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居宅介護支援費の有料化は是か非か-介護サービスの仲介だけではない点、利用控えの危険性に配慮を
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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3――居宅介護支援費の有料化を巡る議論
今回の居宅介護支援費の有料化論議に至る始まりは昨年末に決定された「新経済・財政再生計画改革工程表」にさかのぼる。ここでは要介護1~2の人の給付見直しとか、利用者負担の引き上げ論議と併せて、制度改正の選択肢の一つとして、居宅介護支援費の有料化が盛り込まれた14。
具体的には、「2019年度の関係審議会における審議結果を踏まえ、利用者負担の導入について、(筆者注:2024年度から始まる)第9期介護保険事業計画期間に向けて、関係審議会等において結論を得るべく引き続き検討」という文言で、「介護のケアプラン作成に関する給付の在り方について検討」するという方向性も定められた。
14 その他のテーマについては、拙稿2022年6月28日拙稿「3年に一度の介護保険制度改正の議論が本格始動」を参照。
その後、財務省が2022年4月、財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)で、居宅介護支援費の有料化の必要性を訴えた。財務省は前回の2021年度制度改正でも有料化を主張したが、この時は高齢者医療費の負担増に向けた議論と重なったことなどで、先送りされた。
しかし、2022年4月の会合では、「介護保険制度創設から20年を超え、サービス利用が定着し、他のサービスでは利用者負担があることも踏まえれば、第9期介護保険事業計画期間から利用者負担を導入することは当然」とし、居宅介護支援費を有料にする必要性を強調。同年5月の建議(意見書)でも同様の文言を盛り込んだ。
こうした中、2022年3月から社会保障審議会介護保険部会で、介護保険制度の見直し論議がスタートした。介護保険は通常、3年周期で見直されており、その一環として居宅介護支援費の有料化も早々に話題に上り、専門ニュースサイトでは「プラン有料化の是非、いきなり焦点に」などと紹介された15。
既に公開されている議事録をベースに、その攻防を簡単に紹介すると、給付と保険料負担の抑制を期待する観点に立ち、健康保険組合連合会(以下、健保連)の代表委員が「サービス利用が定着し、介護給付費がこれだけ増えている状況などを考えれば、ほかのサービスと同様に利用者負担を導入すべき」と発言。日本経団連の委員も同様の主張を展開した。
これに対し、認知症の人と家族の会の委員が「利用者負担がもし新設されれば、サービス利用を抑制しかねない側面と、利用しないことによるたくさんのリスクが増大することは容易に想像ができる」と反論した。ケアマネジャーの業界団体である日本介護支援専門員協会の代表委員も、▽自治体や地域包括支援センターなど他の窓口に負担が転嫁される、▽医学的なニーズが少ないのに入院する「社会的入院」が増える――といった事態が懸念されるとして、現行制度の維持を主張した16。
介護保険部会では今後、年末までに詳細を詰めた上で、有料化の是非を判断する見通しだ。もし有料化される場合、他の法改正案件とともに、厚生労働省が来年の通常国会に介護保険法改正案を提出。多くの制度改正案件は2024年4月から施行される見通しであり、有料化の是非は今後、政府の全世代型社会保障構築会議や自民党、公明党、関係団体なども絡みつつ、年末までに大きな焦点になると思われる。
では、居宅介護支援費を有料化した場合、どんなメリット、デメリットが想定されるのだろうか。以下、メリット、デメリットの順で考察を加える。
15 2022年3月25日『ケアマネジメント・オンライン』配信記事を参照。
16 これらの発言は2022年3月24日開催の介護保険部会議事録を参照。
4――有料化のメリット
居宅介護支援費を有料化した場合のメリットとして、公費(税金)や保険料の負担軽減に繋がる点を指摘できる。具体的には、介護保険制度の居宅介護支援費は現在、5,000億円程度なので、1~3割負担を導入した場合、単純計算で500億円前後の給付減に繋がり、その分だけ公費(税金)や保険料の負担が浮く。
公費(税金)の削減を重視する財務省、保険料の抑制を目指す経団連、健保連が居宅介護支援費の有料化を主張している背景は正にここにある。高齢化の進展に伴って介護保険の費用が増えている点を踏まえると、何らかの形で費用抑制策を検討することは重要である。
さらに、財務省は「利用者負担の導入を通じて、利用者がケアマネジメントに対してコスト意識を持つようになるため、ケアマネジメントの質が上がる」と主張しているが、この点は議論の余地があると思われる。
