2024年05月09日

「新築マンション価格指数」でみる東京23区のマンション市場動向【2023年】(2)~コロナ禍以降、「駅近」志向が高まる一方、「住居の広さ」と「中心部までのアクセス」への評価は揺り戻しの動きも

金融研究部 主任研究員 吉田 資

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2-3.「都市の中心部までのアクセス時間」に対する評価~アクセス時間の評価向上に揺り戻しの動き
「最寄り駅から都市の中心部9までの所用時間」の回帰係数の符号は、分析期間中、一貫してマイナスとなっている(図表-7)。これは、東京の中心部までのアクセス時間が長くなる(短くなる)につれて、新築マンション価格(坪単価)が下落(上昇)することを意味する。

各フェーズ(I~III)における回帰係数の推移をみると、「上昇フェーズI」は、係数の値は2005年の▲0.3%10から2007年の▲1.0%へとマイナス幅が拡大した。この時期は、「職住近接」志向の高まり11とともに、価格上昇に伴い賃貸・転売目的の購入が増えていたこと12等が要因として考えられる。

その後、係数の値は縮小傾向にあったが、コロナ禍を経てマイナス幅が急拡大した(2007年▲1.0%⇒2019年▲0.4%⇒2022年▲1.2%)。先行研究では、コロナ禍以降、通勤時の感染の機会を減らすため、職場近くへの居住を奨励・支援したり、自転車通勤や自動車通勤を認めたりする例もあり、都心居住の志向が強まる傾向もあったと指摘されている13
図表-7 「最寄り駅から都市の中心部までの所用時間  (1分増加あたりの価格変化)
しかし、直近(2023年)の回帰係数の値は▲0.9%と、前年(▲1.2%)から縮小した。アルヒ「コロナ禍を経た街選びと家選びの実態調査」14によれば、住宅購入を検討している有職者に「検討している物件から職場までの通勤時間」を尋ねたところ、「30分未満」との回答が3割であった一方、「1時間以上」との回答も3割強を占めた(図表-8)。前述の通り、東京ではテレワーク(在宅勤務)が急速に普及し、在宅勤務を取り入れたワークスタイルが定着しつつある。そうしたなか、通勤時間に対する考え方も多様化しつつあるようだ。「中心部へのアクセス」に対する評価についても、今後の変化を注視したい。
図表-8 検討している物件から職場までの通勤時間
 
9 本稿では、便宜上、「東京駅」とした。
10 当該物件の最寄り駅から都市の中心部(東京駅)までの所用時間が1分増加した場合、新築マンション価格(坪単価)が▲0.3%下落する。
11 朝日新聞 「都市の魅力、未来へつなぐ 進む再開発、戻る住民 新東京物語 be・TOKYO特集」2008/03/20
12 日本経済新聞 「空洞マンションじわり――増える賃貸・転売目的の購入、居住者に不安感(生活)」2008/08/15
13 米山秀隆(2021)「コロナ禍後の働き方と住まい、都市の変化とは」住宅生産振興財団「家とまちなみ」No.83
14 アルヒ株式会社 TownU(https://townu.jp/news/info/20230621

3.新築マンション市場の今後の方向性

3.新築マンション市場の今後の方向性

続いて、本章では、新築マンション市場の今後の方向性について、(1)住宅ローン金利動向、(2)年代別にみた人口見通し、(3)分譲マンション着工の状況、の観点から考察したい。
3-1.住宅ローン金利動向
長期固定金利住宅ローンである「フラット35」の金利は、2005年から2008年にかけて2%前半から3%台へ上昇した後、低下に転じ、2016年には1%を下回る水準まで低下した。その後も概ね1%台前半で推移していたが、2022年に入り上昇し2%間近に迫っている(図表-9)。

リクルート調査によれば、新築マンション購入における自己資金比率を尋ねたところ、「5%未満」との回答が42%を占めた。多くのローン借入を前提に、マンション購入を検討する消費者が多いなか、住宅ローン金利の水準は、住宅購入判断に影響を及ぼしている模様だ15。住宅金融支援機構「住宅ローン利用予定者調査」によれば、「今(今後1年程度)は、住宅取得の買い時だと思うか」という質問に対して、金利が上昇し始めた2022年以降、「買い時とは思わない」との回答が「買い時だと思う」との回答を上回っている(図表-10)。

日本銀行は、2024年3月の金融政策決定会合で、マイナス金利政策の解除と長短金利操作(YCC)の撤廃を決定した。こうしたなか、金融政策正常化に伴う住宅ローン金利への影響が懸念されている16。三菱UFJ信託銀行「2023年度下期デベロッパー調査」によれば、「住宅ローン金利が0.5%上昇した場合のマンション販売価格」を尋ねたところ、「販売価格が下落する(10%未満)」(56%)との回答が最も多く、次いで、「販売価格が下落する(10%以上)」(16%)との回答が多かった。

今後、住宅ローン金利が大幅に上昇した場合、需給環境が悪化に転じる可能性があり注視が必要であろう。
図表-9 住宅ローン(フラット35)の推移/図表-10 住宅取得の買い時意識
 
15 野村不動産ソリューションズ「第26回住宅購入に関する意識調査アンケート」によれば、「買い時だと思う理由」を尋ねたところ、「住宅ローンの金利が低水準」(56.3%)との回答が最も多かった。
16 日本経済新聞 「住宅ローンどうなる? 変動金利の急な引き上げに配慮」2024/3/19
3-2.年代別にみた人口見通し
リクルート調査によれば、首都圏における「マンション購入契約時の世帯主年齢」について、「30代前半(30~34歳)」(28%)が最も多く、次いで「30代後半(35~39歳)」(20%)、「40代(40~49歳)」(19%)の順に多かった。以下では、新築マンションの主な購入層である「30代」と「40代」の人口動態について確認する。

