2022年12月20日

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4|経済的制約の緩和
(1) 「シェア」による費用と利用料の抑制
高齢者の外出抑制の要因の三つ目、経済的制約の緩和の方法については2点考えられる。1点目は、「シェア」によって低コスト、低運賃(利用料)を実現すること、2点目は、外出の価値を高めて利用者の利用料に対する「負担感」を下げることである。

1) 乗り物のシェア
まず1点目から説明したい。1点目の方法は大きく3種類考えられる。1) 乗り物(車)のシェア、2) 事業者間での送迎業務のシェア、3) 旅客と貨物による輸送資源のシェアである。1) 乗客が乗り物(車)をシェアする方法には、市区町村が乗合タクシーを導入したり、事業者が相乗りタクシーを運営したりすることで、一般のタクシーに比べて安価な移動サービスを提供することである。

2) 事業者間での送迎業務のシェア
次に、事業者間での送迎業務のシェアに関しては、交通事業者同士の場合もあれば、交通事業者と異業種の事業者が、送迎(運送)業務をシェア、つまり連携して行う方法がある。まず、交通事業者同士の共同運送については、2020年の独占禁止法の特例法成立以降、各地で取り組み事例が増えてきている。これまで運行時間やルートが重なって乗客の奪い合いになっていたものを、共同運行に切り替えて運行本数を増やすなど、各事業所のコスト削減と利便性向上につなげるものである。このような取組を促していくためには、まずは、これまで競合関係にあった交通事業者同士を、協力関係に転換させていくための土台作りが必要になる。行政や大学などが音頭を取って、地域の移動課題解決を共通課題に掲げたプラットフォームを作り、意識を共有することが第一歩となるだろう10

次に、異業種との送迎事業のシェアである。筆者のコラムで書いたように、実は、地域で住民を送迎しているのは交通事業者に限らない11。公共交通が乏しいエリアでも、実は介護、福祉、医療、観光、小売、教育関係などを含めると、多数の送迎車両が走行している。これまでは、道路運送法の許可・登録を受けた緑ナンバーの車両と、それ以外の白ナンバーの車両は明確に線引きされてきたが、交通事業が乏しい中で、住民への移動サービスを維持していくためにも、人手不足や脱炭素等、他の社会課題に対応していくためにも、これまでの枠組みを超えて、多様なセグメントの送迎業務を束ね、効率化していく必要があるだろう。

中でも、全国に約5万か所あるデイサービス施設は12、多くが専用の送迎車両を所有し、地域の要介護高齢者等の送迎を行っている。筆者のジェロンロジー対談レポート「デイサービス車両は高齢者の移動を支える「第三の交通網」を形成できるか(上)(中)(下)~群馬県発「福祉ムーバー」の取組から~」(2022年4月)でも紹介したように、規模が大きく、所有車両数が多い施設であれば、空き車両や空きシート等を活用して、大きな追加コストをかけることなく、非通所日の利用者や地域の高齢者等やをスーパーや病院、薬局等に送迎することができる。介護のプロに送迎してもらえれば、要介護高齢者も安心して利用できるだろう。ただし、有償で行うためには、道路運送法の見直しが必要となる13

ただし、デイサービス施設の規模が小さく、人員や車両数が少ない場合は、このように新たなサービスを行う余裕はない。実際、国内のデイサービス施設の多くは中小零細企業である。このような場合には、行政や地域のステークホルダーがリーダーシップを執って、まずは各事業者が課題意識を共有することが第一だろう。その上で送迎業務を束ね、一括して地域のタクシー会社に委託することができれば、第二段階として、非通所日の利用者や地域の高齢者の送迎まで担うことも考えられる14。小規模な施設にとっては、送迎業務の負担が大きく、業務の切り離しと外注ができれば、メリットは大きいだろう。また事業者の形態が社会福祉法人の場合には、社会福祉法人法によって社会貢献が責務とされているため、地域の移動課題解決に役立てれば、その役割を果たすことができる。

