2022年12月27日

コロナ禍を受けた改正感染症法はどこまで機能するか-医療機関と都道府県による事前協定制度などの行方を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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2|問われる都道府県の対応 
制度の実効性を高める上では、都道府県の対応が重要になる。改正感染症法の柱である医療措置協定では、都道府県が感染症の発生を意識しつつ、医療機関に期待される役割を示し、医療機関と事前に協定を交わすことが想定されている。その際、都道府県は医療機関の施設・構造、普段から担っている医療機能などを踏まえつつ、医療機関と交渉を進める必要がある。

さらに、現実的な問題として、未知のウイルスへの対応について事前段階で全てを予想するのは難しく、都道府県は感染状況などに応じて機動的に対応する必要がある。このため、当面は新型コロナを想定することになるとはいえ、都道府県は有事の「司令塔」として、医療機関と十分にコミュニケーションを日頃から図る必要がある。

例えば、医療が逼迫した時には、重度化した患者を受け入れる中核的な病院のキャパシティーを積み増すだけでなく、回復した患者を受け入れる「後方支援病院」を増やすことで、中核的な病院の負担を軽減する方策が考えられる。こうした機能であれば、中小規模の民間医療機関でも対応できる可能性があり、都道府県は医療機関の役割や特性、施設・構造などに応じて、役割を担ってもらえるような協議を進める必要がある。

しかも、こうした調整は平時モードの医療提供体制改革と重複する部分が多い。例えば、病床削減や在宅医療の充実などを目指す「地域医療構想」8では単なる病床数の帳尻合わせではなく、それぞれの医療機関の役割分担を明確にするとともに、連携を強化することが求められている。

具体的には、地域医療構想では、▽薄く広く分散した急性期病床の統廃合や削減、▽リハビリテーションなどを提供する回復期病床の充実、▽急性期で回復した患者を回復期に転院させる連携の強化、▽回復期の患者を在宅に移行する退院支援、▽在宅医療の充実と医療・介護連携――などを同時に進めることが期待されている。同様の役割分担については、外来機能に関しても目指されており、「役割分担の明確化」「機能分化」は近年の医療提供体制改革のキーワードになっている。

これらを新興感染症への対応と比較すると、急性期から回復期への転院調整については、重症者向け病床で回復した新型コロナの患者を後方支援病院に転院させる流れと共通しているし、病床が逼迫した際の自宅療養患者への対応は平時モードの在宅医療の充実と重なる部分があった。このため、都道府県は平時モードだけでなく、新興感染症という有事対応も意識しつつ、地域の実情に応じた医療提供体制の見直しに取り組む必要がある9
 
8 地域医療構想については、下記の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く(1)」
(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」を参照。併せて、三原岳(2020)『地域医療は再生するか』医薬経済社も参照。
9 ただ、新興感染症対応と地域医療構想では、医療機関との関わり方や医療の内容が異なる面もある。詳細は2020年5月15日拙稿「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」を参照。
3問われる国のバックアップ
国としても、都道府県や医療機関の動きをバックアップする必要がある。一例として、医療措置協定に関する都道府県と医療機関の交渉を進めやすくするための支援が想定される。

例えば、今回の医療措置協定では「正当な理由」がない限り、事前に結んだ協定通りの対応が義務付けられるため、協定を締結する民間医療機関から見ると、院内感染の拡大など不可抗力で協定通りの医療を提供できなくなった場合でも、名称が公表されるなどのリスクを伴う。この状況では、民間医療機関が協定締結に二の足を踏む可能性があり、折角の医療措置協定の対象が広がらない危険性も想定される。

既に国会審議では「正当な理由」の一例として、「病院内の感染拡大等により医療機関内の人員が縮小し、協定の内容を履行できない場合などが該当する」という答弁が示されている10が、国として、医療機関の予見可能性を高める対応が求められる。

このほか、補助金や診療報酬による誘導も想定される。医療措置協定に基づく感染症医療の費用については、国が経費の一部を支援する規定が盛り込まれているほか、既に2022年度診療報酬改定では、▽総合的かつ専門的な急性期医療を提供する医療機関を評価する加算措置に新興感染症への対応を追加、▽発熱外来に対応する診療所への加算、▽各種加算を通じて、感染症対策を担う地域の中核的な医療機関と診療所の連携を促進――などの対応が取られている11。こうした都道府県や医療機関の対応を促す経済上のインセンティブ設計も今後、診療報酬改定で論点となり得る。
 
10 2022年10月25日、第210回国会衆議院本会議における加藤勝信厚生労働相の答弁。
11 新興感染症に関する2022年度診療報酬改定に関しては、2022年5月16日・27日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く」(2回シリーズ、リンク先は第1回)。

4――民間中心の提供体制の部分的な軌道修正?

4――民間中心の提供体制の部分的な軌道修正?

