2022年07月20日

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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9――分権的な構造に対応する制度改正の方向性

1|短期的な対応策
では、こうした分権的な構造を踏まえつつ、「国の関与」を強化する上で、どういった制度改正が必要になるのだろうか。短期的な施策としては、医療機関の受け入れ状況や専門的な人材、医療機器の状況などについて、国が都道府県を介して情報を収集した上で、こうした情報を開示・共有することが重要になる。

この点で言うと、厚生労働省も2020年春の第1波を受けて、「医療機関等情報支援システム」(G-MIS)」というシステムを整備し、病床の空き具合などを把握できるようにしたほか、地域の先進事例としては神奈川県や福岡県・福岡市による取り組みなどが挙がっている42

しかし、全般的な傾向として、入力の手間暇や作業などが現場で嫌われており、リアルタイムでの情報共有に至っていない43。このため、政府が2021年11月に決定した「次の感染拡大に向けた安心確保のための取組の全体像」で病床の可視化が言及されるなど、医療資源を効率的に活用するための情報共有は現在も課題となっている。

さらに、感染が深刻な地域に対するテコ入れ策として、厚生労働省や全国知事会、日本看護協会などが音頭を取る形で看護師、保健師が派遣されたほか、国からも自衛隊が送り込まれたが、こうした対応を必要に応じて取っていくことが求められる。
 
42 神奈川県の事例については、2021年12月21日『m3.com』配信記事における阿南英明・神奈川県医療危機対策統括官インタビュー。福岡県における事例に関しては、2021年11月8日『m3.com』配信記事における上野道雄・福岡県新型コロナウイルス感染症調整本部長インタビューなど。
43 2021年12月29日『朝日新聞デジタル』配信記事、2021年9月7日『日本経済新聞』。
2|国の司令塔機能を巡る議論
一方、中長期的な「国の関与」の強化策として、以前から司令塔機能の議論が取り沙汰されている。例えば、厚生労働省の若手・中堅職員や有識者などで構成した会議が2015年6月に公表した報告書「保健医療2035」では、感染症対策に関するグローバルな貢献だけでなく、平時には公衆衛生の司令塔としての機能を持つ「健康危機管理・疾病対策センター(仮称)」の設置に言及した。2020年7月に公表された自民党の行政改革推進本部報告でも、司令塔となる組織の創設が盛り込まれた。

さらに先に触れた通り、2021年9月の総裁選では、首相に就いた岸田氏が公約で、公衆衛生上の危機発生時に、国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」の創設などを提言した。いずれもアメリカのCDCを意識した提言となっている。

ただ、「司令塔」機能のイメージが論者によって異なる印象を受ける。例えば、政府の新型コロナウイルス感染症対策分科会長の尾身茂氏は今回の教訓の一つとして、「(筆者注:非常時という)ボタンが押されれば、すぐにそうした専門家集団が集まって、政府あるいは総理に助言するという仕組みを(略)作るべき」44と述べており、司令塔の研究者が科学的な知見を首相に助言する機能が意識されていた。

さらに、複数の省庁で縦割りになっている感染症対策を総合化する視点とか、時に利害が対立した国と都道府県の意見調整45に関して司令塔が必要という指摘もあり、「司令塔(機能)」という言葉自体に様々な意味や機能が込められている。

言い換えると、論者によって言葉のイメージや必要な機能が異なるため、もう少し整理する必要がある。今回は分権的な構造を主な論点としているため、国と自治体の関係を中心に、国の司令塔機能の在り方について論じたい。
 
44 2021年9月9日、菅義偉首相記者会見における尾身氏の発言。
45 例えば、第1波の「緊急事態宣言」に際しては、対象業種の線引きなどを巡って国と東京都の意見が対立した。新型コロナウイルス対応に関する国と地方の対立については、日本経済新聞社政治担当論説委員編(2021)『コロナ戦記』日本経済新聞出版、片山善博(2020)『知事の真贋』文春新書、アジア・パシフィック・イニシアティブ編(2020)『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンなどに詳しい。
3|司令塔をどうするか
まず、厚生労働省の出先機関が主力になり得ない経路依存的な限界を考慮すると、今回の新型コロナウイルスへの対応で経験値を積み重ねた部分から制度化して行く方法が考えられる。

例えば、感染拡大地域に専門人材を派遣した今回の対応を参考にしつつ、国が有事に備えて官民の専門人材をプールするとともに、必要に応じて人員を派遣する役割が想定される。

このほか、患者の広域調整も考えられる。今回の新型コロナウイルスへの対応では、大阪府や兵庫県の軽症患者を近隣県で受け入れる協力体制が取られた。こうした調整を国主導で制度化し、事前にルールを決めておくことは重要である。

司令塔機能を考える上では、災害対策との対比も役立つのではないだろうか。2001年の省庁再編では、総合調整機能にとどまっていた国土庁(現国土交通省)の防災部門が内閣府に移管されたことで、首相や担当相のリーダーシップが振るいやすい環境になり、南海トラフ地震や首都直下地震、富士山噴火などの防災対策が省庁横断的に進んだ。