(上)で述べたように、今後、高齢化の進行によって、各地域で要介護者が増加するとともに、介護人材不足の深刻化も予測されているため、中長期的に見れば、介護業界にとっても、送迎業務の在り方の見直しは必至ではないだろうか。送迎業務を地域の要介護高齢者等のために拡張して、地域貢献に生かすか、あるいは、他の事業所との共同送迎にした上で外注に切り替え、業務をスリム化するか、大きく分けるとそのどちらかを選択することで、主要業務である介護の質の向上につなげられるのではないだろうか。
 
10 例えば、自動運転など様々な移動サービスの実証実験を行っている前橋市にとっては、所属する「群馬大学次世代モビリティオープンイノベーション協議会」が、様々な民間企業と移動に関する課題意識や目標を共有する場として機能しているという。
11 坊美生子(2022)「『サポカー限定免許』創設が示唆する道路運送法の課題~技術の進歩、車の高度化に適応した旅客輸送の仕組みを」(研究員の眼)
12 「地域密着型通所介護」と「認知症対応型通所介護」を含む。
13 現在でも、介護事業所が利用者の送迎を行わないと介護報酬を減算されるため、実質的には有償送迎である。
14 介護報酬の送迎単価(送迎を行わない場合に減算される単価)とタクシー運賃には開きがあるため、地域の介護事業所の送迎を束ねて委託しても個々の介護事業所の負担が増える場合には、非通所日の利用者や、地域の高齢者等を送迎する場合の利用料を上げたり、送迎先の小売や医療機関等に協賛金を依頼するなど、負担の在り方について工夫が必要となるだろう。
3) 旅客と貨物による輸送資源のシェア
次に、旅客と貨物で、車両とドライバーをシェアする貨客混載である。現行法では、基本的には貨物と旅客は法規制が異なり、過疎地等に限って貨客混載が認められている。しかし、貨物と旅客のいずれもドライバー不足は深刻であり、「2050年二酸化炭素排出実質ゼロ」を宣言している自治体も多い。コロナ禍以降、タクシーが弁当などを宅配することも解禁され、乗客が減少したタクシーの収益源の一つにもなっている。交通事業者の売上確保、地域全体での運送の効率化、ドライバー不足緩和、脱炭素など、いくつもの社会課題に応えるために、貨客混載が認められる「過疎地等」の条件について、緩和を検討していくことが必要ではないだろうか。
(2)外出の付加価値を高めて利用者の負担感を下げる
経済的制約を緩和する方法の二つ目は、2|心理的制約の緩和で述べたこととも重なるが、外出の価値を高めて、移動サービスに対する負担感を下げることである。言い換えれば、「わざわざ交通費を使って外出したくない」という意識から、「少しお金を使っても行きたい」というインセンティブが働くようなお出掛けの目的(企画)を提供することだと考えられる。

図表2は、内閣府が2019年度に実施した「高齢者の経済生活に関する調査」の「高齢者が優先的にお金を使いたいと思っている支出項目」の年齢階級別の結果である。これを見ると、「80歳以上」を除くと、ダントツで「趣味やレジャーの費用」がトップとなっている。高齢になっても、日常生活の中に「楽しみ」を求めることには変わりないと言える。また、年齢階級ごとに順位は異なるが、「食費」や「子や孫のための支出」、「保健・医療関係の費用」も上位にランクインしている。これらは「交通費・自動車維持費の費用」よりも上位であることがポイントである。

従って、単に外出を勧めるだけでは「交通費が勿体ない」と思われがちであっても、娯楽や食事といった、「楽しそう」「行ってみたい」と思ってもらえる用事を示し、お出掛けの付加価値を高めることで、移動サービスの利用料への負担感も和らぐのではないだろうか。

