2021年04月27日

高齢者の移動支援に何が必要か(上)~生活者目線のニーズ把握と、交通・福祉の連携を~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3介護保険制度における取り組み
先に述べた「介護予防・日常生活支援総合事業」の訪問型サービスDを活用した移動支援について、総じて見ると市町村のスタンスは積極的と言えない。厚生労働省の委託調査27によると、2020年度現在、介護保険財源を用いて移動支援の取り組みに補助を行っているのは62市町村であり、回答した1,739市町村のうち3.6%に過ぎない。しかも、この割合は過去3年で殆ど増えておらず、2018年度は2.4%、2019年度は3.0%だった。このため、当初に意識されていた「担い手」の拡大がほとんど実現していないと言わざるを得ない。

さらに、現在サービスを実施していない1,677市町村に対し、今後の実施方針を尋ねた設問を見ると、移動支援については、「今後は増やす」が2.4%、「検討中」が13.4%、「現状を維持する」が39.4%、「検討しておらず未定」が38.8%であり、必ずしも前向きとは言えない傾向が見て取れる。

同様の傾向は3―2|で述べた厚生労働省の調査でも把握できる。具体的には、総合事業を活用するなどして、高齢者等への移動支援や送迎サービスが「既にある」「実施することが概ね決まっている」と回答した市町村は19%、「具体的な予定はないが、検討している」は25.9%にとどまり、「検討はしていない」が48.7%となっていた。多くの市町村が移動支援施策の必要性を認識しているものの、必ずしも移動支援策が広がっていないと言える。
 
27 NTTデータ経営研究所(2021)「介護予防・日常生活支援総合事業及び生活支援体制整備事業の実施状況に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)。

5――これまでの取り組みにおける課題

5――これまでの取り組みにおける課題

以上、移動支援が問題になっている背景や国・自治体の取り組みを考察したが、これまで公共交通が衰退してきたのは、モータリゼーションや人口減少などの外部要因だけではなく、交通事業者や行政にも、移動ニーズの把握と、住民の生活に照らし合わせてサービスを見直す生活者目線が不足していた面があるのではないだろうか。

国土交通省が設置した「地域公共交通の活性化及び再生の将来像を考える懇談会」は、2017年7月にまとめた提言の中で、「モータリゼーションの進展や、勤務形態の多様化等のライフスタイルの変化、少子化による学校の統廃合等の地域社会の変化といった、公共交通の需要に影響する社会の変化に、地域公共交通が充分に対応しきれなかったため、利用者が減少してきた」と指摘している。例えば、▽地域の住宅や施設の立地状況などが変化しても、交通事業者が従来通りの路線図や時刻表を維持していた、▽乗降客が減少したにも関わらず、長大な経路を維持して非効率運営を招いた――といった事象が起きていなかったかどうか検証が必要であろう。そのためには、交通事業者自身が乗降データを収集しているか、あるいは収集しても分析できているのかどうか、見直す必要があると考えられる。

活性化再生法制定以降、地域公共交通の旗振り役になることが期待された市町村についても、積極的な姿勢が望まれる。2014年8月に取りまとめられた交通政策審議会(国土交通相の諮問機関)交通体系分科会地域公共交通部会の最終とりまとめでは、「公共交通の必要性に対する認識が乏しい、計画策定のノウハウが無い、地域公共交通の維持・改善は民間事業者の役割であるとの認識が依然として根強い等の理由で、連携計画の策定に消極的な市町村も多い」と指摘していたが、計画策定に取り組む市町村が少ない事情などを踏まえると、この指摘は今でも有効であろう。こうした状況では、生活者目線に立った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援は実現困難と言わざるを得ない。

市町村が実施してきた代替交通についても、同じことが言える。地域住民の移動ニーズを把握し、公共交通の不足部分をカバーする新たな手段を計画する、という検討プロセスを経ていないために、利用者が伸びない、所期の目的を達成できない、という状況に陥るケースがある。例えば、国土交通省国土交通政策研究所によると、コミュニティバスやデマンド交通を導入した自治体のうち、あらかじめ、既存の路線バスの運行状況等の現状を把握していた自治体は約7割だった。そのうち、路線バスによるサービス内容と、利用者の利用意向の乖離について、課題認識していた自治体は、約4割に過ぎなかったという28。実態としては、「むしろ地域住民はバスに関心を示さず、自治体はただ補助金を出し、交通事業者は運営を任されるという構図」だったという見方もある29

