2022年11月08日

中期経済見通し(2022~2032年度)

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.308]

山下 大輔

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1―コロナ禍後、高インフレに直面する世界経済

2020年、世界経済は新型コロナウイルスの感染拡大の影響を受けて急停止を余儀なくされてきた。その後も断続的に感染の波が繰り返されてきたが、2021年以降はワクチンの普及やウイルスの変異によって、重症化率や致死率は低下し、今年に入ってからは多くの国で感染予防を目的とした社会・経済活動の制限は廃止されている。コロナ禍以降に止まっていた国際間の「人の移動」も回復しつつあり、コロナ禍による経済への影響は着実に解消に向かっている。ただし、中国は例外であり、今年に入ってからも感染が急拡大した上海を都市封鎖するなど経済活動の制限も辞さない姿勢を見せており、中国での活動制限は世界経済の減速要因となっている。中期経済見通しのメインシナリオでは、今後もウイルスとの共生が続くことを前提にし、コロナ禍による経済活動への影響は中国を含めて解消されていくとしている。

他方、商品価格の上昇によるコストプッシュ型のインフレや金融引き締めのため、世界経済には減速感が強まっている。コロナ禍の最中からモノ需要の高まりや供給制約で世界的なインフレ圧力は強まりつつあったが、コロナ禍からの回復期にはエネルギーや労働の需要も高まり、そして今年2月にロシアがウクライナに侵攻したことで、エネルギー、穀物、金属といったロシア・ウクライナ産商品の供給不安も深刻化した。ロシアに対しては、G7を中心とした西側諸国は協調して厳しい経済・金融制裁を課してきた。

また、高インフレを受けて、コロナ禍で講じてきた大規模な金融緩和・財政出動からの転換も進んでいる。とりわけ金融面では、物価の安定を責務とする各国中央銀行は金融引き締めを加速させ、積極的な利上げが実施されている。

世界経済は、2021年には6.1%の高成長となったが、2022年以降はコロナ禍からの回復が進展する一方で、高インフレと金融引き締めの影響で2023年には2.8%まで減速するだろう。その後はインフレ率の低下でやや高めの水準での推移がしばらく続くものの、予測期間にわたって成長率は鈍化傾向をたどり、予測期間末には2%台半ばまで低下することが見込まれる。
[図表1]世界の実質経済成長率
先行きの成長率を先進国と新興国に分けてみると、新興国は先進国の成長率を一貫して上回るとみられる。しかし、少子高齢化に伴い潜在成長率の低下が進むことなどを背景に、新興国の成長率は予測期間後半には3%台前半まで低下すると予想する。

2―日本経済の見通し

1|2023年度に、実質GDPはコロナ前ピーク(2018年度)の水準まで概ね回復
2019年度末に始まった新型コロナウイルスの感染拡大により、2020年度の実質GDPが過去最大のマイナス成長率を記録するなど、日本経済は大きなダメージを受けた。しかし、ワクチンの普及などから、感染の重症化リスクが低下したことにより、新規感染者数の増加にも関わらず、経済活動の制限の必要性が低下した。2022年夏の感染急拡大(いわゆる「第7波」)で、新規感染者数は過去最多を更新したものの、政府は、緊急事態宣言やまん延防止等重点措置といった経済活動の制限措置を実施しなかった。自粛の動きは引き続きみられたものの、これまでに大きく落ち込んだ飲食や旅行といった対面型サービスを中心に、消費の回復基調は維持された。ウイルスが強毒化し、経済活動の制限措置が必要となる状況が再び生じない限り、「ウィズコロナ」が進展し、新型コロナウイルス感染症の経済への影響は更に小さくなっていくだろう。

