2021年01月27日

2021年度の社会保障予算を分析する-新型コロナ対策の影響で規模拡大、介護報酬は微増

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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6――社会保障関係費の概要(3)~薬価削減など診療報酬改定~

1薬価は毎年改定で大幅削減
第3に、医療機関などに対する診療報酬である。通常、診療報酬は2年に1回改定されるが、薬価に関して、経済財政諮問会議では「市場実勢価格を適時に薬価に反映するために、全品を対象に、毎年薬価調査及び薬価改定を行うべき」9という主張が出ており、菅首相も昨年10月の所信表明演説で毎年改定に前向きな姿勢を示していた10

結局、2021年度予算編成で「全薬品改定」は実現しなかったが、2021年度当初予算案では薬価の毎年改定が実現。さらに、市場実勢価格から5%を超えて乖離した約7割の薬価を見直すこととし、医療費ベースで4,315億円、国費ベースで約1,000億円を抑制した。
 
9 2016年12月7日、経済財政諮問会議議事録における新浪剛史議員(サントリーホールディングス社長)の発言。
10 2020年10月26日、第203国会会議録衆院本会議における所信表明演説。
2|診療報酬改定の内容
一方、感染症対策を徹底させる必要があるとして、乳幼児に対する外来診療について、特例的な対応が講じられることになった。具体的には、成人に比べると、抱っこやオムツ交換などで親や医療従事者と濃厚接触しやすいとして、6歳未満の乳幼児を診療した場合、医科100点、歯科55点、調剤12点(1点は10円)を特例的に加算することになった。さらに、新型コロナの患者が回復後、引き続き入院管理を必要とする患者を受け入れた医療機関の診療報酬が250点から750点に引き上げられた。

こうした報酬改定は2020年12月14日の持ち回りの中央社会保険医療協議会(中医協、厚生労働相の諮問機関)で既に決定されており、2021年2月診療分までの措置として導入された。さらに2021年3月以降についても、2021年9月までの臨時措置として続けられる予定であり、10月以降は規模を半分に減らす予定だが、感染状況や地域の実態を踏まえて、必要に応じて柔軟に対応すると説明されている。

なお、これまでは薬価削減分を医療機関向けの報酬に振り向ける方法が取られており、「薬剤は診察と不可分一体であり、その財源を切り分けることは不適当」11として、薬価削減分を医療機関向けに充当するよう求める意見が依然として根強い。

しかし、今回の措置については、社会保障目的で引き上げられた消費増税分を充当しており、財務省は「診療報酬は必要なものに応じて必要な額が措置されるが、薬価で削った分は戻さなければならないという既得権益的な発想はない」と12強調しており、薬価を削減した際の財源の取り扱いについては、今後も論点となりそうだ。
 
11 2020年12月9日・16日記者会見における日本医師会の中川俊男会長発言。
12 2020年12月24日『ミクスOnline』配信記事における財務省の一松旬主計官インタビュー。
3診療報酬引き上げ決定に至る手続き面の異例さ
今回の引き上げ決定に際しては、手続き面の異例さも指摘できる。近年の診療報酬改定では、財務相と厚生労働相の折衝を経て、全体の改定率が決まった後、日本医師会など診療側、健康保険組合連合会(健保連)など支払側、有識者の公益委員で構成する中医協で詳細が決まる流れとなっている。

しかし、今回は2020年12月14日の大臣折衝で合意された診療報酬の点数について、14日に持ち回りで開催された中医協総会で事実上、追認するという異例の展開となった。このため、健保連は議論の進め方について、「政府方針を中医協が追認するような形は許せない」「反対できない結論ありきの議論に、何の意味があるのか」などと反発した13

中医協の議論については、診療側と支払側の利害調整が前面に出るため、細かい内容になりがちだが、それでも医療政策に関わるステークホルダー(関係者)の意見を聞くプロセスは欠かせない。このため、先に触れた予備費や専決処分と同様、例外的な取り扱いにとどめる必要がある。
 
13 2020年12月19日『m3.com』配信記事。

7――社会保障関係費の概要(4)

