2025年03月31日

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1――はじめに

日本企業の不祥事が後を絶たない。特にCSR(企業の社会的責任:Corporate Social Responsibility)やESG(環境・社会・企業統治)の取り組みを実践する優良企業と言われていた日本有数の大企業でも相次いでおり、「CSR、ESGとは何か」と改めて考えさせられる。

筆者は、社会課題解決(志の高い社会的ミッションの実現)による社会的価値(social value)の創出を企業経営の上位概念に位置付け、その結果の報酬として経済的リターンを捉える「志の高い社会的ミッションを起点とする真のCSR経営」を、パーパス経営が提唱される以前の2008年頃からいち早く唱えてきた。

この「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の対極にあるのが、「目先の利益追求を優先する短期志向(ショートターミズム:short-termism)の経営」だ。筆者が「社会的ミッション起点の真のCSR経営」を提唱する際に、付加価値分配構造の詳細な考察に基づいて、我が国の大企業の多くが経営の短期志向に陥っていることをいち早く指摘した。

本稿では、「社会的ミッション起点の真のCSR経営」とは何かを改めて詳説した上で、データをアップデートした付加価値分配構造の分析結果から、筆者がいち早く打ち出した「我が国の大企業の多くが経営の短期志向に陥っている」との主張は現時点でも変わらないことを論じたい。足下で欧米の右派・保守派の政党が反ESGの動きを強めている中でも、我が国の大企業には、こだわり続けて変えてはいけない企業経営の「在り方・原理原則」として、筆者が提唱してきた「社会的ミッション起点の真のCSR経営」を、産業界で久々に高水準の賃上げ機運が高まっている今こそ、力強く推進・実践することを推奨したい。

2――「社会的ミッション起点の真のCSR経営」とは何か?

2――「社会的ミッション起点の真のCSR経営」とは何か?

1|企業の社会的責任・存在意義は社会的価値創出にあり
企業の社会的責任(CSR)や存在意義とは何か。筆者は、「企業の社会的責任や存在意義は、単に製品・サービスをアウトプットとして提供することにとどまらず、あらゆる事業活動を通じて社会課題を解決し社会を良くするという『社会的ミッション』を実現すること、すなわち『社会的価値』を創出することにこそあり、結果としてそれと引き換えに経済的リターンを獲得できると考えるべきであり、経済的リターンありきではなく社会的ミッションを起点とする発想が求められる。このような社会的価値創出を経済的リターンに対する上位概念と捉える『社会的ミッション起点の真のCSR経営』は、従業員、顧客、取引先・サプライヤー、株主、債権者、地域社会、行政など『多様なステークホルダー(マルチステークホルダー)』との高い志の共有、いわば『共鳴の連鎖』があってこそ実践できる。経営者は、社会を豊かにする社会変革(ソーシャルイノベーション)をけん引すべく、強い使命感・気概・情熱を持って、沸き立つ高い志を多様なステークホルダーと共有し、社会的ミッションを成し遂げなければならない」と主張してきた1

社会的ミッション起点の真のCSR経営において、「経営トップの役割としては、経営戦略の構築力・実行力もさることながら、志の高い社会的ミッションを掲げ、それを全社に浸透・共有させ、組織風土として醸成し根付かせるとともに、社外のステークホルダーからも共感を得て、多様なステークホルダーと一致結束する関係を構築することが極めて重要である。高い志への共鳴の連鎖を通じて醸成される、企業とステークホルダーとの信頼関係は、いわゆる『ソーシャル・キャピタル』2と呼ばれるものであり、CSRを実践するための土壌となる」3と言える。

また「一組織での社会的課題の解決は難しくなってきており、産学官、営利・非営利など多様な組織が連携する『オープンイノベーション』4の重要性が高まっている」5。その意味でも、志の高い社会的ミッションの下での多様な組織・プレーヤーとの共鳴・連携は欠かせない。すなわち、「企業にとって、製品・サービスのライフサイクルが短縮化する中、顧客ニーズの多様化や産業技術の高度化・複雑化に伴い、異分野の技術・知見の融合なしには、イノベーションのスピードアップが難しくなってきている。とりわけ社会を変える革新的な製品・サービスの開発は、企業が自社技術のみで完結させることがますます困難となってきている。イノベーションを巡るこのような環境変化の下で、企業は社内の知識結集だけでなく、大学・研究機関や他社などとの連携によって外部の叡智や技術も積極的に取り入れる『オープンイノベーション』の必要性が高まっている」6