確かに利用者のコスト意識が高まれば、ケアマネジャーやケアマネジメントに対する利用者の目は厳しくなり、その分だけ質の低いケアマネジャーや事業所が選ばれなくなるメリットを想定できるかもしれない。実際、前回の制度改正論議で、財務省は利用者本位を高める観点に立ち、利用者がサービス事業者ごとの価格を比較検討できる機会を確保すべきだと訴えた17。
一方、複雑で多面的な生活を支えるケアマネジメントの質を数字だけで評価することは難しく、むしろ関係者の対話と合意形成の方が重要である。より具体的に言えば、ケアマネジャーを中心に、利用者や家族、ケアに関わる他の専門職との対話と意思疎通、合意形成が最も重要であり、ケアマネジメントの質は数値や金銭で換算しにくい性格を有する。このため、費用の有無がケアマネジメントの質に関係するかどうか、筆者個人は疑問に感じている。
17 2019年4月23日、財政制度等審議会財政制度分科会資料を参照。
5――有料化のデメリット
デメリットとしては、「ケアマネジメント=介護保険サービスの仲介」と見なす傾向が一層、強まることが懸念される。つまり、介護保険サービスの仲介にとどまらないケアマネジメントの特殊性が軽視される傾向が強まり、その結果としてケアマネジメントが介護保険の枠内だけで一層、理解されるようになる危険性である。
そもそも、財政審の審議資料や建議を見ると、「他のサービスでは…」といった表記が見られ、ケアマネジメントを介護保険サービスの一部として見なしているように見受けられる。繰り返し述べている通り、これは間違いとは言えないが、介護保険制度にとどまらない広がりを有しているソーシャルワークとしてのケアマネジメントの一部を捉えているに過ぎず、ケアマネジメントの特殊性が軽視されているように映る。
むしろ、これからの福祉で求められるのはソーシャルワークの発想である。例えば、厚生労働省は住民と連携しつつ、「高齢者」「障害者」「生活困窮者」といった属性にこだわらず、分野横断的に支援する「地域共生社会」18を進めようとしており、困難を抱える個人と、個人を取り巻く地域に同時に関与できるソーシャルワークのスキルが求められている。
さらに高齢者福祉の関係でも、厚生労働省は既述した総合事業の推進に加え、前回の2021年度制度改正で、気軽に運動や体操などを楽しめる住民主体の「通いの場」づくりを前面に掲げた19。その後、2020年前半から国内で感染が拡大した新型コロナウイルスの影響で、通いの場の数は減少に転じているが、こうしたインフォーマルケアの発掘、活用はソーシャルワークの一つのスキルである。2021年度介護報酬改定で特定事業所加算の要件として、インフォーマルケアへの配慮が組み込まれたのも、こうした文脈で理解できる。
以上の点を踏まえると、ソーシャルワークの担い手として、ケアマネジャーが活躍できる余地は大きいにもかかわらず、居宅介護支援費の有料化はケアマネジメントを一層、介護保険制度の枠内に閉じ込めてしまうデメリットが想定される。言い換えると、ケアマネジメントのソーシャルワークとしての性格が減退し、その担い手としてケアマネジャーが活躍できる余地を小さくすることになりかねない。
18 ここでは詳述を避けるが、2016年6月に閣議決定された「ニッポン一億総活躍プラン」では地域共生社会について、「子供・高齢者・障害者など全ての人々が地域、暮らし、生きがいを共に創り、高め合うことができる(筆者注:社会)」と定義されている。
19 2021年度の介護保険制度改正に関しては、2019年12月24日拙稿「『小粒』に終わる?次期介護保険制度改正」を参照。
さらに、サービスの利用控えが起きる危険性も想定される。居宅介護支援費は利用者にとって、介護保険制度のサービス利用における「入口」であり、入口を有料化すると、低所得者を中心に利用控えが起きる危険性が想定される。
確かに利用者負担を回避する上では、利用者自身によるケアプランの自己作成(セルフマネジメント)という選択肢もあり得るが、この場合はケアマネジャーの代わりに、市町村が給付管理に当たることになり、その煩雑さが多くの市町村で敬遠されている実態がある20。さらに、重度な認知症の人など自己決定しにくい利用者にとって、自己作成は困難な選択肢である。
つまり、相対的に見ると、居宅介護支援費の有料化は低所得者や重度な人ほど負担が重くなる危険性があり、こうした点もデメリットとして意識される必要がある。
20 自己作成を巡る市町村の反応については、全国マイケアプラン・ネットワーク編(2010)「全国保険者調査から見えてきたケアプラン自己作成の意義と課題」(老人保健健康増進等事業)を参照。
そのほかにも留意する必要がある論点は多く、制度設計次第では居宅介護支援費の有料化がデメリットを大きくする可能性がある。例えば、要介護・要支援ごとに設定された限度額の範囲に入れるのか、限度額の外に特出しするのか、という点を意識する必要がある。
