2024年03月01日

介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?-「改革工程」では2つの選択肢を提示、今後の方向性と論点を探る

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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5――先送りが相次ぐ理由

1|自民党幹部の発言を解釈すると…
では、このように先送りが相次ぐ理由として、どんなことが考えられるだろうか。まず、すぐに気付く理由として、賛成派、反対派の鋭い意見対立を指摘できる。具体的には、財務省や経済界、健康保険組合連合会は公費(税金)や現役世代の介護保険料を抑制するため、2割負担の対象者拡大を主張しているが、業界団体や利用者の反対は根強く、介護保険部会を含めて意見が集約されにくくなっている。さらに、長期化する物価上昇で高齢者の生活が厳しくなっており、政府として負担増を切り出しにくくなっている影響も見逃せない。

一方、ゲタを預けられた政治サイドを見ても、自民党執行部が2023年12月以降、裏金問題に忙殺されており、負担増の議論を展開しにくくなっている点は無視できない。

さらに、裏金問題が顕在化する以前から与党内で慎重な意見が出ていた点も注目される。例えば、元厚生労働相で自民党政調会長代行の田村憲久氏が2023年11月のBS-TBSの番組で、「広げたとしても、ホントに若干280万円から下がるぐらいの話」「220万円はかなり生活に影響が出る。我々はそれを反対」と述べる一幕があった20

この発言は幾つかの点で示唆に富んでおり、筆者なりの解釈を試みたい。まず、注目されるのは「我々」と述べている点である。先に触れた通り、1割負担と2割負担を線引きする基準は政令に委任されており、法改正を必要としないが、政令の変更には閣議決定を要する。

一方、政令改正など閣議に諮る事項については、長年の慣行に基づき、「各省単位に設置されている与党の部会→政務調査会→総務会」という事前承認プロセスが必要となる。換言すれば、法改正を必要としない政令案件であっても、与党の事前承認を得られなければ、政府は制度改正に踏み切れない。こうした状況を鑑みると、自民党政務調査会長代行の田村氏が「我々」「反対」と言った時点で、政府が220万円への引き下げを決めようとしても、与党の事前承認を得られない可能性が相当高くなることを意味していた。
 
20 2023年11月30日放映のBS-TBS『報道1930』の発言。
2|費用対効果が悪いと判断された?
一方、この時の田村氏の発言は2割負担の対象者拡大を全て否定したわけではなく、所得基準が280万円から「若干」「下がる」可能性には含みを持たせていた。言い換えると、260~270万円ぐらいに引き下げるシナリオは有り得たと言える。

それにもかかわらず、なぜ先送りされたのか。その理由として、先に触れた通り、自民党の裏金問題が影響したと考えられるほか、図表5を組み合わせると、別の判断も見えて来る。つまり、270万円に引き下げた場合、給付抑制額は約90億円、260万円の場合には180億円程度となるが、これは11兆円に及ぶ介護保険総予算の0.1~0.2%にも満たない数字である。このため、所得基準を260万円とか、270万円に「若干」引き下げたとしても、インパクトは極めて小さくなることが予想された。

さらに、国費(国の税金)の削減額という点で見ると、そのインパクトは一層、小さくなる。具体的には、介護保険の財源構成では、国費(国の税金)は25%を占めているため、270万円または260万円に「若干」引き下げたとしても、国費(国の税金)の抑制額は単純計算で20~40億円程度にとどまる。

一方、政府が毎年の予算編成で抑制を目指している国費(国の税金)は年度ごとに変動するが、概ね1,500億円であり、こちらと比べても大した規模とは言えない。さらに、2024年度予算編成では、65歳以上75歳未満の前期高齢者に関する医療費の見直しなどで一定程度、国の社会保障費を抑えられるメドが立っていた21ため、根強い反対意見を押し切ってまで実行する必要はないと判断されたのではないだろうか。もっと分かりやすく言うと、反対意見の説得と調整に掛けなければならない労力と、見直しで得られる給付抑制額とか、予算編成上の切迫度などを勘案し、「費用対効果が悪い」と判断されたと思われる。