また、「80歳以上」に限って見ると、優先的に支出したい項目のトップは「保健・医療関係の費用」であることから、特に80歳代以上をターゲットに外出促進を検討する場合は、健康状態の維持・回復を目的とした企画(用事)を提供することが良いと考えられる。
図表2 高齢層が今後、優先的に使いたい支出項目(複数回答)

4――高齢者の移動の制約を緩和する先進事例

4――高齢者の移動の制約を緩和する先進事例

ここからは、3で述べた方向性に沿った対策を独自に実践し、高齢者の外出促進に効果を挙げている先進事例を紹介したい。なお、各事例の冒頭に、四つの制約緩和に当てはまるポイントを記す。

1|みちのりホールディングスグループの「バーチャルバス停」

▽環境的制約の緩和:バーチャルバス停の増設によるバスの利便性向上
▽経済的制約の緩和:低額なバス運賃

まずは、技術の力で、路線バスの高齢者等に対する利便性を向上し、利用増加につなげている例である。みちのりホールディングスグループの茨城交通(本社・茨城県水戸市)は、2021年7月から茨城県高萩市で、既存の標柱型バス停以外にも「バーチャルバス停」(仮想バス停)を多数設置し、自宅や目的地から乗りやすくした「呼出型最適経路バス 『MyRideのるる』」を運行している。ダイヤやルートもあらかじめ決まったものではなく、乗車を申し込むと、その都度、最も効率的なダイヤとルートを決めるオンデマンド式である。乗客がアプリや電話で乗車を申し込むと、AIを用いたシステムが、車両に、ダイヤや停車する(標柱型またはバーチャル)バス停、ルートを指示する。2021年7月から実証実験を開始し、2022年10月から本格運行が始まった。

同グループによると、運行エリアにおける標柱型バス停はもともと96か所だったが、これにバーチャルバス停141か所が新設され、両方合わせたバス停の数は計237か所と、従来の2.5倍に増えた(図表3)。通勤通学の乗客が多い朝夕は従来通りの定時定路線で運行し、乗客が少ない午前8時半から午後3時までを呼出型最適経路バスに切り替えている。

高齢者も新しいサービスを利用しやすいように、高萩市や茨城交通の職員が、住民説明会を開いたり、地域の会合に出向いたりし、高齢者一人ひとりに、実際にスマートフォンを操作しながら、丁寧に使い方を説明してきた。市や通信キャリアが主催するスマートフォン教室でも説明を重ねてきたという。また、バーチャルバス停の位置が分かりやすいように、紙のリーフレットも作成、配布した。運賃(大人300円)については、市内在住の高齢者には半額助成制度がある。

現在、「MyRideのるる」の乗客のうち、60歳代が2割弱、70歳代が約3割、80歳代以上が約2割を占めているという。

これまでの約1年の取組の結果、乗客は従来の1.2倍に増えた。利用者アンケートの結果、利用者の6割は、「外出の機会が増えた」「気軽に外出できるようになった」と、外出しやすくなったと回答している。高齢者からも「出かけやすくなった」等の声があるという。また、マイカー運転やマイカー送迎からバス利用に転換した人も2割見られた。

同グループでは、各社でバーチャルバス停を用いた呼出型最適経路バスの導入を拡大しており、福島県の西会津町民バスなど6件で、本格運行や実証実験が始まっているという。

(上)で説明したように、加齢によって、自宅や目的地からバス停までが遠いと、利用が難しい人が増えていく。直線距離は短くても、「バス停との間にある横断歩道を青信号の時間に渡れない」、「バス停までが坂道で歩くのがきつい」など、様々な要因で利用が困難になることがある。高度技術を活用してバーチャルバス停を増やすことで、高齢者らにとって身体的負担を軽減する取り組みだと言える。
図表3 従来のバス停の分布とバーチャルバス停を新設した後の分布の変化
2|渋川市社会福祉協議会(群馬県)の相乗りタクシーを使った買い物支援

