2022年07月20日

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因を考える

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

文字サイズ

1――はじめに~「国の関与」が困難な2つの要因~

2021年9~10月に実施された自民党総裁選や総選挙では、新型コロナウイルスへの対応策の一環として、医療提供体制の充実が焦点となった。中でも、2021年に起きた「第4波」「第5波」のように病床が逼迫した場合、国が医療機関に対して、病床や医療従事者の確保を命令・勧告できる権限の強化が話題になった。この問題は現在もくすぶっており、筆者も一定程度の「国の関与」の強化は必要と考えている。

しかし、言うほど問題は簡単ではない。例えば、医療提供体制の強化に際しては、医師・看護師など専門人材を揃える必要がある上、現場や行政における専門性や経験値も重要になる。

このため、制度の在り方を考える上では、「制度をどう設計するか」という点だけでなく、「制度をどう機能させるか」という視点も必要になる。その結果、医療制度改革は過去の経緯に引っ張られる面があり、医療提供体制における「国の関与」を考える上でも、(1)民間中心の提供体制、(2)分権的な構造――という2つの構造的な要因を意識する必要があると考えている。

そこで、本稿では「国の関与」を強化する際の方向性や論点を整理する。前半では自民党総裁選や総選挙の公約など、医療提供体制に関する「国の関与」強化を巡る政治サイドの議論を取り上げる。その後、医療制度改革や行政制度に関する歴史の考察を通じて、「国の関与」を困難にしている2つの要因として、「民間中心の提供体制」「分権的な構造」を明らかにする。その上で、医療機関との契約制度の創設や国の司令塔機能など、考えられる制度改正の方向性を論じる1
 
1 本稿は2021年10月20日、11月8・17日発行「研究員の眼」を加筆・修正した。その際、2022年5月末までの動向を反映した。

2――医療提供体制に対する「国の関与」強化論議

2――医療提供体制に対する「国の関与」強化論議

1自民党総裁選における議論
まず、医療提供体制に対する「国の関与」に向けた政治サイドの論議を見る2。2021年9月29日に実施された自民党総裁選では、新型コロナウイルス対策の一環として、逼迫する医療提供体制に対するテコ入れ対策が争点の一つとなり、総裁選で勝利した岸田文雄氏の公約では、▽国主導による臨時の医療施設の開設や大規模宿泊施設の借り上げ、▽国公立病院の重点病院化、▽発熱患者や自宅療養者については、地域の開業医の積極的な診療を通じたアクセス改善――などが短期的な施策として言及されていた。

さらに、中長期的な視点に立った感染症への対応策としても、▽人の流れの抑制や医療資源確保に向けて、国・自治体が強い権限を持てるための法改正、▽公衆衛生上の危機発生時に、国・地方を通じた強い司令塔機能を有する「健康危機管理庁(仮称)」の創設、▽臨床医療、疫学調査、基礎研究を一体的に取り扱う「健康危機管理機構(仮称)」の創設――などを列挙。岸田氏は病床の確保策について「平時から診療報酬等の加算を行い、緊急時には半強制的に協力してもらう。応じなければ、罰則も考える。こうした仕掛けを平素から作っておく」と述べた。

このほかの候補についても、河野太郎氏は自衛隊の力を使って臨時病院を速やかに作れるようにすると発言。総裁選後、自民党政調会長に就いた高市早苗氏は「国や自治体が医療機関に病床確保を命令できる法案を次期通常国会に提出すると明言したほか、野田聖子氏も軽症、中等症の人の重症化を防ぐ病床の整備に触れていた。

その後、首相に就いた岸田氏は2021年10月の施政方針演説で「司令塔機能の強化や人流抑制、医療資源確保のための法改正、国産ワクチンや治療薬の開発など、危機管理を抜本的に強化します」と表明3。厚生労働相に就いた後藤茂之氏も就任インタビューで、「もう少ししっかりとして医療提供体制の整備が可能になるような仕組みを検討する必要がある」と述べた4
 
2 自民党総裁選に関しては、各候補のウエブサイトに加え、2021年9月23日『共同通信』配信記事。
3 2021年10月8日、第205回国会衆参両院本会議における岸田首相の施政方針演説。
4 2021年10月8日『朝日新聞デジタル』配信記事。
2|岸田氏の演説や与野党の公約
その後に実施された総選挙でも、各党は医療提供体制の充実や国の権限強化を競うように公約で盛り込んだ。関係する部分を抽出すると、単独で絶対安定多数を獲得した自民党は「『医療難民』を出すことがないよう、国・地方公共団体に与えられた権限をフル活用し、病床や人材確保に全力で取り組みます」「司令塔機能の強化など、公衆衛生分野の危機管理能力を抜本的に強化します」という文言を盛り込んだほか、医療提供体制の確保に向けた方策についても、「行政がより強い権限を持てるための法改正」に言及した。

