能を備えることを第一の条件としたい」25、「診療所や小病院を活性化することでかかりつけ医機能を向上させていくということで、(筆者注:医療機関の機能分化に向けて)自然に体系化ができていくと私は楽観的に考えている」26などと述べており、今と酷似した発言と言わざるを得ない。

なお、誤解を受けるかもしれないので念押ししておくと、「医療界が全く進化していない」と批判することは筆者の本意ではない。モデル事業の頃に比べると、国民にとって在宅医療の選択肢は格段に広がったし、医療と介護・福祉の連携も一般的になった(約30年前のモデル事業では福祉・介護との連携はほとんど意識されていない)。それでも現在、同じような論点が話題になっているのを見ると、「なぜ同じ議論が続くのか」といった疑問を持つのは筆者だけではないだろう。

さらに言うと、モデル事業は今回の制度整備を考える上での「補助線」になり得ると考えている。つまり、両者とも現場の自治と実践に力点が置かれており、モデル事業の顛末は今回の制度整備の行く末を暗示しているようにも見える。

具体的には、約30年前のモデル事業では自治と実践に力点が置かれた分、一部では積極的な現場が見られた半面、全国一律の動きにならなかった点は指摘せざるを得ない。さらに、自治と実践に基づく対応は俗人的にならざるを得ず、長続きしない危険性を伴うマイナス面も見逃せない。今回の制度整備については、詳細が決まっておらず、結論を導き出すのは時期尚早かもしれないが、同じ運命を辿らないか危惧している。

つまり、一部の医師会による取り組みが「好事例」としてPRされるかもしれないが、これが永続的に継続しない、あるいは全国に広がらない可能性である。
 
22 1994年6月号『ばんぶう』を参照。
23 1996年『月刊ミクス』増刊号を参照。
24 大阪府医師会編(2000)『大阪府医師会50年史』大阪府医師会発行p230を参照。
25 1992年5月18日『週刊社会保障』No.1689における日医の村瀬敏郎会長に対するインタビューを参照。
26 坪井栄孝(2004)『変革の時代の医師会とともに』春秋社p318を参照。1996年7月28日に開催された石川県医師会創立記念祭特別講演での発言。

5――求められる対応、考えられる選択肢

5――求められる対応、考えられる選択肢

1ボトムアップによる創意工夫
では、かかりつけ医機能を医療現場に定着させる上で、どんな方法が考えられるだろうか。今後、厚生労働省が細部を検討することになっているため、現状で想定し得る論点を考察する。

まず、繰り返し強調している通り、現場の自治と実践に力点が置かれている以上、都道府県と地域の医師会の創意工夫が欠かせない。是非とも「地域の実情」に応じた形で、図表2で掲げた今回の制度整備を通じて、図表1で掲げたような機能が地域で充足するような努力に期待したい。

特に、これまでも在宅医療・介護連携推進事業の枠組み27などを通じて、医療・介護連携が進んでいる地域は少なくないし、今回の新型コロナウイルスへの対応では、重症化しやすい高齢者のケアに関して、医療機関と介護事業所の連携強化が意識された28。このため、今回の制度整備を契機に、コロナ前、あるいはコロナ対応から積み上げた取り組みを一層、強化するような展開が期待される。

さらに、こうした現場の取り組みを後押しするため、医療機関の負担を軽減する配慮も求められる。例えば、本稿の前半では医療機能情報提供制度の情報が定期的に更新されていなければ、国民や患者に活用してもらえない危険性を指摘したが、医療機関の立場で言うと、「日々の診療や経営が忙しい中で、医療機能情報提供制度なんて更新できない」と考えるのは止むを得ない面がある。

そこで、デジタル技術を活用し、医療機関が厚生局(厚生労働省の出先機関)に診療報酬の加算を届け出たり、都道府県の定期的な立入検査を受けたりした場合など、これまでの事務手続きを通じて、かかりつけ医機能を果たしていることが国や都道府県が把握できれば、かかりつけ医機能報告制度や医療機能情報提供制度が自動的に更新されるような対応も検討する必要がある。
 
