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2024年度の社会保障予算の内容と過程を問う(下)-少子化対策の余波で作られた「改革工程」の実効性と問題点
保険研究部 上席研究員・ヘルスケアリサーチセンター・ジェロントロジー推進室兼任 三原 岳
1――はじめに~少子化対策の余波で作られた「改革工程」の実効性と問題点~
その後、(中)では2023年12月に決まった「こども未来戦略」を基に、岸田文雄政権が重視する「次元の異なる少子化対策」の内容とともに、財源対策の概要や問題点を取り上げた。
今回の(下)では、少子化対策の財源を確保するため、2023年12月に作成された「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」の実効性や問題点などを考察する。具体的には、2023年12月に決まった少子化対策の枠組みでは、約3.6兆円に及ぶ財源のうち、最大で約2兆円を社会保障の歳出改革で賄うことになっている。このため、もし改革工程が実現できなければ、実質的な国民負担を増やさないという政府の説明は画餅に帰すリスクを孕んでいる。
しかし、改革工程の内容や策定過程を見ると、与党や関係団体との細かい調整や合意形成を経た形跡が見受けられず、実現できるか疑わしい状況だ。そこで、(下)では改革工程の内容や策定過程とともに、その実効性や問題点を検証する。
2――少子化対策の余波で作られた改革工程の位置付けと概要
まず、「全世代型社会保障構築を目指す改革の道筋(改革工程)」(以下、改革工程と表記)の位置付けを確認する1。(中)で詳述した通り、2023年12月に決まった「こども未来戦略」(以下、未来戦略)では、「経済を成長させ、国民の所得が向上することで、経済基盤及び財源基盤を確固たるものとするとともに、歳出改革等による公費節減と社会保険負担軽減の効果を活用することによって、実質的な負担が生じることなく、少子化対策を進める」という方針を規定。
さらに、2024年度から3年間を「集中取組期間」と位置付けつつ、児童手当の抜本的な拡充など若い世帯の経済的な支援とか、育児の性的分業解消に繋がる「共働き・共育て」の推進などについて、様々な施策が積み上げられた。施策の総額予算は計3,6兆円程度とされており、その財源確保策として、(1)既定予算の最大限の活用等、(2)歳出改革の徹底等――の2つで賄うと説明された。
さらに、(2)は最大で約2.1兆円を確保するとしており、2028年度までに徹底した歳出改革を通じて、公費(税金)の節減部分は予算編成で支出、社会保険料の部分は「支援金」と賃上げで財源を賄うという方針が示された。こうした状況の下で作られた改革工程は歳出改革のメニュー表であり、支援金を含めた「次元の異なる少子化対策」の枠組みを語る上で、非常に重要なパーツを占めている。政府資料をベースにした上記の概要は図表1の通りである。
より具体的に言えば、どれだけ社会保障給付をカットできるか、その成否が次元の異なる少子化対策の財源対策を左右する。確かに政府の説明では賃上げに伴う社会保険料の増額も、財源確保策の一つとして組み込まれており、全てを歳出カットで確保しなければならないわけではないが、それでも賃上げや社会保険料の増収の見通しを読みにくいことを考えると、最大で2兆円程度の歳出カットが問われることになる。
しかし、一般的に社会保障制度の見直しに際しては、患者・利用者の負担増や給付範囲の縮小などを伴うため、国民やメディア、野党の批判は避けられない。さらに、政策決定に際しては、与党の了解を取る必要があるほか、日本医師会など利益集団との調整も欠かせないため、当初の予定通りに進まないことが多い。例えば、患者・利用者負担の増加は医療・介護保険料や国・自治体の公費(税金)を減らす効果を持つが、現に医療・介護サービスを受けている人にとっては死活問題であり、反対意見を全て「抵抗勢力」と切って捨てることはできない。このため、できるだけ多くの関係者が納得する合意形成プロセスが欠かせない。
言い換えると、見直し策が改革工程に盛り込まれたとしても、調整の末に実現できなければ、次元の異なる少子化対策に伴う負担が増えることになる。この状況では「実質的な国民負担を生じさせない」という政府の説明が瓦解することになり、改革工程の策定過程や実現可能性を厳しく問う必要がある。
