2022年03月30日

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(6) 枯れた技術を当面の地域課題の迅速な解決のために使い倒すことは社会的意義が高い
このように我が国では、自動運転移動サービスの領域において、必ずしもAIを搭載しない遠隔型自動運転システムの実用化が国を挙げて急がれている。AI・自動運転の先進国である米国と中国では、自動車メーカーや巨大デジタル・プラットフォーマー、スタートアップなどが、ロボタクシーなど自動運転サービスカーに頭脳として搭載するAIモデルの精度向上のために、実走行試験やシミュレーションを重ねて膨大な走行データ(学習データ)の収集に日夜しのぎを削って取り組み、AI主導のレベル4を目指す動きとは極めて対照的であると言えよう。

AI主導の自律型自動運転システムなど最先端テクノロジーのみにこだわらず、AIをあえて使わない遠隔型自動運転システムなど既存の成熟した「枯れた技術」を使い倒して活かし切り、路線バスなど公共交通の衰退に伴う自治体の財政負担(補助金)の増加、高齢者など移動弱者の増加、ドライバーの高齢化・人材不足といった、地域がまさに足下で直面している喫緊の交通課題の解決にできるだけ迅速にアプローチすることは、社会的意義が極めて高い。喫緊の社会課題の迅速な解決が目的であって、テクノロジーはそのためのツールであるため、課題解決に資する最適なテクノロジーであれば、最先端であろうと成熟化しているものであろうと問題はないからだ。実際、前述の永平寺町の事例での成果は、「電磁誘導線やICタグを用いた自動運転システムの有効性を示したことである。これらはAIや高性能センサーと違って、従来からある技術だが、車両の自己位置特定という自動運転に最も重要な機能を確実に果たすことができる。実際に、同町では実証実験中にドライバーが介入操作した回数も少なかった。調達コストも安いことから、今後、町内の他のエリアに敷設して、走行範囲を広げられる可能性もある」14

また、小木津氏が使っている「自動運転車の“頭脳”とも言えるコンピュータ、さぞかしハイスペックかと思いきや、『意外に皆さんのお持ちのPCとそれほど大きく差はなく、それよりも少し賢いくらいのコンピュータで自動運転はもう実現できるようになってきています』(小木津氏)。高性能なコンピュータを搭載しなくても自動運転が可能なのは、AIをあえて“使わない”選択をとったからだと言います」15。小木津氏も、最先端のコンピュータやAIを使わなくとも自動運転を実現することができ、地域課題の解決に果敢に挑むことができることを示してくれている。

既存の成熟したテクノロジーで実現する遠隔型自動運転システムは、最先端のAIシステムを搭載した自動運転システムに比べコスト優位性が非常に高いため、喫緊の地域課題を抱える自治体にとって導入に踏み切りやすい側面も大きい。
 
14 坊美生子「ジェロントロジー対談:過疎地において自動運転サービスは持続可能か~レベル3の最前線・福井県永平寺の取組みから」(下)ニッセイ基礎研究所『100Gerontology:Mobility』2021年10月1日にて指摘。
15 NHK サイエンスZERO(2021年1月10日放送)「2021年科学&技術を大予想SP」より引用。
(7) 最先端テクノロジーの研究開発は先進国の技術ポートフォリオに欠かせない
筆者は、我が国では、当面の地域課題解決のためにフル活用すべき枯れた技術に加え、「テクノロジードライバー」と位置付けるべき最先端技術を併せ持つことが、国レベルでの技術ポートフォリオ上、不可欠であると考える16。最先端テクノロジー分野に関わるイノベーションを、科学技術の発展ひいては中長期的な地球規模の課題解決に向けて先導することは、欧米とともに先進国としての我が国が産学官を挙げて取り組むべき責務、言わば先進国としての「国家の社会的責任」であり、また産学官の叡智を結集してそれに成功すれば、グローバル競争が激化する下で、結果として我が国の産業競争力の抜本的な強化を図ることにつながっていくと考えられる。我が国には、枯れた成熟した技術と最先端技術を併せ持つ、テクノロジーの「二刀流戦略」が求められるのだ。

