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医療提供体制に対する「国の関与」が困難な2つの要因(中)-「財源=官」「提供=民」という状況での限界

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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3――コロナ禍における民間医療機関への対応
しかし、今年1月頃から「民間医療機関の受け入れが不十分ではないか」という批判が強まりました。医療逼迫への対応策として、2020年4月に成立した第1次補正予算以降、医療機関を支援する「新型コロナウイルス感染症緊急包括支援交付金」(以下、交付金)を兆円単位で投入したり、重症患者を受け入れるICU(集中治療室)の診療報酬を大幅に引き上げたりしているにもかかわらず、新型コロナウイルスの患者を受け入れない民間医療機関に対する風当たりが強くなったわけです。
例えば、厚生労働省が2021年1月時点で「急性期病棟を有している」と報告している4,297医療機関に対し、「新型コロナウイルス患者の受け入れが可能かどうか」を確認したところ、「受入可能」と表明している公立は73.2%、日赤などの公的等は85.0%に上った一方、民間は26.3%にとどまっていました。確かに「受入可能」と表明した病院がどれだけ新型コロナウイルスの患者を受け入れたか、その実績を開設者別に見ると、公立が85.7%、公的等が94.7%に対し、民間は87.4%であり、全ての民間病院が消極的だったわけではありませんが、公立、公的等と比べると、民間病院の受け入れが不十分だったことは事実です。
そこで、新型コロナウイルスへの対応では、いくつか動きがありました。まず、大阪府は2020年12月、新型インフルエンザ対策等特別措置法に基づき、コロナ患者の受入実績がない約110カ所の2次救急病院に協力を求めましたが、80病院が未回答または受け入れ困難という回答だったため、2021年1月には府病院協会と府私立病院協会に対し、一般病床200床以上の規模の病院に絞って病床確保を要請しました11。
次に、今年の通常国会で感染症法が改正され、国・自治体が医療機関への協力要請を「勧告」に強めるとともに、正当な理由がなく応じない場合、厚生労働相や都道府県知事が機関名を公表できるようにしました。これを基に、奈良県が2021年4月に初めて協力を要請したほか、札幌市、茨城県、大阪府、静岡県などが続き、国と東京都も8月に協力要請に踏み切りました12。
しかし、当時の厚生労働相の田村憲久氏が改正感染症法の審議に際して、「あくまでも協力を中心に」と答弁していた13通り、国や自治体が強権を振るうような展開は想定されておらず、受け入れない医療機関の名称も公表に至っていません。
11 2021年1月27日『毎日新聞』。
12 改正感染症法に基づく病床確保の要請に関しては、2021年9月2日『朝日新聞デジタル』配信記事、8月31日『東京新聞』、8月25日・6月2日『日本経済新聞電子版』配信記事、8月24日『毎日新聞』、8月2日『静岡新聞』、5月14日『北海道新聞』、4月16日『読売新聞』を参照。
13 2021年2月3日、参院内閣委員会・厚生労働委員会連合審査会における答弁。
では、なぜ国は権限の行使に及び腰なのでしょうか。あるいは国が自治体に対して、権限行使を強く迫るような方策が取られないのでしょうか。この理由として、民間病院の慎重姿勢には相応の事情がある点が考えられます14。まず、新型コロナウイルスへの対応では、一般の外来や入院をストップせざるを得ないため、二の足を踏む民間病院が多いと理解されています。さらに、病床を回せる医師や看護師などのスタッフは有限であり、病床を確保できたとしても有効に機能しない点も見逃せません。
このほか、民間病院の規模が小さく、新型コロナウイルスの患者を受け入れる構造・設備を有していない問題もあります15。現場の情報を総合すると、医療必要度の高い新型コロナウイルスの患者を受け入れる上では、陽性者と非陽性者を分ける動線確保やゾーニング、4~6人ほどの医師・看護師によるチームが必要とされています。さらに新型コロナウイルスの特性として、軽症者が短期間に悪化する危険性があるため、状態悪化に備えた健康観察も欠かません。このため、新型コロナウイルスの患者を受け入れる上では、一定規模の病院でないと対応しにくい面があります。
実際、新型コロナウイルスの患者受け入れを決断した民間医療機関の経営者に対するインタビュー16を見ると、ゾーニング工事や職員研修、既存病床に入院している患者の転院調整などで、計43日を要したとのことです。
こうした構造上の問題については、民間医療機関の規模を見ても理解できます。その一例として、『医療施設調査』を基に「200床未満」の病院がどれだけ各開設者に占めるか、そのシェアを見ると、国は7.0%、公立は23.1%、公的は13.8%にとどまるのに対し、民間の医療法人は53.3%を占めています(2019年10月1日現在)。さらに、先に触れた厚生労働省の公表資料によると、「急性期病棟を有している」と報告している医療機関のうち、200床未満は公立で48.9%、公的等で17.8%であるのに対し、民間は82.6%に上ります。一方、400床以上の病院については、公立で21.5%、公的等で43.3%であるのに対し、民間は2.6%にとどまっています。
その結果、論理的には「病院の再編や統合が必要」という結論になるわけですが、民間医療機関には営業の自由が担保されている以上、繰り返し述べている通り、国や自治体は民間医療機関の統廃合を命令できませんし、住民や関係者の理解を得るには時間を要します。厚生労働相だった田村氏が「法律や罰則があるから、ベッドができるという話ではない」「短兵急にやると後で問題が出てくる」とクギを刺していた17のは、こうした事情を考慮したためと思われます。