しかし、今回の先送りは今までと状況が異なると考えている。以下、閣議決定された改革工程の内容に沿って、今後の論点や方向性を考察する。
 
21 2024年度社会保障予算の全体像に関しては、2024年1月25日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(上)」を参照。前期高齢者医療費に関する制度の見直しについては、2023年8月9日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(上)」を参照。

6――改革工程の記述

6――改革工程の記述

1|「改革工程」の位置付けと記述
既述した通り、改革工程は少子化対策の財源確保策の一環として策定され、介護保険2割負担の対象者拡大に限らず、様々な制度改正の可能性が言及されている。結局、2023年12月22日に閣議決定された資料では、下記のような文言が示されている。
 
引き続き早急に、介護サービスは医療サービスと利用実態が異なること等を考慮しつつ、改めて総合的かつ多角的に検討を行い、第 10 期介護保険事業計画期間の開始(2027 年度~)の前までに、結論を得る。

ここで、気付くのは素案との違いである。少し前に触れた通り、2023年12月5日時点の素案では、同年12月末の予算編成過程で検討する旨が示されていたが、上記に挙げた同月22日の閣議決定版では、2割負担の対象者拡大の是非について、「引き続き」「早急に」「改めて」検討すると書かれている。

さらに、ここで言う「第10期介護保険事業計画」とは、2027年度から始まる3カ年計画であり、次の次の制度改正に向けて結論を持ち越したことを意味している。つまり、この文言の変化を見ると、約2週間で結論先送りが決まったことを確認できる。

一方、見直しの方向性として、下記の2つの選択肢が挙げられており、今回は単なる先送りではない様子を読み取れる。
 
(ア)直近の被保険者の所得等に応じた分布を踏まえ、一定の負担上限額を設けずとも、負担増に対応できると考えられる所得を有する利用者に限って、2割負担の対象とする。

(イ)負担増への配慮を行う観点から、当分の間、一定の負担上限額を設けた上で、(ア)よりも広い範囲の利用者について、2割負担の対象とする。その上で、介護サービス利用等への影響を分析の上、負担上限額の在り方について、2028年度までに、必要な見直しの検討を行う。

要するに、(ア)は「負担増に対応できる」と考えられる基準まで2割負担の線引きを下げるシナリオ。例えば、これまで見た通り、「220万円」とか、「270万円」などに引き下げる選択肢である。

一方、(イ)は当分の間、負担に上限額を設けた上で、(ア)よりも2割負担の対象者を幅広く設定する案であり、この場合の実施時期は2028年度と書かれている。

さらに、(ア)(イ)という2つの選択肢とは別に、検討を進める際の留意点として、改革工程では「金融資産の保有状況等の反映の在り方や、きめ細かい負担割合の在り方と併せて早急に検討を開始する」という文言も入っている。

以上を踏まえると、2025年度に介護保険部会などでの議論を本格化させ、2026年度にも制度改正を実施し、2027年度から始まる次の次の介護保険事業計画に反映する流れが想定されていると考えられる。このうち、(ア)であれば政令改正で対応できるが、(イ)の選択肢を選んだり、負担増の線引きに資産を考慮したりする場合、新たな制度改正が必要になる。
2|見直しに際しての先例と方向性、論点
では、新しい制度改正となる(イ)に関して、どんな方向性や論点が考えられるだろうか。参考となる先例として、後期高齢者医療制度の2割負担導入を挙げることができる。具体的には、2022年10月から2割負担を導入する際、2027年9月までの配慮措置として、外来の負担増加を月3,000円までに抑える制度が創設された。これは(イ)のシナリオを検討する際、一つの参考になりそうだ。

一方、資産を考慮する方法に関しては、介護保険施設の入居に関わる「補足給付」で部分的に導入されている。補足給付の仕組みは少し込み入っているので、経緯や現状を考察する。

元々、補足給付が導入されたのは2005年度改正だった。この以前まで特別養護老人ホームなどに入居する高齢者は食費や居住費を支払っていなかったが、在宅サービスとの整合性を確保する観点に立ち、利用者の自己負担が原則となった。

