2023年07月14日

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5――行きたくなるオフィスのリファレンスモデルとしての「クリエイティブオフィスの基本モデル」

1クリエイティブオフィスの基本モデルと行きたくなるオフィスの関連付け
従業員が出社したくなるようなオフィスの標準的な雛型として是非参照して頂きたい「リファレンスモデル(reference model)」として、筆者が提唱する「クリエイティブオフィスの基本モデル」9を紹介したい。従業員の創造性を企業競争力の源泉と認識し、それを最大限に引き出しイノベーション創出につなげていくための創造的なオフィスを「クリエイティブオフィス」と呼ぶ。本モデルには、本稿で考察した論点がすべて盛り込まれている。

クリエイティブオフィスの基本モデルは、クリエイティブオフィスの在り方・原理原則を示し、筆者が先進事例の共通点から抽出したものであり、コロナ前後で変わるようなものではない。まずこの基本モデルを貫く大原則は、オフィス全体を街や都市など一種の「コミュニティ」や「エコシステム」10として捉える設計コンセプトに基づいている、ということである(図表6)。筆者はさらに、この大原則の下で、5つの具体的な原則を掲げている。すなわち、①従業員間の交流・つながり・信頼感(=企業内ソーシャル・キャピタル11)の醸成、②様々な利用シーンを想定した多様なスペース・働く場の設置、③地域コミュニティとの共生、④従業員の安全・BCPへの配慮、⑤従業員の心身の健康(ウェルネス)への配慮、の5つである(図表6)。
図表6 クリエイティブオフィスの基本モデル(大原則・具体原則)の概要
この基本モデルを構成する原理原則のうち、本稿で考察してきた論点との関連性が特に強いものは、大原則、具体原則①、具体原則②、具体原則⑤の4つだ。従業員が出社したくなるようなオフィスの原理原則について、クリエイティブオフィスの基本モデルと関連付けてまとめると、次のようになるだろう。

まず大原則との関連では、ふらっと訪れるとセレンディピティ(思いがけない気付き・発見)に出会えて誰もがワクワクできるような、街や都市をモチーフとしたオフィスコンセプトに基づくことが極めて重要だ。行きたくなるオフィスの根幹を成す部分となる。

具体原則①との関連では、イノベーションの源となり得る「アイデアの生成回路」のスイッチを入れるためには、他部門の従業員との交流・つながりを促進する休憩・共用スペースの設置や執務フロアのレイアウトにおける工夫や仕掛けが欠かせない。

しかし、従業員間の交流を促す機能だけでは、アイデアの生成プロセスを完結させることはできない。従業員間の交流フェーズで得た気付きやインスピレーションをイノベーションにつながり得るアイデアに仕立て上げるためには、交流フェーズに続いて間を置かずに、集中フェーズや少人数での濃密な議論のフェーズまで同じオフィス内にて一気通貫で経なければならない。交流フェーズと集中フェーズを中断・分断するのは極めて非効率だ。そこで具体原則②の実践が重要となってくる。すなわち、街や都市などコミュニティをモチーフとするオフィスコンセプト(大原則)の下で、従業員のその時々の働く環境の多様なニーズに応じた多様な利用シーンに対応できるように、多様性や利便性を兼ね備えた魅力的な街・都市の主要な機能を模して、できるだけ「フルパッケージの機能」を再現・装備することが求められる。

従業員が望むオフィス環境は、個々の嗜好や性格特性、その時々に取り組んでいる業務の内容や気分・体調などによって異なる。このことは、行きたくなるオフィスを単一の機能のみで構成することは難しく、やはりフルパッケージ機能の装備が望ましいことを示唆している。具体原則②の実践により、企業が従業員の働く場の多様なニーズにできるだけ寄り添った対応・サポートを行うことは、従業員の働きがい・快適性・ウェルネス・ウェルビーイングを向上させるため、具体原則⑤(従業員の心身の健康への配慮)の実践にもつながっていくこととなる。このような従業員のウェルネスに配慮する「ウェルネスオフィス(wellness Office)」12では、多くの従業員が満足度を高め、愛着や誇りを持てる場に進化していくことで、企業文化や会社への帰属意識の醸成にもつながっていく。このような機能は、従業員間の交流を促す機能に特化したオフィスが担うことは難しいと思われる。
 