1 なお、煩雑さを避けるため、発言などを除き、可能な限り引用や出典は省略するが、本稿執筆に際しては、首相官邸や内閣府、財務省、厚生労働省、総務省、こども家庭庁の各ウエブサイトを参照。メディアでも『朝日新聞』『共同通信』『産経新聞』『日本経済新聞』『毎日新聞』『読売新聞』に加えて、『社会保険旬報』『週刊社会保障』『シルバー新報』『日本医事新報』『ミクスOnline』『m3.com』『Gem Med』など専門媒体の記事も参考にした。
そこで、19ページに及ぶ改革工程を見ると、働き方に中立的な仕組みの構築とか、世代や分野を超えて繋がることで、住民一人ひとりの暮らしと生きがい、地域を創っていくことを目指す「地域共生社会」に関連する施策なども盛り込まれており、内容の全てが給付抑制策というわけではない。
具体的には、基本的な方向性として、「『将来世代』の安心を保障する」「能力に応じて、全世代で支え合う」などの考え方が示されるとともに、(1)働き方に中立的な社会保障制度等の構築、(2)医療・介護制度等の改革、(3)「地域共生社会」の実現――という3つの分野に整理される形で、様々な施策が打ち出されている。
さらに、施策の実施または実現を目指す時期についても、人口減少や高齢化のスピードなど「時間軸」の重要性に言及しつつ、「来年度(2024年度)に実施する取組」「『加速化プラン』の実施が完了する 2028年度までに実施について検討する取組」「2040年頃を見据えた、中長期的な課題に対して必要となる取組」に整理されている。以下、改革工程の整理に従って、列挙された見直し策の内容を見た上で、その成否を占う。
3――改革工程の内容(1)~働き方に中立的な社会保障制度等の構築~
さらに、2028 年度までの検討課題として、▽短時間労働者への被用者保険の適用に関する企業規模要件の撤廃、▽常時5人以上を使用する個人事業所の非適用業種の解消に向けた検討、▽フリーランス・ギグワーカー(インターネット経由で単発の仕事を請け負う労働者)の社会保険の適用に向けた検討、▽主に女性が税金や社会保険料の負担を回避するため、主に女性が就業時間や収入を調整することで生まれる「年収の壁」の解消に向けた取り組み――などを列挙。2040 年頃を見据えた中長期的な課題として、フリーランス・ギグワーカーの社会保険適用の在り方も含め、全ての勤労者が社会保険の網に入る「勤労者皆保険」の構築が言及された。
4――改革工程の内容(2)~医療・介護制度等の改革~
次に、医療・介護制度等の改革では、費用抑制に繋がる案件が幾つか盛り込まれている。このうち、2024 年度に実施する施策としては、(上)でも述べた前期高齢者の医療費に関する報酬調整の導入とか、低所得高齢者を対象とした介護保険料の軽減を含めた制度の見直し、医療・介護・障害福祉のトリプル改定の実施に加えて、(1)後期高齢者医療制度の負担率見直し、(2)ロボットの導入や人員配置基準の弾力化など介護の生産性と質の向上、(3)後発医薬品(ジェネリック医薬品)が発売されている「長期収載品」の薬価制度の見直し、(4)入院時の食費の基準の見直し、(5)生活保護制度の医療扶助の適正化――が提示された。
このうち、65歳以上75歳未満の前期高齢者の医療費については、高齢化率の違いに着目し、若い年齢層の被保険者が多い保険者(保険制度の運営者)が納付金を国(社会保険診療報酬支払基金)に支払う一方、高齢者を多く受け入れている国民健康保険が国から交付金を受け取る仕組みが採用されていた。要するに、相対的に若い人が多く加入している健康保険組合などから国民健康保険に保険料財源を移転させることで、国民健康保険の財政を支援する仕組みである。
しかし、2023年通常国会で関連法が改正され、前期高齢者財政調整の配分ルールが変更された2。具体的には、現在は加入者の数に応じて、納付金の割当額が決まっているが、健康保険組合や協会けんぽ、共済組合など被用者保険に課される納付金のうち、3分の1については、「報酬水準に応じた調整」(報酬調整)が2024年度から導入されることになった。
この結果、相対的に高所得の健康保険組合の納付金が増えるが、主に中小企業の従業員と家族で構成する協会けんぽの負担が減るため、協会けんぽの国庫負担が浮く。要するに、健康保険組合に負担を付け替える一方、国の社会保障費、つまり国費(国の税金)の負担を減らす制度改正である。別に医療費の総額が抑制されるわけではないため、誤解を恐れずに言うと、「帳尻合わせ」「会計操作」の域を出ない。