技術的難易度が極めて高い最先端の研究開発のリスクに耐えうるだけの強い企業体力を有する日本を代表する大企業や、社会課題解決(=社会的価値創出)という「社会的ミッション」の実現に向けてハードルの高い研究開発に挑み、それをやり抜く気概を持つ起業家精神旺盛な企業など一部の選りすぐられた企業が、最先端テクノロジー分野に関わるイノベーションを担い主導することが求められる。最先端分野の研究開発については、個別企業での研究開発力や技術優位性を磨く自助努力に加え、国・政府系関係機関の競争的研究資金などによる産学官連携プロジェクトへの研究開発助成や、産学官連携促進の触媒機能を担うオープンイノベーションの拠点整備(後編にて後述)などの行政支援も強く求められる。

例えば、AI分野については、前述の通り、特化型AIが現在実用化の主流となっている一方、今は多くのブレークスルーがなければ実現しない汎用AI(AGI)についても、科学技術の進化のために、最先端のAI研究分野として一定の研究者が研究に取り組み続けることが重要である。

自動運転分野については、「レベル1~レベル4のいずれにおいても、その自動運転システムが機能すべく設計されている特有の条件であるODDが広いほど技術的な高度性が高く、言い換えれば、レベル4であっても、狭いODDのみで運転が自動化されるシステムであれば、技術的な高度性は相対的に低い。また、レベル5は、レベル4のうち、ODDの限定がない自動運転システムであると定義され、技術的レベルは非常に高い」17とされる。このため、自動運転分野では、最先端・高性能のAI・コンピュータ・通信技術を利活用した「広いODDでの完全自動運転システム(レベル4・レベル5)」がやはり最先端テクノロジー領域となろう。広いODDで人間の操作が介在しないレベル4以上の完全自動運転、とりわけレベル4からODDの限定を取り払ったレベル5という究極の目標への挑戦には、実現には困難が伴う「破壊的イノベーションの創出を目指し、従来の延長にない、より大胆な発想に基づく挑戦的な研究開発、いわゆる『ムーンショット』」18に果敢にチャレンジする強い使命感・気概・情熱を持って、高い志を成し遂げようとする確固たるスタンスが欠かせない。

現時点では、サービスカーでもオーナーカーでも自動運転の実用化段階は、限定された走行環境条件下ではレベル3、広いODD(オーナーカーが中心)ではレベル2に概ねとどまっているとみられる。中長期的には、長期間の実走行試験・シミュレーションを続けることで、システムの中核を担うAIの学習が日々進みAIにとって想定外の事象が減少していけば、技術的難易度は高いものの、広いODDでより高い運転自動化レベル(レベル4など)が徐々に可能となっていくだろう(図表4)。ただし、実世界では、いくら学習を重ねてもAIにとって想定外の事象がゼロにはならない19ため、最終的には、自動運転の安全性評価(自動運転による事故率がどれくらいの水準であれば安全とみなすのかという、安全水準の設定)と社会的受容性(本稿2|(2)および後編にて言及)の醸成の問題に収れんしていく、と考えられる。
図表4 自動運転システムの進化に向けたアプローチの在り方
 
16 筆者は、このような考え方を百嶋徹「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017 年3月31日にて提示した。
17 高度情報通信ネットワーク社会推進戦略本部・官民データ活用推進戦略会議「官民ITS構想・ロードマップ2019」2019年6月7日より引用。
18 内閣府ホームページ「ムーンショット型研究開発制度」より引用。
19 「AIのフレーム問題」と呼ばれ、AI研究の最大の難問と言われる。AIのフレーム問題に関わる詳細な考察については、百嶋徹「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日を参照されたい。
(8) 完全自動運転システムと運転支援システムの「二刀流」に挑むトヨタ自動車
米国で自動運転技術やAI技術などの研究開発を行うトヨタ自動車の子会社Toyota Research Institute(TRI)のCEO(最高経営責任者)であるギル・プラット氏20は、「レベル5の自動運転で必要になる完全性を実現するためには、何年もの機械学習や何マイルものシミュレーション・実走行によるテストが必要になるだろう」「米国で、レベル4以上の自動運転車が街中を走るクルマの多くを占めるには、数十年もの時間がかかる」21、「私たちもいつかはレベル5を達成できるかもしれないが、自動運転システムが抱える技術的・社会学的な難しさを甘く考えてはいけない」22と述べ、技術的・社会的側面から見た完全自動運転の社会実装の難しさについて、非常に真摯な姿勢で語っている。

このようにトヨタ自動車は、完全自動運転の難しさやその社会実装には極めて長期の期間を要することを十分に理解した上で、難易度の高い最先端のレベル4以上の完全自動運転システムである「ショーファー(Chauffeur:「運転手」を意味する)」の開発に果敢にチャレンジする一方で、この究極の目標に向かって取り組むプロセスにおいても、出来る限り多くの人命を極力早く救うことを追求しなければならいないとの認識の下で、当面の現実解として、人間が運転することを前提に広い走行領域に適用され得る、高度安全運転支援システムである「ガーディアン(Guardian:「守護者」を意味する)」の実用化・普及を急いでいる。

