2023年03月24日

J-REIT市場の動向と収益見通し。今後5年間で+1%成長を見込む~シナリオ別の分配金レンジは「▲10%~+8%」となる見通し~

金融研究部 不動産調査室長 岩佐 浩人

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賃貸マンションはテナント入替時の賃料がプラスに反転。東京23区の人口は転入超過に転じる
住宅系REIT主要5社の開示資料によると、テナント入替時の賃料変動率(5社平均)はピーク時の+5.4%から2022年上期には0%に縮小したものの、下期は早くも反転し+1.6%となった(図表―10)。リーシング・マネジメント・コンサルティングのデータによると、東京都心5区に所在する賃貸マンションの募集賃料(月坪)は2021年下期にボトムを付けた後、足もとで上昇率が拡大している。この要因の1つに、保有マンションの6割強を占める東京23区の人口動態が挙げられる。住民基本台帳人口移動報告によると、2021年はコロナ禍を受けて▲14,828人の転出超過となったが、2022年は+21,420人の転入超過に転じた(図表―11)。コロナ禍前の水準には及ばないものの東京への人口回帰が進むなか、テナント入替時の賃料上昇率については、2022年下期と同水準の+2%を想定する。
【図表-10】住宅テナント入替時の賃料変動率と東京都心5区募集賃料(前年比、平均)/【図表-11】東京23区の転入超過数(月次累計値)
コロナ禍によるホテルの減収金額(2022年下期)は▲137億円。ピーク時の半分程度に縮小
J-REIT各社の開示資料をもとにコロナ禍によるホテルの減収金額を推計すると、2022年下期は合計▲137億円となり、市場全体の経常利益を約▲4%押し下げたと考えられる(図表―12)。宿泊旅行統計調査によると、昨年10月以降、政府の全国旅行支援や水際緩和を背景に、2022年12月の延べ宿泊者数は2019年対比▲0.2%とコロナ禍前の水準を回復した。こうした事業環境の改善を追い風に、ホテルの減収金額はピーク時の半分程度に縮小した。今年からインバウンド需要の本格回復が期待されるなか、今後については、減収額の8割(▲110億円)が2023年から2025年にかけて段階的に回復することを想定する。
【図表-12】コロナ禍に伴うホテルの減収金額(推計値)
「財務戦略」によるDPUへの寄与は今後5年間で▲1%となる見通し
昨年は市場金利が上昇するなか、J-REIT各社は期間と利率のバランスを図りながら長期資金を低い利率で調達できている。2022年にJ-REITが発行した投資法人債の平均利率は0.53%(期間7.0年)となった。ただし、既存と新規の借入利率のかい離が縮小するなか、J-REIT全体の負債利子率の低下は緩やかとなり、DPUへのプラス寄与は限界に近づきつつある(図表―13)。
【図表-13】負債利子率、10年国債利回り、投資法人債利率の推移
ところで、ニッセイ基礎研究所の中期経済見通し2によると、「新総裁が就任する新年度以降、枠組みの修正を絡めて実質的に10年国債利回りの小幅な上昇を容認する(メインシナリオ)」としている(図表―14)。この金利見通しを利用して、一定の前提条件(稿末に記載)のもと借入利率の変動に伴うDPUへの寄与度(今後5年間)を計算した。結果は、メインシナリオで▲1%となり、「財務戦略」のDPUへの寄与はマイナスに転じる見通しである。
[図表-14] 10年国債利回りの想定(2022年度~2027年度)
2022年は「外部成長」が大きく鈍化。「外部成長」によるDPUへの寄与度はゼロを見込む
昨年、J-REITによる物件取得は資金調達コストの上昇などから急ブレーキがかかり大幅に減少した(図表―15)。2022年の取得額は8,783億円(前年比▲45%)となり、アベノミクス効果で市場が本格回復した2013年以降では最も少なく、10年ぶりに1兆円を下回った。取得利回りについても、国内外の投資マネーが流入し不動産利回りが低下するなか、既存ポートフォリオの利回りを下回る水準での取得が続く。

そこで、昨年の取得実績を踏まえて、「外部成長」について以下のシナリオを想定し、今後5年間のDPUへの寄与度を計算した(年間1.0兆円取得、取得利回り4.2%、借入比率50%、増資PBR1.3倍3、借入利率:金利シナリオに準ずる)。結果は、取得利回りが既存ポート利回りを下回る一方、プレミアム増資(PBR1倍超)の効果が相殺し、「外部成長」の寄与はゼロとなる見通し4である。しかし、プレミアム増資は投資口価格の水準に依存することに留意する必要がある。
【図表-15】J-REITによる物件取得額と取得利回り
 
3 2月末時点の市場平均PBR(株価純資産倍率)は1.3倍である。
4 取得利回り低下に伴う総資産利益率(ROA)の悪化を、プレミアム増資に伴う1口当たり純資産の上昇が補う関係にある。
今後5年間のDPU成長率はメインシナリオで+1%(▲10%~+8%)の見通し
最後に、上記で設定したシナリオをもとに今後5年間のDPU成長率を試算した(図表―16)。オフィス賃料(標準シナリオ)と金利(メインシナリオ)を組み合わせた場合、DPU成長率は+1%で概ね横ばいの結果となった。内訳は「内部成長」が+2%(このうちホテル収益の回復が+3%)、「外部成長」がゼロ、「財務戦略」が▲1%で、2025年まで増配を維持した後、2026年から減配に転じる見通しである。ただし、DPUの成長ドライバーはコロナ禍により剥落したホテル収益の回復であり、この要因を除くと今後5年間のDPU成長率はマイナスとなる見通しである。また、楽観シナリオとして、オフィス賃料上振れと金利低下を組み合わせた場合、DPU成長率は+8%(年率+1.6%)、悲観シナリオとして、オフィス賃料下振れと金利上昇を組み合わせた場合、DPU成長率は▲10%(年率▲2.1%)となった。

現状、国内では日銀の金融政策やオフィス市況、海外では中央銀行の金融引き締めや銀行の経営不安など、J-REIT市場を取り巻く外部環境は不確実性を増している。引き続き、不動産ファンダメンタルズや日米の金融政策、金融システムの動向を注視する必要がありそうだ。
[図表-16] 今後5年間のDPU見通し(2022年下期=100)
<主な前提条件>
 
 

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金融研究部   不動産調査室長

岩佐 浩人 (いわさ ひろと)

研究・専門分野
不動産市場・投資分析

経歴
  • 【職歴】
     1993年 日本生命保険相互会社入社
     2005年 ニッセイ基礎研究所
     2019年4月より現職

    【加入団体等】
     ・一般社団法人不動産証券化協会認定マスター
     ・日本証券アナリスト協会検定会員

(2023年03月24日「基礎研レポート」)

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