2023年03月29日

企業における女性の健康支援策の利用実態と推進に向けた課題

保険研究部 主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任 村松 容子

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1――女性の健康支援への関心の高まりとその背景

1|女性の健康支援をめぐる動向
従業員等の健康管理を経営的な視点で捉え、戦略的に実践する「健康経営(R)1」の取組みが重要となってきており、経済産業省の主導のもと、企業や健康保険組合等による健康投資・健康経営が進められている。2014年度から毎年実施している「健康経営度調査」に回答する法人数は、年々増加している。2023年3月に発表された健康経営優良法人数は大規模法人部門で2,676件、中小規模法人部門で14,012件と、いずれも過去最多となっていることからも、関心が高まってきている様子がうかがえる。

健康経営に対する関心の高まりの中で、従業員に向けた健康推進の取組みが広がってきているが、経済産業省による「働く女性の健康推進に関する実態調査(2018)」では、働く女性の約半数が女性特有の健康課題により「勤務先で困った経験がある」と回答しており、女性特有の健康課題に対するサポートが十分でない可能性が示された。仮に、女性特有の健康課題で仕事の生産性が低下したり、昇進や責任の重い仕事に就くことや自分の望むキャリアをあきらめる女性がいるとすれば、女性だけではなく企業にとっても損失となる。

これまで国は、子育てサポート企業を認定する「くるみん」 認定マーク制度(厚生労働省)、女性活躍推進事業主を認定する「えるぼし」認定マーク制度(厚生労働省)、女性活躍推進に優れた上場企業を選定する「なでしこ銘柄」(経済産業省)など、様々な女性の活躍支援を評価してきた。2018年度からは、健康経営銘柄選定において女性の健康を重点化し、企業に対して行う「健康経営度調査」の質問票の中に、女性特有の健康課題についての具体的な質問項目が盛り込まれ、健康経営の認証の評価に加わっている。
 
1 「健康経営」」は特定非営利活動法人健康経営研究会の登録商標。
2|女性の健康支援が注目される背景
女性の健康支援が注目されるようになった背景として、働く女性が増えていることがあげられる。1986年に、男女雇用機会均等法2が施行して35年あまりが経過し、女性の社会活躍における環境は大きく変化した。学校を卒業した後、働き続ける女性が増え、1990年代半ばには、共働き世帯数が専業主婦世帯数を上回り、2021年には、就業者に占める女性の割合は44.7%にまで上昇した(図表1)。

結婚、出産しても継続して働く女性が増え、あらゆるライフイベントを就労中に迎えることになったことで、これまで以上に健康課題が顕在化してきたと言えよう。
図表1 就労者数と、女性が占める割合
 
2 正確には、「雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律」
3|女性の健康課題
女性は男性と抱えている健康課題が異なる。これまで、企業の健康支援策は、生活習慣病やメタボリックシンドローム(以下「メタボ」とする。)が中心となっていた。しかし、就労世代の女性は、男性と比べてメタボに該当する人や生活習慣病患者は少ない。その一方で、女性は男性よりも、生涯を通じて女性ホルモンが大きく変動し、その影響を受けやすいとされており3、月経や更年期に伴う不調、痩せすぎや更年期以降の骨粗鬆症とロコモティブシンドローム(以下「ロコモ」とする。)、女性特有のがん等について、注意していく必要がある。

たとえば、女性の過剰なダイエットや偏った食生活は、摂食障害の要因となるだけでなく、冷え、低血圧、月経不順や不妊症の原因となる4ことが知られている。また、女性は、男性と比べると筋肉量が少ないことから運動不足等によって、筋肉までもが落ちてしまい、体重は軽くても血中脂質,血圧,血糖が基準を超える「かくれメタボ」の危険性が出てきたり5、要介護状態の原因にもなるロコモの危険性が出てくる6など、多くのリスクが知られている。

