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2024年度トリプル改定を読み解く(中)-重視された医療・介護連携と急性期見直し、政策誘導の傾向鮮明に

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
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1――はじめに~重視された医療・介護連携と急性期見直し、政策誘導の傾向鮮明に~
今回の(中)では、急性期医療や高齢者救急の見直し、多職種連携の促進など提供体制改革を医療、介護の両面に渡って横断的に検討する。特に、今回の改定で特筆できる点として、診療報酬と介護報酬を話し合う審議会による意見交換会が例年以上に綿密に実施され、医療と介護が重なる部分について見直し論議が進んだことが挙げられる。具体的には、意見交換会では9つのテーマが議論され、高齢者救急の見直しに関して、医療機関と介護保険施設の連携を促すテコ入れ策が診療報酬、介護報酬の両面で講じられた。外来や介護予防の分野でも専門職同士の意思疎通を密にするための改定が実施された。こうした点を本稿では取り上げる。
さらに、高齢者救急の見直しは急性期医療の適正化という長年の懸案も絡んでおり、ICU(集中治療室)の厳格化など関連する報酬改定を取り上げることで、医療提供体制改革を診療報酬の見直しで進める動きが一層、強まった点を指摘する。その上で、報酬改定による誘導のメリットとデメリットを整理しつつ、医療・介護について様々な提供体制改革を現場で担う自治体の主体性が問われる可能性を論じる。
最終回となる(下)では、医師の長時間労働を見直すため、2024年4月に本格施行された「医師の働き方改革」に関する改定とか、医療と障害者福祉の連携などをピックアップした上で、主に診療報酬改定に関して、審議会の議論がバイパスされている動向や背景などを取り上げる。
2――膨大な改定資料
こうした事情の下、制度は合意形成を取りつつ、少しずつ見直されることになる。これは政治学や行政学では一般的に「漸増主義」(incrementalism)と呼ばれる2。漸増主義的な解決策では、関係者の合意を取れる分、制度改正は確実に実行されるが、足して二で割るような結論が導かれることが多く、制度は複雑化して行く。
さらに今回の改定では、厚生労働省幹部が「触っていないところがない」3と振り返るほど、細かい見直しが広範に渡って実施された。このため、診療報酬改定の説明資料は分厚くなっており、医科の概要だけでも380ページに及ぶ。さらに、介護報酬や障害福祉サービス報酬も近年、複雑化の一途を辿っており、介護報酬改定の「改定事項概要一覧」という説明資料で224ページ、障害福祉サービス報酬改定に関する「主な改定内容」という資料で43ページに上る。これに通知や疑義解釈、Q&Aと呼ばれる文書が付いており、改定内容の全てを取り上げることは困難である。
今回の(中)では医療・介護連携に関わる改定内容とか、急性期医療の見直しに関わる部分を重点的に取り上げるとともに、その意味合いや背景、論点などを考察する。
1 本稿執筆に際しては、『朝日新聞』『毎日新聞』『読売新聞』『日経ヘルスケア』『社会保険旬報』『週刊社会保障』『シルバー新報』に加えて、『日経メディカル』『GemMed』『m3.com』の配信記事を参照した。煩雑さを避けるため、引用は関係者の発言など最小限にとどめる。
2 漸増主義については、Charles E.Lindblom, Edward J.Woodhouse(1993)”The Policy-Making Process”[薮野祐三、案浦明子訳(2004)『政策形成の過程』東京大学出版会]などを参照。
3 2024年3月13日『m3.com』配信記事における厚生労働省保険局の眞鍋馨医療課長に対するインタビューを参照。以下、肩書は全て当時。
3――医療・介護・福祉の連携に関わる経緯
今回の改定における特徴の一つとして、医療と介護の連携が例年以上に強く意識された点を指摘できる。その一つの表れとして、中央社会保険医療協議会(厚生労働相の諮問機関、以下は中医協)と社会保障審議会(同)介護給付費分科会(以下は分科会)の意見交換会が2023年3~5月に渡って計3回開かれた。その際、「医療・介護・障害サービスの連携」「リハビリテーション・口腔・栄養」など9つのテーマが話し合われた。
今回の改定における対応が手厚かった点については、過去と比べると、一目瞭然である。ここで、6年に1回の頻度で実施される同時改定の動向を簡単に振り返ると、医療と介護の連携強化が本格的に意識され始めたのは2012年度改定だった。この時は地域の好事例を支援する「在宅医療介護連携拠点事業」を通じてモデル地域が指定されたほか、報酬改定でも在宅医療や入退院支援などの強化が意識された。
その後、前回の同時見直しとなる2018年度同時改定でも、医療保険と介護保険にまたがるリハビリテーションの役割分担など、医療と介護の連携を促す細かい見直しが積み上げられた4。いずれも医療提供体制改革を進める上では、生活に身近な在宅ケアの部分で、医療と介護が足並みを揃える必要があるとの判断だった。その意味では医療・介護連携の強化とか、連携が求められるテーマの全てが目新しいわけではない。
しかし、図表1に示した通り、2012年改定に際して、中医協と分科会の意見交換会は2011年11月に1回開かれただけだった。その後、2018年改定では時期が前倒しされ、2017年3月と4月に2回開催されたが、今回の2024年度同時改定では1回分増えた。
さらに、議論されたテーマを見ても、医療・介護連携や認知症など共通している部分も見られる半面、高齢者の救急や介護施設における医療など、2024年度改定では従来よりも広範なテーマが網羅されたことを確認できる。
4 2018年度改定の主な内容については、2018年5月1日拙稿「2018年度診療報酬改定を読み解く」(全2回、リンク先は上)、2018年5月14日拙稿「2018年度介護報酬改定を読み解く」を参照。
