2025年02月06日

2025年度の社会保障予算を分析する-薬価改定と高額療養費見直しで費用抑制、医師偏在是正や認知症施策などで新規事業

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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3|歳出抑制策(2)~高額療養費の見直し~
次に高額療養費とは、患者が窓口で支払う医療費の支払いについて、月額の上限を設定することで、窓口負担を抑制する制度。年齢や収入で上限は異なるが、図表4の通り、現在は70歳未満の場合、「約1,160万円以上」「約770万~約1,160万」「約370万~約770万」「~約370万円」「住民税非課税」の5つに分かれており、70歳以上の場合は「住民税非課税(一定所得以下)」を加えた6つに区分されている。
図表4:高額療養費の見直し(70歳未満の場合)
例えば、70歳未満で年収が約370~770万円の人が月100万円の医療費を支払うことになった場合、原則として窓口負担は30万円だが、高額療養費で上限は8万7,430円まで抑えられる17

一方、改革工程では2028年度までに検討する事項として、高額療養費の限度額見直しが挙がっていた。さらに、物価上昇の影響とか、高額医薬品が多く登場していることで患者負担の比率が下がっているとして、首相直属で社会保障改革を議論する全世代型社会保障構築会議で見直しを求める意見が数多く出ていた。経済財政諮問会議でも歳出改革の観点に立ち、同様の意見が示された。

こうした中、歳出抑制策として、高額療養費の見直しが焦点となり、限度額の段階的な引き上げと所得区分の細分化が決まった。具体的には、前回の見直し(2015年)からの平均給与の伸び率が約9.5~約12%であることを考慮し、平均的な所得層である年収約370万~約770万円の引き上げ幅が10%に設定された。

見直しの内容は少し複雑であり、概要だけ説明すると、現行区分のまま、2025年8月から限度額が引き上げられる。例えば、70歳未満の年収約370~約770万円の人の場合、図表3の通り、限度額の基準は8万100円から8万8,200円まで引き上げられる。その後、2026年8月から13区分に細分化されるとともに、限度額も2027年8月までに段階的に引き上げられる。

一方、70歳以上も70歳未満と同様に限度額が引き上げられる。現時点では約370万円未満の場合、限度額は原則として5万7,600円となっているが、2025年8月に6万600円に引き上げられる。

さらに、現在は「約1,160万円以上」「約770万~約1,160万」「約370万~約770万」「~約370万円」「住民税非課税」「住民税非課税(一定所得以下)」に分かれているが、2026年8月以降、14区分に変わるとともに、限度額が段階的に引き上げられる。

例えば、新区分で年収260万~370万円の場合、原則として7万9,200円になる18。その際、低所得層の上げ幅を抑える一方、年収約1,650万円以上の負担は最大1.75倍となるなど、高所得者に多くの負担を求める「応能負担」が強化された。

このほか、70歳以上の高齢者医療費のうち、外来負担に上限を設定している「外来特例」も2026年8月以降、見直されることになった。これは2002年10月、定率1割負担が原則とされた際に導入された仕組みであり、70歳以上の場合、原則として1人当たり月額1万8千円、住民税非課税世帯は月額8千円などに設定されている。

今回の見直しでは、2026年8月以降、収入の低い階層の負担は据え置かれる一方、2026年8月から年収に応じて上限が引き上げられる。これらの見直しを通じて、平年度ベースの負担抑制額は概算で保険料3,700億円、国費(国の税金)ベース1,100億円、地方負担(自治体の税金)500億円と見られている。

しかし、図表4で示した案が実現するかどうか微妙な情勢となっている19。今年に入り、患者団体などから批判が強まっており、オンライン上の反対署名は僅か5日で7万人を超えた。通常国会でも繰り返し話題になっており、石破首相は2025年2月の衆院予算委員会で、福岡資麿厚生労働相が患者団体の代表と面会すると明らかにするとともに、「政府として指摘を受け、どのように対応するかは、今検討しているところだ」と述べた。自民党の森山裕幹事長も「がん患者で長期の治療を重ねなければならない方の医療費は別途検討する必要がある」との考えを示した。

一方、図表4の見直し案が修正されることになった場合、図表3の費用抑制の全体像が影響を受ける。さらに、後述する通り、岸田文雄内閣が重視した「次元の異なる少子化対策」では、3兆円超の所要予算を歳出改革で賄うことが決まっており、高額療養費見直しによる費用抑制も想定されている。このため、次元の異なる少子化対策の枠組みも影響を受けることになる。

一方。個別項目では新規事業を含めて、幾つか注目される事業が盛り込まれた。以下、(1)医療提供体制改革、(2)高齢福祉分野、(3)少子化対策、(4)その他――に分けて概観を試みる20
 
17 基準となる8万100円に加えて、100万円から26万7,000円を差し引いた分の1%に相当する金額の合計を負担する。ただし、多数回該当などの例外がある。
18 ただし、後述する外来特例や多頻回などの例外規定があり、全員が該当するわけではない。
19 高額療養費の見直し動きについては、2025年2月4日『朝日新聞デジタル』『共同通信』『読売新聞オンライン』配信記事、同年2月3日『m3.com』配信記事、同年1月28日『朝日新聞デジタル』配信記事などを参照。
20 なお、予算説明資料では、政策体系に関わる予算額が特定または区分できない場合、「内数」で示されている時がある。本稿では煩雑さを避けるため、内数で示された事業などについては、予算額を書かない。

