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新型コロナ対策で見えてきた高齢者向けモビリティサービス~貨客混載×自家用有償旅客運送と地方型MaaSへの可能性~

生活研究部 准主任研究員・ジェロントロジー推進室兼任 坊 美生子
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コロナが落ち着いたら、果たしてこのようなサービスは不要になるのだろうか。筆者はむしろ、従前から飲食料の宅配には大きなニーズがあり、特例措置と同じようなサービスが引き続き求められると考えている。その代表が、地方に住み、移動手段が限られた高齢者である。
路線バスが一日に数本しかなく、自宅からバス停まで歩くにも距離が遠いという高齢者らにとって、自身によるマイカーの運転や家族による送り迎えが難しいと、生活必需品の買い物へ行くのも大変だ。自治体がコミュニティバスや乗り合いタクシーを運行したり、運輸支局等に登録したマイカーで乗客を運送する「自家用有償旅客運送」を行ったりしているケースもあるが、自治体の財政不足や、地元交通事業から合意が得られないなどの理由から十分広がっていない。
そこで筆者が「アフターコロナ」のモビリティサービスとして提案したいのは、上述の事例を参考に、貨客混載のサービスを地方においても活用し、高齢者への飲食料の宅配を実施することである。具体的には、自治体が中心となって自家用有償旅客運送を導入し、その登録車両を用いた飲食品の宅配サービスを行うことである。さらに路線バスとの乗り継ぎ拠点を設けて住民の交流施設としたり、地元の小売り等のサービスを組み合わせて利用を促進したりし、地域における高齢者の暮らしをより快適にすることである。中期的には鉄道や路線バス、乗り合いタクシーやレンタカーなど他の交通情報、観光地や宿泊施設の情報とも連携してシステムをデジタル化し、住民だけでなく、国内外の観光客がスマホから簡単に交通手段を選択して地域を移動し、観光地等を楽しめるようにすること、つまり地方型「MaaS」(Mobility as a Service)への昇華を目指すものである。
ここで自家用有償旅客運送制度とは、交通空白地帯における輸送手段の確保または福祉車両として市町村やNPO等が実施する場合に限り、住民を運送することが認められた制度である。客から受け取る対価は実費の範囲内で、タクシー料金の半額が目安とされている。現行では、荷物を運ぶことができるのは過疎地等に限定されているため、規制の見直しが必要となる。
まず地域に自家用有償旅客運送が導入されれば、高齢者が路線バスの時刻表に縛られたり、送り迎えを頼む家族に遠慮したりすることなく自分でスーパーや病院、役所等へ行きやすくなる。それに加えて、宅配も実施すれば、外出が難しくなった単身高齢者も食事を確保できるし、地元の居酒屋などは高齢者向けの少量で栄養バランスの取れた弁当を開発するかもしれない。定期購入を実施すれば、見守りにもつながる。乗客に地元小売店のクーポン券を配布したり、買い物代行サービスを付加したりすることも考えられる。まずはアナログでこのような仕組みを整え、事業者間の協力体制を構築した後に、システムをデジタル化し、スマホの専用アプリから様々なサービスを一括で検索、予約、決済できるMaaSの実現を目指したい。地域のサービスが充実し、スマホ一台で外出スケジュールの計画から支払いまでができるようになれば、利用者の増加も期待できる。
国も現在、MaaS導入を目指し、基盤づくりの検討や実証実験を盛んに行っている。その環境整備の一環として自家用有償旅客運送導入を促進するよう見直しを行っており、今国会には、手続きを簡素化したり、観光客も利用できるようにしたりする関連法の改正法案が提出されている。これまでネックとなってきた、地元の交通事業者の合意に関しては、国が、自家用有償旅客運送の運行管理を交通事業者に委託する「協力型」の制度を創設する予定だ。予約受付や利用者と登録ドライバーとのマッチングなどの運用を、ノウハウのあるタクシー事業者等が行うというもので、いわば、タクシー事業者側にもメリットを持たせることで合意に結び付けようというものである。
タクシーは全国的にドライバー不足が問題になっているが、地方ではマイカー所有率が高いため、自家用有償旅客運送ドライバーの潜在的ななり手は多いと言えよう。送迎の対価が実費の範囲内ということではチャレンジする魅力に欠けるかもしれないが、宅配サービスの手数料や観光客の利用も増えれば収入源が増えるので、例えば、定年後、視力や認知能力がしっかりしているときにこの仕事に従事すれば、居場所作りや生きがいにもつながる。また、地方では自動車を2台以上所有している世帯も多く、空きのある1台だけ自家用有償旅客運送制度用に提供したり、逆に、マイカーをまだ購入していない若者が、登録された車両を使ってドライバーを務めたりすることもできるだろう。
高齢者にとって、買い物等の外出機会が増えれば、認知症リスクが下がることも知られている。地域の移動手段を拡充し、利用しやすい仕組みを整えることは、高齢者の健康維持と自治体の社会保障費抑制にもつながる。生活必需品を確保しやすくなれば、身体機能が衰えてきても、住み慣れた自宅と地域で、できるだけ長く住み続けられることにもつながる。新型コロナによる苦境から編み出されたサービスを、高齢社会の課題を解決するモビリティサービスに昇華し、高齢者が安心して暮らせる地域づくり、誰もが訪れやすく楽しめる地域づくりにつながることを期待したい。
1 2020年5月8日国土交通省大臣会見より
(2020年05月21日「研究員の眼」)

03-3512-1821
- 【職歴】
2002年 読売新聞大阪本社入社
2017年 ニッセイ基礎研究所入社
【委員活動】
2023年度~ 「次世代自動車産業研究会」幹事
2023年度 日本民間放送連盟賞近畿地区審査会審査員
坊 美生子のレポート
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