2020年11月10日

コロナウイルス禍中の米国生保会社の個人生命保険販売-ソーシャルディスタンスと対面販売

基礎研REPORT(冊子版)11月号[vol.284]

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任   松岡 博司

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1―はじめに

生命保険、特に死亡保険は、加入時に十分な納得を得ることが必須な商品である。そのため生命保険においては対面販売が最適とされる。実際、これまで生命保険のインターネット販売は、世界的に見ても、一定の限界を超えて大きなシェアを占めることはなかった。

しかし、今回のパンデミックに伴うロックダウンやソーシャルディスタンス確保の要請により引き起こされた、会えないという状況は、そもそもの前提条件を覆してしまった。

ニューノーマルと呼ばれるこれからの社会の中、生保販売がどうあるべきかは、生保業界にとって重要な経営課題である。

本稿は、そうした課題を考える上での一助とすべく、米国生保業界の個人向け生命保険販売が、パンデミックの衝撃をどのように受け止め、どう推移してきたかを報告するものである。

本稿で使用する図表データは、米国における生命保険マーケティングの調査・教育機関であるリムラ(LIMRA)が任意の調査参加会社からのデータを集計して発表している“ Monthly Individual LifeSales”各月号からのものである。

2―プラスに転じた販売業績

図表1は、保険料ベースの販売業績指標として新契約の「年換算保険料」、件数ベースの業績指標として「販売件数」を使用し、各月の業績が2019年の同月と比べてどうだったか、増減率の状況を記載したものである。

パンデミックの影響を直接的に受けた5月の業績は2指標ともマイナスに落ち込んだ。しかし6月には販売件数が大きくプラスに転じ、7月には、年換算保険料、販売件数ともプラスに回復、8月は、販売件数のプラスが1桁台に沈静化したものの、年換算保険料はプラス進展を維持した。パンデミックは米国で21万人を超える死者(10月15日現在)という甚大な被害をもたらしたが、個人生命保険販売に限れば一時のマイナスをもたらしたのみと見ることもできるかもしれない。
[図表1]販売業績対前年増減率(%)の推移

3―回復を支えた要因

1│パンデミックを契機とする生命保険ニーズの顕在化
回復を支えた要因の1つは、パンデミックの脅威にさらされたことで消費者の生命保険ニーズが喚起されたことである。

リムラが2020年4月末から5月上旬の間に行った調査“Likelihood to Buy:COVID-19 Consumer Impact” では、調査参加者の29%が今後12ヶ月の間に生命保険を購入する可能性が高いと回答した。またリンカーンファイナンシャル社が7月に単独で実施した調査でも、回答者の3分の1以上が、パンデミックの影響で生命保険の重要性が高まっていると答えた。
2│オンラインのみで完結できる申込み・引受けプロセスの採用
もう1つの要因は、多くの生保会社が、引受業務のデジタル化を進め、オンライン上で申込みを完結できるプロセスを採用したことである。もともと米国の生保会社は、デジタル化、インシュアテックの進展の中で、オンライン申込みのプロセス導入に向けた取組を行っていたが、パンデミックに伴う情勢変化がその動きを加速させた。そこでは従来型の医的な診査を行わない代わりに、リスクを高めに見積もって保険料を高くするといった方策は採られていない。医学的な診査を身体検査なしで行い、保険加入プロセスを簡略化する。

これは特に若い世代に受け、彼らの申込みの増加を引き起こした。先述のリンカーンファイナンシャルの7月の調査でも、調査対象となったミレニアル世代(1981年~1998年生まれの世代)の5人に2人が、完全に電子的手段のみで生命保険に加入できるのであれば、生命保険に加入する可能性が高いと答えている。

ただし一方で、オンラインプロセスは、テクノロジーに敷居の高さを感じる年配層の申込みにはつながりにくい。

4―オンライン/モバイル申込みが増加。 対面申込みは減少

図表2は、経路別の申込み件数が2019年の同じ月と比べてどう変化したかを聞いたものへの各社回答の分布状況である。「対面での申込み」は、5月、6月に減少したとする会社の割合が6割に迫り、パンデミックによる影響を大きく受けた。これが7月には減少31%、増加37%と持ち直したかと見えたが、8月にはまた減少43%、増加26%となった。まだパンデミックの影響を払拭したとは言い難い状況が続いている。