また、女性に多いがんのうち、乳がんと子宮がんは、男性にも多い大腸がん、胃がん、肺がんと比べて若い30~40代で発症が増え始める(図表2)。厚生労働省「事業場における治療と仕事の両立支援のためのガイドライン」によれば、2010年から2019年で仕事をしながらがん治療をする女性は1.3倍に増えている(図表略)。
図表2 年齢階級別罹患率(人口10万人対)2018年診断
日本医療政策機構による「働く女性の健康増進に関する調査(2018)」では、月経や更年期に伴う不調については、多くの人が仕事のパフォーマンスに影響を仕事の能率に影響があると認識していたが、何の対策もしていない人が多いことが示されている(図表3)。また、同調査によると、ヘルスリテラシーが高い方が月経や更年期に伴う不調の際に医療機関を受診したり薬を飲むなどの対処行動をとることが報告されているほか、ヘルスリテラシーが高い方が月経や更年期に伴う不調時の仕事のパフォーマンスの低下が軽度で済んでいる(図表略)。つまり、うまくコントロールできれば、パフォーマンスの向上が期待できる。
図表3 月経に関する異常症状への対処法
 
3 働く女性の健康応援サイト(https://joseishugyo.mhlw.go.jp/health/business-reason.html
4 例えば、西岡笑子「思春期性教育,妊孕性認識の研究動向と性と生殖の健康教育に基づいたライフプランニングの可能性」日本衛生学雑誌73巻2号 (2018)
5 例えば、宮内真紀他「標準範囲のBMIでHbA1c高値の若年女性の生活習慣病リスクに関する検討」日本食生活学会誌27巻4号 (2016)
6 例えば、上杉優一他「若年女性のロコモティブシンドロームの実際-ロコモ度テストの結果と身体特性および食習慣・生活習慣との関連―」健康支援第21巻2号(2019)

2――企業の支援策と課題

2――企業の支援策と課題

1|企業の取組みとしては、休暇、検診受診の促進等
経済産業省の「働く女性の健康推進に関する実態調査(2018)」によると、女性従業員が受けられる健康関連のサポート・配慮として勤務先が行っている取組みでは、「生理休暇」が21.1%でもっとも高く、次いで「子宮頸がん、子宮体がん、乳がんなどの検診受診の促進(13.1%)」「検診や受診のための有給休暇制度(9.9%)」「妊婦検診など母性健康管理のためのサポート(8.7%)」が続く(図表4)。

その他、がんや不妊治療を受けやすくするための柔軟な勤務形態や休暇の整備、女性特有の健康課題等に対する相談窓口や医療機関紹介サポート、がん治療や不妊治療を受ける従業員をサポートするための管理職の研修や社員向けのセミナーなどであるが、いずれも実施している割合は1割に満たない。
図表4 勤務先における「働く女性」に対するサポート・配慮(健康支援策)の有無(※サポート・配慮有率が高い順)
2|充分に活用されていない取組みもある
同調査で、勤務先がサポート・配慮を行っている取組みについて、勤務先における活用状況をみると、「検診や受診のための有給休暇制度」が69.4%(「非常に活用されている」、「まあ活用されている」の順に26.3%、43.1%)でもっとも高く、次いで「子宮頸がん、子宮体がん、乳がんなどの検診受診の促進」が65.2%(順に20.5%、44.7%)だった(図表5)。サポート・配慮として行っている割合がもっとも高かった「生理休暇」の活用は、36.4%(順に、11.6%、24.8%)にとどまった。
図表5 勤務先における「働く女性」に対するサポート・配慮の活用度(※図表4におけるサポート・配慮有率が高かった順)
活用されていない理由としては、「生理休暇」については、後述の理由から活用しづらいこと、「不妊治療」に関連するものについては前例がないこと、相談窓口等については知られていないこと等があげられた。

3――今後の推進に向けた課題

3――今後の推進に向けた課題

女性の健康支援制度の導入は、今後も広がっていくと思われるが、活用を促進するためには、制度内容の周知や、職場における理解の醸成、女性従業員自身の関心を高めることに力を入れていく必要がありそうだ。

生理休暇が活用されていない理由としては、女性従業員の「男性上司に言いづらい」「みんな我慢しているのに自分だけ取りにくい」「女性だけ得していると思われたくない」といった意見 7がある。管理者にも、「サポート策の悪用・乱用する人がいる」といった意見8が少なからずあることが紹介されており、利用しづらいものとなっているようだ。症状には個人差があり非常に辛い人がいること、周期は人によって異なることなどを理解し、体調が回復してから業務を行う方がメリットが大きいことを周知する必要があるだろう。