4――社会保障関係予算の主な内容(1)

4――社会保障関係予算の主な内容(1)~医療提供体制改革~

1|医師偏在是正
医療提供体制改革では、医師偏在是正に関して新規施策が2024年度補正予算と2025年度当初予算案に計上された。この関係では、武見敬三前厚生労働相が2024年4月、思い切った偏在是正策の必要性を強調。これを契機に厚生労働省内で急ピッチに議論が進んだ21結果、2024年12月に「医師偏在の是正に向けた総合的な対策パッケージ」(以下、パッケージ)が公表されるに至った。

パッケージでは、▽都道府県が策定している「医師確保計画」の実効性確保、▽重点的に偏在是正策を展開する地域で働く医師への手当増額、▽診療所で外来に携わる医師が多い「外来医師過多区域」での新規開業者に対する要件強化、▽総合的な診療能力を学び直すためのリカレント教育を中堅以上の医師に実施――といった内容が盛り込まれた。

こうした制度改正を実行するため、一部の施策では2025年通常国会で法改正が予定されているほか、2024年度補正予算と2025年度当初予算案でも関係事業が盛り込まれた。例えば、2024年度補正予算では医師が少ない地域での事業承継や開業支援に102億円が計上されたほか、中堅医師へのリカレント教育の推進にも約1億円が確保された。
 
21 医師偏在是正を巡る議論については、2024年11月11日拙稿「医師の偏在是正はどこまで可能か」を参照。
2|かかりつけ医機能の強化
身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医機能」を強化するための制度が2025年4月から施行されるため、そのための予算も盛り込まれた。

これは元々、コロナ禍での出来事から持ち上がった案件である22。政府はコロナの発熱外来への対応に際して、かかりつけ医での受診を国民に促したものの、「かかりつけ医とは何か?」という点が法律や制度に明確に位置付けられておらず、患者が受診を断られるケースが散見された。

そこで、事前に受診する医師を指名する「登録制」など、かかりつけ医を制度化する是非が2022年秋から争点になった。結局、2023年通常国会で成立した法律では、患者が医師を自由に選べるフリーアクセスを前提としつつ、▽かかりつけ医機能に関わる情報を都道府県に報告してもらう「かかりつけ医機能報告制度」の創設、▽機能報告制度の情報を基に、医療機関の情報を都道府県ごとに開示している「医療機能情報公表制度」を刷新し、かかりつけ医の現状に関する情報を国民に公表することで、かかりつけ医を選ぶ際の参考にしてもらう、▽機能報告制度の情報を参考にしつつ、都道府県を中心に、在宅医療など不足する機能を充足するように地域で協議し、自主的な対応を通じて、かかりつけ医機能を充足させる――という仕組みが制度化され、2025年4月から本格施行される。

こうした状況の下、2025年度当初予算案では、かかりつけ医機能の普及促進事業(7,500万円)などが計上されたほか、2024年度補正予算でもシステム運用・保守に関わる経費(約19億円)が盛り込まれた。
3|公立病院の改革
公立病院に関する地方交付税措置も見直された。物価上昇などで資金不足が生じている公立病院に対し、経営改善計画の策定を促すとともに、その効果の範囲内で資金を確保できる病院事業債を2027年度までの措置として創設することが決まった。さらに、総務省と厚生労働省の共同事業として、経営層のマネジメント力を向上させる「医療経営人材養成研修」をスタートさせる方針も示された。

このほか、自治体に配分される交付税のうち、特別な行政需要に対応する「特別交付税」の算定ルールも見直された。具体的には、へき地医療を担う公的病院に対し、自治体が助成した場合の経費を支援する特別交付税が拡充され、訪問看護と遠隔医療が対象に追加された。不採算地区に立地する公的病院に関する特別交付税の基準額を2021年度以降、30%引き上げられており、これも継続する方針が盛り込まれた。
4|在宅医療・介護連携推進事業の拡充
このほか、市町村と地域医師会の連携の下、医療・介護連携を強化する「在宅医療・介護連携推進事業」の拡充が盛り込まれた。これは介護保険財源の一部を高齢者部門に「転用」する「地域支援事業」の一つであり、市町村レベルで在宅医療・介護の資源マップ作成とか、医療・介護専門職の研修、看取りをテーマにした住民向け講習会などが展開されている23

2025年当初予算案では、へき地や中山間地域、小規模自治体での事例収集に加えて、関連情報を集約するウエブサイトを構築する方針が示された。さらに、関係者のネットワーク化などを担う目的で、地域の医師会などに配置されている「在宅医療・介護連携推進事業コーディネーター」のハンドブック作成などにも努めるとしている。予算額は600万円増の4,300万円。
 
23 在宅医療・介護連携推進事業の経緯や現状などについては、2024年10月22日拙稿「『在宅医療・介護連携推進事業』はどこまで定着したか?」を参照。

(2025年02月06日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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