さらに災害時の対応に関しても、政府内で防災訓練を定期的に実施するとともに、関係省庁が連携して応援人員の確保、支援物資の手配などを進められる経験値が政府内に蓄積されている。このため、新興感染症への対応に関しても、内閣官房や内閣府に同様の組織を設置する方策が考えられるだろう。

ただ、地震や水害が起きた時には、国土交通省の地方整備局などが現場で対応に当たることが多いのに対し、厚生労働省は直轄で手足となる部署を有しておらず、現時点では新興感染症について、災害対策と同じ対応を期待しにくい。実際、コロナ禍の初期に大規模感染が起きた豪華客船「ダイヤモンド・プリンセス号」への対応では、厚生労働省の政務三役が自らの人脈で専門家派遣を要請する一幕があった46

そこで、司令塔となる組織の機能としては、官民の専門人材や対応可能な医療機関、医療機材の備蓄などを事前に把握した上で、有事の際には人材派遣や広域調整などの方法を通じて、都道府県を支援することが考えられる。その際には、ダイヤモンド・プリンセス号への対応などで活躍した厚生労働省が所管する「災害派遣医療チーム(DMAT)」に加えて、国土交通省の「緊急災害派遣隊」(TEC-FORCE)など他省庁による組織の運用も参考になるだろう。

中でも、重要なのは情報の集約と考えられる。有事に対応できる病床、専門人材、機材などの情報をデジタル化した上で、感染症対策を現場で司る都道府県や保健所から情報を集約したり、逆に国から現場に情報を共有したりする役割が求められる。この点に関しては、19世紀イギリスの思想家、ジョン・スチュワート・ミルによる「情報の集中、権力の分散」47という格言と符合する。
 
46 ダイヤモンド・プリンセス号への対応では、現場に入った当時の厚生労働省副大臣による橋本岳(2021)『新型コロナウイルス感染症と対峙したダイヤモンド・プリンセス号の四週間』日本公衆衛生協会。
47 John Stuart Mill(1861)“Considerations on Representative Government”[水田洋訳(1997)『代議制統治論』岩波文庫)pp369-370]では「権力は地方に分散されていいが、知識はもっとも有益であるため、集中されなければならない」と記されている。
4|有事と平時の両立
中長期的な視点として、有事と平時の両立という問題がある。具体的には、有事に備えて「国の関与」を強化しても、平時には分権化の方向性が求められている点を意識する必要がある。

実際の問題として、両者の仕組みが違い過ぎると、有事に備えるための人員・予算を確保するコストが必要以上に掛かってしまう可能性があり、現場が機能しない危険性を伴う。このため、平時の改革は都道府県に担ってもらう一方、有事の際には国の司令塔が都道府県をバックアップするような責任関係が必要になると考えられる。この点については、今回の対応の教訓として、「感染症対応への権限と責任を明確化」を挙げる意見と符合している48。その際には平時モードから有事モードに切り替える際の判断基準なども一定程度、事前に示す必要もありそうだ。

有事と平時の両立という点では、都道府県が策定する医療計画、あるいは医療提供体制改革で重視されている地域医療構想との整合性を取る必要もある49

まず、地域医療構想と新型コロナウイルス対応を比較すると、前者は病床削減の要素を持つ一方、後者は病床を確保する必要があり、「地域医療構想を止めるべきだ」という意見が一部にある。実際、地域医療構想の病床推計では感染症対応が意識されておらず、厚生労働省が示した2015年に示した「地域医療構想策定ガイドライン」でも、「感染症」の文言は僅かに2回登場するだけである。さらに、各都道府県の地域医療構想を見ても、今後の施策の方向性や現状分析に関して、感染症対策や新型インフルエンザに言及したのは9都府県に過ぎず、地域医療構想の病床推計の前提が覆った面はある。

しかし、将来的な人口減少を踏まえると、病床はスリム化する必要がある。さらに、両者には相違点だけでなく、共通点もある。例えば、地域医療構想では急性期病床で入院した患者が治癒した後、リハビリテーションなどに力点を置く回復期病床に転院させ、さらに自宅を中心とした在宅医療までカバーする医療機関のネットワーク化が意識されている。

これに対し、新型コロナウイルスへの対応でも、治癒した重症患者を中等症、軽症者の病棟に移す転院調整が焦点となっており、両者には共通点があるこのため、医療計画(地域医療構想を含む)の推進主体である都道府県としては、有事と平時の両立を普段から意識する必要がある50

例えば、現在は図1の通り、1,000床の地域、地域医療構想の病床推計では2025年時点で750床になる地域を仮定する。こうした地域では「250床程度をどう削るか」という点が議論されがちだった。ここに新型コロナウイルスへの対応で医療が逼迫し、1,400床が必要になれば、地域医療構想に関する調整はストップせざるを得ない。これが現在、多くの地域で起きている事象である。
図1:感染症を織り込んだ地域医療構想見直しのイメージ
しかし、将来の人口減少を踏まえると、1,000床や1,400床を維持または確保するのは明らかに過剰である、一方、地域医療構想の病床推計は新興感染症への対応を想定していない。このため、例えば50床程度のバッファーとなる病床を地域レベルで確保し、有事に備える対応が必要になる。