ガーディアンとショーファーに必要とされる周辺認識・制御技術は基本的に同じものであるため、システム自体の技術面の先端性・高度性(技術的レベル)は両者間で大きな違いはないとみられるが、ガーディアンは高度安全運転支援システムとして単独で搭載される場合、ドライバーが常に車のコントロールを行うことから、運転自動化レベルはレベル2に相当するとみられる23。トヨタ自動車が中長期のムーンショットとしてショーファーの開発に果敢に挑む一方で、当面の課題解決に向けてガーディアンの開発に同時並行で取り組むのは、同社の高い志・社会的責任意識に裏打ちされたものであり、自動運転技術の「二刀流戦略」の企業レベルでの先進事例として非常に高く評価できる。
 
20 TRIは2016年1月に米シリコンバレーに設立され、トヨタ自動車は2016年~2020年までの設立当初5年間で約10億ドルを投入する予定で、社員数は約200名規模の予定だった(設立発表時の想定)。ギル・プラット氏は、米国防総省の国防高等研究計画局(DARPA)で「ロボティクス・チャレンジ」のプログラム・マネージャーを務めたことでも知られる。同氏は、2020年6月よりトヨタ本体のChief Scientist and Executive Fellow for Researchを兼任している(2015年9月よりエグゼクティブテクニカルアドバイザー、2018年1月よりフェロー、2020年1月よりExecutive Fellow)。
21 トヨタ自動車株式会社ホームページ2017年1月5日「トヨタ・リサーチ・インスティテュート ギル・プラットCEO スピーチ参考抄訳(CESプレスカンファレンス)」より引用。
22 トヨタ自動車株式会社ホームページ2019年1月8日「CES 2019 トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)ギル・プラットCEO スピーチ参考抄訳」より引用。
23 トヨタ自動車では、ガーディアンが運転支援システムとして単独で搭載されるケース(レベル2相当)にとどまらず、レベル4以上の完全自動運転システム用の「冗長システム」(システムに障害が発生するケースに備えて、予備装置を配置・運用しておくもの)として搭載されるケースも想定している。
(9) 人間とデジタルテクノロジーが共生するコラボレーション型システムの重要性
小木津氏は、AIによる判断の自動化よりも、柔軟に思考し責任を持って判断できる人間の特徴を取り入れて、遠隔監視するオペレーターが介在しカバーする自動運転の仕組みを構築した方が有効性が高い、との考え方を我々との対談で示した。人間とデジタルテクノロジーが共生・協働する仕組み、言わば「コラボレーション型システム」を構築すべき、との考え方は、AIを含めたデジタルテクノロジーと人間の関係性や人間のテクノロジーへの向き合い方に関わる今後の在り方に、非常に有益な示唆を与えてくれる。

「AIは雇用を奪う」とのAI脅威論は、依然として根強い。一方、筆者は、「AIを活用した未来社会がどのようなものになるかを決めるのは、AIではなく、それを開発・進化させる科学者・開発者やそれをツールとして社会に実装・利活用する経営者など、人間自身であるはずだ。AIを単なる人員削減のための道具ではなく、『人間と共生する良きパートナー』と位置付けるべく、ビッグデータから人間では気付けない関係性やわずかな予兆を捉えるなど、AIにしか出来ない(=人間には出来ない)役割や、画像認識など既にAIが人間の能力を上回っている機能をAIに担わせるように、人間自身が強い意思を持って導くことが重要である」「AIは人間の労働を奪うのではなく、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるために利活用すべきである」「AIに関わる科学者・開発者や経営者には、AIの開発・実装において、このような明確な『哲学』や『原理原則』を強く持つことが求められる」と主張してきた24