総務省「国勢調査」によれば、東京23区の30代人口は、2005年を100とした場合、2020年に「99」となった。また、将来人口について、国立社会保障・人口問題研究所「日本の地域別将来推計人口(令和5(2023)年推計)」によれば、2035年の人口は「100」と、横ばいで推移する見通しである。

エリア別にみると、2020年の人口は、「都心」が「118」、「北部」が「105」と2005年対比で増加する一方、「南西部」が「97」、「東部」が「89」と減少した。また、2035年の人口は、「都心」が「116」(2020年対比▲2%)、「北部」が「110」(同+5%)、「南西部」が「95」(同▲2%)、「東部」が「94」(同+6%)となる見通しである(図表-11)。

一方、40代人口(2005年=100)は増加傾向に推移し、2020年に「139」に達したが、2025年以降は減少に転じ、2035年の人口は「126」(2020年対比▲13%)となる見通しである。

エリア別をみると、2020年の人口は、「都心」が「166」、「北部」が「143」、「南西部」が「140」、「北部」が「139」となり、特に「都心」で大幅に増加した。将来人口について、2035年の人口は、「都心」が「150」(対2020年▲10%)、「北部」が「126」(同▲9%)、「東部」が「124」(同▲13%)、「南西部」が「119」(同▲15%)となり、いずれのエリアも2020年対比で▲10%程度減少する見通しである。(図表-12)。

東京23区では、30代人口が概ね横ばいで推移する一方、これまで大幅に増加していた40代人口は減少に転じる見通しである。新築マンション需要を下支えしてきた30代および40代の人口だが、年代やエリア別に今後の見通しが異なることから、引き続き動向を注視する必要がある。
図表-11 30代の人口予測(2005年=100)/図表-12 40代の人口予測(2005年=100)
3-3.分譲マンション着工の状況
国土交通省「住宅着工統計調査」によれば、東京23区の分譲マンション着工戸数17は、2019年まで3万戸台前半で推移していたが、コロナ禍以降、減少傾向で推移しており、2023年には約2.1万戸まで減少した(図表-13)。

分譲マンション着工戸数をエリア別にみると、2011年を100とした場合、2023年の着工戸数は、「都心」が「46」、「南西部」が「49」と、東京23区全体(58)を下回るペースで減少している。(図表-14)。

分譲マンション着工戸数の減少に加えて、人手不足等に伴う建築費の上昇や、開発用地の不足が続いていることを鑑みると、新規供給戸数が大幅に増加する可能性は低いと考えられる。

だだし、三菱UFJ信託銀行の調査によれば、マンションデベロッパーは、建築費の上昇に伴い、価格転嫁のしやすい「都心・駅近」エリアで開発用地の仕入れを増やしたい意向がある模様だ18。今後、新築マンションの新規供給が限定的であった「都心」において、供給が増える可能性がある。経済状況の変化等に対応したデベロッパーの開発戦略を引き続き注視する必要があるだろう。
図表-13 東京23区 分譲マンション着工戸数/図表-14 エリア別着工戸数(2012年=100)
 
17 建て方が「共同住宅」、利用関係が「分譲住宅」、住宅の種類が「専門住宅」である住宅の着工戸数
18 三菱UFJ信託銀行「デベロッパー調査(首都圏)」によれば、「建築費の上昇による素地仕入れ戦略への影響」との質問に関して、「都心・駅近」エリアは「増加(48%)」との回答が、「減少(13%)」との回答を大幅に上回った。

4.おわりに

4.おわりに

本稿では、昨年に引き続き、東京23区の新築マンション市場を概観した。東京23区の新築マンション価格は前年比+9%上昇した。特に、資産性を重視する傾向が強まったことで「都心」は前年比+13%、「タワーマンション」は前年比+12%上昇した。

また、新築マンション価格の決定構造を分析し、コロナ禍以降、「駅近」志向が強まっていること、テレワークの普及等の影響を受けて「広さ」のプライオリティ低下と「中心部へのアクセス」の評価の高まりに揺り戻しの動きがみられることを、確認した。

供給面に関しては、着工戸数の減少等を勘案すると、東京23区の新規供給戸数が大幅に増加する可能性は低いと考えられる。

一方、需要面に関して、金融政策正常化に伴う住宅ローン金利への影響が懸念されている。また、新築マンション需要を支えてきた30代および40代の人口について、30代人口が概ね横這いで推移する一方、これまで大幅に増加していた40代人口は減少に転じる見通しである。今後の金利動向や人口動態次第では、需給環境が悪化に転じる可能性があり、注意する必要がある。

コロナ禍を契機に、在宅勤務を取り入れた働き方が定着したことで、新築マンションに求める機能や評価目線に変化が生じている。マンション開発事業者は、市場環境を注視しながら、消費者ニーズの変化に即した事業方針の策定が求められることになりそうだ。
 
 

(ご注意)本誌記載のデータは各種の情報源から入手・加工したものであり、その正確性と安全性を保証するものではありません。また、本誌は情報提供が目的であり、記載の意見や予測は、いかなる契約の締結や解約を勧誘するものではありません。

(2024年05月09日「不動産投資レポート」)

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金融研究部   主任研究員

吉田 資 (よしだ たすく)

研究・専門分野
不動産市場、投資分析

経歴
  • 【職歴】
     2007年 住信基礎研究所(現 三井住友トラスト基礎研究所)
     2018年 ニッセイ基礎研究所

    【加入団体等】
     一般社団法人不動産証券化協会資格教育小委員会分科会委員(2020年度~)

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