自民党と連立政権を組む公明党も「感染拡大時でも『医療崩壊』を招かないよう、より強力な司令塔のもと、医療機関の役割分担や連携強化、病床や宿泊療養施設と医療従事者の確保などを迅速に行える体制をつくります」という文言を総選挙の公約に盛り込んだ。

これに対し、野党の立憲民主党も「国が、病床などの確保に主体的・積極的に関与し、責任を持ちます」「つぎはぎだらけで混乱している感染症対策の体制と権限を、総理直轄で官房長官が担当する司令塔へと直ちに再編・集約します」という文言を公約に入れた。このほか、共産党は感染症病床や救急・救命体制に関する国の予算を2倍にする方針、日本維新の会はアメリカのCDC(疾病予防管理センター)に倣った組織を首都圏と関西圏に整備する考え、国民民主党は国立病院・地域医療機能推進機構の患者受入拡大と民間病院の受入指示法制化、日本版CDCの創設、れいわ新選組は「国の責任で医療体制を拡充」などをそれぞれ公約で言及した。

さらに、岸田政権が発足する直前の政府決定でも「国の関与」を強化する方針が盛り込まれた。具体的には、2021年9月に開催された政府の新型コロナウイルス感染症対策本部では「新型コロナウイルス感染症に関する今後の取組」が決定され、「国や自治体が迅速に必要な要請・指示をできるようにするための法的措置について速やかに検討」という文言が入った。

その後、議論は一旦、沙汰止みになったが、国や都道府県の権限強化に向けて感染症法改正を検討する方針とか5、関係省庁の司令塔となる「健康危機管理庁(仮称)」の創設を検討する動き6が報じられるなど、「国の関与」強化は引き続きキーワードとなっている。
 
5 2022年5月11日『読売新聞』。
6 2022年5月31日『読売新聞』。
3|普段は地味な分野なのに…
このように医療提供体制の在り方がクローズアップされている状況について、医療制度改革の議論を普段からウオッチしている筆者は「普段は地味な話なのに、こんなに政治の檜舞台で注目されるなんて…」という意外感を持っていた。

例えば、2019年の自民党参院選公約における医療の言及を見直すと、「小児・周産期・救急医療の確保」が「人生百年社会」の文脈で書かれている程度。それ以外は小さな字で、大勢の一つの分野として、いくつかの施策が列挙されているにとどまっていた。それだけ新型コロナウイルスの影響を受けて、医療提供体制に対する国民の関心が高まったと言える。

こうした状況の下、メディアやインターネットでは、医療提供体制の在り方を巡って様々な議論が展開されるに至った。しかも、普段は医療制度をウオッチしていない評論家やジャーナリスト、研究者まで参入するようになった結果、「臨時病院をドンドン国主導で開設せよ」「国直轄で感染症対策を進めよ」などと大胆なアイデアも展開された。さらに、これらの意見は往々にして、「◎◎がサボタージュしている」「××が利権をむさぼっている」といった形でスケープゴート探しに傾いている感もあった。
4国の関与強化は唯一の答えなのか?
しかし、誰かを悪者にしつつ、「全て国が担えばいい」と主張しても、良い制度ができるとは限らない。実際、2020年度第3次補正予算の執行を巡り、「国の関与」強化論議が現場に混乱を引き起こす事例が見られた。

それは新型コロナウイルスに対応する医療機関を後押しする「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金(以下、包括交付金)」という財政制度で起きた。包括交付金は2020年度第1次補正予算で創設され、2020年度第2次補正予算まで都道府県で支給手続きを担っていた。

しかし、一部の都道府県で執行が遅れるなど、医療機関に対する交付にバラツキが出たため、2020年度第3次補正予算では包括交付金の一部の支給手続きについて、担当窓口が都道府県から国に切り替えられた。

この背景について、当時の菅義偉首相は国会答弁で、「医療機関へ支援が届いていないとの多くの指摘があって、原因を調べて早く支給するよう何度も厚生労働省に対して厳しく指示してきた」「国から自治体に対しては早い段階で交付されていたにもかかわらず、その自治体の担当部局の業務が過剰になっていて現場に届かない事案を踏まえて、国から直接執行する仕組みも取り入れました」と説明していた7

しかし、直接執行に切り替えた反動として、厚生労働省に郵送されたはずの申請書類の一部が行方不明になっていると報じられた8。こうした不可解なことが起きた一因として、デジタル化の遅れが挙げられる。それまでは医療機関が日常的に診療報酬などを受け取る際の窓口として使われている都道府県単位の「国民健康保険団体連合会(国保連)」のシステムを使っていたが、国の直接執行に切り替えた際、郵送で受け付けることにしたため、ヒューマンエラーが生まれてしまった。