さらに、日医の慎重姿勢も理由として考えられます。日医の中川俊男会長は改正感染症法の審議に際して、「いきなり勧告がなされ、それに従わない場合はその旨を公表するという仕組みを導入することは容認できない」と牽制しました18。さらに日医の抗議を受けて、厚生労働相だった田村氏が「互いの信頼の下で」と説明するに至った一幕も報じられています19。民間医療機関としては、国家による強権的な介入を避けたいという事情は一定程度、理解できます。
こうした状況の下、厚生労働省としては、ワクチン接種や発熱外来への対応などで地元医師会や開業医の協力を仰いでいる以上、日医の反対を押し切ってまで強権発動に踏み切りにくい環境があると考えられます。以上のような実情を踏まえると、単に日医や民間医療機関を「悪者」と批判しても、現場で頑張っている医師や専門職の士気を削ぐ危険性さえ想定され、効果的とは言えないような気がします(もちろん、全ての医療機関、医師を弁護するわけではありませんが)。
14 民間病院の受け入れが少ない理由に関しては、2021年4月16日『朝日新聞』デジタル配信記事、1月29日『毎日新聞』、同年1月26日『毎日新聞』。
15 この点は別の原稿でも考察した。2021年10月26日「世界一の『病床大国』でなぜ医療が逼迫するのか」を参照。
16 2021年4月12日『日経ヘルスケア』配信記事における医療法人成和会副理事長兼COOの樋口昌克氏に対するインタビュー。成和会が運営する北大阪ほうせんか病院では、2021年2月から軽症者・中等症者向けとして、280床のうち48床を新型コロナウイルスへの対応にシフトさせた。
17 2021年9月27日『読売新聞』。26日のNHK番組における発言。
18 2021年1月20日『m3.com』配信記事。同日の定例記者会見における発言。
19 2021年2月27日『読売新聞』。
4――制度改正の方向性
その一環として、厚生労働省は2021年10月、国立病院機構と地域医療機能推進機構に対し、新型コロナウイルスの患者向け病床を2割以上増やすように、それぞれの根拠法に基づいて初めて要求しましたし、こうした対応は今後も必要と思います。
さらに新型インフルエンザ対策等特別措置法に基づき、国が音頭を取る形で、大阪府が開設した臨時病院のように、自宅療養の患者を受け入れる施設を整備する方策も考えられるかもしれません(ただし、この場合でも医療スタッフの確保という難題があります)。
中長期的な方向性としては、地域医療構想の推進を含めた医療提供体制改革が必要になりますが、こちらは推進主体である都道府県を中心とした施策になるので、(下)で詳しく述べたいと思います。
このほか、民間医療機関の公共性を高める観点に立ち、既存の枠組みから踏み出す形で、契約制度の活用も想定できると考えています。例えば、保険医療機関を指定している国、あるいは地域医療構想を推進する都道府県が医療機関と契約を交わすことで、新興感染症への対応など政策的な医療について公的な責任を担保する一方、必要に応じて財政支援するようなイメージです(筆者の意見では、現場に近い都道府県を契約主体にする方が現実的とは思います)。
このように書くと、現行制度から飛躍したような印象を持つかもしれませんが、公的医療保険制度は契約で成り立っていることを踏まえる必要があります。通常、病院や診療所が公的医療保険制度に基づいてサービスを提供する際、厚生労働相から保険医療機関としての指定を受ける必要があります。さらに厚生労働相から保険医療機関の指定を受けると、保険医療機関は療養を給付、つまり医療サービスを提供しなければならず、保険者(健康保険組合など保険制度の運営者)は療養の給付に対して診療報酬を支払う義務が発生します。以上のようなサービスや報酬の流れについて、社会保障法の研究では契約行為の現われと見なしています20。このため、制度の原理から考えると、それほど契約の考え方が乖離しているとは思えません。
もちろん、現行制度は必ずしも上記の考え方に沿って運営されておらず、例えば保険医療機関の指定に際しては、それぞれの医療機関や診療所、保険者が契約を結ぶことは難しいと判断されており、国が一括して保険医療機関を指定しています。
しかし、新型コロナウイルス対応の病床確保を急ぐ都道府県の動きに対し、民間病院の間では「『無理な要請はしないでください』と(注:知事に)お願いしています」といった声が出ている21点を踏まえると、単に「国の関与」を強化するだけでは実効性を確保できるとは思えません。
そこで、中長期的な視点に立つと、対等な立場で交わされる契約制度を活用すれば、制度運営の予見可能性を高めつつ、今回のような新興感染症にも一定程度、備えられると思われます。さらに、民間医療機関の公共性を高めることで、「財源=官」「提供=民」という状況を部分的に修正できると思います。
20 公的医療保険と契約の関係については、石田道彦(2009)「医療保険制度と契約」『季刊・社会保障研究』Vol.45 No.1を参照。
21 2021年5月1日『m3.com』配信記事における茂松茂人大阪府医師会長の座談会における発言。
5――おわりに
こうした限界を踏まえつつ、「財源=官」「提供=民」という状況を部分的に手直しする上で、契約制度の導入なども必要と考えられます。(下)では、「国の関与」強化を困難にしている構造として分権的な制度に着目した上で、国と地方の関係とか、国の司令塔機能の在り方などに関して、制度改正の方向性を考察したいと思います。
(2021年11月08日「研究員の眼」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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