7――社会保障関係費の概要(4)~全世代社会保障関係の論点~

1|昨年末の「積み残し」案件を含めた論点
2021年度予算案に全て反映されたわけではないが、2020年12月に最終報告が取りまとめられた全世代型会議の案件も焦点となった。具体的には、2019年末の第1次中間報告では75歳以上の後期高齢者が医療機関の窓口で支払う自己負担を原則1割から2割に引き上げる方針が盛り込まれたが、対象者数や所得基準などについては、結論を先送りしていた。さらに、紹介状なしに大病院を受診した場合、追加負担を求められる制度の見直しも焦点となり、やはり結論を持ち越していた。

このほか、2020年9月に就任した菅首相の方針を受け、待機児童の解消に必要な予算の確保も焦点となり、財源を捻出するために児童手当の見直しが浮上したほか、不妊治療の保険適用も論点となった。以下、(1)後期高齢者の医療費自己負担の引き上げ問題、(2)紹介状なし大病院外来受診の自己負担見直し、(3)待機児童対策と児童手当の見直し問題、(4)不妊治療の保険適用――の4点を取り上げる。
2|後期高齢者の医療費自己負担の引き上げ問題14
後期高齢者の医療費自己負担については、原則として1割負担、現役並み所得者は3割負担となっているが、昨年末の第1次中間報告に向けた調整で安倍晋三首相が2割負担の導入に前向きな姿勢を示した。これを受けて政府・与党で調整したが、公明党を中心に与党内に慎重意見が多く、2019年12月の第1次中間報告は「遅くとも団塊の世代が75歳以上の高齢者入りする2022年度初までに改革を実施できるよう、最終報告を取りまとめた上で、同審議会の審議を経て、来年夏までに成案を得て、速やかに必要な法制上の措置を講ずる」「後期高齢者(75 歳以上。現役並み所得者は除く)であっても一定所得以上の方については、その医療費の窓口負担割合を2割とし、それ以外の方については1割とする」と定めるにとどまり、対象者数や所得基準は結論を持ち越していた。

その後、新型コロナウイルスの感染が拡大したことで、2020年6月に予定していた全世代型会議の最終報告は年末に先送りされたが、所得基準の線引きについて、「170万円以上」(単身で年金収入、以下は同じ)を主張する政府・自民党と、「240万円以上」を掲げる公明党との調整が難航。最終的に、菅首相と公明党の山口那津男代表の会談で決着し、両者の中間を取るような形で「200万円以上」で決着した。

このほか、急激な負担増を回避するための経過措置についても、妥協が成立した。具体的には、厚生労働省は2割負担の上限を2年間、4,500円に抑える案を示していたが、こちらも公明党の意見を受け入れる形で、「施行後3年間、負担増を最大でも3,000円に収まるような措置」とすることが決まった。いずれの措置に関する実施時期に関しても、公明党の主張に配慮する形で、参院選後の2022年10月以降に実施することで決まった。
 
14 後期高齢者の医療費自己負担に関する議論については、拙稿2020年12月22日「後期高齢者の医療費負担はどう変わるのか」を参照。
3紹介状なし大病院外来の受診負担の対象拡大
次に、同じく全世代型会議の「宿題」案件として、紹介状を持たずに大病院を受診した場合、5,000円を追加徴収する仕組みの見直しも決着した。

この問題を考える上では、医療機関の役割や機能が不明確という日本の医療制度の特徴を踏まえる必要がある。通常、医療サービスは身近な健康問題に対処するプライマリ・ケア、精密検査や入院手術に対応する2次医療、重篤な患者を手当する3次医療に区分けされるが、日本の医療制度では医療機関の役割分担が不明確であり、難しい手術や治療に備えて人員・機器を配置している大病院でさえ、外来では日常的な病気やケガに対応している。こうした状況は非効率であり、機能分化を進める一環として、紹介状を持たずに500床以上の大病院などを受診した場合、5,000円の追加負担を求める制度が2016年度に創設された。

さらに、この対象は2018年度に400床以上に、2020年度に200床以上の地域支援病院15に広げられていたが、全世代型会議では対象の一層の拡大を提唱。さらに患者の追加負担を医療機関の収入ではなく、保険財政に繰り入れる制度改正を提唱した。