さらに、(1)も2023年通常国会で法改正されており、後期高齢者医療制度に関する負担のうち、高齢者世代と現役世代の伸び率を同じ水準にする見直しを指す。その結果、現役世代の保険料負担が抑制される一方、75歳以上高齢者の保険料負担が増えることになる。
次に、(2)は介護報酬改定で議論されており、2024年1月に策定された社会保障審議会(厚生労働相の諮問機関)介護給付費分科会の取りまとめでは、生産性向上のテコ入れ策として、加算措置を創設する方針などが示された(介護報酬改定の詳細に関しては、稿を改めて取り上げる)。
3点目の長期収載品の薬価制度見直しは歳出抑制を伴う新しい制度改正である。具体的には、医薬品の上市後5年経過または後発医薬品の置き換えが50%以上となった薬を対象に、後発医薬品の最高価格帯との価格差の4分の3までを保険給付の対象とする。要するに、残りの4分の1は患者負担とする見直しであり、その分だけ国・自治体の公費(税金)と保険料が軽減されることになる。こうした内容を盛り込んだ関連法改正案が2024年通常国会に提出される予定であり、成立すれば同年10月に実施される。現時点では、2023年度薬価調査の結果を基に、660成分程度が対象として想定されている3。
一方、(4)は負担増に繋がる案件であり、医療費や歳出が減るわけではない。具体的には、(上)で述べた通り、入院中の患者に対する食費の基準は「食事療養基準額」として公定されており、1997年に引き上げられた後、据え置かれていた4。
しかし、物価上昇で医療機関の持ち出しが増えているとして、診療団体は引き上げを要望。2023年臨時国会で成立した補正予算では、2024年度診療報酬改定までの繋ぎとして、30円引き上げるための経費が計上されており、2024年度診療報酬改定では0.06%が上乗せされた。
最後の(5)生活保護制度の医療扶助の適正化では、多剤投薬の解消に向けて、レセプト(支払明細書)の点検の対象範囲を拡充する点とか、薬剤師による訪問指導に言及。マイナンバーカードを使ったオンライン資格確認を通じて、頻回受診の傾向を把握し、適正な受診を促す取り組みを試行的に実施する方針も盛り込まれた。
2 2023年通常国会での法改正に関しては、2023年8月9日拙稿「全世代社会保障法の成立で何が変わるのか(上)」を参照。
3 2023年12月20日『m3.com』配信記事を参照。
4 ここでは説明を省略するが、1994年10月に1日当たり1,900円でスタートした後、1997年に1,920円に引き上げられた。その後、2006年度から1食当たりの算定に変わったり、自己負担額が増えたりしたものの、1食当たり640円という食事療養基準額は据え置かれていた。
(2024年02月14日「基礎研レポート」)
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03-3512-1798
- プロフィール
【職歴】
1995年4月~ 時事通信社
2011年4月~ 東京財団研究員
2017年10月~ ニッセイ基礎研究所
2023年7月から現職
【加入団体等】
・社会政策学会
・日本財政学会
・日本地方財政学会
・自治体学会
・日本ケアマネジメント学会
【講演等】
・経団連、経済同友会、日本商工会議所、財政制度等審議会、日本医師会、連合など多数
・藤田医科大学を中心とする厚生労働省の市町村人材育成プログラムの講師(2020年度~)
【主な著書・寄稿など】
・『必携自治体職員ハンドブック』公職研(2021年5月、共著)
・『地域医療は再生するか』医薬経済社(2020年11月)
・『医薬経済』に『現場が望む社会保障制度』を連載中(毎月)
・「障害者政策の変容と差別解消法の意義」「合理的配慮の考え方と決定過程」日本聴覚障害学生高等教育支援ネットワーク編『トピック別 聴覚障害学生支援ガイド』(2017年3月、共著)
・「介護報酬複雑化の過程と問題点」『社会政策』(通巻第20号、2015年7月)ほか多数
三原 岳のレポート
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2024/09/11 | 2024年度トリプル改定を読み解く(下)-医師の働き方改革、感染症対策など、その他の論点を考える | 三原 岳 | 基礎研レポート |
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