2024年03月01日

介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?-「改革工程」では2つの選択肢を提示、今後の方向性と論点を探る

保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳

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1――はじめに~介護保険の2割負担拡大、相次ぐ先送りの経緯と背景は?~

社会保障制度改革の一環として、政府内で検討されていた介護保険の2割負担対象者拡大は紆余曲折の末、次の次の制度改革のタイミングとなる2027年度まで先送りされることになった。これで、先送りは2022年以降だけで3回目となり、かなり異例の展開となっている。

この背景には、関係団体や利用者の反発が強いことがあり、主な議論の舞台となっている社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護保険部会では、意見対立が長く続いている。さらに、与党サイドでも慎重な意見が出ており、2023年12月の議論では、予算編成過程と政治決着に委ねられたものの、方向性を固められなかった。

一方、岸田文雄政権が重視する「次元の異なる少子化対策」の余波として、2023年12月に作られた「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」では、2割負担の方向性について、(1)「負担増に対応できる」と考えられるレベルまで、2割負担の対象者を線引きする基準を引き下げ、(2)当分の間、負担に上限額を設けた上で、(1)よりも2割負担の対象者を幅広く設定――といった形で、2つの選択肢が示されている。さらに利用者負担の決定に際して、資産を考慮する可能性も言及されている。

そこで、本稿では介護保険2割負担の対象者拡大を巡る経緯や論点、今後の方向性を占う。具体的には、2015年度改正で2割負担が導入された経緯を振り返った後、利用者に及ぼした影響などを考察。さらに、政府の政策決定文書の文言などを精査し、先送りが相次いでいる過程や背景を考察するとともに、今後の方向性を論じる。

2――介護保険利用者負担見直しの経緯

2――介護保険利用者負担見直しの経緯

1|2割負担、3割負担導入の経緯
まず、介護保険に2割負担が導入された経緯を考察する。元々、2000年度に創設された介護保険制度では、所得と関係なく、1割負担を課す「応益負担」が導入されていた。この判断について、制度立案に関わった厚生労働省幹部の書籍を確認すると、介護保険制度は「高齢者の自己選択(自立)」を重視していたため、「選択したサービスについて応益負担は当然」と理解されていたという1。さらに、高齢者の保険料を所得に応じて徴収することになったため、サービス利用でも能力に応じた負担(応能負担)を採用すると、被保険者の理解を得られないという判断も働いたようだ2

次に、「1割」と定められた理由については、制度創設に向けた議論が展開されていた当時の時代背景を踏まえる必要がある。当時は1973年に実施された老人医療費無料化の軌道修正が続いていた時期であり、高齢者に負担を強いること自体、一般的とは言えない状況だった。具体的には、老人医療費無料化が医療費を増加させたことで、1983年に一部負担が導入されるなど、高齢者の患者負担が少しずつ引き上げられている時期だった。

こうした中、制度創設時の叩き台となった1996年12月の老人保健福祉審議会(厚相の諮問機関)の最終報告では「受益に応じた公平な負担」として1割負担をベースとしつつも、2割負担などの案も併記されていた。結局、全く新しい制度を作る中で、ゼロに最も近い整数として1割負担になったという3

その後、給付抑制の観点に立ち、所得の高い人を対象に2015年8月に2割負担、2018年8月に3割負担が相次いで導入された。つまり、応益負担をベースとしつつも、比較的所得の高い高齢者に関しては、能力に応じた負担を課す「応能負担」の考え方が部分的に採用されたわけだ4

利用者負担の線引きも含めたイメージは図表1の通りである。このうち、1割負担と2割負担の線引きとなる所得基準は1人暮らしで年収280万円以上であり、政府の説明資料では2割負担となる人を「一定以上所得」という言葉で説明されている。

一方、1人暮らしで年収340万円以上の人は3割負担となっており、こちらは政府の説明資料で「現役並み所得」という言葉で整理されている。いずれも線引きの所得基準は政令で定められており、制度を見直す際、法改正は要らない。
図表1:介護保険の利用者負担のイメージ
 