その後、厚生労働省の審議会での議論を踏まえ、全世代型会議の最終報告では、地域の実情に応じて明確化される「紹介患者への外来を基本とする医療機関」のうち、一般病床200床以上の病院にも対象範囲を拡大することが決まった。ここで言う「紹介患者への外来を基本とする医療機関」については、詳細が決まっていないが、その要件の一例として、「医療資源を重点的に活用する入院の前後の外来」「高額な医療機器・設備を必要とする外来」「特定の領域に特化した機能を有する外来」などが挙がっている。さらに、厚生労働省は今後、各医療機関が果たしている外来の役割を明確にするため、医療機関に現状を報告させる「外来機能報告制度」をスタートさせるとしており、そのデータを基に地域で議論してもらい、医療機関の自主的な判断を経て、「紹介患者への外来を基本とする医療機関」が決まる見通しだ。

このほか、初診時の追加負担を2,000円上乗せし、これを保険給付から控除して医療機関が同額以上の定額負担を追加的に求める仕組みに切り替えることが決まった。
 
15 地域医療支援病院とは、紹介患者に対する医療の提供や医療機器の共同利用、救急医療の提供、地域の医療従事者に対する研修などを担う病院であり、200床以上のベッド数などが要件。
4|待機児童対策と児童手当の見直し
菅首相が所信表明演説で述べた待機児童対策についても、2021年度当初予算案の焦点となり、約14万人分の保育の受け皿を整備する際の財源確保が焦点となった。

まず、3~5歳児に関する保育所などの運営費に関しては、児童手当の特例給付を見直すことで、訳440億円を捻出した。児童手当の特例給付とは、2012年度に子ども手当から改組する際、所得制限の限度額以上の人については、月額一律5,000円を給付するとした仕組み。2021年度予算編成に際しては、政府が待機児童対策の財源捻出策として特例給付の見直しに期待したのに対し、公明党が見直しに消極的だったため、調整が難航した。

結局、年収1,200万円以上の世帯(世帯構成は子ども2人と年収 103万円以下の配偶者)については、児童手当の給付対象から外すことで決着し、待機児童解消に向けた財源の大半を捻出した。ただ、実施時期が参院選後の2022年10月以降に先送りされたことで、2022年度から不妊治療の保険適⽤の財源として充当する予定の消費税増収分を2021年度に限って充当することになった。

一方、0~2歳児については、事業主拠出金の上限を引き上げることで、約1,000億円の財源を確保するとされているが、2021年度に関しては年金特別会計子ども・子育て支援勘定の積立金を活用することで決着した。
5不妊治療の保険適用
不妊治療の保険適用も論点となった。この問題では、「健康保険の条件である『治療』に該当するのか」「医療の質にバラツキが大きく、保険適用になじむのか」といった議論があり、保険適用ではなく助成制度で対応された経緯があるが、菅首相が自民党総裁選に際して前向きな姿勢を示し、所信表明演説でも「所得制限を撤廃し、不妊治療への保険適用を早急に実現します」「それまでの間、現在の助成措置を大幅に拡大してまいります」と表明した16

結局、全世代型会議の最終報告では「2021年3月までに実態調査」「2021年夏頃に関係学会でガイドライン作成」「中医協の議論を経て、2022年4月から保険適用」という工程表が盛り込まれた。

さらに不妊治療に関しても、経済的な負担軽減などの名目で、2021年度当初予算案と2020年度第3次補正予算案に必要な経費が盛り込まれた。
 
16 2020年10月26日、第203国会会議録衆院本会議における所信表明演説。
 

8――「ポスト社会保障・税一体改革」をどう設定するか

8――「ポスト社会保障・税一体改革」をどう設定するか

以上、2021年度当初予算案に盛り込まれた社会保障関係費の全体像とともに、各論を個別に考察して来た。全体的な状況を見ると、新型コロナウイルス対策に伴って一層、財政事情が悪化する中、2021年度当初予算案ベースでは社会保障費の伸びを抑えつつ、「15カ月予算」を組むことで新型コロナウイルス対策に取り組むとしたほか、政権が重視する待機児童対策、不妊治療に経費を充当しようとした姿勢を見て取れる。

