2024年01月19日

2024年は欧州も選挙イヤー-右派ポピュリスト勢力伸長の行方-

経済研究部 常務理事 伊藤 さゆり

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政権批判票が投じられる傾向がある欧州議会選。右派ポピュリストの伸長が見込まれる

EUの政策領域が拡大し、欧州議会の重要性が高まっているにも関わらず、有権者の関心は、自国の国政選挙に比べて高いとは言い難い。投票率は1979年の初回の61.99%をピークとする低下傾向が続き、2019年に初めて前回を上回ったものの、それでも50.62%に留まる。

欧州議会選挙は、投票率の低さや比例代表制で行われることなどから、国政選挙の合間に行われる場合、現政権への不満の受け皿となる傾向がある。皮肉なことに、過去において、国政選挙では、議席を伸ばし難い反EU政党の影響力拡大の舞台となった側面もある。例えば、英国のEU離脱への布石となった英国独立党(UKIP8)や最近2回の大統領選挙の決選投票に勝ち残ったルペン氏の国民連合(RN)などである。

今回は、次期総選挙が2025年のドイツとともにフランスも次回の大統領選挙、国民議会選挙が2027年まで時間があり、中間評価的な意味合いを帯びる。ドイツでは、前回得票率11%でCDU/CSU、緑の党、SPDに続く第4位となったAfDが票を伸ばすことは確実で、その程度が焦点となる。フランスでは、2019年の欧州議会選挙で、マクロン大統領の与党などの中道会派の得票率は22.42%で、僅差ながらRNの23.34%に届かなかった。今回はRNが、さらにリードを広げる可能性がある。

欧州議会では加盟国を横断する会派を形成して活動する。中道右派の会派がEPP(ドイツの場合はCDUが所属)、中道左派の会派がS&D(同SPDが所属)で欧州統合の担い手となってきた。前回2019年は、マクロン大統領の与党が中核となる中道のRenewと、環境と地域政党の会派のGreens/EEAが議席を伸ばした(図表5)。
図表5 欧州議会の会派別議席数
2019年の欧州委員会委員長としてフォン・デ・アライエン氏の選出は、欧州議会選挙の結果を反映するものでなかったことが批判されたが、同氏率いる欧州委員会体制の下、気候危機対策関連の法整備、コロナ危機対応、ウクライナ支援と対ロシア制裁、エネルギー危機対応、経済安全保障危機対応、巨大IT企業、AIリスクに対する法整備などが進展した(図表6)。
図表6 フォン・デ・アライエン欧州委員会体制期のEUの政策展開
政治サイトのポリティコが集計する今回の欧州議会選挙の議席予想を見ると、2大会派優位の構図は変わらないが、Renew とGreens/EEAが議席を減らし、右派ポピュリスト会派のIDと穏健な欧州懐疑主義のECRが議席を伸ばすと見込まれている(図表7)。

IDには、ドイツのAfDやフランスのRNのほか、23年11月のオランダ総選挙で第1党となった「自由党(PVV)」、イタリアのサルビーニ副首相率いる「同盟(LN)」などが参加する。昨年12月には合同集会を開き、移民規制の強化、雇用と産業のための環境政策の緩和などを主張した9。ECRはポーランドで8年にわたって政権を担ってきた「法と正義」(PiS)、イタリアのメローニ首相の「イタリアの同胞」が所属する。EUの統合、ブリュッセルの官僚主義は行き過ぎとし、加盟国の主権の尊重、公平な取り扱い、経済回復、成長、競争力に重点を置くことを求める立場である。
図表7 各種世論調査に基づく2024年欧州議会選挙後の会派別議席数の予測値
 
8 UKIPの党首だったナイジェル・ファラージ氏は、英国が国民投票で離脱を選択した後、Brexit党を立ち上げ、2019年の欧州議会選で圧勝したが、英国のEU離脱で欧州議会での議席を失った。2020年11月にブレグジット党をリフォームUKに改め、英国内で一定の支持を得ている(図表2参照)。
9 欧州極右政党が会同、来年の欧州議会選での躍進目指すと表明

右派伸長でも多数派形成には至らず

右派伸長でも多数派形成には至らず。欧州の統合や民主主義が根底から覆ることはない

欧州議会選では右派ポピュリスト会派は伸長するだろうが、多数派を形成するには至らない。欧州統合や民主主義が根底から覆るようなことにはつながらない。

欧州の価値観と相容れない急進的な政策転換には、各国の事例を見ても、一定の歯止めが働いている。ポーランドでは23年10月の総選挙でPiSが第1党となったものの、議席が過半数を割り込んだことで、政権の座をトゥスク元首相(元欧州首脳会議常任議長)率いる中道・新左派連合に譲り渡すことになった。前政権下で進んだ法の支配の侵害やメディアへの介入等が修正される見通しである。オランダでは、PVVを交えて連立協議が進行中だが、連立協議のプロセスで基本的価値の根幹に関わるような政策の導入には歯止めが掛かる。22年10月に発足したイタリアのメローニ政権も移民政策では厳しい姿勢をとりながら、EUやNATOとは協調を保つ現実的で穏健な路線を取っている。

米国の調査会社「ユーラシアグループ」がまとめた2024年の「10大リスク」でも、米国の政治の分断をトップのリスクに据える一方、「ポピュリストによる欧州政治の乗っ取り」は「リスクもどき」とされている。
 
 

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経済研究部   常務理事

伊藤 さゆり (いとう さゆり)

研究・専門分野
欧州の政策、国際経済・金融

経歴
  • ・ 1987年 日本興業銀行入行
    ・ 2001年 ニッセイ基礎研究所入社
    ・ 2023年7月から現職

    ・ 2011~2012年度 二松学舎大学非常勤講師
    ・ 2011~2013年度 獨協大学非常勤講師
    ・ 2015年度~ 早稲田大学商学学術院非常勤講師
    ・ 2017年度~ 日本EU学会理事
    ・ 2017年度~ 日本経済団体連合会21世紀政策研究所研究委員
    ・ 2020~2022年度 日本国際フォーラム「米中覇権競争とインド太平洋地経学」、
               「欧州政策パネル」メンバー
    ・ 2022年度~ Discuss Japan編集委員
    ・ 2023年11月~ ジェトロ情報媒体に対する外部評価委員会委員
    ・ 2023年11月~ 経済産業省 産業構造審議会 経済産業政策新機軸部会 委員

(2024年01月19日「Weekly エコノミスト・レター」)

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