さらに「都道府県で上手く行かないから国で」という制度改正は唯一の答えとはいえず、そうした単純な発想では現場が機能しない可能性も示唆している。具体的には、いくら制度を変えたとしても、行政はルールに沿って動くことが宿命付けられている以上、組織・定員、予算、システム、仕事のフローを簡単に変更できない。さらに現場を機能させる上では、スタッフの専門性や経験値も必要になるので、やはり現場で機能するような制度改正を意識する必要がある。

分かりやすく言えば、車や人の行進が急カーブするように医療制度は簡単に変えられない。むしろ、舵を切った大きな船がゆっくりと曲がるような形で、過去に拘束されつつ、制度を変更しなければならない難しさがある。
 
7 2021年2月8日、第204回国会衆議院予算委員会における答弁。一部答弁を簡略化。
8 2021年9月19日、『朝日新聞デジタル』配信記事。

3――経路依存性と作動学

3――経路依存性と作動学

こうした過去に拘束される構造を説明する際、経済学や歴史学、政治学、行政学などでは、制度の「経路依存性」(path dependence)という概念を用いる時がある。ここでは一般的な用例として、「過去に辿って来た道(経路)に依存する部分が大きくなる分、ドラスティックな改革が難しい」という意味で用いる。

念押しのために付言すると、これは「改革するな」「見直しが要らない」という趣旨ではない。新型コロナウイルス対策のような先例が通用しない案件に対しては、過去の経緯に囚われずに果断に見直しを講じることが必要だが、現場が機能するような制度改正を考える上では、過去との継続性を意識する必要もある。

このため、医療提供体制に対する「国の関与」を強化するにしても、経路依存性に留意する必要がある。例えば、現場の医療機関との接点が少ない厚生労働省(出先機関の地方厚生局を含む)に対して、都道府県から国に権限を「逆移譲」しても、包括交付金の支給手続きの遅れに見られる通り、現場が機能するとは限らない。

増してや、ルールに拘束される行政の仕組みを変える際には法律や予算を変える手続きが必要になるため、「地方が機能しないから国で」という短兵急な考え方は新型コロナウイルス対策に奔走している現場を混乱させてしまう危険性さえ想定される。

以上のような形で、新しい制度に移行した後の円滑な運用を意識する考え方として、一部では「作動学」と呼ぶ議論もある9。つまり、「どう改革を進めるか」という思考実験を重視する「改革学」ではなく、現場での運用や円滑な移行を意識する意見である。

この観点で見ると、「国の関与」強化に関しても、「どう国の関与を強化するか」という議論だけでなく、「現場が機能(作動)するように、どうやって国の関与を強化するか」という観点が欠かせないことになる。この点を意識しない限り、威勢の良い議論に傾く「外野」と、目の前の事態に対応しなければならない現場の間の大きなギャップは解消されないであろう。
 
9 牧原出(2018)『崩れる政治を立て直す』講談社現代新書pp30-35。

4――2つの構造的な限界を示した岸田氏の発言

4――2つの構造的な限界を示した岸田氏の発言

では、経路依存性と作動学を踏まえると、医療提供体制に対する「国の関与」を巡り、どんな構造的な限界が見えて来るのだろうか。その構造については、2021年10月の記者会見における岸田氏の発言で見て取れる10

岸田氏は解散総選挙に臨む会見で、夏の2倍程度の感染力にも対応可能な医療体制を作る方針を掲げつつ、必要な病床確保を含めた「保健・医療提供体制確保計画」の策定を都道府県に要請するとともに、国立病院などに対する「要求」や大学病院などへの要請などに取り組む考えを示した。こうした方策は直後に開催された政府の新型コロナウイルス感染症対策本部でも確認された。

一方、短期的に対応できる施策の限界を示しているとも言える。第1に、国の権限行使が国立病院に限られているため、病床数の半数を占める民間医療機関に対して手を付けにくい構造である。第2に、都道府県を介して病床確保を促さなければならないという限界も示している。実際、新型インフルエンザ対策等特別措置法は都道府県に対応を委ねており、厚生労働省が直轄で関われる範囲は限られている。言い換えると、中長期的に「国の関与」を強化する上でも、こうした経路依存性を意識しつつ、現場が機能(作動)する方策を考える必要がある。

以下、「国の関与」の強化が困難な要因として、「民間中心の提供体制」「分権的な構造」の2つの構造と論点を順に取り上げる。
 
10 2021年10月14日岸田首相記者会見。
Xでシェアする Facebookでシェアする

保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

公式SNSアカウント

新着レポートを随時お届け!
日々の情報収集にぜひご活用ください。

週間アクセスランキング

レポート紹介

【医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因を考える】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因を考えるのレポート Topへ