▽身体的制約の緩和:スーパーでの買い物を通じた介護予防
▽心理的制約の緩和:顔見知りが相乗りする安心感、「買い物」という目的作り、利用者同士の交流による「楽しみ」の提供
▽環境的制約の緩和:相乗りタクシーの創設
▽経済的制約の緩和:相乗りによるタクシー運賃の低減

群馬県の社会福祉法人「渋川市社会福祉協議会」は、2018年から、市内の75歳以上高齢者のうち、買い物に困っている人を対象に、タクシーへの相乗りを手配して、地域のスーパーまで送迎する買い物支援事業「あいのり」を実施している。75歳未満であっても、病気などで買い物困難であれば対象としている。現在の利用者の属性(自立度)は、要介護認定を受けていない人から要介護2ぐらいまでだという。2021年は、延べ800人以上が利用した。

導入した経緯は、以下の通りである。2012年度に社協が地区別懇談会を開き、市民同士で地域の困りごとを話し合ってもらった結果、最も多く挙げられた課題が、高齢者の移動だった。そこで、生活に不可欠な買い物支援に選択肢を絞り、これまでに移動販売車を走らせたり、地区に小規模の店舗を開設したり、様々な取組を試行した。しかし収支面などの課題が大きく、高齢者からは「食品を自宅に届けてもらうのではなく、自ら出かけて、直接商品を目で見て選びたい」という要望が強かったため、住民を店舗に送迎する方針を決めたという。

そこで2016年には、社協が実施主体となって、医療機関やスーパーまで高齢者を無料送迎するバスを運行開始したが、既存の路線バスとの競合を避けるために、効率的なルートを敷くことが難しく、高齢者からも「バス停まで歩けない」という苦情が多かったという。次に、乗合タクシーの導入も検討したが、法的なハードルが高かったため、「今ある資源でできることをしよう」と、地域のタクシーを利用した相乗り事業を行うことで決着した。

運行は、市内9地域に分けて行い、それぞれ月2回ずつとした。利用料は、自宅から店舗までの距離が2kmまでの場合は往復500円、以降500mごとに100円追加する。送り届けるスーパー側からも、協賛金として、送迎した客1人につき100円を負担してもらう。タクシー会社には、実際にかかった運賃を社協から支払う。利用料や協賛金による収入と、事業費との差額が年約150万円生じるため、社協が負担している。

同社協によると、「往復500円」という料金設定については、利用者から「高い」という意見は出されていないという。むしろ、これまでは、近所の人に、より高い謝礼を払ってボランティアで送迎してもらっている例が複数あり、500円で気楽に自分でスーパーへ行けるようになったことに対して、利用者の評価は高く、ほとんどがリピーターだという。

2019年度は、コロナ禍が始まった2020年3月のみ運行休止したが、利用者数が延べ1,000人以上に上った。利用者の平均年齢は83.1歳だった。これまで続けてきた結果、買い物のために頭を使って商品を選び、店内を歩き回ることで、介護予防につながっていると言い、「以前は殆ど歩けなかったのに、あいのりを利用するようになってから歩けるようになった」という利用者もいるという。また、孤立しがちな高齢者同士が、車内や、スーパー近くの待機場所などで交流するようになり、活き活きと生活するようになったという。

さらに、利用者の買い物の様子から、「急に売り場が分からなくなる」「毎回、同じものを買う」など認知機能低下の様子が見受けられたら、地域包括支援センターに連絡して適切な支援やケアにつなげ、症状の進行防止にも役立っているという。
写真1 「あいのり」を利用して買い物する高齢者
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生活研究部   准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任

坊 美生子 (ぼう みおこ)

研究・専門分野
中高年女性の雇用と暮らし、高齢者の移動サービス、ジェロントロジー

経歴
  • 【職歴】
     2002年 読売新聞大阪本社入社
     2017年 ニッセイ基礎研究所入社

    【委員活動】
     2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
     2023年度  日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員

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【高齢化と移動課題(下)~打開策編~】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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