27 市町村が地域の医師会と協力しつつ、医療・介護事業者に対する研修や住民向け啓発などを実施する事業。2015年度制度改正で創設された。介護保険20年を期した拙稿コラムの第12回を参照。
28 例えば、東京都内における対応については、自宅療養者への往診や高齢者施設に対する支援が実施された。王子野麻代・清水麻生(2023)「コロナ自宅療養者に対する健康観察及び医療体制に関する調査」『日医総研 ワーキングペーパー』No.468などを参照。神奈川県では医師による往診を通じて、高齢者施設における患者の重症化を防止する取り組みが実施された。神奈川県が2023年7月31日に公表した報告書「新型コロナウイルス感染症 神奈川県対応記録(保健医療編)」を参照。
2診療報酬の加算など制度面での対応
しかし、それだけでは不十分であり、一定程度の制度的な担保が必要と考える。例えば、かかりつけ医機能に手を挙げた医療機関に対する経済的なインセンティブとして、かかりつけ医機能を評価しているとされる地域包括診療科や機能強化加算29などの加算額の引き上げや要件の見直しが想定される。今回の制度整備で盛り込まれた書面交付制度を加算の要件に絡めることで、継続的な医学管理を必要とする患者に対する支援を強化する選択肢も考えられる。

さらに、かかりつけ医機能の普及を図る上では、かかりつけ医が患者の状態を把握したり、患者が医師と継続的な信頼関係を構築したりすることが重要になるため、患者の医療・健康情報を一元化するPHR(Personal Health Record)を活用することも考えられる。事実上のPHRとしての機能が期待されるマイナンバーカードと保険証の一体化(いわゆるオンライン資格確認)を活用するのも一案と思われる。

なお、本稿は今回の制度整備に力点を置く説明になったため、詳しく触れなかったが、筆者は「かかりつけ医機能を強化する上では、患者―医師の継続的な関係を確保するため、何らかの形で『医療の入口』を絞り込む選択肢が必要」と考えている。このため、今回の書面交付制度についても、書面を発行できる医師を1人に絞らなければ、制度整備の意味が減退すると危惧している。

しかし、「医療の入口」を絞る究極的な選択肢の一つである登録制度については、今回の見直し論議で賛成派、反対派の意見が最も対立した部分である。ここで論争を簡単に整理すると、賛成派は「医療の入口」が絞り込まれることを通じて、継続的なケアが可能になるなど、患者に対する医療の「責任体制」が強化される点を総じて重視していた。つまり、新型コロナウイルスのような危機の下では、発熱対応やワクチン接種、健康観察などの責任体制が明確になるし、平時でも健康管理などが可能になるという主張である。

その反面、登録制度の下では、医療機関の選択に関する患者の権利が奪われるため、患者の不安が予想された30し、「医療費抑制のために国民の受診の門戸を狭めるようなことであれば認められない」という日医の反対31にも遭った。筆者もイギリスのように全国民を対象とした厳格な登録制度はフリーアクセスに慣れた日本に合わないと考えている32

しかし、フリーアクセスの下では、責任体制が明確にならない問題点が露呈したのも事実である。つまり、「責任体制の強化」「受療権の確保」はトレードオフの関係性であり、賛成派と反対派の意見は折り合わない構造を有していた。

それでもトレードオフを乗り越える選択肢は十分可能であり、例えば高齢者など医学的なケアが必要な患者に限る選択肢33とか、介護保険の要介護認定に使われる「主治医意見書」と絡める選択肢、さらに希望する患者には健康な人にも「医療の入口」の絞り込みを認める選択肢、患者負担や保険料の変更などを通じて受療行動を誘導する方法などが考えられる34

特に患者負担に関しては、2016年度以降、紹介状を持たない大病院を受診した場合、追加で料金を徴収するの仕組みが採用されている35。このため、「いつでもどこでも」という純粋な意味でのフリーアクセスは実質的に修正36されており、「責任体制の強化」「受療権の確保」の間でバランスを取りつつ、将来的な制度改正を議論する必要があると考えている。

当面は今回の新制度を有効に機能させるための努力が優先されるが、かかりつけ医機能の一層の強化を図る上では、「登録制度」「フリーアクセス」という言葉に振り回されず、実質的な着地点を模索する柔軟性が求められる。
 
