2020年07月30日

「札幌オフィス市場」の現況と見通し(2020年)~新型コロナウィルスの感染拡大を踏まえた市場見通し

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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4. 札幌中心部で進む再開発

日本不動産研究所「全国オフィスビル調査(2019 年1 月現在)」によれば、新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルの割合について、札幌市(37%)は、福岡市(39%)に次いで高い(図表-12)。札幌市では、札幌オリンピック(1972年)の時期に建てられたビルが非常に多く、築年が経過したビルの占める割合が高水準となっている6

こうした状況を踏まえ、札幌市は、「都心における開発誘導方針」や、「オフィスビル建設促進補助金7」を策定し、容積緩和やビルの建て替えに関する補助制度を整備した。2018年12月に策定された「都心における開発誘導方針」では、札幌市が掲げる「質の高いオープンスペースの整備」、「低炭素・省エネルギー化推進」等の目標を達成した場合、容積率の緩和が適用される(図表-13)。目標の1つである「高機能オフィス整備」は、新規進出企業等のニーズに対応できる設備を備えたオフィス8を整備した場合に、容積率が最大で50%緩和される。
図表-12 新耐震基準以前(1981年以前)に竣工したオフィスビルが占める割合/図表-13 容積率緩和の考え方
札幌オリンピックを契機に建てられ、更新時期を迎えているオフィスビルの建て替え等を補助する施策整備に加えて、2030年に北海道新幹線の全線開通(札幌駅までの延伸)も予定されていることが後押しし、札幌駅周辺では大規模な再開発が複数計画されている。

JR札幌駅南口の「北4西3街区」では、地権者であるヨドバシホールディングスを中心に、大型複合ビル(延床面積約23万m2)を建設する計画が進んでいる。再開発事業案によれば、「低層部が高さ約50m、高層部が約240mのビルを建設するA案」と、「高さ約50mの低層部と低層部上部南側に約190mの業務棟、東側に約160mの宿泊棟を建設するB案」の2案が検討されている9。また、「北3西3街区」では、ヒューリック札幌ビル(延床面積約1.4万m2)と「ヒューリック札幌NORTH33ビル」(延床面積約1.1万m2)を一体開発する計画が進んでおり、2020年中に着工予定である10

JR札幌駅の東側に隣接する「北5西1・西2地区」では、時間貸し駐車場に利用されている札幌市所有の「西1地区」とJR北海道グループが所有する商業施設「エスタ」の「西2地区」を一体的に再開発する計画が進んでいる。JR北海道は、「渋谷スクランブルスクエア」と同規模(高さ230m)の高層ビル建設を目指すとしており、2029年竣工予定である11

札幌駅周辺以外の地区でも再開発が進んでいる。札幌市が再開発を推進する「創世1・1・1区(そうせい・さんく)12」の一つである「大通東1地区」では高層ビル建設が計画されている。同地区には、「北海道電力本店」や北海道中央バスの「中央バスターミナル」、「北海道四季劇場」が立地しているが、建て替えによる一体整備を行い、高さ123mの高層ビル(延床面積9.7万m2・2029年竣工予定)の建設が計画されている13
 
6 石川勝利「札幌都心における開発誘導とオフィス需給の展望」vol.19 July,2020、RE-SEED、環境不動産普及促進機構
7 一定の要件を満たす賃貸事務所を整備する事業者に、賃貸事務所部分に対応する家屋・償却資産の固定資産税課税標準額の20%相当(上限10億円)を補助。
8 以下の条件を備えたオフィス
・1フロアのオフィス占有床面積が概ね1,000m2以上。・天井高さ2.7m以上、OAフロア100㎜以上
・各階のオフィス用に非常用電源設備の設置スペースを整備。・オフィスを小分けにできる構造の採用
9 建設通信新聞 「延べ23万平米想定/A案高層部は高さ240m/札幌駅南口北4西3地区再開発計画案」(2020年5月1日)
10 北海道建設新聞 「ヒューリックの札幌駅前通開発 20年度以降に新ビル着工」(2019年9月10日)
11 日刊建設新聞 「札幌市、JR北海道ら5者/北5西1・西2地区再開発/準備組合を設立」(2019年11月13日)
12 札幌市中央区の大通西1丁目、大通東1丁目、北1西1丁目の3街区を合わせた総称。
13 北海道建設新聞 「大通東1に再開発ビル 約10万m2、総事業費500億円超」(2018年8月10日)
 