しかし、住民税非課税世帯の入居者は申請に基づき、介護保険財源を使い、負担を軽減する仕組みが採用された。これが補足給付という仕組みである。

その後、2015年度改正では、補足給付の対象になるかどうか判断する際、預貯金の資産が反映されることになった。当時の厚生労働省の説明によると、補足給付が福祉的な性格や経過的な性格を有しているため、預貯金を保有している人に対して保険料を財源とした給付が提供されるのは不公平であるとして、資産を勘案するとされていた。当時の国会でも「公平性というものを考える中において、持っている方には御負担をお願いしよう(筆者:という判断)」と説明されていた22

つまり、2005年度改正で介護施設の食費や居住費は原則として利用者の自己負担となったが、低所得世帯は補足給付として介護保険財源から支援することになり、さらに2015年度改正を経て、補足給付を受ける低所得世帯だったとしても、預貯金を考慮することにしたわけだ。その後、2021年度制度改正で見直しが一部で入り、現在の制度で単身世帯の場合、500万円以上の預貯金を持っている人については、住民税非課税だったとしても、利用者負担が徴収されている23

もし介護保険の利用者負担に預貯金などの資産を加味するのであれば、こうした仕組みが参考になる可能性がある。さらに、住んでいる自宅を担保に生活資金などを借り入れし、死亡時に担保不動産を売ることで借入金を返済する「リバースモーゲージ」のような仕組みも考えられるかもしれない。

一方、こうした形で資産を反映する方法については、実務面で多くの課題を有している。もし資産状況を把握または反映しようとすると、現在のシステムでは保険者(保険制度を運営する主体)である市町村や、利用者負担を受け取る介護サービス事業所の事務負担が増える可能性がある。

実際、現在の補足給付でも、市町村は自己申告ベースで通帳の写しなどで預貯金を確認したり、本人の同意を得た上で照会したりしているものの、「自己申告」「本人の同意」がベースとなっており、実効性が担保されているとは言い難い。医療保険部会でも同じように資産を加味する必要性が話題となり、捕捉の難しさが課題の一つに挙げられた24

それにもかかわらず、資産を考慮する可能性が言及されているのは介護保険部会などの場で、その必要性が繰り返し指摘されているためであろう。例えば、2023年12月7日の介護保険部会では、「フローの収入だけではなくて、やはりストックのほうの状況も把握する必要がある」25、「年収は低くても資産の多い高齢者もいることはやはり考慮するべきだ」26といった意見が出た。

筆者自身としても、公平性の観点に立ち、一定程度の資産を有する人から負担を多く取る考え方に違和感は持たないが、マイナンバーカードの活用も含めて、捕捉という問題をクリアしなければ、市町村や事業者の負担が増えてしまう危険性に留意する必要があると考えている。
 
22 2014年5月9日、第186回国会衆議院厚生労働委員会における田村厚生労働相の答弁。
23 実際には利用している施設のタイプや所得金額、預貯金額に応じて、負担の金額が異なる。
24 2020年10月28日の社会保障審議会医療保険部会では、部会長の遠藤久夫学習院大学経済学部教授が資産を反映する際の課題の一つとして、「捕捉をどこまで正確にできるか、公平にできるか」と問題提起している。同日議事録を参照。
25 2023年12月7日、介護保険部会議事録における経団連専務理事の井上隆委員の発言から引用。
26 同上における一橋大学国際・公共政策大学院教授の佐藤主光委員の発言から引用。
3|医療との違い?
さらに、改革工程を細かく見ると、調整の難航を予感させる文言が改革工程に盛り込まれている。それは「医療サービスと利用実態が異なること等を考慮」という文言であり、闇雲な負担増に歯止めを掛ける「予防線」と読める。

具体的には、医療の場合、手術などを受ければ状態が回復することが多い反面、介護では要介護認定を受けると、基本的にはサービスを使い続けることになる。この結果、医療よりも介護の方が負担増の影響が大きくなる。わざわざ改革工程で医療との対比が言及されているのは、「医療でも負担を増やしたから介護で」という議論をけん制する狙いがあると思われる。

(2024年03月01日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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