2023年度までの短期的な見通しとしては、高水準の家計貯蓄を背景として民間消費主導の回復が今後も続くだろう。また、企業収益の好調さを背景とした設備投資の増加も見込まれる。他方、米国がマイナス成長に陥るリスクが高まるなど、海外経済の低迷により、輸出が低迷する可能性は高いだろう。2023年度には、実質GDPがコロナ前ピーク(2018年度)の水準まで概ね回復する。
[図表2]日本経済は2023年度に直近のピーク(2018年度)の水準までおおむね回復
2|今後10年間の実質GDP成長率は平均1.0%
コロナ禍には終わりが見えつつある。他方、コロナ前から続く日本の構造的な問題はコロナ後も残り続ける。少子高齢化による人口動態はその最たるものだ。

労働力人口は、女性と高齢者の労働力率が上昇したことにより、アベノミクスが開始された2013年からコロナ前の2019年まで増加が継続した。非労働力人口のうちの就業希望者数などを勘案すると、今後も女性や高齢者の労働力率の上昇は続くと見込まれる。15歳以上人口の減少に伴い、労働力人口が減少することは避けられそうにないが、労働力率の上昇で労働力人口の減少ペースをより緩やかにすることは可能だ。

また、コロナ禍で浮き彫りとなったことの1つにデジタル化の遅れがある。日本はIT投資が各国に比べて少ない状況にあるが、労働力人口の減少により、企業が人手不足により直面するようになれば、デジタル化などの省力化への投資や人材投資に積極的になることを迫られるだろう。政府の政策的な後押しにも支えられて、今後の日本のデジタル関連の投資や人材投資は加速することが期待される。デジタル化を含めた技術革新に迅速に対応し、新規技術が経済活動の中でより幅広く活用されることが可能となれば、経済の生産性を引き上げることにつながるだろう。

先行きの潜在成長率は、上述の労働参加の更なる促進や、新規技術を活用した生産性向上のための設備・人材面での投資の実施により、2020年代半ばには1%程度まで回復すると見込んだ。ただし、2020年代後半以降は、労働力人口の減少幅の拡大から、潜在成長率は若干低下するだろう。

この結果、予測期間(2023年度~2032年度)の実質GDP成長率の平均は1.0%になると予想する。
[図表3]潜在成長率の寄与度分解
[図表4]実質GDP成長率の推移
3|今後10年間の消費者物価上昇率は平均1.4%を予想
2022年度に入り、消費者物価指数(生鮮食品を除く総合)は、前年同月比で2%を超える上昇を続けている。その背景には、2021年以降の原油等の資源価格の高騰やこのところの円安を受けた輸入物価の上昇がある。

足元では食料品を中心に、原材料価格の高騰による生産コストの増加を価格に転嫁する動きがみられている。他国に比べ、消費者の値上げへの抵抗感が強いことが生産者の価格転嫁を難しくしてきたとみられるが、今回の物価上昇の局面では値上げをやむを得ないと考える消費者が増えたとの調査もある。今回の物価上昇は裾野の広がりを伴ったものとなっており、食料品を中心に消費者物価の上昇基調は続くと見込まれる。

今後、原油価格の上昇ペースが鈍化することなどから、2023年度以降には消費者物価上昇率は徐々に鈍化するだろう。

他方、足元ではGDPギャップは依然としてマイナスであり、コロナ禍で落ち込んだ経済の回復基調に支えられる結果、GDPギャップは縮小に向かい、消費者物価の上昇に寄与するだろう。加えて、労働力人口が減少に転じることで生じる人手不足感の高まりや政府による「新しい資本主義」実現のための賃金引上げのための施策にも支えられ、現在よりは賃金が上がりやすくなる環境となり、賃金上昇が物価上昇につながる状況に向かうと考えられる。

この結果、消費者物価は、金融政策面で緩和的なスタンスが維持されることにも支えられて、2028年度には1.7%まで上昇率が高まると予想する。継続的な物価上昇により、企業、家計が物価上昇に慣れることで、その後も安定的な物価上昇が続くことが見込まれる。消費者物価上昇率は今後10年間の平均で1.4%になると予想する。
[図表5]消費者物価上昇率の推移
 
* 本稿は、2022年10月12日公表「中期経済見通し(2022~2032年度)」(Weeklyエコノミスト・レター)を再構成したものである。
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山下 大輔

研究・専門分野

(2022年11月08日「基礎研マンスリー」)

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