9 クリエイティブオフィスの基本モデルについては、拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)、同「第7章・第1節イノベーション促進のためのオフィス戦略」『研究開発体制の再編とイノベーションを生む研究所の作り方』技術情報協会2017年10月、同「クリエイティブオフィスの時代へ」 ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日、同「イノベーション促進のためのオフィス戦略」『ニッセイ基礎研REPORT』2011年8月号を参照されたい。
10 エコシステムとは、元々は生態系での生物と環境要因の相互作用を示す言葉だが、オフィスでのエコシステムでは、オフィス環境が従業員のモチベーションやワークスタイル、従業員間のコミュニケーションやコラボレーションに影響を与えることが重要である。
11 ソーシャル・キャピタルとは、コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。「社会関係資本」と訳されることが多い。企業内ソーシャル・キャピタルは、社内のコミュニケーションやコラボレーションの活性化を通じて、イノベーション創出につながり得ると考えられる。
12 ウェルネスオフィスの考察については、拙稿「ウェルネスに配慮する働き方とオフィス戦略の在り方」(公社)ロングライフビル推進協会(BELCA)『BELCA NEWS』通巻182号(2023年1月号)、同「巻頭特集1:ウェルネスに配慮した働き方とオフィス戦略の在り方」(公社)全日本不動産協会・(公社)不動産保証協会『月刊不動産』2021年6月号(2021年6月15日)、同「健康に配慮するオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レター』2020年3月31日を参照されたい。
2基本モデルに注入すべき「魂」はワークスタイル変革と経営理念
クリエイティブオフィスの基本モデルは、テンプレートのような「器」であるため、経営理念とワークスタイル変革という「魂」を吹き込んで初めて、個社仕様にカスタマイズして実際に起動させることができる、と筆者は考えている13。オフィスに経営理念を吹き込むとは、経営理念にふさわしい「オフィスのロケーションの選択」、「インフィル(内装)を含めた不動産としての設えの構築」、「オフィスの愛称の選択」などを各々実践することだ。経営理念にふさわしい各々の具体例としては、「オフィスのロケーション」では創業の地、「内装を含めた不動産としての設え」では、上下関係にこだわらないフラットな組織を志向する経営トップが島型対向レイアウトではなく、ひな壇を排したフラットなレイアウトであるユニバーサルプランを選択すること、「オフィスの愛称」では、創業の精神、今後の経営の方向性、オフィスの設計コンセプトなどを連想できるようなもの(例:街をモチーフとした設計デザインであれば、「シティ」という言葉を入れ込む)、などが挙げられる。

ワークスタイル変革の先進事例としては、グーグルが挙げられる。同社では、勤務時間の20%を自由に使って好きなことに取り組める「20%ルール」を制度化しており、従業員は自分でプロジェクトを立ち上げたり、他のプロジェクトチームに参加したりすることができるという。従業員各々の担当業務については、勤務時間の80%で完了させ、残りの20%は担当業務を離れて、各々の能力や創造性を存分に解き放って、グーグルの未来について考え抜いて欲しい、との経営陣の思いが込められているのではないだろうか。また同社では、働きやすい環境づくりや社内イベントなどを通じて社内文化の醸成に取り組む担当役員として、チーフ・カルチャー・オフィサー(CCO)を置いている。

「仏作って魂を入れず」では、どんなにクリエイティブオフィスを標榜しても、それはただのハコになってしまう。そうではなく、クリエイティブオフィスの基本モデルという器に経営理念とワークスタイル変革という魂を注入したオフィスこそが重要なのだ。
 
13 筆者は、このような考え方を拙稿「クリエイティブオフィスの時代へ」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2016年3月8日にて提示した。
3行きたくなるオフィスの構築・運用にいち早く取り組んできた米国の巨大ハイテク企業
GAFA(グーグル、アップル、メタ(旧フェイスブック)、アマゾン・ドット・コム)やマイクロソフトといった米国の巨大ハイテク企業(デジタル・プラットフォーマー)は、「メインオフィスの重要性」を熟知し、それをこれまで使いこなし、従業員が行きたくなるようなオフィスをいち早く構築・運用してきた。