実際、政府は2021年の通常国会で医療法を改正し、都道府県が策定する医療計画に新興感染症を位置付けることにした。このため、都道府県は2024年度にスタートする次期計画策定に向けて対応が求められる。その際には都道府県に「丸投げ」するのではなく、国としても必要なデータの提供に加えて、引き上げられた消費税収を充当している「地域医療介護総合確保基金」などを通じた財政支援も検討する必要がある。

さらに、医療機関の役割分担に向けて、都道府県が音頭を取るような形で、医療機関同士の連携を強化する対応が必要になる。その際には先に触れた通り、都道府県と医療機関が対等な関係で結ぶ契約制度を活用することで、感染症への対応に関する予見可能性を高めつつ、民間医療機関の公共性を高める方法が考えられる。

このほか、医療機関同士の連携を促す「医療情報連携ネットワーク(EHR)」などデジタル技術に加えて、「連携以上、統合未満」の形で連携する「地域医療連携推進法人」などの枠組みを活用することで、地域全体でネットワークを確立して行く方法も想定される。

こうした連携強化は2022年度診療報酬改定でも一つの論点となり、新興感染症への対応に関して、医療機関同士の連携を促す加算が多く設けられた51。今後、平時で培った関係を有事で、有事の蓄積を平時で生かすような連携が現場で求められる。
 
48 砂原庸介(2020)「中央政府と地方自治体」アジア・パシフィック・イニシアティブ編『新型コロナ対応・民間臨時調査会調査・検証報告書』ディスカヴァー・トゥエンティワンp371。
49 この点については、2021年10月26日「世界一の『病床大国』でなぜ医療が逼迫するのか」を参照。
50 ここでは詳述しないが、保健所を所管する政令市、中核市、東京特別区と、都道府県の関係も整理する必要がある。
51 2022年度診療報酬改定における新興感染症対応に関しては、2022年5月16日拙稿「2022年度診療報酬改定を読み解く(上)」を参照。
5|通知依存の見直しを
数多く発出(乱発?!)されている通知の整理も必要と考えられる。現時点では、厚生労働省が自治体に多くを頼らざるを得ないにしても、通知に頼り過ぎるのも問題が多い。

そこで、例えば国一律で実施しなければならない施策は法律、政令、省令に位置付けることで、自治体を拘束する必要もある。さらに先に触れた通り、法定受託事務に関する通知は一定の拘束性を有するため、この旨を自治体に明示した上で、地域の実情に応じて判断しても良い方針を追記すれば、ある程度は国の考え方や責任が分かりやすくなるのではないか。それと同時に、国の基準と異なる判断を下した場合、議会や住民に対する自治体の説明責任も問える効果がある。

10――おわりに

10――おわりに

本稿は新型コロナウイルスへの対応に関連し、「国の関与」強化を困難にしている構造として、「民間中心の提供体制」「分権的な構造」の2つを取り上げた。今後も同様の新興感染症が起きる可能性は高く、国家・社会の危機に備えて、医療提供体制に対する「国の関与」を一定程度、強化する必要があるが、本稿の記述を通じて分かる通り、医療提供体制における国の役割は決して大きくない。このため、一口に「国の関与」を強化すると言っても、それほど簡単には進みにくい構造がある。

さらに、平時モードでは地域医療構想など都道府県を中心に、地域の実情に対応するための提供体制改革が進んでいる点を踏まえると、闇雲に「国の関与」を強化したり、機構をいじったりしても、本質的な解決に繋がるとは考えにくい。平時との両立を含めて、有事に現場が「作動」するような制度改正を意識する必要がある。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
本稿の脱稿後、「国の関与」強化に絡んで新たな動きがあったので、簡単に追記したい。

岸田首相は2022年6月16日、新興感染症に備えるための組織として、内閣官房に「内閣感染症危機管理庁」を設置することを表明した。これは自民党総裁選で岸田首相が掲げた公約の具体化に当たる。

同時に、▽厚生労働省に感染症対策部を設置、▽国立感染症研究所と国立国際医療研究センターの統合――といった機構改革を進める方針も打ち出された。

このほか、提供体制の拡充に関しても、国や自治体が病院などの医療機関と事前に協定を結び、感染症の流行時に病床確保を指示できるようにするなど、平時から必要な医療提供体制を確保する制度の創設も盛り込まれた(公立・公的などは協定締結を義務化)。

その後、政府の新型コロナウイルス感染症対策本部が6月17日、こうした方針を正式に決定した。

こうした動きは本稿と相当な部分で重複しており、本稿で指摘した「国の関与」強化を妨げる2つの要因(民間中心の提供体制、分権的な構造)の解消を目指す制度改正と言える。

ただ、後藤茂之厚生労働相は6月17日の記者会見で、民間医療機関との協定に関し、「今後、具体的な対応を検討する」と述べるにとどめており、効果は限定的になる可能性もある。政府は早ければ臨時国会に関連法案を提出するとしており、どこまで2つの限界をクリアできるか、詳細な制度設計が注目される。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2022年07月20日「ニッセイ基礎研所報」)

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