29 機能強化加算は2018年度診療報酬改定で創設された。当初は「地域包括診療加算」「地域包括診療科」などの加算を取得することが前提だったが、細かい要件は決まっていなかった。しかし、2022年度改定では、▽他の受診医療機関の有無や処方されている医薬品を把握し、必要な服薬管理を実施するとともに、診療録に記載、▽専門医や専門医療機関への紹介、▽健康診断の結果など健康管理に関する相談への対応、▽保健・福祉サービスへの相談対応――などが要件に加えられるなど、要件や基準が厳密になった。詳細については、2022年5月27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(下)」を参照。
30 健康保険組合連合会が2021年3月に公表した「新型コロナウイルス感染症拡大期における受診意識調査報告書」では、「体調不良時に、最初の受診は事前に選んで登録した医師に限定され、当該医師からの紹介状または救急時以外の病院を自由に受診できない」という状況になった場合、「まったく不安を感じない」が5.5%、「それほど不安を感じない」が29.4%、「やや不安を感じる」が41.9%、「非常に不安を感じる」が17.6%という結果であり、不安を感じるという結果が計5割を超えていた。回答者数は計2,636人。
31 2022年4月27日の記者会見における日医の中川会長の発言。同日『m3.com』配信記事を参照。
32 ここでは詳しく触れないが、イギリスの医療制度では、患者は診療所に登録する義務を課せられており、診療所で紹介状を受け取らないと、高度な医療機関を受診できない。一方、診療所では家庭医(GP、General Practitioner)と呼ばれるプライマリ・ケアの専門医が全人的かつ継続的なケアを提供している。
33 しかし、この議論には「年齢に着目する制度は高齢者差別」という反対意見も想定される、75歳以上を対象とした後期高齢者医療制度が2008年度に導入された際、慢性疾患を持つ高齢者に対応する「高齢者担当医」という仕組みが創設されたことがあったが、高齢者差別との批判を浴び、すぐに廃止に追い込まれた。
34 ここでは詳しく触れないが、日本と同じようにフリーアクセスだったフランスは2005年以降、「かかりつけ医」への受診を義務付ける仕組みを導入した。しかし、他の医療機関への受診は認められており、その場合は高額な患者負担を支払うことが求められる。フランスの事例については、松本由美(2018)「フランスとドイツにおける疾病管理・予防の取組み」『健保連海外医療保障』No.117、松田晋哉(2017)『欧州医療制度改革から何を学ぶか』勁草書房、加藤智章(2012)「フランスにおけるかかりつけ医制度と医療提供体制」『健保連海外医療保障』No.93などを参照。
35 累次の制度改正を経て、追加負担を徴収する医療機関の対象は徐々に拡大されており、負担額も上乗せされている。紹介状なし大病院受診の追加負担の経緯に関しては、2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。
36 実際、2013年8月の社会保障制度改革国民会議報告書では、フリーアクセスという言葉の意味を「いつでも、好きなところで」という解釈ではなく、「必要な時に必要な医療にアクセスできる」という意味に理解していく必要があるとされた。これは「必要なときに迅速に必要な医療」という言葉で、2022年12月の全世代型社会保障構築会議の報告書でも踏襲された。

6――おわりに

6――おわりに

本稿では、全世代社会保障法に盛り込まれた制度改正のうち、かかりつけ医機能の制度整備の行く末を占うことに力点を置いた。今後、厚生労働省が詳細を詰める見通しだが、今回の制度整備は現場の実践と自治に力点が置かれており、都道府県や地域の医師会のボトムアップによる取り組みが問われることは間違いない。実際、これまでも新型コロナウイルスへの対応や在宅医療・介護連携推進事業などの枠組みを通じて、様々な取り組みが実施されており、今回の制度整備に関しても、都道府県と医療界の創意工夫に期待したい。

しかし、現場の実践と自治だけで、かかりつけ医機能が全国に津々浦々まで充足するかどうか、疑問の余地がある。実際、かかりつけ医に関する約30年前のモデル事業の取り組みは一部の地域で一時の盛り上がりを見せものの、それが永続的かつ全国的に展開されたとは思えない。しかも、積極的な態度を見せている日医にしても、約30年前と発言の内容は変わっていないし、制度運営の中核を担う都道府県サイドの対応を見ても、現時点で積極的な動きは見られない。

このため、診療報酬上の手当など何らかの形で国による制度的なテコ入れ論議は欠かせなくなると思われる。今後は現場レベルのボトムアップの積み上げとともに、国の制度面での対応を通じて、かかりつけ医機能が充実することに期待したい。さらに、今回の制度整備の結果次第では、一層の制度改正に向けた検討も意識する必要がある。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2023年08月28日「基礎研レポート」)

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