1 介護保険制度史研究会編(2019)『新装版 介護保険制度史』東洋経済新報社pp324~325。
2 堤修三(2010)『介護保険の意味論』中央法規出版社p82。
3 同上。
4 3割負担が導入された経緯については、2018年8月28日拙稿「介護保険の自己負担、8月から最大3割に」を参照。
22割負担、3割負担が導入された背景
上記のように2割負担、3割負担が相次いで導入された背景には、介護保険財政の厳しい状況を指摘できる。利用者負担を含めた介護保険の総予算については、制度が創設された2000年度には3兆6,000億円程度だったが、2021年度に11兆円を超えた。これは専ら高齢者人口の増加に伴う要介護認定者とサービス受給者の増加が影響している。

一方、介護保険の財源構成を見ると、国と自治体の公費(税金)、65歳以上の高齢者が負担している保険料、40歳以上65歳未満の第2号被保険者に課される保険料で構成されており、高齢者に課される保険料は上限を迎えつつある。

具体的には、2021~2023年度の全国平均の月額基準保険料は6,014円であり、制度創設時の2,911円から2倍以上に伸びた5。この保険料は基礎年金からの天引きであり、基礎年金の平均支給額が約5万円であることを踏まえると、これ以上の大幅な引き上げは難しいと考えられる。実際、制度化を議論していた際、厚生省(当時)では「5,000円」が一つの目安と考えられていた6らしく、その水準は既に突破していることになる。

ここで利用者負担を引き上げれば、公費(税金)と保険料の金額を抑制できるため、2割負担と3割負担が相次いで導入された形だ。
 
5 ただし、実際の保険料は居住市町村や所得水準で異なる。
6 中村秀一(2019)『平成の社会保障』社会保険出版社p307。

3――介護保険2割負担、3割負担の現状

3――介護保険2割負担、3割負担の現状

1|2割負担、3割負担の対象者
次に、2割負担と3割負担の現状を見る。厚生労働省の「介護保険事業状況報告(年報)」によると、要介護・要支援認定を受けた約689万5,000人のうち、2割負担の人は33万5,000人程度、3割負担の人は26万5,000人程度であり、要介護・要支援認定を受けた人のうち、2割負担の人は4.9%、3割負担の人は3.8%に上る。

つまり、通常の1割負担よりも高い利用者負担を支払っている要介護・要支援者は合計で9%弱に及ぶことになる。
2利用者負担引き上げの影響
では、2割負担が導入された後、どんな影響がサービス利用に現れたのだろうか。この関係では、厚生労働省の委託調査が2017年度に実施7されており、規模は決して大きくないが、2割負担の導入に伴って、一部の利用者がサービスの利用を縮小させた可能性を見て取れる。

調査研究では、ケアプラン(介護サービス計画)を作成するケアマネジャー(介護支援専門員)が勤務する居宅介護支援事業所に調査票を郵送。ケアマネジャーが受け持っている利用者について、週間サービス計画表における1週間当たりの利用単位数の増減や理由などを把握したところ、有効回答者数2,817人に対し、77.0%の人が「変更しなかった」と回答した。

一方、3.5%の人が「合計利用単位数が減った/サービス利用を中止した」と答えており、その理由を尋ねたところ、「介護に係る支出が重く、サービスの利用を控えたから」という回答が35.0%を占めた。つまり、2割負担の導入の結果、8割近くの人がサービス利用を変更しなかったものの、わずかながら利用控えが発生したことになる。

さらに、いくつかの実証研究でも同様の傾向を看取できる。例えば、千葉県柏市のレセプト(支払明細書)を基にした実証研究8では、2割負担の導入に伴って1人当たり月3,264円のサービス利用が減少したとされている。ただ、これは分析に用いたサンプルの月間費用額の2~3%に過ぎず、24カ月間の動向を把握する限り、要介護度の悪化など健康状態への悪影響も見られなかったという。

このほか、福岡県内の2市のレセプトを用いた研究9を見ると、2割負担の導入に伴い、2014年8月~2016年7月の間で、月単位で3,600~9,600円程度の減少が起きたと推計されている。全国のレセプトを基にした別の研究10でも、2015年4月から2016年7月の間で、2割負担の適用を受けた人のサービス利用は月単位で0.46%減、金額換算で3,300円程度の減少を招いたという。