「社会的価値の創出」とは、最終的には、人々の快適性・利便性、心身の健康(ウェルネス)、安全・安心、幸福感(ウェルビーイング)など社会生活の質(QOL)を豊かにすることにつながることが重要であり、企業活動の「ソーシャルインパクト(社会全体への波及効果)」と捉えることができる。

「社会的ミッション起点の真のCSR経営」と言うと小難しく聞こえるかもしれないが、平たく言えば、「企業経営は世のため人のために行う」「企業経営は社会の役に立ってなんぼ」ということだ。また、「真のCSR実践においては、適切な『ガバナンス(G)』の下で、企業活動の一挙手一投足を『環境(E)や社会(S)への配慮』という『フィルター』にかけることが不可欠である」7ため、筆者が提唱する「社会的ミッション起点の真のCSR経営」は、「ESG経営」と言い換えることもできる。すなわち、「あらゆる企業行動がCSRにより規定される=CSRがあらゆる企業行動の拠り所となる」「CSRは、常にあらゆる経営戦略や企業活動に対する上位概念と位置付けられる」8と考えるべきだ。環境や社会への配慮によりサステナブル(持続可能)な社会の構築に貢献することは、企業のサステナビリティ(持続可能性)の前提となる。サステナブルな社会への貢献は、まさにあらゆる企業が共有すべき最重要の社会的ミッションであり、社会的ミッション起点の真のCSR経営は、「サステナビリティ経営」とも言えるだろう。
 
1 企業の存在意義や社会的責任を社会的価値の創出と捉える考え方については、文末の<参考文献②>筆者が執筆した「社会的ミッション起点の真のCSR経営」に関わる主要な論考を参照されたい。
2 コミュニティや組織の構成員間の信頼感や人的ネットワークを指し、コミュニティ・組織を円滑に機能させる「見えざる資本」であると言われる。「社会関係資本」と訳されることが多い。
3 拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にて指摘。
4 拙稿「オープンイノベーションのすすめ」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2007年8月号を参照されたい。
5 拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にて指摘。
6 拙稿「クリエイティブオフィスのすすめ」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2018年3月14日、同「AIと研究開発DX」ニッセイ基礎研究所『研究員の眼』2020年12月28日にて指摘。筆者は、社会を変える革新的な製品・サービスの企画開発のための必要条件として、「オープンイノベーションの推進」とともに、「創造的なオフィス環境の整備」が挙げられると考えている(同「クリエイティブオフィスのすすめ」『基礎研レポート』2018年3月14日)。
7 拙稿「CSRとCRE戦略」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2015年3月31日にて指摘。
8 拙稿「地球温暖化防止に向けた我が国製造業のあり方」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研所報』Vol.50(2008年6月)にて指摘。
2|「非金銭的リターン」の重要性
企業が大規模な自然災害や事故、感染症のまん延(パンデミック)など想定外の緊急事態あるいは中長期における社会的ニーズに応えた結果、仮に短期利益が獲得できなくとも、企業が受け取るリターンには、経済的リターン以外に「非金銭的なモチベーション(=リターン)」がある、と筆者は考えている。

緊急時の社会的ニーズに対応した事例としては、コロナ禍の中で特に品不足が一時深刻化したマスク、フェースシールド、防護ガウン、消毒液、人工呼吸器など医療関連製品の増産要請という緊急性が極めて高い社会的ニーズに応えて、地方の中小企業を含め企業規模を問わず異業種企業が、緊急支援として、自社の経営資源を活かして迅速かつ果敢に新規参入し懸命に供給を増やそうとした動きが、日本でも散見されたことが挙げられる9。このことは、志の高い社会的ミッション起点の企業行動として高く評価されるべきだ。中には、フェースシールドやガウンを医療機関などへ無償提供する動きも見られた。「企業の目的は利益追求」とする経営者には、このような行動は取れないだろう。