行政と民間医療機関の関係性という点に着目すると、今回の改正感染症法は「民間中心の医療提供体制の部分的な修正」と位置付けることもできる12。日本の医療提供体制の大半は民間医療機関で占められているが、民間医療機関には「営業の自由」が担保されており、国や都道府県が関与できる範囲は平時でも限られている。

例えば、先に触れた地域医療構想について見ると、都道府県を中心に医療機関の経営者や市町村の関係者、介護事業所の経営者、住民などで構成する「地域医療構想調整会議」での合意形成と自主的な対応が想定されており、国や都道府県は民間医療機関に対して病床削減などを命令できない。

例外的な位置付けとして、地域医療構想の推進に際して、民間医療機関が勧告や指示に従わない場合、都道府県が特定機能病院や地域医療支援病院を取り消せる権限規定が創設されており、今回は感染症対応でも同様の制度が導入されたと理解できる。

しかし、地域医療構想に関する権限強化について、当時の厚生労働省幹部は「懐に武器を忍ばせている」と説明13しており、実際に行使されることは想定されていなかった。

今回の新型コロナ対応に関しても、2021年の通常国会で感染症法が改正され、国や自治体が病床確保を要請するための権限が強化され、東京都や奈良県、札幌市などが権限を行使したが、法改正の国会審議では「あくまでも協力を中心に」という方針が示される14など、強制力は限定的だった。

こうした経緯や現状を踏まえると、今回の改正感染症法は部分的とはいえ、民間医療機関に関する国や都道府県の権限が強化されたと評価できる15

この点は民間医療機関の立場で考えると、より明瞭に見えて来る。そもそも民間医療機関には「営業の自由」が担保されているが、今回の法改正を通じて、民間医療機関も国や都道府県の感染症対策に協力する義務を負うことになった。さらに、事前に協定を結んだ民間医療機関には感染症への対応が義務付けられ、実施しない場合には名称公表などの不利益も受けることになった。その結果、民間医療機関の自由が部分的に制限される反面、公共性が強まったと理解できる。

しかし、都道府県との協定を結ぶかどうかの判断は民間医療機関に委ねられており、民間医療機関には「退出」の自由も付与されている。このため、今回の法改正は民間医療機関の「自由」と、国・都道府県による「関与」のバランスの上で作られた仕組みと理解できる。

実際、両者のバランスを取ろうとしている点に関しては、「民間医療機関につきましては、地域の医療提供体制におきましてこのような特別な位置付けがない中で感染症医療の提供をお願いするということになりますので、義務付けるということまでは難しい」「感染症の発生や蔓延時におけるその地域の医療提供体制を確保するために、やはりできる限り多くの医療機関に協定を締結いただくことが望ましい」という厚生労働省幹部の国会答弁16からも読み取れる。
 
12 民間中心の提供体制における限界に関しては、2022年7月20日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因を考える」を参照、
13 2014年4月23日、第186 回国会会議録衆議院厚生労働委員会における原徳壽医政局長の答弁。
14 2021年2月3日、参院内閣委員会・厚生労働委員会連合審査会における田村憲久厚生労働相の答弁。
15 実は、協定制度、あるいは契約制度を通じて、新興感染症への備えを強化する考え方については、関係者の間で意識されていた。例えば、池上直己(2021)『医療と介護 3つのベクトル』日経文庫p91では、▽国が契約の大枠を規定、▽詳細は都道府県が民間医療機関を含めた医療機関と決定、▽5年ごとに見直し――という方法が提案されていた。筆者自身も、都道府県と医療機関による契約制度あるいは協定制度が必要と指摘していた。2021年11月8日拙稿「医療提供体制に対する『国の関与』が困難な2つの要因(中)」、あるいは2021年3月30日『東京新聞』(共同通信配信記事)などを参照。今回の制度では、医療機関が「正当な理由」なく協定に違反した場合、名称公表などの措置を伴うため、契約制度に近いと考えられる。
16 2022年5月16日、第210回国会参議院厚生労働委員会における厚生労働省の榎本健太郎医政局長の答弁。

5――おわりに

5――おわりに

「各医療機関が地域で果たしている役割を踏まえて積極的に協定締結にご協力いただけるよう、各都道府県における予防計画策定の段階から十分なコミュニケーションを図ることが必要」「その点を踏まえて(筆者注:国としても)基本指針等を示していきたい」。改正感染症法が成立した日の閣議後記者会見で、このように加藤厚生労働相は述べた17。この発言に見られる通り、改正感染症法の主な実施部隊は都道府県であり、都道府県の主体的な対応と医療機関の協力、国のバックアップが問われる。

しかも、都道府県の役割は地域医療構想だけでなく、医師の働き方改革や外来機能分化18などでも大きくなっている。実際、地域の人口動向や医療資源に大きな違いが見られる中、現場の医療機関経営者や医師、専門職と緊密に接点を持ちつつ、地域の実情に応じた見直し論議を進められるのは国ではなく、都道府県である19。平時と有事の双方を見据えた都道府県の積極的な対応が求められる。
 
17 2022年12月2日加藤大臣会見概要。
18 医師の働き方改革は医師の超過勤務を見直すのが狙いで、2024年4月に本格施行される。主な内容や論点については、2021年6月22日拙稿「医師の働き方改革は医療制度にどんな影響を与えるか」を参照。外来機能分化とは、「身近な病気やケガは中小病院や診療所、高度な検査・手術などは大病院」といった形で、外来に関して医療機関の役割分担の明確化を図る見直しであり、中小病院や診療所で紹介状をもらわずに大病院を受診した場合の追加負担が2022年10月から7,000円(以前は5,000円)に引き上げられた。さらに、都道府県を中心とした調整と協議を通じて、紹介患者を中心的に受け入れる「紹介受診重点医療機関」を地域の実情に応じて選定する仕組みも始まった。詳細は2022年10月25日拙稿「紹介状なし大病院受診追加負担の狙いと今後の論点を考える」を参照。
19 市町村の方が現場や住民の暮らしとの接点が多いが、救急医療の確保など医療行政は複数の市町村をまたがる分、市町村の規模では小さ過ぎる難点がある。このため、現行の自治制度を前提にすると、医療行政については、広域行政を担う都道府県の役割が重要になる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年12月27日「保険・年金フォーカス」)

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