これらの結果を総合すると、2割負担の導入に伴って、全体として影響は軽微とはいえ、一部の利用者が影響を受けていると考えられる11
 
7 三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2018)「介護保険における2割負担の導入による影響に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を参照。
8 大西宏典(2022)「介護保険における利用者負担割合引き上げの効果に関する実証分析」PRI Discussion Paper Series (No.22A-06)を参照。
9 Yugo Soga, et al.(2020)‘The effects of raising the long-term care insurance co-payment rate on the utilization of long-term care services’“Geriatrics and Gerontology International” Vol.20 Issue.7を参照。原文では費用額を米ドルで表示しているが、論文が掲載された年の平均為替レートを参考に、日本円に置き直した。
10 Kazuaki Sano, et al.(2020)‘Effects of cost sharing on long-term care service utilization among home-dwelling older adults in Japan’“Health Policy”Vol.126 Issue.12を参照。原文では費用額を米ドルで表示しているが、論文が掲載された年の平均為替レートを参考に、日本円に置き直した。
11 なお、三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2019)「介護保険における3割負担の導入による影響に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)によると、3割負担の導入に際しても、同様に利用控えが起きている様子を見て取れる。この調査でもケアマネジャーに対して利用控えの有無を確認しており、有効回答者数4,791人に対し、69.7%の人が「変更しなかった」と回答した。一方、4.9%の人が「合計利用単位数が減った/サービス利用を中止した」と答えており、「合計利用単位数が減った/サービス利用を中止した」の回答項目を選んだ233人に対し、その理由を尋ねたところ、「介護に係る支出が重く、サービスの利用を控えたから」という答えが36.5%を占めた。
3|実負担率を抑制する高額介護サービス費の推移
一方、月ごとのサービス利用額に上限を設定している「高額介護サービス費」を使えば、利用者負担の引き上げにもかかわらず、実際の負担率は低くなる可能性がある。現在の仕組みで言うと、一般的な所得の世帯の場合、月額44,000円以上の負担は払い戻しを受けられる(所得要件で上限は異なる)。その結果、サービスを多く利用する人は負担を抑えることが可能である。

実際、厚生労働省の資料によると、利用者負担額を費用額で割った「実負担率」は累次の利用者負担の引き上げにもかかわらず、約7%台で変わっていない。具体的には、2014年度の実負担率は約7.2%だったが、2割負担が導入された2015年度は約7.5%、3割負担が始まった2018年度は約7.7%であり、2020年現在で約7.4%となっている。

その分、高額介護サービス費の利用が増えている。図表2では、2割負担導入前の2014年度以降の金額、件数の推移を示しており、2021年度時点で件数ベースでは約1,556万件から約2,132万件に、金額ベースでは1,563億円から2,671億円に、それぞれ増えた12

これらの数字を見ると、利用者負担の増加で影響を受けている人が少なからず存在する点、それでも高額介護サービス費の恩恵を受ける形で実負担率は抑えられている点を指摘できる。

一方、今後さらなる負担増が実施されれば、サービス利用の減少を招いたり、高齢者の暮らしに悪影響が出たりする可能性もある。実際、2割負担の対象者拡大の先送りに際しては、こうした意見が審議会を中心に展開された。以下、先送りに至った議論の経緯や動向を取り上げる。
図表2:高額介護サービス費の推移
 
12 なお、先に触れた三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2018)「介護保険における2割負担の導入による影響に関する調査研究事業報告書」(老人保健健康増進等事業)を見ると、利用者負担の引き上げ後の変化として、高額介護サービス費が増えている傾向は見受けられない。例えば、2割負担の実施時期をまたぐ2017年1~12月について、2割負担に該当した3,342人のうち、「一度も対象に該当しなかった」という答えが64.8%だった。これは同じ時期の1割負担対象者(5,427人)の72.0%よりも低い比率だったが、「対象に該当し、申請した」という2割負担対象者は8.3%にとどまった。

(2024年03月01日「基礎研レポート」)

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保険研究部   上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任

三原 岳 (みはら たかし)

研究・専門分野
医療・介護・福祉、政策過程論

経歴
  • プロフィール
    【職歴】
     1995年4月~ 時事通信社
     2011年4月~ 東京財団研究員
     2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
     2023年7月から現職

    【加入団体等】
    ・社会政策学会
    ・日本財政学会
    ・日本地方財政学会
    ・自治体学会
    ・日本ケアマネジメント学会

    【講演等】
    ・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
    ・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)

    【主な著書・寄稿など】
    ・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
    ・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
    ・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
    ・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
    ・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数

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