また、月経や更年期に伴う不調があっても、当たり前のこと/仕方がないこととして受け止めている可能性がある。その理由として、多くの女性が初潮を迎えるのは学生時代であるが、学生時代は、学校行事や入学試験、部活などにおいては、自分の体調を各種イベントに合わせるのが当たり前になっている。最近、学生にも生理休暇を導入することを求める動き9があるが、就職してからも自分の体調を合わせようと考えて当然と思われる。また、月経や更年期に伴う不調は、個人差が大きいだけでなく、周期によっても異なり、女性同士でも話題にすることが少ない。気持ちの浮き沈みは自分でも気づかないこともある等、よほどの痛みや不調がない限り、自身の症状が休暇をとったり医療機関等に相談するといった判断をしづらいといった事情もありそうだ。月経の仕組みを学ぶだけでなく、どういった症状が起きうるか、また症状がある場合、どうすればよいか、女性自身が学んでいく必要がある。また、学校や職場においては、症状が重い学生や従業員を、医療機関の受診につなげるような相談窓口や受診サポートが必要になるだろう。就職をしてからは、給料をもらって働くようになるため、学生時代以上に自分自身の体調を振り返り、不調の時は身体を休めるといった考え方も重要となる。

不妊治療については、2022年4月に保険適用範囲が拡大され、企業に対しても仕事と治療が両立しやすい制度作りを推奨している。したがって、治療を受ける従業員が増えることが見込まれ、今後、前述のような前例がないから活用しづらいといった声は低下する可能性がある。しかし、厚生労働省「不妊治療と仕事の両立サポートハンドブック」によれば、治療を受けていることを職場に伝えている人は一部であり、治療をしていることを知られたくないと考え、職場に一切伝えない(伝えない予定)と考えている人が多いことが報告されている。今後、運用面での工夫が必要となるだろう。

なお、出産後も継続して働く女性が増えたことで、産後の職場復帰支援とあわせて育休中のサポートも充実してくると思われる。産後うつ等、国全体の課題に企業が関与していくこともあり得るだろう。

ただし、女性の健康支援は、デリケートな問題でもある。女性の健康課題について職場で情報を得る機会があるのは男女ともにとって良いことだろうが、特に月経、更年期、不妊治療等にともなう不調や休暇については、症状も受け止め方も、個人による差が大きく、誰もが職場で語れるわけではないし、職場にサポートをしてもらいたい人もいれば、伝えたくない人もいる。また、例えば、経済産業省の試算によれば、生理関連の症状で仕事のパフォーマンスが落ちることなどによる損失が「年間4911億円」とされている。これは、女性の健康支援を推進する立場から見れば、モチベーションになり得る情報である。しかし、女性にとって、月経による不調は完全にはなくせないことから、女性というだけでパフォーマンスが低いと言われているように感じてしまい、場合によっては、それが、生理休暇を取得するなど、女性特有の症状に対処しにくい要因となってしまいかねない。

不調の際には休暇を取得することが、職場にとっても従業員にとってもメリットが大きいこと、症状が重い場合は、医療機関を受診することで改善の可能性があることをしっかり伝えていく必要があるだろう。また、「女性の健康」と言うと、女性特有の症状だけが注目されがちであるが、男女とも不調の要因は多数ある。女性のみに適用される生理休暇への理解を深めるためには、性別や年齢関係なく、全従業員が不調の際は休暇をとれる職場環境を築く必要があるだろう。
 
7 令和3年度厚生労働省委託女性就業支援全国展開事業「働く女性の健康支援」
8 経済産業省「「働く女性の健康推進」に関する実態調査」
9 例えば、日経新聞「学校に生理休暇、若者団体が文科省に要望」(2021年12月27日)や、 NHK「生理痛で学校に行きたくない 休みたくても休めない学生たちの実情(2021年11月17日)」(https://www.nhk.or.jp/gendai/comment/0020/topic034.html)等。
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保険研究部   主任研究員・ヘルスケアリサーチセンター兼任

村松 容子 (むらまつ ようこ)

研究・専門分野
健康・医療、生保市場調査

経歴
  • 【職歴】
     2003年 ニッセイ基礎研究所入社

(2023年03月29日「基礎研レポート」)

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