非金銭的なモチベーション(リターン)としては、具体的には高い志を達成したことによる満足感ややりがい、さらには社会からの企業に対する評価向上が挙げられる。このような非金銭的な社会的評価が、従業員のモチベーション向上ひいては生産性向上、ブランド価値の向上による顧客拡大や志の高い優秀な人材の確保、行政からの協力獲得などにつながり、経済的リターンにプラスの波及効果をもたらすことが期待される10。このように無形の「非金銭的リターン」は、いずれ経済的リターンに転換され経済的リターンとの好循環を生み出し得る、と考えられる。

筆者は、「企業が財務的リターンのみを追求すると、社会的ミッションを軽視するリスクが高まる。営利企業の行動を社会的ミッションの実現に仕向けるためには、従業員、株主、取引先、顧客、地域社会など多様なステークホルダーが企業の社会的ミッションに共鳴し、企業がそれを実現すれば社会が高く評価することにより、企業にミッション達成のやりがいを感じさせることが必要である。すなわち、企業行動において社会的価値追求と経済的リターン追求のギャップを埋めるのは、非金銭的動機付けであると考えられる」「営利企業を常に社会変革へと突き動かすには、社会的ミッションを実現する企業を称賛し鼓舞する社会風土を醸成する必要がある。そのためには、財務的リターンなど金銭的評価がなければ、リスクを取った行動を起こせない保守的な発想からの脱却が求められる。このようなリスクを取らない発想は、高い志と目利き能力の欠如を露呈するものである。株主至上主義の下で『経済的リターンの確証がなければCSRに取り組まない』とする考え方は本末転倒だろう。本来経営トップが沸き立つ高い志を多様なステークホルダーと共有し、社会変革に向けたCSRを実践すべきである」11と主張してきた。

企業とステークホルダーの間にこのようなコンセンサスが醸成されているなら、仮に経済的リターンが短期的に見込めなくとも、企業はやりがいや社会からの評価などの「非金銭的リターン」を糧に社会課題の解決に乗り出すことができるはずだ。企業を適正に評価しリスクマネーを提供して企業活動を支える、重要なステークホルダーの1つである資本市場(株主・投資家)にも、このようなスタンスが求められる。すなわち、社会的ミッション実現に向けて真のCSRを誠実に実践する企業を応援し育てるという強い気概が必要だ。
 
9 拙稿「コロナ後を見据えた企業経営の在り方」ニッセイ基礎研究所『基礎研レポート』2020年8月28日にて詳細に取り上げた。
10 拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にて指摘。
11 拙稿「CSR(企業の社会的責任)再考」ニッセイ基礎研究所『ニッセイ基礎研REPORT』2009年12月号にて指摘。

本資料記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と完全性を保証するものではありません。
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(2025年03月31日「基礎研レポート」)

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社会研究部   上席研究員

百嶋 徹 (ひゃくしま とおる)

研究・専門分野
企業経営、産業競争力、産業政策、イノベーション、企業不動産(CRE)、オフィス戦略、AI・IOT・自動運転、スマートシティ、CSR・ESG経営

経歴
  • 【職歴】
     1985年 株式会社野村総合研究所入社
     1995年 野村アセットマネジメント株式会社出向
     1998年 ニッセイ基礎研究所入社 産業調査部
     2001年 社会研究部門
     2013年7月より現職
     ・明治大学経営学部 特別招聘教授(2014年度~2016年度)
     
    【加入団体等】
     ・日本証券アナリスト協会 検定会員
     ・(財)産業研究所・企業経営研究会委員(2007年)
     ・麗澤大学企業倫理研究センター・企業不動産研究会委員(2007年)
     ・国土交通省・合理的なCRE戦略の推進に関する研究会(CRE研究会) ワーキンググループ委員(2007年)
     ・公益社団法人日本ファシリティマネジメント協会CREマネジメント研究部会委員(2013年~)

    【受賞】
     ・日経金融新聞(現・日経ヴェリタス)及びInstitutional Investor誌 アナリストランキング 素材産業部門 第1位
      (1994年発表)
     ・第1回 日本ファシリティマネジメント大賞 奨励賞受賞(単行本『CRE(企業不動産)戦略と企業経営』)

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【「社会的ミッション起点の真のCSR経営」の再提唱-企業の目的は利益追求にあらず、社会的価値創出にあり】【シンクタンク】ニッセイ基礎研究所は、保険・年金・社会保障、経済・金融・不動産、暮らし・高齢社会、経営・ビジネスなどの各専門領域の研究員を抱え、様々な情報提供を行っています。

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