5. 札幌オフィス市場の見通し

5. 札幌オフィス市場の見通し

5-1. オフィスワーカー数の見通し
総務省「労働力調査」によれば、2019年の北海道の就業者は、266万人(前年比+3万人)となり、5年連続で前年比プラスとなった(図表-14)。また、住民基本台帳人口移動報告によると、札幌市の転入超過数は2008年を底に緩やかな拡大傾向にあり、2019年は+9,812人となった(図表-15)。
図表-14 北海道の就業者の推移/図表-15 主要都市の転入超過数
ただし、総務省「住民基本台帳に基づく人口、人口動態及び世帯数調査」によれば、札幌市の生産年齢人口は、2015年以降減少が続いてる(図表-16)。また、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口」によると、2025年の生産年齢人口は、2015年比▲5.9%減少すると予想されている(図表16)。2025年までの生産年齢人口の見通しを他の地方主要都市と比較すると、札幌市は、減少率が仙台市に次いで高い(図表-17)。

以上の状況を鑑みると、今後5年間では札幌市のオフィスワーカー数が大幅に減少する懸念は小さいものの、長期的には減少に転じると思われる。
図表-16 札幌市の生産年齢人口/図表-17 生産年齢人口の見通し(2015年から2025年の増減率)
5-2. オフィスビルの新規供給見通し
2009年以降、札幌市のオフィスの新規供給量は、2008年の約8,000坪を上回ることはなく、低水準の供給が続いている(図表-18)。総ストックに対する過去10年間の新規供給面積は5.4%と、全国主要都市の中で、最も低い水準にある(図表-19)。
図表-18 札幌オフィスビル新規供給見通し/図表-19 主要都市の新規供給動向(2019年ストック対比)
2019年の新規供給面積は約3,000坪であり、前年の新規供給面積(約5,000坪)を下回った。

2020年は、「大同生命札幌ビル」が3月に竣工し、その後も「(仮)サムティ大通5ビル」等が竣工予定で、2021年は「京阪北10西3計画」等の竣工が予定されており、2020年と2021年はともに、年間約5,000坪の供給が見込まれる。しかし、今後3年間(2020年~2022年)の総ストックに対する供給の割合は1.5%と、主要都市の中で最も低水準になる見通しである(図表-20)。
図表-20 今後3年間の新規供給予定(2019年ストック対比)
5-3. 賃料見通し
札幌市の成約賃料は、ファンドバブル期のピーク水準(2007年)を上回る高値圏にあり、2019年は前年と同水準(前年比▲0.3%)を維持した(図表-21)。
図表-21 札幌のオフィス賃料見通し
札幌市の景況は長期的に停滞しているなか、今後は生産年齢人口の減少が見込まれている。こうした状況を鑑みると、札幌のオフィス賃料は、現時点の高い水準から更に上昇する可能性は低く、弱含みで推移すると見込まれる。昨年10月に公表した経済見通し14(コロナの影響がない)に基づき予測した場合、2019年の賃料を100とした場合、2024年の賃料は91となる。

新型コロナウィルスの感染拡大の影響を受けて、企業の業績は急速に悪化しており、札幌のオフィス需要を支えてきたIT関連企業やコールセンターが、これまで通り需要を牽引することは難しいと考えられる。コロナウィルスの感染拡大が及ぼす影響を考慮15した札幌の成約賃料は、2019 年の賃料を100 とした場合、2024年は88へと下落する見通しである。

長期的にみると、札幌駅周辺を中心に高層オフィスビルの開発が複数計画されており、その動向次第では、需給環境がさらに悪化する可能性がある。札幌オフィス市場を長期的に見通す上で、コロナウィルス感染症に対する経済対策や企業支援等の状況とともに、北海道新幹線の延伸を見据えた大型再開発の動向を注視していく必要がある。
 
14 ニッセイ基礎研究所経済研究部「中期経済見通し(2019~2029年度)」(2019.10.15)Weeklyエコノミストレター、ニッセイ基礎研究所。
15 斎藤太郎「2020・2021 年度経済見通し-20 年1-3 月期GDP2 次速報後改定」(2020.6.8)Weeklyエコノミストレター、ニッセイ基礎研究所などを基に経済見通しを設定。
 
 

(ご注意)本稿記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本稿は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものでもありません。
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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

(2020年07月30日「不動産投資レポート」)

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