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介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?-「改革工程」では2つの選択肢を提示、今後の方向性と論点を探る
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
4――2割負担対象者拡大、先送りの経緯
最初に、2割負担の対象者拡大が取り沙汰されたのは、2021年度実施の制度改正論議だった13。この時は2割負担、3割負担を必ずしも区別せず、負担増の可能性が模索されたものの、介護保険部会が2019年12月に取りまとめた意見書では、「(筆者注:利用者負担増の場合には)生活、介護が立ち行かなくなることは明らか」という否定的な意見と、「中小企業や現役世代の負担は限界に達しており、制度の持続可能性を確保するため、見直しは確実に実施すべき」という負担増に賛成の意見が並行される形で、結論が先送りとなった。
その後、2024年度制度改正に向けて、2割負担の対象者拡大に注目が集まった。今回の先送りに至る経緯は図表3の通りであり、その「号砲」となったのは2022年5月に取りまとめられた財政制度等審議会(財務相の諮問機関、以下は財政審)の建議(意見書)だった。建議では、以下のような文言が盛り込まれた。
今般の後期高齢者医療における患者負担割合の見直し等を踏まえ、介護保険サービスの利用者負担を原則2割とすることや2割負担の対象範囲の拡大を図ること、現役世代との均衡の観点から現役世代並み所得(3割)等の判断基準を見直すことについて、第9期介護保険事業計画期間に向けて結論を得るべく、検討していくべきである。
ここで言う「後期高齢者における患者負担割合の見直し」とは2022年10月から始まった患者負担の引き上げを指す。具体的には、75歳以上高齢者のうち、課税所得が28万円以上かつ年金収入などが単身世帯で200万円以上の人については、患者負担が1割から2割に引き上げられた14。
さらに、後段に出て来る「第9期介護保険事業計画」とは、2024年度から始まる3年周期の計画を意味しており、市町村は計画策定を通じて、高齢者に課す保険料を設定したり、認知症など関係施策を定めたりしている。
要するに、財政審建議は「75歳以上の高齢者の患者負担を増やしたので、2024年度から始まる新しい事業計画に向け、介護保険でも何らかの形で利用者負担を引き上げる方向で検討せよ」と迫ったわけだ。
この時、見直しの「目安」として、関係者の間で意識されていたのが「220万円」だった。現在の280万円という基準は「被保険者の上位20%」程度に相当し、これを220万円に引き下げると、2割負担の対象者が「上位30%」程度に拡大することになる。さらに、後期高齢者の1割負担と2割負担を線引きする基準に近付くことになるため、一つの目安として、220万円まで引き下げる是非が関係者の間で意識された。
しかし、2022年12月に示された介護保険部会意見は図表4の通り、両論を併記した上で、結論を2023年夏に先送りした15。既述した通り、所得基準の見直しは政令に委任されており、2023年通常国会に提出される介護保険法改正案に必ず盛り込まなければならない案件ではなかったため、結論が2023年夏に先送りされた形だった。
ここで言う「夏」とは、予算編成の前哨戦として、毎年6月頃に経済財政政策の方向性が盛り込まれる「骨太方針」(経済財政運営と改革の基本方針)が意識されているのは明らかだった。
しかし、2023年夏も結論に至らず、骨太方針に方向性が盛り込まれないまま、2023年12月に結論が先送りされた。介護保険部会などで意見がまとまらなかった上、2023年1月から議論が本格化した「次元の異なる少子化対策」では、必要な財源の大半を歳出改革で賄うことになったため、結論を出しにくくなったと推察される。
13 2021年度制度改正の経緯に関しては、2019年12月24日拙稿「『小粒』に終わる?次期介護保険制度改正」を参照。
14 高齢者医療の患者負担を巡る歴史については、2022年1月12日拙稿「10月に予定されている高齢者の患者負担増を考える」に加えて、2020年12月22日拙稿「後期高齢者の医療費負担はどう変わるのか」、同年2月25日「高齢者医療費自己負担2割の行方を占う」を参照。
15 2022年12月の介護保険部会意見書について、2023年1月12日拙稿「次期介護保険制度改正に向けた審議会意見を読み解く」を参照。