しかし、どちらかと言うと各論に終始した感は否めず、財政や社会保障制度を俯瞰した議論が展開されたとは言い難い。例えば、後期高齢者の医療費自己負担については、高額療養費で一定程度、カバーされる以上、それほど重要な問題とは思えなかったし、児童手当の見直しに関しても、待機児童の解消に向けて必要な経費を捻出するのが目的であり、少子化対策の中で予算を組み替えたに過ぎない。このため、「理念などの一貫性を欠いた制度改正の繰り返しでは、結局制度に対する信頼を失いかねない」との批判がある17。何よりも、わずか7ページ(本文5ページ)にとどまった全世代型会議の最終報告が理念や方向性を示せていないことを物語っている。

こうした議論になっている背景として、社会保障・税一体改革に代わる改革パッケージが作られていない点を指摘できる。民主党政権期に決まった社会保障・税一体改革の枠組みは前の自民党政権期の2005年から少しずつ模索され始め、最終的に消費税増税や社会保障制度の効率化を進めるとともに、子育て分野など新規分野に予算を充当したり、基礎年金国庫負担の引き上げなど赤字国債で賄っていた社会保障費の穴埋めに充てたりするパッケージが示されるに至った。

その後、安倍政権で突如、「消費税の使い道を思い切って変える」という方針が決まり、引き上げた分の消費税収を幼児教育・保育の無償化や高等教育の無償化などに回すことになったが、特に財源確保の道筋は示されず、予算の組み替えにとどまった。このため、最長政権を誇った安倍政権の間で、新たなパッケージが示されることはなかった。むしろ、制度設計とか、他の政策との整合性が議論されないまま、「働き方改革」「女性活躍」「人生100年時代」など各論的な看板を次々と掲げられるにとどまった。

言い換えると、政権交代前の自民党政権を含めて、過去15年間で取り組んだ社会保障・税一体改革が一段落した後、社会保障や税制改革に関して、全体像や工程表が新しく示されていない。これが各論に終始した理由であり、全世代型会議の報告書がわずか7ページに終わった原因と言える。

しかし、人口のボリュームが大きい団塊世代が75歳以上になる2025年に向けて、地域医療構想など医療提供体制改革18、介護保険制度の改革19が求められる。さらに、コロナ禍で財政事情が悪化した上、非正規雇用者の雇い止めなど社会の歪みが顕在化した面がある20ため、社会保障の基盤強化も進める必要がある。

こうした中で、ポスト社会保障・税一体改革をどう再構築するか。消費増税を含めた歳出増加の選択肢を検討する必要があるほか、社会保障の効率化と充実を同時に進めて行く必要がある。
 
17 菊地馨実(2021)「医療保険改革論議の決着」『週刊社会保障』No.3103。
18 地域医療構想については、過去の拙稿を参照。2017年11~12月の「地域医療構想を3つのキーワードで読み解く」(全4回、リンク先は第1回)、2019年5~6月の拙稿「策定から2年が過ぎた地域医療構想の現状を考える」(全2回、リンク先は第1回)、2019年10月31日「公立病院の具体名公表で医療提供体制改革は進むのか」、2020年5月15日「新型コロナがもたらす2つの『回帰』現象」
19 介護保険については、2019年7月に全2回で連載した拙稿「介護保険制度が直面する『2つの不足』」(リンク先は第1回)を参照。
20 コロナ対策の特例で部分的に認められた非正規雇用者の傷病手当金については、2020年5月13日拙稿「新型コロナ対策で傷病手当金が国保に広げられた意味を考える」を参照。
 

9――おわりに

9――おわりに

史上最高規模に予算規模が膨らむ中、2021年度当初予算案における社会保障関係費は微増にとどまった。こうした中、介護報酬や障害者福祉サービス報酬の改定、薬価改定、後期高齢者の医療費自己負担引き上げなどの改革が各論的に議論された。

しかし、今後の少子高齢化の人口動向、あるいは新型コロナウイルス対策による財政悪化などを踏まえると、財政再建と社会保障改革は待ったなしである。ポスト社会保障・税一体改革に向けた道筋を示すことが政治サイドに求められる。
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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

(2021年01月27日「基礎研レポート」)

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