ここで、限度額の構造を簡単に説明する21と、介護保険制度では7段階の要介護・要支援ごとに上限として限度額が設定されており、これを超えると全額自己負担になる。つまり、限度額の範囲内であれば、原則1割(高所得者は2~3割)でサービスを利用できるが、限度額を超えると保険給付を受けられない仕組みとなっている。
この状況で居宅介護支援費を有料化した場合、限度額の範囲内に入れるのか、それとも特例として限度額の外で考慮するのか、という点は非常に重要になる。
具体的には、仮に有料化された居宅介護支援費を限度額の範囲に入れた場合、限度額ギリギリまでサービスを多く使っている人であれば、限度額を超えてしまうため、その分だけ全額を自ら負担するか、他のサービスを調整して利用額を減らす必要に迫られる。つまり、居宅介護支援費の有料化は限度額ギリギリまで使っている重度な人ほど、負担を重く強いられる危険性がある。
その半面、限度額の外で特例的に対応する場合、今度は負担と給付の関係が不明確になる。実際、こうした特例は介護職員の給与を引き上げる「介護職員処遇改善加算」などで導入されており、近年は増加傾向にあるとして、財務省が「設定された限度額の範囲内で給付を受けることを徹底」を求めている22。
この点は細かいかもしれないが、利用者のサービス利用や費用負担に直結するテーマであり、無視できない内容を含んでいる。それにもかかわらず、前回の制度改正議論も含めて、この問題が有料化の是非に関して話題に上ったことは一度もない。
21 限度額の構造や論点については、介護保険制度20年を期したコラムの第3回を参照。
22 2022年4月13日、財政制度等審議会資料を参照。
さらに要支援1~2の人のケアマネジメントは現在、市町村が運営する地域包括支援センターで実施されており、要介護1~5の人を対象とした居宅介護支援費とは別扱いになっている。居宅介護支援費の有料化に踏み切る場合、公共性が高くなっている要支援1~2の人のケアマネジメントまで有料化の対象に含めるのか、検討の余地がある。
このほか、特別養護老人ホーム(特養)など施設サービスのケアマネジメントとの整合性も検証する必要がある。これは居宅(在宅)サービスと施設サービスの違いに起因している。
居宅(在宅)サービスの場合、居宅介護支援費で介護保険サービスを仲介しているが、施設サービスの場合、ケアマネジメントは専ら施設職員によって賄われており、その費用も施設に支払われる介護報酬に組み込まれている。
このため、特養などを運営する事業者で構成する全国老人福祉施設協議会(老施協)は今年8月の意見書で、居宅介護支援費について、「全額公費が望ましい」と指摘しつつも、特養ではケアマネジャーが人員配置基準に含まれているため、「入所後(筆者注:のケアマネジメントの費用)は実質負担している」として、「公平性の面から議論は必要」「加算の有無で費用に差が出ることがないよう1割負担ではなく定額制とすることも考えられる」との考えを示した23。
その2週間後、老施協は「定額制で自己負担を導入すべきと提言しているかのように誤解されるおそれがある」として、要望書の定額制に関する部分を削除した24が、居宅介護支援費に関する居宅(在宅)サービスと施設サービスの違いを示す一幕となった。このため、居宅介護支援費を有料化するのであれば、施設サービスとの兼ね合いも意識する必要がある。
それ以外でもケアマネジメントが本来、介護保険制度にとどまらない広がりを有している点を意識すれば、障害者総合支援法における相談支援や児童福祉、引きこもりの人の支援、刑期を終えた人の社会復帰など、他の福祉サービスや支援制度に関する相談対応やケアマネジメントにも「飛び火」する可能性に留意する必要があるだろう。
以上のように考えると、居宅介護支援費を有料化すれば、500億円の給付抑制効果を期待できる反面、介護保険制度に閉じ込めてしまうリスクとか、利用控えの危険性などのデメリットが想定される。さらに、限度額の取り扱いや施設サービスとの関係性など、詰めなければならない点は多いように感じられる。
23 2022年8月5日、全国老人福祉施設協議会「介護保険制度等の見直しに関する介護現場の要望について」を参照。
24 2022年8月19日、全国老人福祉施設協議会ウエブサイトを参照。https://www.roushikyo.or.jp/?p=we-page-menu-1-2&category=19325&key=21769&type=content&subkey=442619
(2022年09月28日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
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