2|ダブル改定ではなく、トリプル改定を意識
このほか、医療・介護にとどまらず、障害福祉サービスも意識した「トリプル改定」という言葉が本稿を含めて多く使われるようになったのも特色と言える。例えば、経済財政政策の方向性を示すため、毎年6月頃に決定されている「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)を読み比べると、前回の同時改定が意識された2017年版では「医療・介護の連携強化に向けて、診療報酬・介護報酬の両面から対応する」といった形で、あくまでも医療と介護の「ダブル」改定を意識した文言が示されていた。一方、障害福祉サービスは報酬改定に関わる部分の末尾に「新しく創設するサービス等の具体的内容を検討」という方向性が示されているに過ぎなかった。つまり、6年前の2018年度改定では、医療と介護、障害福祉の「トリプル」連動は余り意識されていなかった。
これに対し、2023年版の骨太方針では(上)で述べた通り、賃上げに絡む部分で、「次期診療報酬・介護報酬・障害福祉サービス等報酬の同時改定」という文言が用いられており、障害福祉サービスも合わせた見直しが以前よりも意識されたと言える。意見交換会のテーマを見ても、施設における医療などで「障害」という言葉も登場しており、実際に今回の改定でも人工呼吸器などを使いつつ経管栄養などの医療的ケアを要する「医療的ケア児」に対する支援などに関して、医療と福祉の連携を促す見直しも実施された。
ただ、3回の意見交換会を重ねた中医協や分科会と異なり、障害福祉サービスの報酬を議論する「障害福祉サービス等報酬改定検討チーム」との意見交換会が開かれたわけではないため、医療・介護ほど一体的に見直されたとは言い切れない。このため、国の審議会レベルにおける意見交換も含めて、障害福祉サービスとの連携強化は今後の課題と言えそうだ。本稿では、医療・介護の連携を中心的に考察し、医療と障害福祉の連携は(下)で言及する。
では、今までよりも綿密に実施された同時改定に関する意見交換会では、どんな内容が話し合われたのだろうか。以下、意見交換会に提出された資料などを基に、9つのテーマを見ると、1番目の医療・介護連携では患者・利用者の情報を双方向で共有する必要性とか、関係者が連携する体制づくり、ICT(情報通信技術)やデジタル技術の活用などが意識された。
必要なサービスの調整などを担うケアマネジャー(介護支援専門員)に対する情報提供としても、医療の情報や医師サイドの意見を反映する必要性が論じられたほか、要介護認定時に義務付けられている「主治医意見書」のケアマネジメントへの活用なども話題に出た。
2点目の「リハビリテーション・口腔・栄養の一体的な取組」は3年前の介護報酬改定から重視されている点であり、意見交換会では多職種連携の必要性などが焦点になった。このうち、リハビリテーションでは医療サイドで作られたリハビリテーションの計画が介護事業者と十分に情報共有されていない点とか、口腔管理の必要性が病院や介護施設で浸透していない点、栄養については退院・退所後や在宅における栄養・食生活支援の実施などが課題として挙がった。
3つ目では、高齢者向け救急の在り方が大きな論点になった。具体的には、高齢者が医療資源投入量の多い急性期病床に入院すると、十分なリハビリテーションが受けられないまま、要介護度が悪化する時がある。そこで、医療資源投入量のミスマッチを解消することで、医療機関の機能分化を図るとともに、早期の在宅復帰支援を図ることが意識された。
4点目の「高齢者施設・障害者施設等における医療」では、介護施設と外部医療機関との連携が焦点になった。具体的には、「特別養護老人ホーム(特養)の配置医師が常勤の配置を求められていないため、要介護者に適した緊急時の対応や入院・医療のルール化、医療・介護の連携の制度化が必要」「医療機関と高齢者施設で中身のある連携体制を構築することが必要」といった意見が出た。このほか、適切な多職種連携による高齢者施設における薬剤管理、医療機関などから必要な専門的支援を受けられる連携の枠組みなどの課題も列挙された。
5点目の認知症への対応では、早期対応や重症化防止に向けた多職種連携に加えて、興奮・暴言・暴力などBPSD(行動・心理症状)などでの対応力を向上させるための連携なども話題に出た。
6番目の「人生の最終段階における医療・介護」では、終末期の医療・介護を本人や家族、関係者が協議するACP(advance care planning)と呼ばれる意思共有の必要性が以前から意識されており、最近の改定ではACPの同意と取得が医療機関や介護事業所の加算要件とされている。意見交換会では「日々の診療や介護の過程で、丁寧な意思確認が大切であり、意思は刻々と変わることを踏まえると、ICTなどを用いてリアルタイムで医療・介護関係者で共有できる体制が有効」といった意見とか、身近な病気やケガに対応する「かかりつけ医」の早期関与の必要性も話題に出た。
さらに、特養における看取り強化に向けた対応策としても、急変時に備えた医療情報や生活支援情報の相互交換に向けた標準的なフォーマットの作成と、自治体における活用も議論の俎上に上った。
7つ目の訪問看護では、安定した24時間のサービス提供体制の構築・強化とか、入院前後の医療機関との連携強化などが課題として示されたほか、訪問看護は医療保険と介護保険の双方にまたがるため、円滑なサービス提供や制度間の差異の調整などの必要性が意識された。
8点目の薬剤管理では、高齢者施設などでの薬剤管理が話題になり、9つ目の「その他」ではマイナンバーカードの活用を含めたDX(デジタルトランスフォーメーション)の推進などの必要性が指摘された。
こうした議論を踏まえると、過去の同時改定と比べても、今まで以上に医療・介護連携が様々な場面で強く意識された様子を理解できる。
(2024年07月29日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
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