一方、「オンライン/モバイル申込み」は好調である。4か月の間、一貫して増加した会社の割合が高いまま推移しており、減少したとする会社の割合は極めて少ない。前述の通り、ソーシャルディスタンスの環境下、伝統的な対面販売チャネルの活動が細る中、顧客と生保会社の接点としての利便性と重要性を高めたオンライン窓口に、パンデミックによってニーズ喚起された主に若い消費者が、インターネットを見る時間が増えたこともあって、多く訪れた。
[図表2]申込み経路別の好不調状況

5―商品別に販売業績を見ると

図表3は、2019年同月対比の商品種類別の販売業績の増減率を見たものである。

5月には定期保険の件数を除く全商品の指標がマイナスとなっており、厳しい状況であったことがわかる。

しかし伝統的な生保商品である終身保険と定期保険は、6月にプラス進展に回復、7月、8月もプラスを維持している。

一方、一定の利率を保証する定期預金的な貯蓄部分と死亡保険の組み合わせであるユニバーサル保険は、コロナ禍中の低金利状態の中、魅力的な利率を提供できないため大幅なマイナスが続いている。

その落ち込みを埋め合わすように、株価指数等のインデックスに連動する投信的な貯蓄部分と死亡保険の組み合わせで構成されるインデックス連動ユニバーサル保険が、好調な業績を示している。

またより投資要素の強い株式投信的な貯蓄部分と死亡保険の組み合わせである変額ユニバーサル保険も、米国株式市場の好調を受けて、特に保険料の指標で高い伸びを見せている。
[図表3]商品別業績の増減状況(%)

6―会社毎の回復度合いに大きな開き

ただし個々の会社で見るとパンデミックによる衝撃からの回復度合いに大きな開きがあることには注意が必要であろう。

図表4は、3月以降8月までの各月の販売業績が、2019年の同月と比べて増えたか減ったかの報告を調査参加各社に求め、その報告内容の分布状況をまとめたものである。

パンデミックの最中でも前年同月対比で10%以上の大幅増加を享受していた会社が4分の1以上もあった一方で、8月になっても10%以上の大幅な減少から抜け出せていない会社が3分の1以上存在する。

業績不振に苦しむ会社のこれからのあ方は、今後の米国生保市場の明るさに大きく影響してきそうである。
[図表4]会社毎の好不調に大きな開き

7―さいごに

以上見てきたように、いまだコロナ禍は続いているものの、パンデミックの中で落ち込んだ米国生保の個人生命保険販売業績は、それほどの時を空けることなく持ち直し、平常運転への回帰を果たしたように見える。

ただし米国の生保業界が望んでいるのは、例年どおりの成長レベルに戻ることを超え、生命保険の良さが実感された上で生保人気が高まって、若者層、中間層へ生命保険が普及することであるようだ。 

例年9月、米国では生命保険認知月間(Life Insurance Awareness Month)と称して、生命保険の意義を伝えるキャンペーンが行われる。こうした活動が必要なほど、米国の生保業界は、中間層への生命保険の普及を図っては跳ね返される経験を重ねてきた。2001年の世界貿易センタービルへの自爆テロの後にも、ひとしきり生命保険ニーズが高まったとの報道が続いたが、やがて忘れられていった。

今後、パンデミックに伴う景気の後退も有り得る中、はたしてパンデミックが真の意味での生命保険認知を呼び覚ますきっかけとなったのか、あるいはまた一過性のブームで終わってしまうのか、帰趨を見守る必要があるだろう。

またパンデミックによる消費者の行動変容、景気の落ち込み等の中、米国生保業界においても、リアルとデジタルが融合した新たな対面販売が本格的に生まれて来ることも予想される。そのあり方についても注視していきたい。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

松岡 博司 (まつおか ひろし)

研究・専門分野
生保経営・生保制度(生保販売チャネル・バンカシュランス等、主に日本生命委託事項を中心とする研究)

(2020年11月10日「基礎研REPORT(冊子版)」)

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