各自治体が策定している地域公共交通計画(旧地域公共交通網形成計画)を見ても、各公共交通機関の運行状況を面的に整理し、住民の移動ニーズに対する質的、量的な調査分析が不十分なまま、「交通空白地域」解消のために、コミュニティバスやデマンド交通などを導入する、とまとめているケースが散見される。そのような手順では、「新たな交通手段を何にするか」「どのようなスキームにするか」という方法論が議論の中心になり、「住民がどのような移動ニーズを持っているか」「住民の生活を守るためにどのような移動手段が必要か」という目的に関する議論が後回しにされがちである。

今後、高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援の立案をしていくためには、自治体は実際に高齢者等が何の移動に困っているのか、なぜ既存の公共交通が利用しづらいのか、本当は何の目的で、どこからどこへ移動したいのか、またその頻度はどれぐらいか、等を丁寧に把握する必要がある。その上で、ニーズに応じて最適な交通モードや運行主体(委託先)、車両の種類等を検討し、既存交通との役割分担や乗り継ぎ、連携について工夫していくことが必要である。

そのプロセスで、例えば、ニーズの重要度は高いが量は小さいということが分かれば、代替交通を導入するよりも、高齢者等に直接、タクシー利用料を助成する方が効率的な場合もある。また、利用者の特性や利用目的によっては、介護保険の財源を活用して運営をサポートできる場合も考えられる。こうした生活者目線の政策立案の必要性については、「利用者重視の交通政策を行うのであれば、その政策が本当に利用者重視に結びついているのかを検証しなければならない」という先行研究の指摘と符合する30

では、高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援を実現する上で、どんな方策が考えられるのだろうか。以下、(1)生活者目線に立った移動ニーズの把握、(2)交通と福祉の連携――という2つの点で、今後必要な取り組みの方向性を指摘する。
 
28 国土交通省国土交通政策研究所(2018)「多様な地域公共交通サービスの導入状況に関する調査研究」。
29 野村実(2019)『クルマ社会の地域公共交通 多様なアクター参画によるモビリティ確保の方策』晃洋書房 p33。
30 松野由希(2018)『利用者視点の交通政策 人口減少・低成長下時代をいかに生きるか』勁草書房p172。
 

6――今後必要な取り組みの方向性

6――今後必要な取り組みの方向性

1生活者目線に立った移動ニーズの把握
まず、生活者目線に立った移動ニーズの把握である。国、市町村、交通事業者のいずれにとっても重要なのは、高齢者を始めとする地域住民の声を把握する機会を設け、移動に関するニーズを把握し、交通政策や交通サービスの内容を、その実態に即した内容に見直していくことである。

高齢者の声を直接聞くには、例えば公共交通の利用促進を図る出前講座を地域の老人クラブ等で実施して、参加者と意見交換したり、自治会の会合に参加して直接住民の声を聴いたりする方法が考えられる。その結果、これまで行政が「交通空白地域」「交通不便地域」と認識していなかったエリアにおいても、「通院時間帯にバスが運行していないので利用できない」「買い物の荷物が重いのでバス停から自宅まで歩けない」などの意見があれば、サービス内容を見直したり、新たな移動手段を検討したりする必要がある。また利便性に関しても、「運行本数が少ないので、長時間待つのが辛い」という場合は、例えば運行本数を増やすことができなくても、バスが、商業施設や中核となる医療機関に乗り入れたり、バス停に上屋やベンチを設置したりすることで、より快適に待つ環境を作り出せる場合もある。

また例えば、山間地などでは、高齢者等が希望する目的地や利用頻度によって、コミュニティバスにするかデマンド式乗合タクシーにするかを選択したり、移動手段に困っている住民のボリュームに応じて車両をバス型やワゴン型などから選択したりできる。ニーズの質、量によっては、タクシー利用料助成などで高齢者に直接支援する方法や、介護保険の訪問型サービスDを活用する方法もある。

さらに、現状では移動手段がないために移動ができていない高齢者や、仕方なくマイカー運転を続けている高齢者等の潜在ニーズを把握することも重要である。乗降客へのアンケート調査や、移動実態を分析した国土交通省の「パーソントリップ調査」からは、現在発生している移動については分析できるが、移動を果たせていない人の声を拾うことはできない。これらを把握する工夫も必要となるだろう。
2|交通と福祉の連携
次に、交通と福祉の連携である。間接的に高齢者のニーズを把握する方法としては、高齢者の生活ニーズを把握している行政の福祉部局や関係団体と情報共有、連携することも有効だからである。