人間が本来不得意な、あるいはAIが明らかに人間の能力を上回っている業務・タスク・活動・機能をAIに任せることで、人間は創造的活動など得意とする分野にできるだけ専念できる仕組み・環境を人間自らがデザインしなければならない。例えば、研究開発業務におけるAI活用(研究開発DX)を例にとって、「すべての研究開発業務をAIでシステム化できるわけではない。人間にはできない多様で膨大なビッグデータの網羅的・効率的な解析をAIに任せ、研究者・エンジニアは、合理性や常識にとらわれない創造性を発揮することやAIによる分析結果を参考に意思決定をすることで互いに得意分野を担い、研究開発の現場でAIが研究者・エンジニアの業務をしっかりとサポートし、人間とAIが協調・調和して業務を遂行できる『ハイブリッド環境』を実現することが望まれる」25と、筆者は指摘した。「ハイブリッド環境」は、「コラボレーション型システム」と言い換えてもよい。また、ここでの筆者の主張・指摘は、AIを含むより広い概念である「デジタルテクノロジー」についても成り立ち得ると考えられる。

デジタルテクノロジーは、決められた合理的なプロセスを高速で追求し続けることは得意だが、合理的プロセスから外れた偶発的な事象に対して臨機応変に対応することはできないし、小木津氏が人間の特徴・強味として挙げた、柔軟に思考したり責任を持って判断したりすることもできない。自動運転システムでも、遠隔監視型のように、人間とデジタルテクノロジーが互いに得意分野を担って共生・協働するコラボレーション型・ハイブリッド型の仕組みが大きな効果を発揮し得るのだ。また、遠隔監視者(自動運転オペレーター)という新たな専門人材の雇用創出にもつながり得る。

前出のトヨタ自動車の高度安全運転支援システム「ガーディアン」は、「人間の能力を置き換えるのではなく増大させるという考え方」で開発されており、「これから起こりうる事故を予測、ドライバーに注意を喚起し、ドライバーの操作と協調して修正制御を行う場合を除き、ドライバーは常に車のコントロールを行うことになり」、「人間と自動運転システムがチームメイトとしてお互いのベストの能力を引き出すようなシームレスで調和的な運転システムである」26。前述の通り、AIを含むデジタルテクノロジーは、人間の労働(ここではクルマの運転操作)を奪うのではなく、人間と共生する良きパートナーとして、人間の潜在能力を引き出し能力を拡張させるためのものであるべきだが、ガーディアンは、まさに人間の能力を拡張させるためのテクノロジーの先進事例だ。「人間(ドライバー)とガーディアン(運転支援システム)がチームを組む」との発想は、筆者が主張する「人間とデジタルテクノロジーのコラボレーション型・ハイブリッド型の仕組み(システム)」という考え方と一致する。

また、ギル・プラット氏は「自動運転の最も重要なメリットは、車を自動化させるということではない、ということです。そうではなく、ヒトが自立して自由に動き回れることだと考えます。自動運転とは、まず出来る限り多くの命を極力早く救えるようにし、かつドライビングをより安全に、しかし一方でより心を揺さぶるようなものにすることです」27と述べており、「自動運転で“Fun-to-Drive”(※運転する楽しさ)を目指している」28。「車の自動化が自動運転の最も重要なメリットではない」との指摘は、小木津氏の考え方と一致する。ガーディアンは全走行を通して、道路状況やドライバーの反応をドライバーに意識させずに見守るとともに、ドライバーのミスや弱点をカバーすることにより、ドライバーは、車を自分の体の延長のように自由にコントロールしているように感じるが、実際には、ガーディアンがドライバーに運転を教え、ドライバーをフォローしているのだという29
 
24 AIの利活用の在り方に関わる筆者の考え方については、拙稿「製造業を支える高度部材産業の国際競争力強化に向けて(後編)」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2017年3月31日、同「AIの産業・社会利用に向けて」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2018年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年3月29日、同「AI・IoTの利活用の在り方」『ニッセイ基礎研所報』2019年Vol.63(2019年6月)、同「自動運転とAIのフレーム問題」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2019年11月18日、同「イチロー引退会見に学ぶAI・IoTとの向き合い方」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年1月10日、同「人間とAIの共生を考える」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年3月25日、同「AIと研究開発DX」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年12月28日を参照されたい。
25 百嶋徹「AIと研究開発DX」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年12月28日にて指摘。
26 注22と同様。
27 注22と同様。
28 トヨタイムズ2019年8月2日「AI界のカリスマ、トヨタの自動運転を語る」より引用。ただし、(※ )は筆者による注記。
29 トヨタ自動車株式会社ホームページ2019年1月8日「CES 2019 トヨタ・リサーチ・インスティテュート(TRI)ギル・プラットCEO スピーチ参考抄訳」などを基に記述した。
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社会研究部

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

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【自動運転の社会実装に向けて(前編)-前橋市・群馬大学の取組事例からのインプリケーションを中心に】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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