ただ、2023年12月も結論が先送りされるに至った。ここでは岸田文雄政権が重視する「次元の異なる少子化対策」の影響を受けたほか、検討過程について、介護保険部会で異例の意見が委員から示されているので、丁寧に過程を考察する。
まず、2023年12月5日に開かれた政府の経済財政諮問会議では、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)について(素案)」(以下は「改革工程」と表記)と題する資料が提出された。
この改革工程とは、岸田文雄政権が重視する「次元の異なる少子化対策」の財源確保に関連し、「実質的な国民負担を増やさない」という方針を実現するために策定された文書を指す。具体的には、約3.6兆円に及ぶ少子化対策の財源は増税に頼らず、既定予算の見直しで1.5兆円程度、歳出改革で約2.1兆円を賄うことになっており、改革工程は後者のメドを示すために作られた16。
この改革工程では、実現可能性は別にして、患者負担の見直しとか、医療提供体制改革など、様々な制度改正が列挙されており、介護保険の2割負担対象者拡大も下記のような表現で、論点の一つに挙げられていた。
2割負担の一定所得以上の判断基準のあり方については、負担能力に応じた給付と負担の不断の見直しの観点から検討を行うものであり、現場の従事者の処遇改善をはじめ、地域におけるサービス提供体制の確保に係る介護報酬改定での対応と合わせて、本年末の予算編成過程において検討すべきである。
要するに、「介護報酬改定などと一体的に議論し、2023年12月の予算編成過程において検討すべき」という方針が示されたわけだ。
その後、同月7日の介護保険部会では、事務局を務める厚生労働省老健局が図表5のような資料を「影響試算(粗い試算)」して提出した。ここでは190万円から270万円まで10万円刻みで、所得基準を引き下げた場合、影響を受ける人の数や給付抑制の金額が9つのパターンで示されたが、最終的な結論は予算編成過程、つまり政治的な判断に委ねられる方針も説明された。
しかし、予算編成過程で与党や関係府省と調整する上で、何か叩き台がなければ議論しにくい。そこで、事務局の老健局としては、あえて幅広いシナリオを介護保険部会で示すことで、各委員から意見を募った上で、「どこで線引きするか」といった判断を予算編成過程に委ねたのだろう。換言すると、12月7日の介護保険部会での意見集約は想定されていなかったことになる。
実際、同日の介護保険部会では「もう部会では議論せずに予算編成に委ねるということはこの部会の存在意義が問われる(略)。極めて遺憾と言わざるを得ない」17、「予算編成過程というところで、誰がこのことを検討するのか。まさに国会の別の会議体なのか、それから、厚労省や財務省のことなのか、政治の場なのか。やはりそういう不透明なままの検討を予算過程の中でするということについてはなかなか理解し難い」18といった不快感が一部の委員から示されるに至った。通常、こうした厳しい注文が政府の審議会で示されることは珍しく、それだけ異例の展開だったと言える。
しかし、それでも議論は決着せず、2027年度に予定されている次の次の制度改正までに結論が先送りされた。その理由は明らかになっていないが、2023年末から表面化した自民党の裏金問題を踏まえ、「国民の負担増を求める見直しは進めにくい」という判断が下されたと推察される19。
16 筆者は少子化対策の財源対策や改革工程の実現性に関して、多くの問題点が含まれていると考えている。詳細に関しては、2024年2月1日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(中)」、同月14日拙稿「2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)」を参照。
17 2023年12月7日、介護保険部会議事録における健康保険組合連合会常務理事の伊藤悦郎委員の発言から引用。
18 同議事録における全国老人クラブ連合会常務理事の笹尾勝委員の発言から引用。
19 2割負担の対象者拡大と同様、老人保健施設などにおける多床室の負担増も2023年12月に結論が先送りされていたが、介護報酬改定での議論の結果、一部の施設に関して、月8,000円の負担増が決まった。
(2024年03月01日「基礎研レポート」)
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- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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