自社所有の大規模な本社ビルをクリエイティブオフィスとして構え、イノベーション創出の起点や経営理念・企業文化の象徴と位置付けてきた。これらの巨大ハイテク企業の本社は、そこで生活できるくらい多くの機能を備えた、まさに「フルパッケージ型」の大規模施設として広大な敷地に構築されることが多いため、大学になぞらえて、本社施設全体を「キャンパス」と呼ぶことが多い。クリエイティブオフィスの基本モデルを貫く大原則は、「オフィス全体を街や都市などのコミュニティと捉える設計コンセプトに基づくことである」と述べたが、まさに巨大な社屋の中に一つの街が再現されたかのような施設がキャンパスだ。このような巨大な本社施設は、都市の非常に重要な要素を構成しており、テクノロジーを駆使した「先端型企業城下町」を形成している、とも言える。

米国でハイテク企業が多く集積するシリコンバレーやシアトルなどでは、「War for Talent(人材獲得戦争)」とまで言われるほど、企業間で人材の争奪戦が激しく繰り広げられており、企業は優秀な人材の確保・定着のために、必然的に働きやすいオフィス環境を整備・提供せざるを得ない、という側面も大きい。

米国の巨大ハイテク企業のキャンパスの最先端事例の1つが、アップルの本社屋Apple Parkだ14。アップルは、2017年にカリフォルニア州クパチーノの広大な敷地(約71万m2)に新本社屋としてApple Parkを構築した。総工費は50億ドルと言われており、自社ビルへの投資としては極めて巨額だ。この新本社屋の構築は、創業者の亡きスティーブ・ジョブズ氏が指揮・主導したプロジェクトだった。

Apple Parkのメインのオフィス棟は、世界最大規模の曲面ガラスですっぽりと覆われた円環状(ドーナツ状)をした低層の4階建ての壮大かつ巨大な建物(床面積は約26万m2)であり、宇宙船のようなリング形の建築のため、「リング(指輪)」と呼ばれる。Apple Park内には、リングの他に、Apple Store(アップル直営の小売店舗)、一般にも開放されるカフェを併設したビジターセンター、10万平方フィート(=約9,290m2)規模の社員向けフィットネスセンター、セキュリティで管理された研究開発施設、「Steve Jobs Theater」と命名された席数1,000のシアターなどが設置されている。また、リング内側の広大な緑地部分(中庭)には、社員用として各々2マイル(=約3.2km)の長さに及ぶウォーキングコースおよびランニングコース、果樹園、草地、人工池も設けられている。「Apple Park にはフルーツの木が生い茂り、構内のカフェテリア『Caffe Macs』では、実際にランチやディナーでそのフルーツを使っている」15という。

環境面では、乾燥に強い約9,000本ものカリフォルニア原産の樹木をキャンパス内に植樹している。屋上部分に17メガワット分のソーラーパネルを設置したApple Parkは、敷地内で太陽エネルギーを運用する世界最大規模の施設になるという。この太陽光パネル設備や4メガワットのバイオガス燃料電池などの再生可能エネルギーで使用電力の100%を賄っている。また、自然換気型の建物としては世界最大で、1年のうち9か月間は暖房も冷房も不要になると見込まれている。これらの環境配慮の取組みにより、Apple Parkは、今や北米最大のLEEDプラチナ16認証取得オフィスビルとなっているという。

このように最先端の建築技術や環境技術などを惜しげもなく駆使し、従業員の創造性やコラボレーション、ウェルネス、気候変動対策の促進に重点を置いた、最先端の壮大なキャンパスであるApple Parkの構築は、ジョブズ氏にとってクリエイティブオフィスの集大成だったのではないだろうか。
 
14 Apple Parkに関わる詳細な考察については、拙稿「健康に配慮するオフィス戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レター』2020年3月31日、同「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.62(2018年6月)を参照されたい。Apple Parkの施設概要に関わる以下の記述については、アップル「Apple Parkを社員向けに4月オープン」『プレスリリース』2017年2月22日を引用・参考とした。
15 Business Insider2018年6月15日「全員にスタンディングデスク、アップルが新本社に導入した理由とは?」より引用。
16 LEEDプラチナは、米国発の国際的な建築物の環境性能評価制度「LEED(Leadership in Energy & Environmental Design)」における最高評価レベルである。米国の認証機関 GBCI(Green Business Certification Inc.)が認証を手掛ける。
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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【行きたくなるオフィス再考-「フルパッケージ型」オフィスのすすめ】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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