地域の中で、高齢者等の生活実態を理解し、潜在ニーズを含めた移動ニーズを最もよく把握しているのは、介護保険を担当する地域包括支援センターの職員や、高齢者と地域人材をつなぐ活動をしている生活支援コーディネーター、市町村の介護保険の担当部局などである。市町村の交通部局が、それらの人たちと情報共有することが、交通施策を検討する際に大きな材料になる。また、形式的に情報共有する機会としては、3―2|で述べたように、各市町村で医療介護の専門職などが集まる「地域ケア会議」や協議体に、市町村の交通部局の職員がオブザーバー参加する方法がある。

もう一つの方法が、活性化再生法で定められた「法定協議会」や、道路運送法で定められた「地域公共交通会議」など、交通関係の会議に、福祉部局の担当者が参加する方法である。これによって、役所内の情報共有が進み、委員として出席する交通事業者も、高齢者のニーズを知る機会ができ、サービス向上に生かすことができる。また、移動支援に関する問題意識を持ちながらも、訪問型サービスDなどの取り組みを実施できていない福祉部局の職員にとっても、交通関係の法制度や地域における枠組みを知ることができ、メリットが大きいだろう。
 

7――終わりに

7――終わりに

交通政策はこれまで、大量輸送を担う公共交通と、それを利用することが難しい障害者や要支援者、要介護者向けの福祉交通という、大きく二つのグループに分けられてきた。公共交通分野では、2000年代に入って車両や駅舎などのバリアフリー化が進んでいるが、大量輸送の対象のメーンは、自力で移動できる人である。

しかし、高齢化が進み、高齢者のうち半数を後期高齢者が占めるようになり、これまで通りの大量輸送サービスでは利用しづらい人が増えている。要支援、要介護認定を受けた人は福祉による移動サービスが利用できるが、地域には80歳代、90歳代でも介護認定を受けていない高齢者はたくさんいる。彼らは福祉の移動サービスは利用できないが、若い人のように公共交通を利用することも難しい。結果的にマイカーを手放せない高齢者が増えている。つまり、従来の公共交通と福祉交通の中間のサービスや支援の必要性が高まっている。

身体能力が衰え、介護認定は受けていないが、「最近、買い物の荷物が重くて、持って歩くのがしんどくなってきた」「バス停から自宅まで歩くのが大変で、外出するのが億劫になってきた」というような人たちに、実際に利用しやすい移動手段を整備し、外出機会を確保し、これまで通りの日常生活を続けてもらえるようにしていかなければならない。

そのためにはまず、国や都道府県、市町村の交通の担当者が、「既存の交通サービスを利用できていない高齢者が地域にいるかもしれない」という意識を持つことが必要である。福祉部局の担当者も「高齢者の生活支援のために、自分たちも移動支援に取り組む必要がある」という意識を持つことが求められる。そして交通事業者も、地域の高齢者の目線に立って、サービス内容を振り返る必要がある。交通と福祉が連携することにより、超高齢社会に見合った「幹線交通―生活交通―福祉交通」という切れ目のない交通サービス、移動支援を目指していくことが必要だと筆者らは考える。

例えば、ドアツードアに近いデマンド交通や自家用有償旅客運送は、スキーム上は、大量輸送の公共交通と、福祉交通の中間に相当すると言える。ただし、デマンド交通は導入しても利用が低迷して高齢者の生活支援につながっていないケースが多く、自家用有償旅客運送は、導入自体が広がっていない。これらも、運用において、ニーズの把握と生活者目線が不足していることと無縁ではないだろう。今後、高齢者の生活の足となる移動手段を整備するためには、好事例に関する情報の蓄積が必要だと考えられる。

さらに、住民に身近な存在である自治体についても、生活者目線に立った取り組みが求められる。本稿に続く「高齢者の移動支援に何が必要か(下)」では、実際に、市町村が高齢者に移動手段を提供して、生活支援に役立っている主体的な取り組みを紹介し、その要点をまとめたい。
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保険研究部

三原 岳 (みはら たかし)

(2021年04月27日「基礎研レポート」)

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